↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
108/123

第108話 寄り道にピント

 虎ヶ崎ダンジョンの入口で六人がそろったとき、紗希は少し離れたところからその光景を眺めていた。


「……やっぱ、六人だと多いな」


「なに、今さら?」


 隣へ来た絵美里が笑う。紗希は、自分もその六人に入っているのを確かめるように、レンタルのメイスを持った手を上げた。


「いや、グループチャットだと普通だったけどさ。全員ダンジョンの格好してると、なんかいいじゃん」


「紗希もね。今日は見学じゃないんだから」


「分かってるって」


 そこへ、カメラを斜め掛けにした女性がやってきた。クリスマスダンジョンで再会した、社会人シーカーの一人。今日はWEB媒体『ダンジョン・ウォーカー』の記者として、六人の活動に同行することになっている。


「お待たせ。今日はよろしくね。……あ、新しい部員さんもいるんだよね?」


「石橋紗希です。よろしくお願いします!」


 紗希が頭を下げると、女性も笑って挨拶を返した。


「こちらこそ。私、今日は記事を書くのも写真を撮るのも一人でやるから、途中でちょっと立ち止まってもらうかもしれないけど」


「カメラマンさんも来るものだと思ってました」


 千尋が女性のカメラを見る。


「別の人に来てもらうこともあるよ。でも、今回は私一人。みんなが普段どうやって遊んでるのか、自分で見ながら撮りたいしね」


「じゃあ、いつもどおり寄り道していいんだ!」


 みつみが顔を輝かせた。女性はもちろん、と頷いたあと、カメラを構える。


「その前に、まず一枚いい? 全員そろってるところ、撮っておきたくて」


 六人がなんとなく横に集まると、紗希だけがメイスをどこへ持っていけばいいのか迷い、絵美里の盾にぶつけそうになった。


「ごめん。こういう写真、武器ってどう持つんだ?」


「普通に持てばいいじゃん。そんなに力入れなくても」


「いや、カメラ向けられると、変に意識するって」


 千尋はいつもの調子で片手を上げ、佳奈子は少しだけ身体を斜めにする。


 志帆がみつみの帽子の傾きを指先で直している間に、女性がシャッターを切った。


「あ、まだ準備できてない!」


 みつみが慌てると、女性は画面を確認しながら笑った。


「じゃあ、もう一枚。今度はみんな、好きなようにしてていいよ」


「それが一番難しいんですけど……」


 紗希がぼやき、絵美里に笑われながら、もう一度シャッターの音が鳴った。


 入口を抜けると、開けた草地の向こうに森が広がっていた。頭上には青い空があり、木々の間を通る風が葉を揺らしている。森へ続く踏み跡は見慣れたものでも、その前に立つ人数が増えると、いつもより少し賑やかだった。


