↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
112/123

第112話 未経験歓迎、ボス戦あり

 蔵安ダンジョンの施設に到着したとき、蘭々はスマートフォンのジョブ紹介ページをもう一度開いていた。


 前回の骨橋ではジョブを取得せずに探索したが、今日は違う。施設でジョブを選び、そのままダンジョンへ入る予定だ。


「蘭々ちゃん、まだ迷ってる?」


 絵美里が隣から画面を覗き込むと、蘭々は首を横へ振った。


「いえ、だいたい決めてます。希望するジョブが候補に出てくれれば、ですけど」


「それは行ってみないと分からないからね。瑞穂ちゃんは?」


「私も決めました。サポーターがいいなって思ってます」


 瑞穂は自分のスマートフォンを見せた。そこにはサポーターの説明と、いくつかのスキルが表示されている。


「骨橋で志帆先輩が《プロテクション》を使ったのを見たじゃないですか。あれがすごく印象に残ってて。絵美里先輩が前で戦ってるところへ魔法を使って、守ってあげるのっていいなって思ったんです」


「なるほど。自分で戦うだけじゃなくて、誰かを助ける方に興味が出たのね」


 志帆が答えると、瑞穂は頷いた。


「はい。それで調べてたら、サポーターにも仲間を助けるスキルがあるって知って。あと、《ホークアイ》っていうのも気になりました。骨橋では分かれ道で迷いそうになったし、周りをもっとちゃんと見られるようになりたいなって」


「いいんじゃない? 自分がやってみたいことがあるなら、それを基準に考えるのが一番だと思うよ」


 絵美里がそう言うと、紗希も隣で頷いた。


「私もファイター選んだときは、前に出て戦いたかったからだし。結局、自分がやりたいことできるのが一番楽しいじゃん」


「そうですね。候補にあるといいなあ」


 瑞穂は画面を閉じ、蘭々の方を見た。


「蘭々は?」


「私はヒーラー!」


 蘭々は待ってましたと言わんばかりに顔を上げた。


「前に出るの怖いし、私ってどっちかっていうと癒し系だし!」


「自分で言うんだ」


 瑞穂が笑う。


「だって、そうじゃない? 私がメイス持ってモンスターに突っ込んでいくところ、あんまり想像できないもん。それより、誰かが怪我したときに治してあげる方が向いてそうだなって」


「なるほどね。でも、ヒーラーだって安全なところにいるだけじゃないから、そこは覚えておいてね」


 絵美里が言うと、蘭々は少しだけ真面目な顔になった。


「はい。それは分かってます。……たぶん」


「たぶんかよ」


 紗希が笑い、蘭々もつられて笑った。


 志帆は二人の画面を見比べてから、受付の方へ目を向けた。


「それじゃ、手続きを済ませましょうか。候補が出てから、もう一度考えてもいいのだから」


 五人は受付へ向かった。


 絵美里たち三人はいつもの入場手続きを進め、瑞穂と蘭々はジョブ登録の申し込みをする。本人確認と料金の支払いを済ませたあと、二人は案内に従って専用設備のある区画へ向かった。


