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第122話 三分天下

城郭の入口をくぐると、外とは空気が変わった。


高い天井を支える太い柱が並び、磨かれた木の床には、窓から差し込む光が長く伸びている。丘の上ではあれほど風が吹いていたのに、建物の中は驚くほど静かだった。


「うわあ、すごい。ちゃんとお城の中だ!」


みつみが杖を片手に天井を見上げる。外から眺めるだけでも立派だったが、内部へ入ると柱や梁の大きさがよく分かる。志帆も足を止め、頭上を横切る木組みを興味深そうに眺めていた。


「この高さなら、上にも通路がありそうね。……あら?」


志帆が言い終えるより早く、千尋の視線が天井近くへ動いた。


「上、いる!」


梁の陰から小さな影が跳び出した。


ゴブリンシーフだった。身軽な身体が柱を蹴って方向を変え、頭上から小型のナイフを投げつけてくる。


「《ガード》!」


絵美里が盾を掲げ、志帆へ向かったナイフを弾いた。金属が鳴った直後、別の影が反対側の梁から跳び下りる。


「二体いるね。……いや、奥にもいる!」


千尋が《黒月》を抜き、床に降りたゴブリンへ踏み込んだ。しかし、相手は剣の間合いへ入る直前に跳躍し、近くの柱へ足を掛けて再び上へ逃げてしまう。


「うわ、逃げ足速っ!」


「千尋、追いかけるより降りてくるところを狙った方がよくない?」


佳奈子がコンパウンドボウを構えながら声を掛けた。彼女が見ているのは天井ではなく、柱の途中にある小さな足場だった。ゴブリンたちは梁を伝って移動するものの、方向を変えるときには何度か同じ場所へ足を着けている。