「おお……」


 紗希が足を止めた。


「すげえ。ここ、本当にダンジョンの中なんですよね。外に森があるのと全然変わんないじゃないですか」


「そうなんだよ! 最初に来たとき、私もびっくりした!」


 みつみが紗希の横で空を見上げる。


 女性が二人の少し後ろからカメラを持ち上げた気配に気づき、みつみはそちらを振り返った。


「え、今、撮りました?」


「うん。空を見てるところがよかったから。もう一回見上げてもらう?」


「それ、わざとらしくなりません?」


 千尋の指摘に、女性は楽しそうに首を振った。


「だから、今のでいいの。気にしないで歩いてて。撮れた写真はあとで見てもらうから」


「分かりました。……気にしないの、難しいな」


 みつみはしばらく、背後からシャッター音がするたびに振り返っていた。


 それでも細い踏み跡から顔を出したキノコを見つけると、すぐそちらへ興味が移り、志帆を呼んでしゃがみ込む。


「志帆、これ、前に見たのと似てない?」


「似ているけれど、同じとは限らないわ。傘の裏を見てみましょう」


 二人が地面近くまで身を屈めると、記者も数歩離れたところでしゃがんだ。地面へ向けたカメラを、二人の手元から横顔へゆっくり動かしている。


「今度は私も写ってる?」


 志帆が気づいて尋ねる。


「うん。採取してるところも撮りたくて。邪魔だったら言ってね」


「大丈夫です。ただ、まだ採っていいものか調べているところなんです。採取の写真にするなら、もう少し待っていただいた方が」


「あ、それは大事だね。じゃあ、調べているところとして撮っておこうかな」


 女性がそう答えると、志帆は頷き、また葉とキノコへ目を戻した。


 先を歩いていた千尋が、木々の間へ伸びる細い道筋を見つけた。少し覗いたところで引き返し、後ろの六人へ手招きする。


「こっち、ちょっと回り道だけど歩けそう。湖へ行く前に覗いてみない?」


「行く!」


 みつみが即答し、佳奈子は足元を見た。


「泥だらけにならないなら、いいよ。帰ったあと靴洗うの面倒だから」


「昨日雨じゃなかったし、大丈夫だと思う。無理そうなら戻ろ」


 千尋が答える間にも、紗希は周囲をきょろきょろ見回していた。


 目が行くのは景色だけではない。みつみの杖、千尋の《黒月》、志帆のバングル、佳奈子の矢筒、それから絵美里が背負うタワーシールド。


「装備、全員バラバラなんだよな。こうして一緒に歩いてると、見てるだけでも楽しいわ」


「紗希も、そのうち自分の装備が欲しくなるよ」


「もう欲しい。ていうか、あとでちょっと相談乗ってくれよ」


「いいよ。お昼のときにでも話そ」


 絵美里の返事に頷いたところで、前方の千尋が足を止めた。


「待って。倒木の向こう、フォレストウルフがいる」


 灰色がかった毛皮が、木の陰をゆっくり横切った。低い唸り声に気づき、紗希もメイスを握り直す。


 記者はすぐに六人の後方へ下がった。カメラを手元へ引き寄せたまま、戦う位置には入らない。


「私、前に出てもいいですか?」


 紗希が尋ねると、千尋は絵美里の方を見た。


「いいよ。エミリンが正面で受けたら、その横から狙ってみて。ただし、追いかけすぎないでね」


「了解です!」


 絵美里が盾を構えた直後、フォレストウルフが地面を蹴った。タワーシールドが突進を受け止め、獣の前脚が地面を引っかく。


 紗希は正面を避けて踏み込み、体勢を整える隙を与えずメイスを振った。


「《ブレイク》!」


 打撃が肩口に入る。狼の身体が大きく傾いたが、紗希の腕の前へ爪が伸びた。


 半歩だけ引いて避けると、その間に千尋が反対側へ回り込み、《黒月》の刃を走らせる。


 さらに佳奈子の矢が入り、フォレストウルフは光の粒となって消えていった。


「はあ……今の、手応えあった!」


 紗希は息を吐き、握りしめていたメイスを下ろした。


「《ブレイク》、ちゃんと入ってたよ。さっき爪を避けたのもよかった」


 絵美里が盾の位置を直しながら声をかける。


「でも、もう半歩入れてたらもっと当てられた気がする。通尾のときから、そこがちょっとな」


「そこまで行くと、当たる方も覚悟しないとね」


「そうなんだよ。……って、撮ってたんですか?」


 ふと記者を振り返った紗希が目を丸くした。女性はカメラを下ろし、まず周囲を確かめてから笑った。


「後ろから何枚かね。戦ってる間は声をかけない方がいいと思って」