「じゃあ、行ってきます!」


「希望のジョブ、あるといいなあ」


 二人が奥へ歩いていくのを見送り、残った三人は待合スペースへ移動した。


 紗希が近くの椅子へ腰を下ろし、スマートフォンを取り出す。その隣で、絵美里は先ほどの二人の話を思い返していた。


「《プロテクション》とヒーラーですか。だいぶ慕われてますね、志帆先輩」


 からかうつもりなどまったくない、素直な感想だった。


 瑞穂は志帆の防護魔法に憧れ、蘭々は志帆と同じヒーラーを選びたいと言っている。絵美里自身も志帆のことを尊敬しているだけに、二人の気持ちはよく分かる。


 志帆は少し驚いたように絵美里を見たが、やがて嬉しそうに口元を緩めた。


「ふふ……我が背を追うとは、なかなかの慧眼。よかろう、幼き癒やし手よ。今よりそなたを我が堕天の翼のもとに迎え、存分に寵愛を授けよう」


 いつもより大げさに胸を張り、いかにも満足げな表情を浮かべる。


 その様子を見ていた絵美里が、少しだけ頬を膨らませた。


「わ、私だって志帆先輩のこと尊敬してるんですけどね……」


 思わず口をついて出た言葉に、志帆は目を丸くした。


 絵美里は別に、新入生たちと張り合いたかったわけではない。ただ、あまりにも嬉しそうな志帆を見ていたら、自分だって同じくらい慕っているのだと伝えたくなった。


 志帆はそんな絵美里を見て、ふっと表情を和らげた。


「ふふ、ありがとう」


 それだけ言って微笑むと、絵美里も少し照れくさそうに笑った。


 隣では紗希がスマートフォンを眺めていたが、二人の会話には特に口を挟まなかった。


 しばらくすると、通路の奥から二人の新入生が戻ってきた。


「あっ、先輩たち!」


 先に手を振ったのは瑞穂だった。


「ありました! サポーター!」


「私も! ヒーラー、ちゃんと候補にありました!」


 二人はそれぞれスマートフォンの画面を見せた。


 瑞穂は提示された候補を確認し、説明を読み比べたうえでサポーターを選んだ。蘭々もいくつかの候補を見たが、最終的には最初に希望していたヒーラーに決めたという。


「サポーター、LV1。《ホークアイ》も使えるみたいです!」


「私はヒーラー、LV1。《ヒール》! 本当に魔法が使えるようになったんですね」


 蘭々は自分の手を見下ろした。さっきまでと何も変わっていないように見えるのに、表示されたジョブとスキルは確かに自分のものになっている。


「試すのは中へ入ってからね。外じゃスキルは使えないから」


 志帆に言われ、蘭々は素直に頷いた。


 その横で紗希は、受け取ったレンタルのメイスを軽く持ち上げていた。防具はまだ探している途中で、今日は前回と同じく借りられるものを使う。


「私はこっちの準備できたよ。絵美里、そっちは?」


「大丈夫。二人の装備、最後に一回見たら行こうか」


 絵美里が二人の肩紐と荷物の収まりを確かめている間に、紗希はバッグから飲み物を取り出した。飲む前に「先輩もいります?」と志帆へ聞き、志帆が自分の水筒を見せると「了解です」と蓋を閉める。


 少し前に一緒に歩いた骨橋とは、似ているところもある。けれど今日は、二人とも新しいジョブを持っていた。


     ◇


 蔵安の洞窟に入った瑞穂は、骨橋で最初に感じた驚きを思い出していた。


 湿り気を含んだ空気と、壁に返る靴音。そこはやはり洞窟だったが、道幅も岩の色も、前に歩いた場所とは違う。少し進むと通路は緩く下り、左手の岩壁には水が染み出した跡が帯のように続いていた。


「骨橋と全然違うね。こっちの方が、なんか道が細いところ多くない?」


 蘭々が前を見ながら言う。


「そうだね。ダンジョンによって地形も違うし、出てくるモンスターも少し違うよ」


 絵美里は前方の曲がり角へライトを向け、立ち止まった。


「二人とも、スキルはまだ使ってないよね。瑞穂ちゃん、ここなら少し試してみてもいいと思う。何か分かることがあったら教えて」


「はい。……《ホークアイ》」


 瑞穂が意識を集中させると、急に景色の輪郭がくっきりするような感覚があった。明るさが増えたわけでも、見えない場所が透けたわけでもない。ただ、五人の立ち位置や岩の出っ張り、曲がり角までの距離が、さっきより一度に頭へ入ってくる。