「なるほど。じゃあ、そこお願い!」


「うん。あそこなら撃てそう」


佳奈子が足場へ矢を向けた。


一体のゴブリンが梁から跳び下り、柱を蹴ろうとした瞬間に矢が放たれる。脇腹へ命中したゴブリンは体勢を崩し、そのまま床へ落ちた。


そこへ千尋が駆け込み、《黒月》を振り抜く。


光の粒が床の上に散った。


「よし、一体!」


しかし、残る二体はまだ上にいる。


みつみが杖を構えたところで、梁の上からナイフが飛んできた。身をかわしたみつみの足元に刃が突き立つ。


「もう! じっとしててくれないかな!」


「それは無理でしょうね。あちらは、動くこと自体が攻撃の一部なのだもの」


志帆はそう答えながら、右側の柱へ近づいていた。ゴブリンの一体が千尋を避け、ちょうどその柱へ飛び移ってくる。


志帆はフレイルを構えたが、相手が着地するまで振り回すことはしなかった。


足場へ爪が掛かり、ゴブリンが次の跳躍へ移ろうとした瞬間、志帆が踏み込む。


「《フォースブロウ》!」


至近距離から叩きつけられた魔力が、ゴブリンを柱から引き剥がした。空中で姿勢を立て直せないまま床へ落ちた相手に、千尋が間を置かず剣を振るう。


「ナイス、志帆!」


「ええ。でも、まだ一体いるわ」


最後のゴブリンは、先ほどから天井付近を移動し続けていた。


みつみがその動きを追って杖を持ち上げる。


「ねえ、あそこからこっちへ跳んできたら、途中で撃てるよね?」


「できると思うけど、動いてる相手だからね。無理に狙わなくても――」


千尋が言いかけたところで、みつみは首を振った。


「ううん、やってみたい。佳奈子、あっちへ行かないようにできる?」


みつみが示したのは、反対側の梁へ続く足場だった。佳奈子は位置を確かめ、すぐに弓を構え直す。


「いいよ。じゃあ、私がこっち見てるから、みつみは真ん中お願い」


佳奈子が足場へ矢を放つ。


ゴブリンはその方向への移動をやめ、別の梁へ跳び移ろうと身体をひねった。


「《マジックボール》!」


みつみの魔力弾が空中のゴブリンへ命中する。


勢いを失った小さな身体が床へ落ち、光の粒となって消えた。


「やった!」


みつみが杖を持ち上げると、千尋も笑った。


「今のよかったじゃん。ちゃんと飛ぶ方向、読めてたね」


「でしょ! さっきから同じところを通ってたから、もしかしたらって思ったんだ」


絵美里は盾を下ろし、天井を見上げた。


「外では高低差を利用して射撃してきましたけど、中では移動そのものに使うんですね。これは結構厄介です」


「でも、面白かったね。なんか、家の中で追いかけっこしてるみたいだった」


千尋が言うと、佳奈子は床に残ったナイフの跡を見て顔をしかめた。


「こんな物騒な追いかけっこ、私は嫌だけどね」


◇


二階へ続く階段は、入口から見えていたものよりずっと急だった。


途中で向きを変える階段を上りきると、吹き抜けを囲むように通路が続いている。手すりの向こうには先ほど戦った一階の床が見え、反対側には外へ向いた窓が並んでいた。


「ここ、いいじゃん!」


佳奈子が窓へ近づき、外を覗き込む。


丘の斜面と、その先へ続く曲輪が見えた。下からは複雑に折れ曲がっているように感じた道も、上から眺めると、それぞれの平場を結ぶように配置されているのが分かる。


「見て、さっきの道! あそこ通ったよね?」


みつみも窓へ駆け寄り、下に見える土手を指した。


「そうそう。あの行き止まり、上からだとこんなふうになってるんだ」


志帆が隣へ来て、みつみの示した場所を見た。


「なるほど……。行き止まりの左右が高くなっているのね。あそこへ進ませれば、射手はほとんど身体を出さずに攻撃できる。よく考えられた配置だわ」


「ほんとだ! さっきは全然分かんなかったのに!」


みつみは窓枠に手を掛け、何度も道筋を目で追った。途中で別の曲輪を見つけて「あれも通ったっけ?」と千尋へ尋ねたが、答えを聞くと、また最初の行き止まりへ視線を戻した。


そのとき、佳奈子が窓の下を指した。


「あ、まだ敵いるじゃん。ほら、あそこ」


下段の曲輪では、オークファイターを先頭にゴブリンファイター数体が歩いていた。広場の端まで進んでは引き返し、ときおり立ち止まって周囲を見回している。


少し離れた中段の曲輪にも、別の敵パーティがいた。オークファイターの後ろをゴブリンファイターがついて歩き、そのさらに奥では、ゴブリンアーチャーが土手の上から下の道を見張っている。


