第116話 石の上にも四人
鳴田南ダンジョンの入口に着いたとき、蘭々は石造りの門を見上げたまま、しばらく動かなかった。
「うわ、何これ。入口からもう遺跡じゃん! ちょっと待って、写真撮りたい。あ、私たちも入ろうよ。四人で!」
「入る前から撮るの?」
瑞穂が笑うと、蘭々は当然という顔でスマートフォンを構えた。
「だって、帰りにも撮ったらビフォーアフターになるじゃん。今はまだ、どんなところか全然知らない顔!」
「それ、帰りにすごい顔になってたらどうするんだよ」
紗希が隣に並びながら、肩をぐるりと回した。狩造で少し動かしにくかった革製防具は、店で調整してもらったばかりだ。腕を上げても肩が引っ張られず、腰をひねっても余計なところが突っ張らない。
「よし。今日はこれで遠慮なく動ける」
「遠慮なく、はいいけど。怪我しに行くわけじゃないからね」
絵美里が笑いながら言うと、紗希は「分かってるって」と返した。その隣へ瑞穂と蘭々も寄り、蘭々が腕を伸ばしてシャッターを切る。確認した画面には、少し真面目な絵美里と、すでに嬉しそうな紗希、まだ門を見上げている瑞穂、それから大きく笑った蘭々が収まっていた。
「うん、いい感じ! 帰りはもっとすごいの撮ろうね」
その約束だけは、誰からも異論が出なかった。
◇
施設で装備を整えてダンジョンに入ると、外の蒸し暑さが嘘のように遠のいた。石段を下りるほど空気がひんやりして、靴底が硬い床に触れるたび、乾いた足音が奥へ響いていく。
通路の壁には細かい傷が重なり、ところどころに欠けた彫刻が残っていた。天井の高い場所では柱が途中から闇に溶け、足元を照らす淡い光だけが石の継ぎ目を浮かび上がらせている。
「洞窟とは全然違うね。誰かが建てた建物みたい」
瑞穂は柱の側面へ顔を近づけ、削れた模様を眺めた。蘭々はその横から覗き込み、少しだけ声をひそめる。
「ここ、何百年も前のお城だったりして。……いや、ダンジョンだから違うのかな。でも雰囲気は完全に映画のやつ!」
「分かる。私もこういう場所、好き」
絵美里は前方を確かめながら答えたが、視線はしばしば壁の装飾へ戻っていた。左右で柱の形が少し違うことに気づくと、立ち止まって比べ始める。
「こっちだけ、上の模様が途切れてる。もしかして何か動くのかな」
「絵美里、まだ最初の通路だぞ。今から全部調べてたら帰れねえって」
「そう言う紗希も、さっきから石像の顔見てるじゃん」
「いや、あれは普通に格好よくない?」
見上げた先には、壁から半分だけ突き出た獣の頭があった。口元が欠けているせいで表情は分からないが、紗希は満足そうに一枚撮り、先へ歩き始めた。
最初の仕掛けが現れたのは、その少し先だった。行き止まりの壁に丸い石盤が埋まり、左右には短い石棒が一本ずつ突き出している。床の細い溝は途中まで続いているのに、壁の前で途切れていた。
「お、出た。これ動かすやつじゃん」
紗希が右の石棒へ手を伸ばすと、瑞穂が床へしゃがんだ。
「ちょっと待ってください。ここ、石盤の線と床の溝がずれてる気がします。先にそっちを見てもいいですか?」
「いいよ。瑞穂は何か気づいた?」
絵美里もしゃがんで溝を確かめる。瑞穂は石盤に刻まれた浅い線を指でなぞり、左の石棒へ目を移した。
「線を合わせたら、どこかが開くのかも。でも、どっちの棒で何が動くのか分からなくて」
「じゃあ一本ずつやってみよう。私、ここから見てるから」
絵美里が少し下がると、紗希は左の石棒を倒した。石盤が小さく回り、線の向きが変わる。けれど、壁は動かない。