「……すごい。見えるものは同じなのに、何ていうか、まとめて見られる感じがする」


「それなら、さっき通ってきた道も思い出せる?」


 蘭々が面白がって尋ねる。瑞穂は後ろを振り返ってみたが、曲がり角の向こうは見えない。


「ううん、見えなくなったところまでは分かんない。でも、いま誰がどこにいるかは、前より気にしやすいかも」


「いいじゃん。周りを見る余裕ができるなら、役に立ちそう」


 紗希が言うと、瑞穂は嬉しそうに頷いた。歩き出してからも何度か仲間の位置を見直し、効果が続いている間にどのくらい感覚が変わるのか、自分なりに確かめていた。


 最初の戦闘は、下り坂を抜けた先で起きた。


 岩陰から現れたダンジョンラットが二匹、低い姿勢のまま通路を横切り、五人へ向かってくる。骨橋のスライムより速く、足元を這うように動くため、蘭々は思わず後ろへ下がった。


「来た! あれ、ネズミですよね?」


「ダンジョンラット。足元に気をつけて。私と紗希が前へ出るから」


 絵美里が盾を構える。紗希も横へ並んだが、二匹が別々の方向へ走ったのを見て、すぐに足を止めた。


「右のやつ、そっち回るぞ!」


「見えてる。紗希、左お願い」


 絵美里が右から来た一匹を盾で押さえた。紗希は左の個体へ踏み込み、メイスを低く振る。一度は床を叩いたが、相手が方向を変えたところで《パワーストライク》を叩き込んだ。


 淡い光が散る。


 もう一匹は盾に弾かれて横へ滑り、起き上がろうとしたところへ絵美里の片手剣が入った。


「……終わった?」


 蘭々が前を覗く。さっきまで動き回っていた影はどちらも消えていた。


「うん。大丈夫。蘭々ちゃん、無理に近づかなくてよかったよ」


 絵美里は盾を下ろし、紗希の方を見る。


「一匹目、ちょっと外したじゃん」


「動きが速かったんだって。でも二発目は当てたからいいでしょ」


「別に駄目って言ってないよ。……ほら、二人とも平気?」


 瑞穂は自分が立っていた場所と二匹のいた方向を指でなぞり、少し考えてから答えた。


「はい。私、右から来た方は見えてたんですけど、どっちを見ればいいか迷っちゃいました。次はちゃんと声に出したいです」


「その方が助かるね。言ってくれたら、こっちも動きやすいし」


 紗希がメイスを肩の高さで持ち直すと、瑞穂はもう一度頷いた。スキルを使っただけで何でもできるわけではないと、今の短い戦闘で分かった。それでも、次に試してみたいことはできている。


 蘭々は手を見下ろしていた。


「私、まだ《ヒール》使ってないや。何もなかったなら、それでいいんだけど」


「使わない方がいい場面もあるわよ。怪我がないなら、無理に使う必要はないもの」


 志帆の返事に、蘭々は顔を上げた。


「そうですよね。……でも一回くらいは、ちゃんと使ってみたいな」


「機会があればね」


 志帆は軽く笑って、先の通路へ目を向けた。


     ◇


 昼前、五人は少し広くなった岩のくぼみで休憩した。


 骨橋でも飲み物やお菓子を持ってきたが、今回は蘭々が小さな包みを一つ余分に入れていた。


「これ、みんなで食べようと思って。昨日コンビニで見つけたんです」


 出てきたのは個包装の小さな焼き菓子だった。紗希がひとつ受け取り、「いいね、こういうの」と包みを開ける。絵美里は盾を邪魔にならない場所へ置いてから、スマートフォンで現在地を確認した。