別の曲輪では、ゴブリンシーフが木柵の上へ跳び乗り、また地面へ降りていた。


どのパーティも、決められた持ち場を巡回しているようだった。


「へえ、あんなふうに動いてるんだ。私たちが来るのを待ってるだけじゃないんだね」


千尋は窓から身を乗り出さずに、眼下の敵たちを眺めた。先ほど自分たちが通らなかった曲輪にも、それぞれ別のパーティが残っている。


「持ち場があるみたいですね。別のルートを通っていたら、あのパーティとも戦っていたかもしれません」


絵美里がそう言うと、佳奈子はスマートフォンを取り出した。


「なんか上から見ると、ちっちゃいね。さっきはあんなに大きく見えたのに」


佳奈子は丘の斜面と白い城郭の外壁を一枚の写真に収めた。


みつみは窓の向こうで動くゴブリンたちを目で追い、途中で一体が土手の陰へ消えると、別の曲輪へ視線を移した。


「これさ、上から見てると、どこに敵がいるか全部分かっちゃうね」


「ここまで来た探索者なら、ね。下を歩いているときは、次の曲がり角さえ見えなかったでしょう?」


志帆はそう答えながら、下段から上段へ続く道を指でなぞった。


今なら敵の配置も、道のつながりもよく分かる。


しかし、下から登ってきたときには、そのほとんどが土手や柵に隠されていた。


「城攻めって、こういうことなのね。上にいる側は、ずいぶん有利だわ」


志帆は感心したように呟いた。


少し離れた場所では、佳奈子が別の角度から写真を撮っていた。千尋が近くの窓へ移ってみると、木の枝を避けて屋根まで収められる場所が見つかる。


「佳奈子、こっちなら屋根も入るよ」


「ほんと? あ、いいね。この高さなら堀から登ってきた感じも分かる!」


佳奈子が嬉しそうに画面を見せると、絵美里も覗き込んだ。


そして、絵美里は通路の奥へ目を向けた。


正面には三階へ続く階段があり、そちらへ進めば早そうだったが、吹き抜けの反対側にも通路が続いている。


「……皆さん、ちょっと向こう側も見てきませんか?」


絵美里の提案に、千尋が振り返った。


「向こう? あっちからも上へ行けそう?」


「それは分かりません。でも、反対側からだと、城門の方まで見えるかもしれないです。私、さっきの跳ね橋を上から見てみたいんですよね」


絵美里はそう言って、少しだけ笑った。


「下ろすところ、私たちは見ていましたけど、千尋先輩がどこから入ったのか、結局よく分からなかったので」


「あー、なるほどね。確かに、上からなら分かるかも」


千尋が頷き、そちらへ歩き出そうとしたときだった。


志帆が窓の前で腕を組んだ。


眼下の曲輪では、ゴブリンファイターたちが相変わらず持ち場を歩き回っている。


志帆はそれを見下ろし、わざと威厳たっぷりに顎を上げた。


「見ろ! ゴブリンがゴミのようだ!」


突然の台詞に、千尋が吹き出した。


「ちょっと志帆! 今それ言う?」


しかし、みつみは即座に反応した。


志帆と同じように窓の外を見下ろすと、片手を軽く持ち上げ、妙に偉そうな口調で言い放つ。


「3分間だけ待ってやる。エミリンの方も見に行こう?」


「乗るんだ、みつみまで!」


佳奈子が笑いながらスマートフォンを下ろした。


志帆は満足そうに頷き、何事もなかったように窓から離れる。


「ええ、行きましょう。城門側も見ておきたいわ」


「切り替え早っ!」


千尋が笑うと、絵美里もつられて笑った。


「もう、先輩たち……。じゃあ、こっちです!」


絵美里が先に歩き出し、四人もその後を追った。


五人は三階への階段をいったん通り過ぎ、吹き抜けの反対側へ向かった。


通路の途中でゴブリンシーフが二体現れたものの、一階で動きに慣れた五人は、無理に追い回すことなく迎撃した。跳躍してくる相手の着地点を絞り、絵美里が盾で進路を塞ぐ。千尋が一体を仕留め、もう一体は佳奈子の矢を受けてよろめいたところへ、みつみの魔力弾が命中した。


