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第110話 初体験は、いつもここ

 約束した休日、骨橋ダンジョンの施設が見えてくると、蘭々はスマートフォンの画面を開いた。


 表示されているのは、入部した日に見せてもらったダンジョンの案内写真だ。岩肌が奥へ続く入口の写真と、目の前にある街中の施設を見比べ、蘭々は少し首を傾げる。


「ここなんですね。なんか、想像してたのと違います」


「どんなの想像してた?」


 みつみが隣から画面を覗き込む。


「もっと、外から洞窟が見えるのかなって。大きな穴が開いてて、そこへ歩いて入るみたいな」


「あー、分かる! でも、ちゃんと中へ入ると洞窟なんだよ。私、最初それが面白くてさ」


 瑞穂は施設の入口へ目を向けた。探索者らしい装備を持つ人もいれば、買い物帰りのような格好の人もいる。その間を普通に歩いていくみつみたちを見ていると、何か特別なことを始める前という感じが少し薄れてきた。


「普通に人が出入りしてるんですね。もっと緊張する場所かと思ってました」


「中はちゃんと気をつけるけど、ここはいつもこんな感じだよ」


 絵美里が答え、背中のタワーシールドを持ち直す。蘭々の視線がそちらへ動いた。


「それ、写真でも大きかったけど、近くで見るともっと大きいですね。ずっと背負って歩くんですか?」


「そうだよ。慣れてても、長く歩くとさすがに疲れるけどね」


「エミリン、最初の頃はもっと荷物多くなかった?」


 みつみが言うと、絵美里は少し考えた。


「そうでしたっけ。最近は必要なものを選んで持ってくるようになったから、そのせいかもしれません」


「私も、荷物はそんなに増やしたくないです。今日、必要って聞いたもの全部入れたら、思ったより重くなっちゃって」


 瑞穂が肩のバッグを直す。志帆はその中身が気になったらしく、「あとで一度、持ち物を見ておきましょう」と声をかけた。


 受付では入場の手続きを済ませ、必要な装備を借りた。二人とも今日はジョブを取得しない。まずは実際にダンジョンを歩いて、どんな場所なのか知りたいという気持ちは、部室で話したときから変わっていなかった。


「これ、持ってみてもいいですか?」


 瑞穂が手に取ったのは、貸し出し用の小さなメイスだった。重さを確かめるように持ち上げると、想像していたよりも手首へずしりとくる。


「わっ。見た目より重い」


「持ってるだけでも疲れるから、使わないときは下げておいた方がいいわ。今日は無理して戦う必要はないのだし」


 志帆の言葉に頷きながら、瑞穂は持ち方を確かめた。蘭々も同じように借りてみたものの、振り回すより先に鞄の肩紐とぶつかり、いったん持ち直している。


「写真で見るのと全然違いますね。自分で持つと、結構邪魔になるんだ」


「そうなの。何を持ってくかって、案外大事なんだよね」


 みつみは自分の短い杖を見せ、バッグの側面へ収め直した。先端についた小さな飾りが揺れると、蘭々がそちらを目で追う。


「その杖、かわいいですね」


「でしょ! これ、ダンジョンで手に入れたの。最初は借りてたんだけどね」


 みつみは嬉しそうに答えたが、志帆に「そろそろ行きましょう」と声をかけられると、すぐ入口へ向き直った。


     ◇


 通路を抜けた途端、蘭々は思わず立ち止まった。


 照明に照らされた岩肌が、視界の奥へ続いている。外の施設より空気がひんやりしていて、耳に入ってくる音も違った。後ろの人が一歩踏み出すと、その靴音が壁にぶつかり、少し遅れて戻ってくる。


「……本当に洞窟だ」


 自分でも妙な感想だと思った。写真でも、動画でも、洞窟なのは分かっていたはずなのに、目の前の岩を見上げると、その言葉しか出てこない。


「ね。最初、びっくりするよね」


 みつみは嬉しそうに蘭々の隣へ並び、天井の方へライトを向けた。


「私も最初に来たとき、ずっと上見て歩いてたんだよ」


「それ、危なくないですか?」


「危ない。何回も足元見てって言われた!」


 笑うみつみの横で、瑞穂は岩壁へ近づいた。指先で触れると、冷たくて少しざらついている。触った場所から手を離しても、指の腹には細かな凹凸の感触が残った。


「外の岩と同じなんですね。なんか、もっと変わった感じがするのかと思ってました」


「外と同じに見えるものもあれば、全然違うものもあるわ。だから面白いのよね」


 志帆も壁を眺めたが、すぐに先の暗がりへライトを向け直した。


「ただ、壁に近づきすぎると足元の石が見えなくなるから、そこは気をつけて」


「はい」


 瑞穂は頷き、少し離れてからもう一度壁を見た。自分が触れた場所が、明かりの中に小さく浮かんでいる。


 五人はゆっくり歩き始めた。絵美里が前寄りを歩き、みつみと志帆は二人の歩幅に合わせて進む。曲がり角の向こうはライトを向けても最後まで見通せず、足元には時々浅いくぼみがあった。


