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第118話 4名様、湖畔の席へ

駅前のファミレスに入った瞬間、みつみは「あー、涼しい!」と声を上げた。


夏休みに入って数日。外はまだ明るく、窓の向こうを歩く人たちは、日陰を探すように建物の縁へ寄っている。四人は奥の席に落ち着くと、それぞれ鞄を下ろした。学校帰りではないので制服でもなく、机に広がったのは進路のプリントではなく、メニューとスマートフォンだった。


面談を終えた日に送った予定表は、四人のチャットをそれぞれ違う色の丸で埋めていた。画面を見比べるだけでは何も決まらず、結局、直接会って相談しようということになったのだが、集合場所がファミレスに決まるのには時間がかからなかった。


「とりあえず何か飲もう。私、歩いてる途中から冷たいものしか考えてなかった」


佳奈子がグラスの写真を指すと、千尋もメニューを覗き込んだ。


「分かる。暑いとこ歩いたあとって、氷がいっぱい入ったやつ飲みたくなるよね。あ、ポテトも頼まない? 昼、ちょっと足りなかったんだよね」


「私は甘いのがいいなあ。これ、上に乗ってるのソフトクリーム? 飲み物なのにスプーンついてる」


みつみが示したのは、大きなパフェのような写真だった。志帆は自分のページから目を上げ、その写真と値段を見比べる。


「それなら、飲み物というよりデザートでしょうね。私は普通のアイスティーにするわ。……でも、この季節限定の桃の方も気になるのよね」


「志帆が二択で悩んでる。珍しくないけど」


「飲み物くらい悩ませてちょうだい」


志帆は笑いながらもう一度メニューに目を落とした。結局、みつみは大きなデザートを、千尋はポテトとドリンクを、佳奈子は冷たい飲み物を選び、志帆は桃のメニューへ手を伸ばした。注文を終える頃には、みつみが最初に開いていたダンジョンの写真は、スマートフォンの画面が暗くなっていた。


「……で、今日はちゃんと決めるんだよね」


佳奈子がストローの包みを指先で丸めながら言う。


「うん! 今度こそ、日にち入れる!」


みつみは勢いよく画面を点け、夏休みの予定表を出した。そこには『ダンジョン』という文字だけが、まだ日付の決まらない予定として残っている。


「同好会は引退したけどさ、なんかまだ不思議だよね。学校行かなくても、こうやって集まってダンジョンの相談してるの」


「引退したからって遊ぶのまでやめないでしょ。むしろ、こういう日の方がのんびり話せるし」


千尋が頬杖をつく。志帆も小さく頷き、スマートフォンのカレンダーを開いた。


「ただ、のんびりしているうちに八月が終わりそうなのよね。私、見学に行く日がいくつか入ったから、先週より空いている日が減ったわ」


「私も。体育大の見学、行けそうなところを増やしたら結構埋まっちゃった。だから今のうちに決めとこうと思って」


「じゃあ、私から言っていい? この週なら、たぶん丸一日空けられるよ」


みつみが画面を横向きにして見せた。佳奈子も自分の予定を出し、四人で日付を覗き込む。最初に指さした日は千尋が見学予定で、次の日は志帆の用事、その次は佳奈子の講習だった。週末へずらせば何とかなるかと思ったが、今度はみつみの家の予定と重なってしまう。


「うわ、全然合わないじゃん。私たち、そんなに忙しかったっけ」


みつみが笑いながら隣の週へ送る。けれど、そこも色のついた予定が点々と並んでいた。


「こうして見ると、空いてる日って意外と少ないね。私、予定決まってないところも、一応勉強するつもりで残してるし」


佳奈子はカレンダーを指で滑らせた。夏期講習のある日を避けると、きれいに一日空いている日はほとんどない。


「じゃあ、半日でもいいか。午前だけとか」


千尋は気軽に言ったが、みつみは少し口を尖らせた。


「えー、久しぶりに四人で行くんだよ? どうせなら、お昼も中で食べたい。帰りに何か食べてくる時間も欲しいし」


「それは私も賛成。でも、全員の予定が合わないなら仕方ないでしょ」


佳奈子はそう答え、カレンダーから目を離した。運ばれてきたグラスの表面には水滴が浮き、店内の冷房で指先までひんやりする。今はこうして涼しい場所に座り、何か食べながら話しているだけでも十分楽しい。わざわざ遠くへ出かけなくても、いつもの四人なら一日過ごせるはずだった。


それでも、さっき半日という言葉を聞いたとき、少しもったいないと思った。


「……ちょっと待って。私、こっちの日なら動かせるかも」


佳奈子は自分の予定表を拡大した。薄い色の丸がついている日の欄に、短く『美容院』とある。


「その日、昼過ぎに予約入れてるんだけど、別に急ぎじゃないんだよね。空いてる日があればずらせると思う。みんなは?」


千尋が画面を確かめ、志帆も指で日付を追う。みつみは一度自分の予定を見てから、嬉しそうに顔を上げた。


「私、空いてる! 千尋と志帆は?」


「私は大丈夫。その前の日に見学行くから、二日連続で歩くことにはなるけど、そこは平気」


「私も空いてるわ。ただ、翌日は少し勉強を進めたいから、帰りが遅すぎない方がありがたいかしら」


佳奈子は一度頷いてから、予約画面を開いた。いくつか候補を確かめる間、千尋はポテトを一本つまみ、みつみは運ばれてきたデザートのソフトクリームにスプーンを差し入れた。