「ここまでは順調かな。この先は少し広いところが続くはず」


「そこにボスがいるの?」


 瑞穂が尋ねると、絵美里は首を横へ振った。


「まだ先だよ。蔵安は、骨橋と違って一番奥のボスを倒さないとクリアにならないの。だから時間と体力に余裕があるうちに行きたいけど、途中でやめてもいいんだよ」


「私は行ってみたい。もちろん、無理そうだったらやめますけど」


 蘭々が答える。その横で瑞穂も頷いた。


「私も。さっきより、もう少し役に立てる気がするから」


 紗希は菓子を食べ終え、メイスの柄を膝へ載せた。


「いいじゃん。私もボスと戦いたいし。ただ、あいつはスライムとかとは違うからね。最初はちゃんと動き見て、危ないと思ったら下がってよ」


「紗希がそれ言う?」


 絵美里が笑う。


「なんだよ。私だって相手は見てるし。無茶してるわけじゃないから」


「分かってるよ。前へ出るのが好きなだけでしょ」


「そういうこと」


 紗希は満足そうに頷き、残りの焼き菓子へ手を伸ばしかけたが、蘭々が袋を押さえて笑った。


「あとで食べる分も取っときましょうよ」


「……あ、はい」


 紗希が素直に手を引っ込めたので、絵美里は声を出して笑った。


 休憩のあと、少し先の通路でゴブリンが一匹現れた。絵美里が正面を受けたところへ紗希が踏み込んだが、爪の一撃がメイスを持つ腕の外側をかすめた。防具の隙間にできた細い傷を見て、紗希は少し顔をしかめる。


「うわ、やられた。浅いけど、地味に痛いな」


 そのまま紗希がメイスを振ると、ゴブリンの身体がぐらりと傾いた。《ブレイク》で崩した相手を、絵美里の片手剣が仕留める。


「紗希、腕。見せて」


 絵美里が近づく。赤い筋が一本残っているが、深い傷ではない。紗希自身も動かせることを確かめてから、蘭々の方へ向いた。


「蘭々ちゃん、もしよかったら《ヒール》使ってみる? 先輩、ここにいるし」


「えっ、いいんですか? ……あ、でも、怪我したのに喜んじゃ駄目ですよね」


「いいって。わざと怪我したわけじゃないけど、せっかくなら頼みたい」


 志帆は二人のそばへ寄り、傷の様子を確かめた。


「このくらいなら《ヒール》で治せるわ。焦らなくていいから、傷を見て、治すことを意識してみて」


 蘭々は一度深く息を吸い、紗希の腕へ手を向けた。


「《ヒール》」


 指先から淡い光が広がり、赤い筋を包んだ。完全に消えるまでに少し時間がかかったが、光が収まると、傷のあったところは元の肌へ戻っていた。


「……治った。えっ、ほんとに治った!」


「お、すげえ。ありがと、蘭々ちゃん。ちゃんと治ってる」


 紗希が腕を曲げ伸ばしすると、蘭々はようやく肩の力を抜いた。


「よかったあ。最初、何も起きなかったらどうしようって思ってました」


 志帆は少し得意そうに笑い、蘭々へ目を向けた。


「初めてにしては上出来よ。焦らずに治せたじゃない」


「ありがとうございます! でも、魔法って本当に不思議ですね。何をどうしたらいいのか、まだうまく説明できないです」


「最初はそんなものよ。使っているうちに、少しずつ感覚がつかめてくると思うわ」


 蘭々はもう一度、自分の手のひらを見た。格好いい台詞を言えるかどうかはともかく、誰かの怪我を治せたことは、想像していたよりずっと嬉しかった。


     ◇


 奥へ進むにつれて、通路には大きな足跡のようなくぼみが目立つようになった。壁の曲がり方も緩やかになり、しばらく歩くと、五人が横に並べるほどの広間へ出た。


 その奥から、低い唸り声が聞こえてきた。


 絵美里が盾を構え直して足を止める。紗希もメイスを握り直した。


「……ボス?」


「そう。ホブゴブリン。普通のゴブリンより大きいから、近づきすぎないで」


 志帆が答える間に、薄暗い奥から獣じみた姿が現れた。厚い胴体を二本の脚で支え、長い腕を床すれすれまで下げている。口吻から覗く牙は先ほどのゴブリンよりずっと大きく、前傾した身体が一歩進むたび、太い爪が岩を引っかいた。


