第12話「ダン活部!」
六月に入ってから、みつみたちは何度かダンジョンへ行った。
毎回四人、というわけではない。
佳奈子が初めて参加した次の週は、みつみと千尋と志帆の三人だった。その次は雨で中止になり、さらにその次は佳奈子も来た。
「前より当たる!」
弦が鳴り、飛んだ矢がダンジョンラットの身体に刺さった。
「おお。今のは普通にうまかった」
千尋が感心したように言う。
「普通に、って何」
「前は二発目だったじゃん」
「今回は一発目」
佳奈子が得意そうに弓を下ろす。
少し離れたところで、志帆が消えていくダンジョンラットを見ながら頷いた。
「成長してる」
「志帆まで何目線なの?」
「記録」
「してないでしょ」
「してもいいけど」
「しなくていい」
そんな日もあれば、佳奈子が来ない日もあった。
みつみが《マジックボール》を外して岩壁に当てたり、千尋が見つけた少し歩きやすい道を試してみたり。休憩中に志帆が新しく買った小物について語り始め、いつの間にかみつみがお菓子の話に変えていることもあった。
大きな事件は起きなかった。
それでも、一度行くたびに何か一つは増えていった。
歩いた道や、使った魔法。倒したモンスター。四人のスマホに残っていく写真。
そして七月も半ばを過ぎる頃には、ダンジョンへ行くことは、少なくともみつみにとって、もう「一度やってみたこと」ではなくなっていた。
◇
終業式まで、あと一週間。
昼休みの教室で、みつみは机に頬をつけたまま言った。
「夏休み、ダンジョン行こ」
「行くでしょ」
千尋が弁当箱の蓋を閉じる。
「そうじゃなくて、もっと行く」
佳奈子は紙パックの飲み物にストローを刺しながら、
「雑」
と言った。
「何日かあるじゃん。夏休み。だから、いつもより長く行ける」
「まあね」
千尋がスマホを手に取る。
「朝早く出れば、いつもより奥まで行って戻る時間は取れるかも」
その言葉に、みつみが一瞬考える。
それから身を起こした。
「泊まるのは?」
三人の動きが止まった。
「ダンジョンに?」
佳奈子が聞く。
「うん」
「泊まれるの?」
みつみは千尋を見る。
千尋は少し考えてから答えた。
「できなくはないよ。私はやったことないけど。家族で行ったときも日帰りだったし」
その横で、志帆の箸が止まっていた。
みつみが気づく。
「志帆?」
「野営」
ぽつりと呟く。
「ダンジョン内での野営……いい」
佳奈子がすぐ笑った。
「急に食いついた」
「これはいい。夜のダンジョンで拠点を作って、照明を落として必要最低限の灯りだけ残す。外とは完全に切り離された空間で装備をまとめて、次の行動に備える」
志帆の声が少し速くなる。
「寝るだけじゃない?」
「佳奈子」
「なに」
「そういう言い方をすると全部寝るだけになる」
「寝るんだから寝るだけじゃん」
「違う」
志帆は真顔だった。
みつみはもう完全に乗っていた。
「ご飯も作れる?」
「作れると思うけど、火が使える場所とかルールは確認した方がいいね」
千尋がスマホで何かを調べ始める。
「キャンプみたい」
「キャンプだよね」
佳奈子が言う。
「ダンジョンキャンプ」
みつみが繰り返す。
「それ楽しそう」
「私は普通のキャンプでもいいけど」
「でもダンジョンだよ?」
「そこをそんな強く押されても」
佳奈子は笑いながらストローをくわえた。
志帆はもう別のところまで進んでいる。
「寝袋は必要。マットも。床が岩なら厚みは欲しい。ライトも予備がいるし、モバイルバッテリーも容量を――」
「待って。まだ行く日も決めてない」
千尋が止める。
「決めればいい」
「志帆、今日一番早い」
みつみが笑った。
「夏休みの予定、みんな空いてる日見よ」
四人がそれぞれスマホを出し、同じ机を囲みながらカレンダーを開く。
「私ここ無理。家族で出かける」
佳奈子が画面を見せる。
「私はこの週ならだいたい大丈夫。みつみは?」
「たぶん大丈夫」
「たぶんって何」
「まだ何も聞いてないから」
「家で確認してからね」
「はーい」
志帆は自分の予定表を見ながら、ある日を指した。
「ここなら全員いけるんじゃない?」
佳奈子が覗き込む。
「そこなら私も平気」
「じゃあ候補そこ」
千尋が四人のチャットへ日付を送る。
すぐに、みつみがその投稿へスタンプを押した。
目の前にいるのに。
佳奈子が画面を見る。
「今ここで返事したの誰」