「佳奈子、本当にいいの? わざわざ変えなくても、別の日探せるかもしれないよ」


みつみの声に、佳奈子は画面から目を上げた。


「いいの。別に無理する予定じゃないし。友達と約束してる日なら変えないけど、これは自分の予約だからさ。……ていうか、私も四人で一日遊びたいんだって。半日で帰るの、ちょっと惜しいじゃん」


そう言うと、佳奈子はもう一度画面へ目を落とした。ちょうど別の日に空きが見つかり、指先で変更を確定する。受付の完了表示を確かめてから、カレンダーの元の予定を消した。


「よし。空いた」


「やった! 佳奈子、ありがと!」


「どういたしまして。じゃ、この日はダンジョンね。もう日付入れちゃうよ」


佳奈子は楽しそうに文字を打ち込んだ。みつみも慌てて同じ日を開き、千尋が「忘れないうちに入れとこ」と笑う。志帆まで素早く予定を保存し、四人の画面に同じ日に同じ予定が並んだ。


「これだけで、なんかもう行く気になってきた」


千尋がポテトの皿を真ん中へ寄せる。


「うん。でも、まだ行き先決まってないよ」


佳奈子はスプーンを持ったまま、みつみのスマートフォンを指さした。


「それは今から!」


◇


場所を考え始めると、今度はみつみの画面に、行ったことのあるダンジョンの写真が次々と並んだ。


「狩造もいいよね。夏に水辺って気持ちよさそう。あ、でも鳴田南の石の足場、あの子たちの話聞いてからずっと気になってるんだよね」


「みつみ、また気になるところ増えてない?」


千尋は笑いながら画面を覗いたが、自分のスマートフォンには別の写真を開いていた。木々の間に細い踏み跡が続き、奥に湖の水面が少しだけ見える。


「私、久しぶりに虎ヶ崎も歩きたいな。前に行ったとき、いつも通る方へ進んじゃったからさ。森の奥まで行かなくても、脇の道をちょっと探してみたくて」


「え、虎ヶ崎? 懐かしい! あそこの湖、覚えてる。お菓子食べて、すっごいのんびりしたところ!」


みつみはすぐ千尋の画面へ顔を寄せた。湖の写真を拡大すると、草の近くに腰を下ろしている自分たちが小さく写っている。


「そうそう。あの日、寝ちゃったんだよね。みんなで。起きたら、何しに来たんだっけってなった」


佳奈子が笑う。千尋は写真を閉じず、隣の木立を指先でなぞった。


「私、あそこ結構好きなんだよ。森の中って、少し歩いただけで景色が変わるし。今なら、前には見過ごしてた道も見つけられる気がする。別にボスまで行かなくても、歩き回るだけで楽しいじゃん」


「分かる。私、前はゴールとか強そうな敵とか、そっちばっかり気になってたかも。でも、あの森ならまだ見てない場所もありそうだよね」


みつみは話しながら、自分の写真をいくつか探した。途中で別のダンジョンの奇妙な岩の写真が出てきて一瞬見入ったが、すぐ千尋の画面へ戻る。


「志帆はどう? どこか行きたいとこある?」


「私も虎ヶ崎、いいと思うわ。……というか、今その写真を見て、かなり行きたくなったところ」


志帆は千尋の画面を受け取り、湖の横にある林の部分を拡大した。


「前に行ったときは、湖へ着くことが一つの目的だったでしょう。でも、あの辺りって、林の明るさが場所によってずいぶん違うのよ。木が密集しているところと、少し開けているところがあって。私、次に行くなら、その境目を歩いてみたいと思ってたの。景色だけじゃなくて、足元の植物も変わるのかしらって」


「志帆、そこまで見てたの?」


佳奈子が目を丸くすると、志帆は少し恥ずかしそうに笑った。


「前はあまり気にしていなかったの。でも、家に帰って写真を見返したら気になって。だから、ちゃんと自分の目で見てみたいのよね。もちろん危なくない範囲で、だけど」


「へえ、そういう見方あるんだ。私、森っていったら道を見つける方ばっかり考えてた」


千尋は写真を受け取り、志帆が指していた場所を改めて眺めた。


「じゃあ、その辺も歩いてみよっか。志帆が見たいところと、私が気になってる道、近いかもしれないし」


「でも、実際に行ったら、全然違う場所を見たくなるかもしれないわ。それも楽しそう」


志帆の声は、少し弾んでいた。普段ならダンジョン用品の比較に使う調子で写真を見比べていたのに、気づけば、どうしてそこを歩きたいのかを熱心に話している。みつみはその横で頷きながら、ふと思いついたように顔を上げた。