戦闘が終わると、絵美里は何事もなかったように奥の窓へ向かった。


「あっ、見えました!」


窓の向こうには、城門と跳ね橋があった。


下から見ていたときは高い石積みに隠れていた場所も、今ならよく見える。


「千尋先輩、あそこから上がったんですか?」


「うん。門から少し離れたところに、上りやすい斜面があったんだよね。あとは射手が向こうを見てる間に回り込んで」


千尋が指で経路をなぞると、絵美里はその先を目で追った。


「……すごい。あんなところを通ったんですね」


「いや、みんなが引きつけてくれてたからだって」


「それでも、です」


絵美里は笑いながら、もう一度跳ね橋を見た。


「私、あのときは盾のことしか見えてませんでしたから。今になって、千尋先輩がどんな景色を見ていたのか分かりました」


少し離れたところで写真を撮っていた佳奈子が、二人の方を振り返る。


「なんかいいね、そういうの。同じところにいたのに、全然違うもの見てたんだ」


「それが五人で潜る面白さでもあるのでしょうね」


志帆はそう答え、再び窓の外へ目を向けた。


やがて、千尋が時計を確認した。


「そろそろ上行こうか。まだボスもいるし」


「うん! お城の一番上、楽しみ!」


みつみが弾んだ声で答えると、絵美里も窓から離れた。


「じゃあ、行きましょう。ここまで来たら、ちゃんとクリアしたいです」


◇


三階へ上がると、それまでの狭い通路が嘘のように広い空間が現れた。


高い天井を支える柱が左右に並び、中央には大勢が動き回れるほどの広さがある。壁際には大きな窓が設けられ、外から差し込む光が床を明るく照らしていた。


そして、その奥に七体のモンスターが待ち構えていた。


中央に立つのは、立派な鎧を身につけたオーク。


体格は道中で戦ったオークファイターと大きく変わらない。しかし、胴を覆う鎧も手にした剣も明らかに上等で、ほかのオークとは違う雰囲気を漂わせている。


その後ろにオークファイターが二体。


さらに、左右へ二体ずつ、合計四体のゴブリンファイターが控えていた。


「……あれがオークロードか」


千尋が《黒月》を抜く。


絵美里も盾を構え、中央に立つオークロードの動きを見つめた。


「七体ですね。奥の六体も、いつ動いてくるか分かりません」


みつみは杖を構えながら、部屋の広さを確かめた。


「さっきの曲輪と違って、ここなら結構動けそう。でも、七体いっぺんに来たら大変だね」


「まずは様子を見ましょう。こちらから無理に踏み込む必要はないわ」


志帆が後方から声を掛ける。


しかし、先に動いたのはモンスターだった。


オークロードが剣を掲げ、短く吠えた。


そのまま中央を大股で進み、五人へ向かって突進してくる。


「来ます!」


絵美里が盾を立てた。


オークロードの剣が振り下ろされ、激しい金属音が広間へ響く。


受け止めた絵美里の身体がわずかに沈んだ。


「……重い!」


剣を押し返そうとしたところへ、オークロードはもう一撃を繰り出してきた。先ほどまでのオークファイターとは明らかに違う速度だった。


千尋が横から踏み込む。


「《ウィークポイント》!」


剣の軌道を見極め、鎧の継ぎ目を狙って《黒月》を振るう。


しかし、オークロードは素早く身体をひねり、刃を浅く受けただけで反撃してきた。


「おっと!」


千尋が後ろへ跳ぶ。


その間、奥に控えた六体は一歩も動いていなかった。


「あれ? 後ろのやつら、来ないね」


佳奈子が弓を構えたまま言う。


「ロードだけ前に出てきてる。……なんか、自分で戦いたいタイプなのかな」


千尋は敵の配置を見直した。部下たちは武器を手にしているが、前へ踏み出そうとはしていない。


「なら、まずはロードを相手にしよっか。ただ、ほかの六体には注意してて」


「了解!」


佳奈子は射線を確保するため、少し右へ移動した。


オークロードは絵美里へ剣を振り下ろし、盾で受け止められると、今度は横から回り込もうとする。


その進路へ千尋が入った。


《黒月》が鎧をかすめ、オークロードの意識が千尋へ向く。


絵美里はその隙に身体を入れ替え、再び盾を正面へ向けた。


「《プロテクション》!」


志帆の支援が絵美里へ届く。


そこへ佳奈子の矢が飛び、オークロードの肩口を打った。


巨体がわずかによろめく。


「《マジックボール》!」


みつみの魔力弾が続けて命中した。


オークロードは怒ったように吠え、再び剣を振り上げる。