「千尋先輩も、こういう洞窟を歩くのが好きなんですか?」


 蘭々が前を見たまま尋ねた。


「好きだよ。今日は用事で来られなかったけどね。私も最初は千尋と来たんだ」


「それに今日は五人だし、いつもと違うものが見つかるかも」


 絵美里が言い、いったん歩みを緩めた。


「ねえ、この辺、音がよく響くんだよ。ちょっと静かにしてみない?」


 言われて立ち止まると、五人の靴音が消えた。その代わり、奥の方から一定の間隔で水滴の音がする。蘭々は耳を澄ませていたが、やがて表情を変えた。


「あ。向こうにも水があるんですか?」


「あるよ。ちょっと歩くと、水が流れてるところもあるの」


「見たいです」


 蘭々が答えると、瑞穂もすぐに頷いた。


「私も。さっきから音だけ聞こえてたから、どこなのか気になってました」


「じゃあ、あとで寄ろっか。結構いいところなんだよ」


 みつみが言うと、絵美里は少しだけ笑って先へ進んだ。


 最初のモンスターが現れたのは、曲がり角を二つ抜けたところだった。


 床に小さな水たまりがあり、その手前を、半透明の塊がゆっくり動いている。身体の一部が盛り上がったり広がったりするたび、照明が内側へ透けて見えた。


「あれ……スライム?」


 瑞穂が小さな声で聞いた。


「そう。まだこっちに気づいてないみたいね」


 志帆が答えると、蘭々は少し前へ出かけて、思い直したように足を止めた。


「ほんとに動いてる。動画では何回も見たのに、なんか……変です」


「触ってみたい?」


 みつみが聞くと、蘭々は目を丸くした。


「いえ、それはちょっと!」


「私も初めて見たとき触りたかったんだよね。でも、体当たりしてくるから」


「先輩、それ先に言ってください」


 蘭々の返事にみつみが笑い、絵美里が盾を前へ出した。


「二人はそこにいて。……それとも、やってみたい?」


 瑞穂はメイスの柄を握ったまま、首を横へ振った。


「まず、見たいです。どう動くのか、まだ全然分からないので」


 蘭々も少し迷ってから、今回は見る方を選んだ。絵美里が一歩前へ進むと、それまでゆっくり動いていたスライムが急に身体を縮めた。


「来るよ!」


 弾むように飛び出した半透明の塊が、タワーシールドの正面へぶつかった。柔らかそうに見えた身体から鈍い音がして、瑞穂は思わず肩をすくめる。


「うわ、思ってたより速い!」


 絵美里は盾を少し傾け、滑り落ちたスライムから距離を取った。


「みつみ先輩、どうします?」


「じゃあ、私がやる!」


 みつみは短い杖を構え、転がって形を戻そうとするスライムへ狙いをつけた。


「《マジックボール》!」


 杖の先から放たれた光の塊が、床を這うように動き始めたスライムへ命中した。身体が大きく揺れ、もう一発の魔法を受けると、半透明の輪郭が淡い光へ変わって消える。


「……消えた」


 蘭々が呟いた。さっきまでそこにいたものが、跡形もなくなっている。壁の影も床の水たまりも変わらないのに、その一角だけが急に静かになっていた。


 瑞穂はみつみの杖へ目を向ける。


「今の、魔法ですよね? なんか、実際に見るとすごいです。光って、もっとふわっと飛ぶのかと思ってました」


「当てたいところをちゃんと見てると、結構狙えるよ。でも動く相手だと外すこともあるし、そこは慣れかな」


 みつみが杖を下ろすと、絵美里は盾を背中へ戻した。二人の後輩は、モンスターがいた場所をしばらく見ていたが、やがて蘭々が床を指さす。


「さっきの水たまり、まだ揺れてますね」


 確かに水面には小さな波が残っていた。スライムが跳ねたときの衝撃が、そこまで伝わったらしい。


「ほんとだ。こっちが動いた感じも残るんだね」


 みつみも一緒にしゃがみ込む。瑞穂はその横から覗き、先ほどの音がまだ耳に残っているのを感じた。


 それからしばらくは、瑞穂と蘭々が気になるものを見つけるたび、五人の歩く速さが変わった。岩壁に細い線が何本も走っている場所、照明の届かない先まで天井が高くなっている場所。みつみは二人と同じように立ち止まっていたが、時々自分の方が先に何かを見つけてしまい、志帆に「足元」と注意されていた。