「私」
「見れば分かるし」
「ダンジョンお泊まり計画開始記念」
「まだ家に聞いてないでしょ」
「それはそれ」
話はそのまま、持っていく物へ移った。
テントは必要なのか。食事はどうするのか。荷物はどのくらい増えるのか。そもそも四人分を全部自分たちで持つのか。
「カップ麺でよくない?」
佳奈子が言う。
志帆が露骨に嫌そうな顔をした。
「初野営で?」
「初野営だから楽でいいんじゃん」
「もっとこう、あるでしょ。肉を焼くとか」
「ダンジョンに肉持ってくの?」
「保冷すれば」
「重くない?」
「そこは分担して」
佳奈子が笑う。
「私、毎回参加する前提になってない?」
三人が一瞬止まった。
千尋が先に口を開く。
「来る?」
「予定合えば。泊まりはちょっと面白そうだし」
「じゃあ四人で行ける日を第一候補にしよっか」
「それならいいよ」
話はすぐ続いた。
誰も「これからは四人で」とは言わなかった。
その必要もなかった。
◇
放課後。
四人はそのまま教室に残っていた。
野営の話は昼休みだけでは終わらず、志帆がノートの一ページを使って必要そうな物を書き出している。
「寝袋、マット、照明、予備電源、食料、水……」
「水、重そう」
みつみが言う。
「必要だから仕方ない」
「ポテチは?」
「必要ではない」
「いるよ」
「嗜好品」
「じゃあ嗜好品で追加」
みつみが勝手に書き足そうとし、志帆がノートを引いた。
「自分のところに書いて」
「ケチ」
「管理してるの」
向かいでは、千尋と佳奈子がスマホを見ていた。
「これくらいの寝袋でいいんじゃない?」
「値段は?」
「思ったよりする」
「じゃあ家にあるか聞く」
「それがいいね」
その会話を聞きながら、みつみがふと思った。
「なんか部活っぽい」
三人が顔を上げる。
「何が?」
「こういうの」
みつみは机の上を指した。
スマホにノート、食べ終わったお菓子の袋。夏休みの予定と、ダンジョンへ持っていく物の話。
「みんなで計画立ててる感じ」
佳奈子が首を傾げる。
「部活ってもっとちゃんとしてない?」
「じゃあ同好会」
「急に学校制度に寄せてきた」
千尋が笑った。
「でも、こういうの学校で作れるのかな」
「ダンジョン部?」
みつみの目が輝く。
「それよくない?」
「待って。本当に部活にする話?」
佳奈子が止める。
「面白そうじゃん」
「先生に顧問頼んだりするんじゃないの? 部員数とかもあるでしょ」
千尋も頷く。
「たぶん何か条件はあるよね」
四人が互いを見る。
みつみが数えるように指を動かす。
「四人」
「見れば分かる」
「足りる?」
「知らない」
佳奈子は即答した。
「そこまでして正式な部活にしなくてもよくない? 私たちが勝手に言ってるだけでいいじゃん」
「じゃあ同好会」
みつみがまた言う。
今度は志帆が反応した。
「同好会……悪くない」
佳奈子が嫌な予感でもしたように志帆を見る。
「今なんか始まった?」
「名前が必要ね」
「ほら始まった」
志帆は椅子に座り直した。
「せっかくなら、我々の活動を示す名がいる」
口調が変わった。
千尋が笑いを堪える。
みつみは楽しそうに身を乗り出す。
「どういうの?」
「深淵踏破同盟」
「却下」
佳奈子が速かった。
「まだ一個目」
「第一層の一部しか歩いてないのに深淵踏破は盛りすぎ」
「名前とは理想を掲げるものでもある」
「今やってることと離れすぎ」
「では、迷宮探索結社」
「結社やめよ」
「なぜ」
「学校でその名前使うの恥ずかしい」
志帆が少し考える。
「黄昏の――」
「黄昏もやめよ」
「まだ最後まで言ってない」
「だいたい分かる」
千尋がとうとう笑った。
「佳奈子、全部入口で止めるじゃん」
「だって普通でよくない?」
「普通って?」
みつみが聞く。
佳奈子は志帆のノートを見る。
そこには野営の持ち物が並び、その端には、みつみが勝手に書きかけたポテチの文字が残っている。
「ダンジョン活動同好会、とか」
三人が黙った。
佳奈子が顔を上げる。
「なに」
みつみが口の中で繰り返す。
「ダンジョン活動同好会」
「普通でしょ」
「ダン活」
千尋が言った。
「え?」
「略したらダン活じゃない?」
みつみの顔がぱっと明るくなる。
「ダン活!」
志帆も小さく繰り返した。
「ダンジョン活動……ダン活」
「それでいいじゃん。名前はダンジョン活動同好会。普段はダン活」