「じゃあさ、佳奈子は? 湖でのんびりしたい? それとも、ほかに見たいとこある?」


「私? ……そうだなあ。せっかく行くなら、昼は湖のところでゆっくり食べたい。森の中でお弁当とか、普通に楽しいし」


「いいじゃん。私、何か作って持ってこうかな。あ、みんなの分まではちょっと大変かもしれないけど、つまめるやつとか!」


「それは楽しみ。でも無理して作らなくていいよ。私もなんか持ってくし」


佳奈子は笑いながら、残っていたポテトを一本取った。


「あと、歩くのも別に嫌じゃないよ。ただ、朝から晩まで山歩きみたいなのは勘弁。休むところはちゃんと寄ろうね」


「分かった。湖は絶対行こう。……あ、でもその前に寄り道して、帰れなくなるのはなしね」


千尋の言葉に、みつみが「それ私に言ってる?」と抗議すると、志帆まで笑ってしまった。


しばらくの間、四人は写真を行ったり来たりしながら、森で何をしたいかを話し続けた。以前出会ったモンスターの名前が出てきたり、採取した薬草を思い出したり、湖の休憩場所から見えた景色が誰の記憶とも少しずつ違っていたりする。千尋は脇道を歩きたいし、志帆は林の変わり目を見たい。佳奈子は昼をのんびり食べたいし、みつみは、そのどれも面白そうだと思った。


「……これさ、普通に虎ヶ崎でよくない?」


みつみが顔を上げた。


「みんな、行ってみたいことあるんでしょ。全部できるか分かんないけど、同じ場所の中でいろいろできそうじゃん」


「うん、私は虎ヶ崎に一票。ほかのところはまた今度でもいいし」


千尋が答えると、志帆も頷いた。佳奈子は少しだけ考えて、テーブルの真ん中に置いた皿を引き寄せる。


「私もいいよ。湖でお昼食べられるなら。……たださ、夏だからって森の中まで涼しいとは限らないし、水分は多めに持ってこうよ」


「了解! じゃあ、虎ヶ崎!」


みつみが手を上げ、千尋がその手に軽く合わせた。志帆は微笑みながら、見ておきたい場所を忘れないようスマートフォンのメモに短く残したが、すぐに画面を閉じた。行けばきっと、別のものも気になるだろう。


◇


「待ち合わせ、何時にする?」


店を出る前に千尋が尋ねると、みつみはすぐ「早い方がいっぱい遊べる!」と言った。佳奈子は冷たいグラスを置いて、少し考える。


「朝早すぎると、行く前に眠くなるんだけど。ちゃんとお昼食べて、夕方には帰ってこられるくらいがいいな」


「それなら、朝はいつもダンジョン行くくらいの時間でどう? 乗る電車だけ確かめてから決めよう」


千尋は時刻表を開いた。出発時間をいくつか並べて見せると、四人は迷わずそのうちの一つを選んだ。家からの移動時間はそれぞれ違うので、集合は途中の駅。改札を出たところで待ち合わせることにする。


「お昼は持ってくとして、飲み物は現地でも買えるよね。でも私、凍らせたやつ持ってこうかな」


「それいい。私も一本凍らせよう。……あ、みつみ、前に作るって言ったやつ、当日までに何にするか決める?」


佳奈子が聞くと、みつみはすでに別のメモを開いていた。


「決める! でもまだ候補あるんだよね。暑いから傷みにくいのがいいし、手でつまめるのがいいし……。あ、帰りにちょっと材料見てこようかな」


「そこまで張り切るなら、当日寝坊しないでね」


「しないって!」


みつみは笑い、すぐに思いついた候補を二つ打ち込んだ。志帆は残った飲み物を飲み終えると、四人のチャットに行き先と集合の目印をまとめて送った。千尋がそれを読み、「これなら迷わないね」と返す。


佳奈子は最後にもう一度、自分のカレンダーを開いた。変更した美容院の予定は別の日に移り、その空いた場所には、さっき登録した『虎ヶ崎・四人で』という文字が入っている。


その予定を見ただけで、朝の支度や駅までの道、森の中で食べるお昼まで想像できた。面倒だと思っていた日程調整も、終わってみると案外悪くない。自分が空けた一日を、ちゃんと楽しみにしている。


「ねえ、帰りさ。時間あったら何か食べてこない?」


佳奈子がそう言うと、千尋はすぐに笑った。


「いいね。場所、行ってから決めよっか」


「私、甘いの!」


「みつみ、さっき食べたばっかりでしょ」


「当日は別の日だもん!」


店を出ると、まだ夏の日差しが道路を白く照らしていた。四人はそれぞれの帰り道へ向かって歩き始める。今日決まったのは、たった一日の予定だった。


けれど、その一日には、もう四人分の楽しみが詰まっていた。


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