「逆かな?」
「もう一回やってみて。今ので、さっきより床の線に近づいたと思う」
瑞穂が言い終える前に、蘭々が壁際へ寄った。
「待って。こっちの線もあるよ! 私、ずっと飾りだと思ってた」
指さしたのは、石盤の右下から延びる、ほとんど擦り消えた溝だった。紗希が右の棒を操作すると、今度は石盤の外側がゆっくり回り、二本の線がひと続きになった。
ご、と壁の奥で音がした。正面の石壁が少しずつ横へ移動し、暗い通路が姿を現す。
「開いたーっ!」
蘭々の声が遺跡に響き、遅れて自分の耳にも返ってきた。本人はそれが面白かったらしく、もう一度、小さく「開いたー」と言って笑っている。
「私、今の好き。線がつながると本当に動くんだね」
絵美里は開いた壁の端まで行き、石が収まった溝を覗き込んだ。しばらく仕組みを眺めたあと、ようやく三人へ振り返る。
「先へ行こっか。……でも、帰りにもう一回見られないかな、これ」
「めっちゃ気に入ってるじゃん」
「紗希だって楽しかったでしょ?」
「まあ、それはそう」
紗希が笑って先へ出ると、瑞穂と蘭々も並んでその後を追った。
◇
通路が広がった先には、背の高い柱が何本も並んでいた。天井の近くまで続く柱の途中には、小さな翼のある石像がいくつも取りつけられている。
「すご……。ここ、めっちゃ写真映えする」
蘭々が立ち止まってスマートフォンを取り出しかけたところで、絵美里が片手を上げた。
「写真は少しあとにしよう。ここ、見通しが悪い。紗希、右側を見ててくれる?」
「了解。瑞穂とマルは、真ん中より後ろにいて」
紗希がメイスを持ち直す。二人の一年生は頷き、石柱の間へ目を向けた。
瑞穂は《ホークアイ》を使った。見えていないものまで見通せるわけではない。それでも、柱の陰や床の段差、四人の位置関係が、さっきよりはっきり整理できるようになる。
左奥で、石を引っかくような音がした。
「……何かいる」
瑞穂が言うと、絵美里は盾を前へ出した。直後、柱の裏側から灰色の影が滑り出す。翼を広げたプチガーゴイルが、石の床すれすれまで降りてきた。
「来た!」
「私が受ける。紗希、無理に追いかけないで」
「分かってる!」
絵美里は一歩踏み込み、《プロボーク》で敵の注意を引きつけた。プチガーゴイルが翼をたたんで突っ込んでくる。正面から受けた一撃にタワーシールドが低く鳴り、絵美里の靴が石床をこすった。
「《ガード》!」
盾を立て直し、次の爪を受け止める。その様子を見ながら、瑞穂は少し離れた紗希へ手を向けた。
「紗希先輩、《フォーカス》をかけます!」
「頼む!」
瑞穂がスキルを使うと、紗希は一度肩を回し、メイスを構え直した。身体が勝手に動くわけではないが、相手との距離や、次に振り抜く場所へ意識を向けやすくなる。
絵美里が正面の敵を受け止めた、そのときだった。
柱の上に並ぶ石像の一つが、ほんのわずかに向きを変えた。壁から剥がれるように灰色の翼が開き、絵美里の右側へ落ちる軌道に入る。
「絵美里先輩の右! 紗希先輩、お願いします!」
瑞穂の声が飛んだ瞬間、紗希は振り返った。石像に紛れていた二体目のプチガーゴイルが、ちょうど絵美里の盾の横を狙って飛び込んでくる。
紗希は大きく踏み込まず、その場で身体をひねった。メイスを横から振り上げると、石の翼を打つ硬い感触が手に返る。
ガッ、と鈍い音がして、プチガーゴイルが床へ叩き落とされた。
「うおっ、当たった!」
「そのままお願い! こっちはまだ動いてる!」