「うわ、でか……」


 紗希が思わず漏らした声に、蘭々が小さく頷いた。


「私、後ろにいます。近づかないです」


「うん、それでいい。瑞穂ちゃん、周りが見えるなら、何か気づいたことを教えて」


 絵美里が盾を構えて前に立つ。紗希はその右斜め後ろに位置を取り、志帆と二人の新入生は少し離れた場所へ下がった。


「《ホークアイ》」


 瑞穂がスキルを使う。急に相手の動きが遅く見えるわけではない。けれど、ボスが絵美里の方へ向いた瞬間、紗希の位置が相手の右側へ開いていることに気づいた。左手の岩の出っ張りは大きく、そこへ逃げると自分たちの通路が狭くなる。


「左、岩が出てて狭いです! こっちに下がるなら、右側の方が通れます!」


「了解。二人はそのまま壁に寄りすぎないで」


 絵美里が前へ出た瞬間、ホブゴブリンも踏み込んできた。片腕が横へ振られ、タワーシールドへぶつかる。


「《ガード》!」


 重い衝撃が腕へ伝わり、絵美里の靴が床を半歩滑った。続いてボスが爪を振り上げると、紗希が横からメイスを叩き込む。


「《パワーストライク》!」


 打撃は肩へ入ったが、厚い身体を押し返すほどではなかった。ホブゴブリンが紗希へ顔を向けたので、絵美里はすぐ盾を押し出して間に割り込む。


「紗希、まだ近い!」


「分かってる。いま下がる!」


 紗希が一歩引くと、ホブゴブリンの爪がすぐ前を通り過ぎた。大きな身体の割に動きが速く、床を踏むたび小石が跳ねる。


 志帆は前衛二人を見比べてから、紗希へ手を向けた。


「《プロテクション》!」


 淡い防護の光が紗希を包む。紗希は一度だけ振り返って「ありがとうございます!」と声を上げ、すぐ前へ向き直った。


 ボスがもう一度絵美里へ突進した。絵美里は正面から受けると同時に盾の角度を変え、相手の上半身をわずかに右へ流す。紗希はその隙を見て踏み込んだ。


「《ブレイク》!」


 メイスが脇腹へ食い込み、ホブゴブリンの巨体がぐらついた。しかし倒れきらない。反対側の腕が紗希の肩をかすめ、防護の光が揺れる。


「っ……まだ動くのかよ!」


 紗希が踏みとどまったのを見て、蘭々は両手を胸の前で握った。怪我をしたようには見えないが、さっきの攻撃は怖かった。


「紗希先輩、大丈夫ですか!」


「大丈夫! 今のは軽い!」


 瑞穂は二人の前衛とボスの位置を追っていた。絵美里は盾を持ち直したばかりで、紗希は少し右へ開いている。ボスの後ろ足が大きく踏み替わり、身体の向きが変わった。


「絵美里先輩、右! 紗希先輩の方へ向いてます!」


「紗希、下がって!」


 絵美里が声を上げる。紗希は攻撃を続けかけたが、相手の腕の位置を見て後ろへ飛んだ。


 次の一撃は、さっきまで紗希が立っていた床を叩いた。


「ありがと! 今の、助かった!」


 瑞穂は返事をしようとして、思わず息を詰めた。自分が声を出したことで紗希が避けられた。その事実が嬉しい一方で、次も同じように見えるとは限らない。焦らず相手を見るように、もう一度呼吸を整える。