しかし、最初の勢いは少しずつ失われていた。


千尋がその変化を見逃さず、相手の注意が絵美里へ向いた瞬間に踏み込む。


「《ブラインドサイド》!」


相手の意識の向きを捉え、死角へ回り込む。


黒い刃が鎧の継ぎ目へ深く入り、オークロードが大きく身体を傾けた。


「よしっ!」


千尋が一歩引いた、その瞬間だった。


後ろで待機していた六体が、一斉に動き始めた。


「えっ、今!?」


みつみが声を上げる。


オークファイター二体が左右から前進し、四体のゴブリンファイターもそれぞれ別の方向へ走り出した。


今まで静かだった広間に、いくつもの足音が重なる。


「そういうこと! ロードが危なくなったら来るんだ!」


千尋が振り返る。


その視線の先では、左側からゴブリン二体が回り込み、右側ではオークファイターが佳奈子のいる方向へ向かっていた。


千尋は一瞬、自分がどちらへ向かうべきか考えた。


左のゴブリンを止め、右のオークへ回り、それからロードを追う。


自分なら、ある程度は動ける。


けれど、その間にロードが自由になってしまう。


「エミリン!」


千尋はロードから目を離さずに声を掛けた。


「どっちへ寄せるか、任せていい? 私はロードから離れたくない!」


絵美里は周囲を見回し、迷わず答えた。


「はい! 皆さん、右の壁側へ寄ってください。左はみつみ先輩、少し止められますか?」


「できるよ!」


「お願いします。千尋先輩は、そのままロードを!」


「了解!」


千尋は絵美里の判断を聞くと、すぐにオークロードへ向き直った。


自分が動き回って全員を守る必要はない。


今は、ロードを自由にさせないことが自分の役目だった。


「《アイスウォール》!」


みつみの声に応じ、左側から迫っていたゴブリン二体の前へ氷の壁が立ち上がる。


ゴブリンたちは急に現れた障害物に足を止め、左右へ回り込もうとした。


その間に五人は右側へ移動する。


絵美里が前へ出て、オークファイターの剣を盾で受け止めた。


もう一体のオークファイターも近づいてくる。


「《フォーメーション》!」


絵美里を中心に、仲間たちの戦闘位置が安定する。


右の壁際には十分な広さがあり、佳奈子も弓を構えられた。


千尋はオークロードを引きつけながら、少し離れた位置で戦っている。


そんな中、右側から迫ったゴブリンファイターの一体が、絵美里の脇を抜けようとした。


「そっちは駄目!」


佳奈子が弓を構える。


ゴブリンが柱の近くへ踏み込んだところで、狙いを定めた。


「《ピニングショット》!」


放たれた矢がゴブリンの脚を捉え、すぐ後ろの木材へ縫い付けた。


完全に動きを止められるわけではない。ゴブリンは脚を引き抜こうと暴れ、固定された矢が軋む。


しかし、その一瞬で十分だった。


「みつみ、そっちお願い!」


「うん!」


みつみの魔力弾が命中し、ゴブリンが光の粒となって消えた。


もう一体は、絵美里を避けて後方へ回ろうとしていた。


志帆はその動きを見てフレイルを構えたが、すぐには前へ出なかった。


自分が攻撃すれば倒せるかもしれない。


ただ、今の位置を離れれば、負傷した仲間へ支援を届けるのが遅れる。


「佳奈子、右の一体を狙える?」


「うん。でも、あいつ動きすぎてて、今はちょっと難しい」


佳奈子は弓を構えたまま、相手の動きを追っていた。


「だったら、もう少しこっちへ引きつけたい。志帆、そこから動かないでもらっていい?」


志帆はゴブリンとの距離を確かめた。


「……ええ。その方が射線を作れそうね。私はここで受けるわ」


フレイルを構えたまま、相手の接近を待つ。


ゴブリンが跳びかかってきた瞬間、志帆は半歩だけ前へ出た。


「《フォースブロウ》!」


至近距離からの魔力がゴブリンを押し返す。


相手が体勢を崩して後退したところへ、佳奈子が矢を放った。


「《パワーショット》!」


強い一射がゴブリンの身体を捉える。


光の粒が広がった。


「よし、二体!」


佳奈子が声を上げる。


その頃、絵美里は二体のオークファイターを相手にしていた。


片方の剣を盾で受け止めると、もう片方が横から踏み込んでくる。絵美里は無理に両方を押し返そうとせず、盾の向きを変えながら少しずつ立ち位置を調整した。


「みつみ先輩、こちらへ魔法をお願いします!」


「分かった!」


みつみが《マジックボール》を放つ。


左側のオークファイターが攻撃を受けてよろめき、その瞬間、絵美里が踏み込んだ。