 やがて通路は左右に分かれた。


「二人はどっちへ行ってみたい?」


 絵美里が立ち止まる。彼女ならどちらが奥へつながっているか、ある程度見当はついている。けれど、今は急いでゴールへ向かうつもりもなかった。


「さっきの水の音、右から聞こえません?」


 蘭々が耳を澄ませた。左の道は広いが、右は少し狭く、足元の岩が黒っぽく濡れている。


「そうかも。瑞穂ちゃん、どう思う?」


「右、行ってみたいです。あっちの壁、何だか光って見えるので」


 瑞穂がライトを向けると、曲がった岩の表面に水の反射が揺れていた。


「じゃあ、右にしよっか。滑りそうなところはあるけど、通れないほどじゃないし」


 絵美里が先に足元を確かめてから、五人は狭い道へ入った。歩きながら瑞穂が何度も振り返るので、蘭々は何が気になるのか尋ねた。


「こっちから見ると、さっきの分かれ道がもう見えないんだね。ちゃんと進んでるのに、どこを歩いてるのか分からなくなる」


「ほんとだ。地図で見たら簡単そうなのにね」


 蘭々は一度だけ振り返り、すぐ前へ向き直る。目の前に現れたのは、岩の隙間から落ちる水が小さな流れを作り、その先で浅く広がっている場所だった。


「……ここ!」


 思わず声を上げた蘭々が、足を止めた。平らな岩の近くには休憩できそうな場所があり、壁を伝う水の音が通路よりずっと大きく聞こえる。


「ここ、好きなんだよね。私たちも何回か休んでるの」


 みつみは荷物を下ろしながら笑った。絵美里は濡れていない場所を選び、盾を脇へ立てかける。


 瑞穂は水の流れをしばらく見ていたが、やがて膝をついて水面へ顔を近づけた。


「水、こんなに普通に流れてるんだ……。なんか、変な言い方ですけど、もっと全部作り物みたいなのかと思ってました」


「分かる。ダンジョンって聞くと、ゲームみたいなものを想像するものね。でも、濡れるし、寒いし、疲れるし。それも含めて本物なのよ」


 志帆は飲み物を取り出し、岩へ腰を下ろした。瑞穂も隣に座ると、少し前まで背筋を伸ばしていたのが嘘のように脚を投げ出した。


「結構歩いた気がする……」


「私もです。ずっと足元見てたからかな。学校から駅まで歩くのと、同じ距離でも全然違いそう」


 蘭々は飲み物を一口飲み、バッグから小さな菓子の袋を出した。


「これ、食べても大丈夫ですか?」


「もちろん。休むために来たんだもん。私も食べる!」


 みつみが自分のバッグを開くと、志帆は少し顔を上げた。


「みつみは何を持ってきたの?」


「チョコ! 志帆も食べる?」


「ありがとう。一つもらおうかしら」


 志帆は笑って差し出されたチョコを受け取り、飲み物の蓋を開けた。絵美里も隣へ座り、蘭々が持ってきた菓子を一つもらっている。


 しばらくは、流れる水の音を聞きながらそれぞれ好きなように過ごした。瑞穂は濡れた岩にライトを当て、光が揺れるのを眺めている。蘭々は撮った写真を何枚か確かめ、みつみは志帆に、さっきスライムが消えたときの水面の話をしていた。


「ねえ、写真撮ってもらってもいいですか?」


 蘭々が不意に顔を上げる。絵美里が「いいよ」と答えると、蘭々はスマートフォンを渡してから水の流れの前へ立った。


「ダンジョンに来たって分かる写真が欲しいんです。あ、でも、変にポーズはしないので」


「じゃあ、普通に立ってて」


 絵美里がカメラを構える。その横からみつみも顔を出しかけたが、すぐ止まった。


「私も入っていい?」


「はい、ぜひ!」


 二人が並ぶと、瑞穂も誘われて立ち上がった。志帆は撮り終わった画面を横から覗いて、「もう少し水が写っている方がいいかもしれないわね」と言った。絵美里が少し位置を変え、もう一枚撮る。