絵美里は正面の敵を盾で押し返しながら、紗希へ声を飛ばす。床へ落ちた方は翼を広げようとしていたが、紗希はそこで一度、後方の二人を見た。瑞穂は柱の間へ視線を走らせ、蘭々はメイスを握ったまま退路側を確かめている。
「……よし。じゃあ、ここで試すか!」
紗希はメイスを握り直し、息をいっぱいに吸い込んだ。
「ウリィィィィィィ!!」
遺跡の奥まで響く雄叫びとともに、《ウォークライ》が発動する。紗希が踏み込んで振り下ろした一撃は、それまでの打撃とは明らかに手応えが違った。
床を蹴ったプチガーゴイルが飛び上がろうとしたところへ、メイスが肩口からぶつかる。石の身体に亀裂が走り、勢いを失った翼が床を打った。
「うっわ、すっげ……!」
紗希は目を輝かせ、もう一歩踏み込んでメイスを振り抜いた。今度は胸のあたりが大きく砕け、プチガーゴイルの姿が淡い光になって消える。
「気持ちいィー!」
思わず飛び出した声に、蘭々が吹き出した。
「紗希先輩、今の声、戦闘より楽しそうなんですけど!」
「楽しいって! マジで全然違う! もう一発やりたいくらい!」
「一匹残ってるから、そっち見て!」
絵美里に呼ばれ、紗希はすぐ顔を上げた。
残ったプチガーゴイルは盾の正面から飛び退き、柱へ跳びついている。絵美里が追わずに位置を変えると、相手はその脇を抜けるように翼を開いた。
「蘭々、後ろへ!」
瑞穂が言うより早く、紗希は走り出していた。真っすぐ敵へ向かったのではない。蘭々とプチガーゴイルの間へ回り込み、振り下ろされる爪を防具のある腕で受けながら、メイスを下から突き上げる。
「こっちは通さねえよ!」
敵の身体が跳ね、着地したところへ絵美里が盾を入れた。反撃を受ける位置が変わり、紗希は追い打ちをかけようとして――腕に走る痛みに気づいた。
革の端から出た前腕に、細い傷ができている。爪先を完全には防げなかったらしい。血が少しにじんでいたが、握る手に力は入った。
「紗希先輩!」
「平気。かすっただけだから」
紗希はメイスを構え直した。けれど、瑞穂は絵美里の位置を確かめてから、少し勇気を出して声をかける。
「紗希先輩、今なら一度下がれそうです。絵美里先輩が抑えてくれている間に、蘭々に治してもらいませんか?」
言葉は控えめだったが、見ている場所ははっきりしていた。絵美里は盾の正面へ相手を引き戻し、柱との間に立って後衛への通り道を塞いでいる。すぐにもう一体が現れる様子もない。
紗希は傷口を見て、それから絵美里の背中へ目を向けた。
「……そうだな。マル、頼める?」
「もちろんです! こっち来てください!」
蘭々はそれまでの明るい声のまま紗希を呼んだが、傷を見た途端に表情を引き締めた。差し出された腕へ手をかざし、《ヒール》を使う。
淡い光が傷口を包み、ひりつく痛みがゆっくり消えていった。
「どうですか? 動かしても痛くないですか?」
「うん。もう平気。ありがと、マル」
「よかったぁ。……でも、終わってからお礼もう一回ください。今、ちょっと忙しいので!」
紗希は吹き出しかけたが、蘭々の目はもう絵美里の方へ向いていた。瑞穂も戦況を確かめ直し、敵が柱へ逃げようとするところを見つける。
「上へ行きます! 紗希先輩、右側から回れます!」
「了解!」
紗希は盾の右側へ走り、絵美里が相手の進路を塞いだところへ踏み込んだ。メイスの一撃が石の胴を叩く。よろめいたプチガーゴイルが反対側へ逃げようとすると、絵美里の片手剣がその動きを止めた。
最後の一撃で石の身体が崩れ、広間に静けさが戻った。