盾で相手の剣を外へ押し、空いた胴へ片手剣を振るう。


オークファイターの身体が崩れた。


さらにみつみの魔力弾が命中し、巨体は光となって消滅する。


「あと一体!」


絵美里が残るオークへ向き直る。


だが、そこで左側の氷壁が大きな音を立てた。


ゴブリンたちが壁を迂回しようとしている。


「左、来るよ!」


みつみが声を上げた。


絵美里は振り返ろうとしたが、目の前のオークファイターから離れられない。


その動きを見て、佳奈子がすぐに弓を構え直した。


「私が左見る! エミリンはそっちお願い!」


「はい!」


佳奈子が左へ移動すると、氷壁の端からゴブリンが一体現れた。


間髪入れずに矢を放つ。


肩口へ命中したゴブリンがよろめいたところへ、みつみが魔力弾を重ねた。


さらにもう一体が姿を現したが、こちらは佳奈子へ向かう前に、志帆のフレイルを受けて足を止めた。


「《フィジカルブースト》!」


志帆は短くスキルを使い、ゴブリンの正面から一歩外れる。


振り下ろされた剣を避け、その横からフレイルを打ち込む。


ゴブリンが体勢を崩した。


「佳奈子、今!」


「見えてる!」


佳奈子の矢が命中し、最後のゴブリンファイターも消滅した。


その間、千尋はオークロードを相手に動き続けていた。


剣の振り下ろしを避け、踏み込んでは離れる。


オークロードはまだ勢いを失っていないが、攻撃のたびにわずかな隙が生まれるようになっていた。


千尋は《黒月》を構えながら、その隙を狙っている。


「エミリン、あとどれくらい?」


「こちらも、もう少しです!」


絵美里は最後のオークファイターの剣を盾で受け止め、身体を半歩だけずらした。


相手の剣が盾の表面を滑る。


その隙に、絵美里は片手剣を横から振り抜いた。


オークファイターがよろめく。


「みつみ先輩!」


「うん!」


魔力弾が命中し、オークファイターはそのまま消滅した。


残るのはオークロード一体。


広間の中央では、千尋がまだ剣を交えていた。


「千尋、そっち行くよ!」


佳奈子の声に、千尋が少しだけ後ろへ下がった。


「お願い! あと一押し!」


佳奈子が弓を構える。


しかし、オークロードは千尋を追って激しく動いており、すぐには射線が定まらない。


彼女は焦って撃たず、相手の動きを待った。


千尋が右へ回り込む。


それを追ってオークロードが身体を向けた瞬間、胸元がわずかに開いた。


「今!」


佳奈子が自分から声を上げ、矢を放つ。


《パワーショット》がオークロードの肩口へ突き刺さった。


巨体が大きくよろめく。


そこへ絵美里が走り込んだ。


「《ガード》!」


オークロードが反射的に振り下ろした剣を、盾で受け止める。


今度は絵美里も一歩も引かなかった。


「千尋先輩、お願いします!」


「了解!」


千尋が横へ回り込む。


《ブラインドサイド》で相手の注意の向きを捉え、《ウィークポイント》で鎧の継ぎ目を狙う。


黒い刃が深く入った。


オークロードが膝をつきかけたところへ、みつみの魔力弾が命中する。


最後の一撃を受けたオークロードは、剣を取り落とした。


重い金属音が広間に響く。


巨体がゆっくり崩れ、光の粒となって消滅した。


七体のモンスターが、すべて姿を消した。


広間に静けさが戻る。


少し遅れて、五人のスマートフォンに通知が届いた。


『盾山ダンジョン クリア』

『経験値ボーナス獲得』


「……やったぁ!」


みつみが両手を上げる。


千尋は《黒月》を鞘へ戻し、大きく息を吐いた。


「いやあ、面白かった! まさか途中から全員来るとは思わなかったけど」


「ほんと。それまでずっと見てただけだったもんね。いきなり七体相手になったら、さすがにびっくりするって」


佳奈子は弓を下ろし、肩を軽く回した。


志帆は絵美里へ近づき、盾を持つ腕に目を向ける。


「エミリン、痛むところはない?」


「大丈夫です。ちょっと腕が疲れましたけど、問題ありません」


絵美里はそう答え、少し笑った。


「でも、最後は楽しかったです。盾で受け止めながら、皆さんが攻撃してくれるのを待つのって、結構好きなんですよね」


「それ、エミリンらしいね」


千尋が笑うと、絵美里は首を傾げた。


「そうですか? ……あ、でも、さっきの戦闘はもう少し効率よくできたと思います。最初に部下の動きを予測できていれば、配置をもっと――」