「先輩たちも一緒に撮りません?」


 瑞穂に言われ、絵美里は少し考えてからスマートフォンのタイマーを設定した。平らな岩の上へ立てかけて位置を確かめ、志帆も入って五人で並ぶ。撮れた写真では、背後の水の流れまでちゃんと写っていた。


「これ、すごくいいです」


 蘭々が画面を見て笑った。その声につられ、瑞穂ももう一度写真を覗き込む。


 少し前まで初めての場所に気を取られていたが、写真の中では二人とも、案外いつもの顔で笑っていた。


     ◇


 休憩のあと、五人は再び奥へ進んだ。


 道が広くなったところで、瑞穂が先ほど借りたメイスを持ち直した。ずっと下げたままだったので、握る位置を変えてみる。今度は少しだけ持ちやすくなった。


「瑞穂ちゃん、使ってみたい?」


 みつみが尋ねると、瑞穂はしばらく考えた。


「ちょっとだけ。でも、さっきみたいなのが急に来たら怖いです。皆さんみたいに動けないし」


「それなら、最初は後ろで見てればいいよ。やってみたくなったら声かけて。私が前にいるから」


 絵美里の返事に頷き、瑞穂は無理に前へ出ず、メイスを下げた。


 次の曲がり角を越えたところで、奥から爪が石を叩くような音が聞こえてきた。絵美里が盾を構えると、蘭々も足を止める。


「……さっきと違う音ですね」


 姿を現したのは、小柄で獣じみたモンスターだった。前屈みの身体に大きな耳と口吻があり、牙の隙間から短く息を漏らしている。


「ゴブリンよ。二人はここより後ろで見ていて」


 志帆が言う間にも、ゴブリンは地面を蹴ってきた。


「《ガード》!」


 絵美里が盾で爪の一撃を受け止める。硬い音が響き、ゴブリンの身体が横へ弾かれた。そこへみつみが杖を向けるが、相手はすぐに姿勢を戻して走り出す。


「ちょっと待って、そっちに回る!」


 みつみは後ろの二人との間隔を確かめて位置を変えた。ゴブリンが再び絵美里へ飛びかかろうとしたとき、志帆が片手首のバングルへ指を添える。


「闇に堕ちし翼よ、我が友を護れ――《プロテクション》!」


 淡い光が絵美里の身体を包んだ。絵美里は盾を立て直し、次の攻撃を受け止めてから短く片手剣を振る。ゴブリンが後ろへよろめいたところへ、みつみの《マジックボール》が命中した。


 獣じみた姿は光の粒となって消え、洞窟には再び水の落ちる音だけが残った。


「……すごい」


 蘭々は息を吐き、絵美里の盾と志帆のバングルを交互に見た。


「さっき、光ったのって、志帆先輩の魔法ですか? あの、最初に何か言ってましたよね」


「ええ。《プロテクション》という防護の魔法よ。言葉は私のやり方だけれど、今は絵美里を守るために使ったの」


「盾で防いでるのに、さらに魔法も使うんですね」


「そうね。盾があるから絶対に無傷というわけではないもの。攻撃の種類によっても違うし」


 志帆が答える横で、瑞穂は絵美里の盾へ目を向けていた。さっきの一撃を受けた音を思い出し、少し眉を寄せる。


「今の、めちゃくちゃ強く当たってませんでした? 腕とか、大丈夫ですか?」


「平気だよ。慣れてるし。敵の足を止めるために、前に出て攻撃を受けてるんだよ」


 絵美里はそう言ってから、少しだけ盾を持ち上げた。


「でも、初めてだったらびっくりするよね。私も前は、受けたあとしばらく手がじんじんすること、あったし」


「そうなんだ……」


 瑞穂は頷きながら、自分のメイスを見下ろした。見た目が立派な武器でも、持っているだけではどうしようもない。さっき借りたときの重さが、少し違ったものに感じられる。


「それより、二人とも大丈夫? 怖かった?」


 みつみが聞くと、蘭々は一度だけ頷いた。


「怖かったです。でも、さっきのスライムより、何をしてるのかは見えた気がします。絵美里先輩が止めて、志帆先輩が光を出して、それでみつみ先輩が倒して……。最初は何が起きたのか分からなかったけど、今のはちゃんと見えました」