佳奈子が言う。
「部じゃないの?」
みつみが聞く。
「同好会でしょ」
「でもダン活部って言いたい。その方が部活っぽいから」
「正式には部じゃないじゃん」
「通称」
千尋が笑う。
「勝手に呼ぶ分にはいいんじゃない?」
みつみが立ち上がった。
「じゃあ決まり! ダン活部!」
教室に声が響いた。
少し離れた席で帰る準備をしていたクラスメイトが、一瞬だけこちらを見る。
佳奈子が声を落とす。
「声でかいって」
みつみは座り直したが、まだ笑っている。
志帆はノートの新しいページを開いた。
さっきまで野営の持ち物を書いていたページとは別の、何も書かれていないページ。
その一番上に、少し大きめの字で書く。
『ダンジョン活動同好会』
「おお」
みつみが覗き込む。
「なんかそれっぽい」
「名前だけだけどね」
佳奈子が言う。
志帆はその下に自分の名前を書こうとして、手を止めた。
「みつみ。最初」
ノートとペンが差し出される。
「私?」
「言い出したの、みつみでしょ」
「確かに」
みつみはペンを受け取った。
もう一度、一番上の文字を見る。
『ダンジョン活動同好会』
その下に、
『涼木みつみ』
と書いた。
「次、千尋」
「はいはい」
ノートとペンが隣へ回る。
千尋はみつみの名前の下に、
『川咲千尋』
と書いた。
「次、志帆」
「うん」
今度は志帆が、
『山花志帆』
と書く。
そして最後に、ノートが佳奈子の前へ置かれた。
佳奈子が三人の名前を見る。
「え、私も?」
「当たり前じゃん」
みつみが言う。
「私、毎回ダンジョン行くわけじゃないよ?」
「知ってるよ」
千尋も普通に頷く。
「同好会なんだから、別に毎回来なくてもいいんじゃない?」
「それ、今決めたルールでしょ」
「うん」
「適当だなあ」
そう言いながら、佳奈子はペンを取った。
三人の名前の下に、
『本多佳奈子』
と書く。
四人分の名前が並んだ。
みつみは上からもう一度読む。
「ダンジョン活動同好会」
涼木みつみ。
川咲千尋。
山花志帆。
本多佳奈子。
「……いいじゃん」
「何が?」
「なんか、できた感じする」
佳奈子もノートを見る。
「まあ、さっきよりはね」
千尋が笑う。
「じゃあ、通称は?」
みつみは迷わなかった。
「ダン活部!」
志帆が『ダンジョン活動同好会』の横に、小さく書き足す。
『通称・ダン活部』
「よし」
みつみが立ち上がった。
「ダン活部、夏休み初活動はダンジョンお泊まり!」
「まだ家で確認してないでしょ」
千尋が言う。
「あ」
「日程も仮だからね」
「現実に戻すの早い」
「そこは戻さないと」
佳奈子が笑った。
「でも、全員行けたらそれが最初ってことね」
「そう!」
みつみはもう一度ノートを見る。
ダンジョン活動同好会。
その下に並んだ四人の名前。
そして、通称・ダン活部。
特別なことを始めた感じは、あまりしなかった。
昨日までやっていたことに、今日名前がついただけだ。
学校で話して、休みの日にダンジョンへ行く。行ける人で行って、また学校でその話をする。
夏休みになれば、もう少し長く遊べる。
ただ、それだけなのに。
「いいね、ダン活部」
みつみが言った。
千尋が頷く。
「言いやすいしね」
「私は別に何でもいいけど」
そう言った佳奈子も、ノートをスマホで撮った。
志帆がそれに気づく。
「撮るんだ」
「予定とか書いてあるから」
「このページ、名前しか書いてないけど」
佳奈子が一瞬止まる。
「……記念」
みつみが吹き出した。
「佳奈子も言った!」
「うるさい」
四人のチャットに、佳奈子が今撮った写真を送った。
数秒後。
みつみがその写真にメッセージを返す。
『ダン活部!』
目の前で佳奈子のスマホが鳴った。
「だから、いるなら口で言えばいいじゃん」
「言ったよ?」
「チャットでも言う必要ある?」
「ある」
「なんで」
「記念」
「それさっき私が言ったから」
千尋が同じ写真へスタンプを押した。
志帆も続く。
佳奈子は三人の画面を見比べてから、自分も一つだけスタンプを返した。
帰ろう、と誰かが言うまで、四人はそのまま机を囲んでいた。
第1部、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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