そこまで話して、絵美里は口を閉じた。


四人が顔を見合わせる。


「……今のは、ちょっと昔の癖です」


「いいじゃん。私、そういう話も好きだよ」


千尋があっさり答える。


「それに、今日はエミリンに任せてよかった。あのとき私が全部見ようとしてたら、ロードを逃がしてたと思うし」


「そうそう! あの壁のところ、エミリンが右って言ってくれたから、すぐ動けたもん!」


みつみが頷くと、絵美里は少し照れたように笑った。


「……そう言ってもらえるなら、よかったです」


◇


ボスを倒した広間の奥には、帰還ゲートが現れていた。


五人は戦利品を確かめ、装備を整え直した。大きな怪我はなく、スキルを使った疲労は残っているものの、まだ歩く余裕はある。


千尋がゲートへ向かいかけたところで、みつみが窓の方を見た。


「ねえ、ちょっと待って!」


四人が振り返る。


「私、最後にあそこから外を見たい。二階からでも結構よかったけど、三階ならもっと上まで見えるでしょ?」


みつみが指したのは、広間の端にある大きな窓だった。


「いいよ。まだ時間あるし」


佳奈子が先に歩き出す。


窓の向こうには、丘陵を幾重にも囲む曲輪と、その間を縫うように続く道が広がっていた。


遠くには城門と跳ね橋も見える。


朝、あの橋の前で立ち止まっていたときには、ここまでの道筋など想像もできなかった。


「すごい! ここからなら全部見える!」


みつみは窓枠へ手を掛け、丘の斜面を目で追った。


「あそこが最初の曲輪で、こっちが行き止まりだった道だよね。で、あっちから回ってきたんだ!」


「たぶんそうね。上から見ても、やっぱり複雑な造りだわ」


志帆も隣に立ち、地形を見比べる。


「こうして眺めると、単に道を遠回りさせるためだけではないのね。進む方向を選ばせること自体が、防衛の仕組みになっている。面白い構造だわ」


「ねえ、次に来たら別の道から登ってみようよ!」


みつみが言うと、佳奈子はスマートフォンを構えながら笑った。


「今クリアしたばっかりなんだけど。でも、別の道も気になるってのは分かるかも」


「私も、もう一回やってみたいです」


絵美里が窓の外を見ながら答えた。


「次は別の曲輪を通ってみたいですね。今回通らなかった場所も、どう守る構造になっているのか気になります」


「エミリン、すっかり城攻め好きになってない?」


千尋が笑うと、絵美里は素直に頷いた。


「はい。思っていたより、ずっと面白かったです」


佳奈子が五人の方へスマートフォンを向けた。


「ねえ、せっかくだから写真撮ろうよ。ここ、背景すごくいいし」


「いいね!」


みつみが真っ先に窓の前へ移動した。


千尋と志帆も並び、絵美里は盾を脇へ置いてから四人の方へ近づく。


「佳奈子先輩は?」


「私が撮るよ。あとで一緒に撮れそうだったら撮ろ」


「それなら、私が撮りましょうか?」


絵美里が手を差し出したが、佳奈子は首を振った。


「大丈夫。私、こういうの撮るの好きだし。エミリンは入っててよ」


佳奈子は少し離れた場所へ下がり、画面の中で四人の位置を確かめた。


「もうちょっと寄って。……そうそう。みつみ、杖が志帆の顔にかかってる」


「あ、ごめん!」


みつみが杖を下ろす。


絵美里は志帆の隣へ少し寄り、千尋も肩の位置を合わせた。


「じゃあ撮るよ。はい、チーズ!」


シャッター音が響いた。


佳奈子が画面を確認していると、みつみが駆け寄ってくる。


「見せて見せて!」


「ちょっと待って。……うん、いい感じ!」


画面には、城郭の窓を背に笑う四人が写っていた。


その向こうには、今まで登ってきた丘の景色が広がっている。


「これ、あとで送ってね!」


「もちろん。帰ってからまとめて送るよ」


佳奈子は写真を保存し、スマートフォンをしまった。


千尋が帰還ゲートの方を指す。


「さて、そろそろ帰ろっか。お昼も結構遅くなっちゃったし」


「お腹すいた!」


みつみの返事が早かった。


「朝からずっと歩いてたもんね。私もそろそろ何か食べたい」


佳奈子も頷く。


志帆は最後にもう一度窓の外を見てから、四人の方へ向き直った。


「では、帰還しましょうか。……見事な城攻めだったわね」


「うん!」


みつみが嬉しそうに頷き、五人は帰還ゲートへ向かった。


◇


ダンジョン施設を出た頃には、朝の冷たい風も少し和らいでいた。


装備を片づけ、駅へ向かう道を歩きながら、五人は今日の探索を振り返っていた。