紗希はすぐメイスを下ろさず、柱の上をもう一度見回した。それから絵美里へ顔を向ける。
「今の、どうだった?」
「私は助かったよ。右から来たの、盾を向け直すには間に合わなかったと思う。瑞穂もよく見つけたね」
「いえ、動くのが見えたので……。でも、紗希先輩があんなに早く反応してくれると思わなくて」
「瑞穂の声が聞こえたからだよ。あと、《フォーカス》も効いてたと思う。振ったとき、いつもより狙いやすかったし」
紗希はメイスを肩へ担ぎかけ、調整した防具の肩が引っかからないことを確かめるように、もう一度大きく動かした。
「それに、さっきの《ウォークライ》。あれ、めっちゃいい。……もうちょっと暴れたかったけどな」
「十分暴れてたでしょ」
絵美里は笑いながら剣を下ろした。蘭々が待ってましたとばかりに二人の間へ入る。
「はーい、では回復係から感想です! 怪我は少ない方が嬉しいです。でも今日はちゃんと出番があって、私もすごく嬉しかったです!」
「それ、怪我してほしいみたいになってない?」
「違いますよ! 誰も怪我しないのが一番です。出番がなかったら、その分、写真係がんばりますから!」
瑞穂が笑い、絵美里もつられて笑った。蘭々はそれを見届けると、今度こそ柱の写真を撮ろうとして、すでに誰も近くの石像を信用していないことに気づいた。
「……ここの写真、遠くからでもいいですか?」
「うん。それがいいと思う」
絵美里の返事に四人がまた笑う。戦闘の熱が残った広間で、今度は少し離れた場所から、蘭々が石柱と翼の彫刻を何枚も撮った。
◇
その後も、通路の途中で石棒を倒したり、壁に埋まった石盤を回したりしながら先へ進んだ。仕掛けを動かすたび、思いがけない方向から石の擦れる音が聞こえる。遠くで扉が開いたと思ったら、目の前の階段が動いて別の通路へつながることもあった。
昼過ぎ、四人は少し広い踊り場で腰を下ろした。蘭々が持ってきた小袋のお菓子を取り出すと、紗希は水筒の蓋を開けながら、さっきの戦闘をまた話し始める。
「メイスが当たった瞬間さ、ほんとに手応えが違うんだよ。石が砕ける感じまで伝わってきて。もう一回やりたいな、あれ」
「でも、次も怪我するまでやるのはなしね」
絵美里が言うと、紗希は素直に頷いた。
「分かってる。ただ、あのとき瑞穂が下がれるって教えてくれたじゃん。自分じゃ、もう一発いけるって思ってたからさ。ああいうの、ちゃんと聞いた方がいいなって」
瑞穂はお菓子の袋を持ったまま少し戸惑った。
「私も言っていいか迷ったんです。でも、絵美里先輩が抑えてくれていたし、今なら大丈夫かなって」
「正解。私、あそこで紗希にずっと戦わせる必要なかったからね」
絵美里は答えてから、隣に座る蘭々へ袋を渡した。
「蘭々もありがと。怪我を治してもらえたから、こっちも安心して戦えたよ」
「えへへ。次はもっと早く治せるようになりたいです。……でも次は怪我しないでくださいね。私はその間にいっぱい写真撮るので!」
「結局写真が撮りたいんじゃん」
「撮りたいです!」
蘭々は少しも否定せず、全員が笑った。
休憩を終えてさらに進むと、厚い石扉の前へ出た。脇にある仕掛けを動かすと扉が左右へ開き、向こうに巨大な円形の空間が現れた。
「……え」
最初に声を漏らしたのは絵美里だった。
入口の床は数メートル先で途切れ、その向こうには底の見えない深い穴が広がっている。いくつもの石の足場が空中に浮かび、遠くの壁際では青白いゲートが光っていた。