 絵美里が再び正面へ立つ。ボスの呼吸は荒くなっていたが、まだ前へ出る力が残っている。


「紗希、次の一発、私が止める。そこから行ける?」


「行ける。お前が止めてくれるなら、もう一歩入れる」


「じゃあ、合わせよう」


 絵美里が《プロボーク》で敵の注意を引きつける。ホブゴブリンが盾へ向き直り、爪を振り下ろした。


 激しい音とともに盾が軋んだが、絵美里は足を踏ん張って受け止めた。相手が次の一撃を出そうと肩を引く。


「今!」


 紗希は横から踏み込んだ。攻撃が来るのは見えている。それでも、絵美里が正面を引き受けている今なら、自分の一撃を通せる。


「おおおっ!」


 振り抜いたメイスがホブゴブリンの横腹へ命中し、続く一打で身体が大きく傾いた。絵美里も盾を押し込み、片手剣を短く突き出す。


 ボスの身体は岩壁へぶつかり、そのまま床へ崩れ落ちた。


 淡い光が広がる。


 五人が見守る中、ホブゴブリンの姿は消え、広間に静けさが戻った。


「……倒した?」


 蘭々の声は、さっきまでよりずっと小さかった。


「倒したよ。……やったな、絵美里!」


 紗希がメイスを下ろし、息を切らしながら笑う。絵美里も盾の縁を床へ当て、ようやく肩の力を抜いた。


「紗希もね。最後、よく合わせてくれた」


 志帆が前へ出て、二人の怪我を確認する。大きな負傷はないものの、紗希の腕には新しい浅い傷が一つできていた。


「蘭々ちゃん、もう一回お願いしてもいいかしら」


「はい。今度はちゃんと落ち着いてやります」


 蘭々は紗希の腕へ手を向ける。さっきより迷いは少なかった。


「《ヒール》」


 淡い光が傷を包み、赤い筋が消えていく。紗希は動かした腕を確かめ、蘭々へ笑いかけた。


「ありがと。今日めっちゃ助かってる」


「それならよかったです。……でも、癒し系を名乗るの、ちょっと責任重大かも」


「自分で言ったんじゃん」


 瑞穂が笑い、蘭々もつられて笑った。


 そのとき、二人のスマートフォンへクリア記録が表示された。続けて、それぞれがレベルアップした通知も届く。


「え、LV2! 瑞穂、見て!」


「私も! サポーター、LV2になってる!」


 二人は画面を見比べ、思わず顔を見合わせた。さっきまではLV1で、何をすればいいのか分からずにいた。今も分からないことだらけだが、自分で見たものを伝え、自分の魔法を使って、五人でここまで来た。


「初めてのボスだったのに、クリアまでできちゃった……」


 蘭々が呟くと、絵美里は笑って頷いた。


「二人とも、ちゃんと参加してたよ。助かった」


「はい。私も、次はもっと周りが見られるようになりたいです」


 瑞穂が答える横で、紗希も自分の画面を開いた。そして、一度まばたきしてから、画面を近づける。


「……あれ、私も上がってる」


「え、ほんと?」


「LV5。やった! ……あ、しかも新しいスキルある!」


 絵美里が覗き込むと、紗希は画面を指さした。


「《ウォークライ》。一定時間、自分の攻撃力が大幅に上がるって。……めっちゃいいじゃん、これ!」


「うわ、紗希が好きそうなやつ」


「好きそうっていうか、好き。こういうの欲しかったんだよ! 次、早く使ってみたい」


 紗希は画面を閉じる気配もなく、説明をもう一度読み始めた。瑞穂と蘭々も横から覗き込み、志帆はその様子を少し離れたところで見ている。


 ボスのいた広間の奥には、帰還ゲートが現れていた。五人はそれぞれ荷物を確かめ、最後にもう一度だけ静かな広間を見渡す。


「骨橋のときは、あそこまで歩いたら終わりだったよね」


 瑞穂が言うと、蘭々は頷いた。


「今日は、みんなで戦って終わった。……同じ洞窟なのに、全然違うね」


「次はまた違うところでもいいし、蔵安にもう一回来てもいいしね」


 絵美里が答える。その隣では、紗希がまだ《ウォークライ》の文字を眺めていた。


「ねえ紗希。帰るよ」


「あ、ごめん。いや、これ、次に使えるんだよなあって思ったら……」


「分かったって。続きは帰ってから見ればいいでしょ」


 紗希は笑ってスマートフォンをしまい、メイスを持ち直した。五人はそろって帰還ゲートへ向かった。


 外で待っているのは、いつもの街と、帰り道の話と、次の休みの予定だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。