「でもさ、あのロード、なんで最初一体だけで戦ってきたんだろうね。後ろに六体もいたのに」


佳奈子が首を傾げると、千尋は少し考えた。


「分かんない。でも、ああいう戦い方するボスって、ほかにもいるのかも。先に部下を倒そうとしたら、また違う動きになったのかな」


「それは気になるわね。次に来たときに試してみたいけれど、さすがに七体同時に相手をするのは避けたいところだわ」


志帆の答えに、絵美里が頷いた。


「私も、できれば今回と同じ順番で戦いたいです。でも、最初から仕組みが分かっていれば、もっと準備できますね」


「準備って、また効率?」


千尋がからかうと、絵美里は笑いながら首を振った。


「それもありますけど、違う戦い方もしてみたいんです。せっかくいろいろなスキルが使えるようになったんですから」


「じゃあ、次は私ももっと前に出てみようかな」


志帆が何気なく言うと、佳奈子が顔を向けた。


「志帆、今日も普通に前へ出てたじゃん。あのゴブリンを吹っ飛ばしたやつ、結構すごかったよ」


「ありがとう。でも、もう少しフレイルの使い方を試してみたいのよ。もちろん、回復をおろそかにするつもりはないけれど」


「分かってるって。志帆、その辺はちゃんと考えてるもんね」


佳奈子はそう言って、スマートフォンを取り出した。


「それより、ご飯どうする? 私、さっき駅の近くにお店見つけたんだけど」


「あっ、私も見たいお店あった!」


みつみがすぐに画面を覗き込む。


「ここ! なんかおいしそうだったの!」


「みつみ、それ朝も見てなかった?」


「見てた! でも、まだ行ってないから!」


千尋が笑い、志帆もスマートフォンを取り出す。


「どちらも駅から歩ける距離なの?」


「うん、そんなに遠くないと思う。あ、こっちのお店、定食もあるんだって」


佳奈子が画面を見せる。


「じゃあ、そっちにしよっか。私、今なら結構食べられそう」


千尋が頷いた。


絵美里も隣からメニューを覗き込んでいる。


「私も賛成です。……あっ、この料理、おいしそうですね」


「エミリン、それ好きそう!」


みつみが笑う。


店に着くまで、話題はまた盾山ダンジョンへ戻った。


跳ね橋を下ろしたときのこと、ゴブリンシーフに振り回されたこと、城郭の窓から見えた景色。


今日撮った写真を見せ合っているうちに、佳奈子が別のダンジョンの話を始めた。


「そういえばさ、今度はもうちょっと近いところでもよくない? 遠出も楽しいけど、朝早いのはやっぱり大変だったし」


「私はまた遠くてもいいよ。知らない場所、まだいっぱいあるし!」


みつみが言うと、千尋も頷いた。


「私も、行ったことないところは気になるな。まあ、近場で遊ぶのも好きだけどね」


「私、次は建物の中より、外の景色を楽しめるところもいいわね。もちろん、盾山みたいな構造を見られる場所も面白かったけれど」


志帆はそう言って、今日の写真を一枚開いた。


絵美里が横から画面を覗き込む。


「私も、皆さんとならどこでも楽しそうです。でも、次はもう少し戦闘が多いところも行ってみたいですね」


「エミリン、結局戦うの好きだよね」


千尋が笑う。


「好きですよ。……でも、戦うだけじゃなくても楽しいって、ちゃんと分かってますから」


絵美里はそう答え、少し照れくさそうに笑った。


みつみはそんな絵美里の顔を見てから、再びスマートフォンの地図へ視線を戻した。


「じゃあ、次はみんなで候補持ち寄ろうよ! 盾山みたいに、まだ行ってない面白そうなところ探したい!」


「候補が増えすぎて決まらなくなりそう」


佳奈子が笑う。


「それはそれで、いつものことじゃん」


千尋はそう答え、前を向いた。


駅へ続く道の先には、今日の昼食を取る店がある。


五人はまだ、次にどこへ行くのか決めていなかった。


けれど、行きたい場所の話は、店に着いてからもきっと続くのだろう。


みつみは隣を歩く四人の顔を順番に見てから、またスマートフォンへ目を落とした。


「ねえ、ここのデザートもおいしそう!」


「ご飯まだ食べてないんだけど」


佳奈子の声に、五人の笑い声が重なった。


次回、第123話をもって『現代JKダン活部!』は完結となります。


最終話は、本日18:10公開予定です。


みつみたちの高校生活も、いよいよ最後の一日。


どうぞ最後までお楽しみください。

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