「ちょっと待って、何これ。すっご……!」
絵美里は思わず一歩前へ出たが、床の切れ目に気づいて立ち止まった。しばらく動く足場を眺め、それから入口の壁にある短い操作棒を見つける。
「ねえ、あれ動かしたらどうなるんだろ。やってみていい?」
「いいけど、絵美里、めっちゃ楽しそうだな」
「だってこれ、実際に動くんだよ? 写真で見るのと全然違う!」
絵美里が石棒を倒すと、重たい音を響かせて足場が移動し、一枚が入口へ寄ってきた。蘭々は口を開けたままその動きを追い、瑞穂は次に渡れそうな足場を指さす。
「こっち、乗れそうですね。……でも、あの石盤を回すとまた動くのかな」
「乗ったら分かるって!」
紗希が笑うと、絵美里は盾を抱え直し、最初の足場へ慎重に移った。足場の中央にある丸い石盤へ手を置き、瑞穂たちが全員渡ったのを確かめてから回す。
床の下から振動が伝わった。四人を乗せた足場がゆっくりと進み、途中で大きく左へ曲がる。
「きゃー! 動いてる! すごいすごい!」
「分かってる、蘭々。私も今めっちゃ面白い!」
絵美里は笑いながら足場の縁を見た。次に近づく石の台座には、三本のレバーが並んでいる。
それからの移動は、一つ動かしては周囲を見て、また一つ試す繰り返しだった。一本のレバーで遠くの足場が入れ替わることもあれば、自分たちの足場が少しだけ上下することもある。瑞穂が移動先を見比べ、紗希がレバーを操作し、絵美里が全員の位置を確かめる。蘭々もただ後ろについていくのではなく、まだ触っていない石盤を見つけると、自分から試してみたいと手を上げた。
「これ、右に回したらどうなるんだろ」
「じゃあ、みんなが乗ってるうちに一回やってみようか」
瑞穂が言うと、蘭々は力を込めて石盤を回した。
足場は右へ進みかけて、途中で向きを変えた。さっきまで遠かった入口が、なぜか正面に見えてくる。
「……あれ? 戻ってない?」
紗希が言うと、絵美里は少し考えてから笑いだした。
「戻ってる。しかも、さっきの足場より下に来てるね」
「ええっ、なんでー! 私は奥に行きたかったのに!」
「でも、この高さからだと、あっちの足場がよく見えるよ。もう一つ先に行ける場所、見つかったかも」
瑞穂が指した先には、石柱の向こうに隠れていた小さな足場があった。蘭々はすぐにそちらへ身を乗り出しかけ、絵美里が軽く肩を引く。
「落ちないでね。気になるのは分かるけど」
「はい! ……でも、寄り道したおかげで見つかったじゃん。これ、実質正解だよね!」
「それはどうかなあ」
絵美里は笑って答えたが、戻る前にもう一度、その足場の動く軌道を確かめていた。
何度か乗り換えた末、四人はゲートの手前にある大きな足場へ着いた。中央には太い操作棒があり、先の石の道はまだつながっていない。
「これ倒したら、向こうまで行けるんじゃない?」
紗希が棒へ手をかけたが、ほとんど動かなかった。
「……重っ。さっきのと全然違う」
「二人でやる?」
絵美里が隣へ並ぶ。二人で力を込めると、石の棒が少しだけ動いたものの、途中で止まってしまった。
瑞穂は棒の根元を見つめ、それから紗希たちの手元へ目を移す。
「先輩たち、もう少し先の方を押したらどうでしょう。根元より、動かしやすいかもしれません」
「あ、そっか。こっちの方が力かけやすいな」
紗希は棒の先端寄りへ移動した。絵美里も反対側から手を添える。瑞穂と蘭々が加わると、四人の肩がほとんど並んだ。
「じゃ、せーのでいくよ」
「待って。私、かけ声やりたい!」