「私、盾の音にはまだ慣れないです。あんなに大きい音がするとは思わなくて」


 瑞穂は絵美里の盾をもう一度見た。絵美里が笑って持ち手を握り直し、五人はまた通路の奥へ歩き始める。


 曲がり角が増えるにつれて、二人の話すことも少し変わってきた。最初は暗さや岩の大きさばかり気にしていたのに、いまは道の先にどんなものがあるかを自分から考えている。


「ここ、左の方が広そうですね」


 瑞穂が通路を覗くと、絵美里は足元を確かめて頷いた。


「広いね。でも、明るいからって奥へ続いてるとは限らないよ。行き止まりかもしれないし」


「じゃあ、ちょっと覗いてみてもいいですか? この先、何があるか見たいです」


「いいよ。私も一緒に行く」


 五人で少し進むと、左の道は緩く曲がって元の通路へ戻ってきた。回り道だったと分かっても、蘭々はがっかりした様子ではなかった。


「同じ場所へ戻ってくるんですね。なんか、ちょっと迷路みたい」


「実際、迷うよ。私たちも最初は何回も戻ったし」


 みつみが笑うと、瑞穂も釣られて笑った。


 やがて、前方の通路が少しずつ広がり始めた。


 床の凹凸が減り、奥から淡い光が見えてくる。そこだけは、ここまでの岩肌とは違った輪郭をしていた。


「あれ……?」


 瑞穂が足を止めた。蘭々も隣へ並び、光の方を見つめる。


「もしかして、ゴールですか?」


「そう。骨橋はあそこまで着いたらクリアだよ」


 絵美里の返事を聞いても、二人はすぐには歩き出さなかった。最初に入口を抜けたときは、目の前の道がずっと先まで続いているように見えた。途中で分かれ道もあったし、知らないモンスターにも会った。自分たちがどこまで進めるか分からなかったのに、今は目の前に終点がある。


「……着いたんだ」


 蘭々が呟き、瑞穂が頷いた。


「なんか、もっと遠いと思ってました。いや、結構歩いたんですけど……あれ、うまく言えない」


「分かるよ。初めてゴール見たとき、私もそうだった!」


 みつみは二人を急かさず、一緒に光の方を眺めている。志帆も少し後ろから、ゴールと二人の顔を交互に見ていた。


 やがて瑞穂が歩き始め、蘭々もその隣へ並んだ。大きな構造物の前まで進むと、二人のスマートフォンに骨橋のクリア記録が表示された。


「……クリア、だって」


「本当にクリアしたんだ」


 瑞穂が笑って画面をみつみに見せると、みつみは手を上げた。


「おめでとう!」


 二人は少し照れくさそうに、その手に順番に触れた。朝は握り方に困っていたメイスも、いまは下げたままで歩くのに慣れている。


 帰還ゲートを抜ける前に、蘭々は一度だけ振り返った。


「……来た道、見えないですね」


「何度も曲がったものね」


 志帆が答える。


「なんか、まだあの中にいろいろありそう」


「あるよ。来るたび違うものを見つけることもあるし」


 みつみがそう言うと、蘭々は小さく笑って頷いた。


     ◇


 施設へ戻り、借りた装備を返す。受付で初回クリアの記念メダルを受け取ると、二人はしばらくその表と裏を確かめていた。


 外へ出るころには、二人とも朝よりずいぶん口数が増えていた。


「盾の音、ほんとにすごかったですね。あれ、ずっと腕が平気なのもすごいし、魔法が飛んでいくのも……写真じゃ全然分からなかった」


 瑞穂が話している横で、蘭々は撮った写真を見返している。岩肌と水の流れを写したものが何枚もあり、五人で撮った写真も、その間に混じっていた。


「でも、これ、もっと奥も撮っておけばよかったな。ゴールのところ、私、写真撮るの忘れてました」


「次来たとき撮ればいいじゃん」


 みつみが言うと、蘭々は画面を閉じずに顔を上げた。


「……また来たいです」


「もちろん。また行こうよ。骨橋でもいいし、ほかのところでもいいし!」


「そういえば、帰りに何か食べるって言ってたでしょう? そろそろお腹も空いてこない?」


 志帆が言うと、みつみは思い出したようにスマートフォンを取り出した。絵美里もその画面を覗き込む。


「そうだ、ご飯! この前、佳奈子が見つけてくれたお店、寄れるかな」


「あ、先輩。お店ってどの辺でしたっけ? 地図、見せてもらっていいですか?」


「うん、これ!」


 みつみと絵美里が地図で行き先を確かめている間に、蘭々は瑞穂へ、さっき撮った写真を一枚送った。


『さっきの水のところ』


 瑞穂のスマートフォンに通知が届く。画面には、流れる水と、そのそばで笑っている五人が写っていた。


「いい写真だね」


「うん。……最初、こんなふうに過ごすと思わなかった」


 二人はしばらく画面を見てから、先を歩き始めた三人を追いかけた。今度は洞窟ではなく、昼下がりの街の中だった。


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