蘭々が手を上げる。紗希は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑った。
「いいよ。マル、頼んだ!」
「いきまーす! せーのっ!」
四人で一斉に押すと、石の棒がごご、と低い音を立てた。ほんの少しずつだが、さっきより確実に動いていく。紗希が踏ん張り、絵美里が足の位置を変えて押し続ける。瑞穂と蘭々も手を離さず、声を合わせてもうひと押しした。
最後に大きな音が響き、操作棒が端まで倒れる。
「やった!」
離れた壁の中から、巨大な石の足場がせり出してきた。ゆっくりと穴の上を渡り、ゲートの前まで伸びて止まる。
蘭々が両手を上げて飛び跳ね、瑞穂も大きく息を吐いた。絵美里は動いたばかりの足場を見つめ、感心したように笑う。
「すごいね。こういうの、みんなで動かすと本当に楽しい」
「な! 戦うだけじゃなくて、これもダンジョンなんだよな!」
紗希は手のひらを見てから、笑ってメイスを持ち直した。蘭々はすぐに最後の足場へ目を向ける。
「ねえ、ゴール行く前に写真撮ろうよ! この景色、絶対残したい!」
「撮ろっか。せっかくだし、四人とも入ろう」
絵美里が答えると、瑞穂も頷いた。深い穴と浮かぶ足場を背景に、蘭々がスマートフォンを構える。四人が少しずつ寄って画面に収まった瞬間、紗希が拳を突き上げた。
シャッター音が遺跡の広間に小さく響いた。
◇
青白いゲートを抜けると、視界にクリアを知らせる表示が浮かんだ。
《鳴田南ダンジョンをクリアしました》
「やったー! クリアだ!」
蘭々が声を上げる。続いて現れたクリアボーナスの表示を確認し、四人は顔を見合わせた。
受付へ戻ると、初回クリアの記念メダルもそれぞれ受け取った。蘭々は手のひらに載せたメダルを裏返し、刻まれた遺跡の模様を嬉しそうに眺めている。
「初めて四人だけで来たのに、ちゃんとゴールまで行けたね」
瑞穂が言うと、紗希は満足そうに頷いた。
「いやあ、楽しかった。ギミックもいいけど、戦闘も最高だったな。瑞穂の声で振り向いて、あいつ叩き落としたとこ、めっちゃ気持ちよかった」
「私も、あれが一番びっくりしました。自分で見つけても、紗希先輩が間に合うか分からなかったので。でも、声に出してよかったです」
「うん。助かったよ。私も、盾で受けるだけじゃなくて、みんなの動きが合うとすごく面白いって思った」
絵美里はそう言いながら、タワーシールドの縁へ手を置いた。
「あと、最後の足場。ああいうの、またやりたいな。今度は違うところも見て回りたい」
「はいはい、私も! 写真ももっと撮りたいし、あと帰りにおいしいもの食べたい!」
蘭々が勢いよく手を上げる。紗希が「それはいつものことだろ」と笑うと、瑞穂はスマートフォンを開いた。
「じゃあ、まず先輩たちに報告しようか。クリアした写真も送れるし」
「待って、その前に選ばせて! 私、今日すっごいいい写真撮ったから!」
蘭々は画面を見せながら、四人を近くへ呼んだ。そこにはゴール前の一枚が映っている。拳を上げた紗希の横で瑞穂が笑い、絵美里は少しだけ驚いた顔をしていた。シャッターを押した蘭々自身も、誰より大きな笑顔で写っている。
「いいじゃん、これ」
「でしょ! やっぱり帰りの方が、みんな楽しそうな顔になってる!」
朝に門の前で撮った写真と並べると、確かに少し違って見えた。四人はもう一度笑い合い、それから写真を部のチャットへ送った。
帰りに何を食べるかという相談は、ダンジョンの出口を出てもまだ続いていた。