「うわ、見たいっす! 私、変な顔してません?」


「確認してみる? ただ、結構真剣な顔だったよ」


 女性が画面を見せると、紗希と絵美里が並んで覗き込んだ。


 盾を構えた絵美里の横で、紗希が今にも踏み出そうとしている。メイスの向こうには狼の毛皮が写っていた。


「……あれ、これ、ちょっと格好よくね?」


「ちょっとじゃなくて、結構いいじゃん」


「お前、そこは普通に褒めんのかよ」


「変な顔してたら、ちゃんと言うよ」


 絵美里が笑い、紗希もつられて笑った。


 みつみは後ろから画面を覗こうとしたが、背丈のせいでうまく見えず、女性がカメラを少し下げてくれた。


「うわっ、絵美里の盾も大きい! こうやって写真にすると、いつもより迫力あるね!」


「写真だと、自分がどこにいたかも分かって面白いわね」


 志帆も一枚だけ見せてもらい、それからふと記者へ向き直った。


「今の戦闘中、危なくありませんでしたか?」


「大丈夫。普段は私も潜ってるから、邪魔にならない距離は分かってるつもり。でも、撮るのに夢中になりすぎないようにしないとね」


 女性はカメラを身体へ寄せて留め直し、六人と一緒に歩き始めた。


 森を抜け、湖畔のセーフゾーンへ着いたころには、昼が近づいていた。


 湖を囲む木々の影が、水面に淡く映っている。少し風が吹くと細かな波が走り、岸辺の草を揺らした。


 いつもならここからもう少し奥へ進むこともあるが、今日は七人で立ち止まって話す機会が多く、誰からともなく荷物を下ろし始める。


「ここ、ここ。今日はここでおやつにする」


 佳奈子が早々に座り込み、バッグから菓子の袋を出した。


「まだお昼前だよ?」


「ダンジョンの中で食べるなら、何時でもおやつでしょ」


「それはそうだね!」


 みつみが隣へ座り、紗希も持ってきた菓子を並べる。


 絵美里は盾を邪魔にならないところへ立てかけ、志帆は飲み物を取り出した。


 千尋は水辺の方まで歩いて、湖面を見渡している。


 記者は全員が落ち着いたところで、一度カメラを構えた。


「食べてるところも撮っていい? 今度は普通にお菓子を食べてる写真が欲しいんだけど」


「食べてるところ?」


 佳奈子は袋を開けた手を止めた。


「それ、口いっぱいの瞬間はやめてくださいね」


「それは気をつけるね」


「じゃあ、ちょっと待って。お菓子、もっときれいに並べようかな」


 紗希が箱を動かそうとすると、佳奈子はその手を押し戻した。


「いつもは並べないじゃん。そのままでいいよ」


「だって、記事に載るかもしんないんだろ?」


「紗希、さっき戦闘写真見て喜んでたのに、お菓子の写真は気にするんだね」


 絵美里に指摘され、紗希は箱を置いたまま笑った。


 記者が数枚撮るうちに、六人の意識はまた菓子と飲み物へ戻っていった。


 袋の中身を交換し、先ほど戦ったフォレストウルフの話をして、次の休みに誰が空いているかという話になったころには、カメラを向けられても誰も急には姿勢を正さなくなっていた。


「いつも、こういう休憩をするの?」


 記者が佳奈子の隣に腰を下ろして尋ねた。


「結構しますよ。前にここへ来たときなんか、気持ちよくて、みんなで昼寝しちゃったんです」


「え、ダンジョンの中で昼寝?」


 紗希が顔を上げる。


「セーフゾーンだし。ここ、風が通るから気持ちいいんだよね」


 千尋が戻ってくると、紗希は湖へ目を向けた。


「分かる。なんか、普通に一日いられそう。……でも、ここダンジョンなんだよな」


「忘れそうになるよね」


 みつみが飲み物を一口飲んで頷く。紗希は草の上へ足を伸ばし、手の届くところへメイスを置いた。


 しばらく会話が途切れた。


 水辺の風は森の中より少し冷たく、陽の当たる場所へ身体を移すだけでも気持ちがよかった。


 みつみが膝を抱えて水面を眺める横で、志帆は持ってきた本を開き、佳奈子はスマートフォンで撮った写真を見返している。


 記者もカメラを膝に置き、同じ景色を眺めていた。


 やがて、みつみが立ち上がる。


「ねえ、これ、水切りできるかな」


 岸辺で拾った平たい石を、千尋へ見せた。


「やってみたら?」


 みつみは腰を落として投げたものの、石は一度も跳ねずに水へ沈んだ。


「あれ?」


「ちょっと上から投げすぎ。もっと低いところから、横に滑らせる感じ」


「千尋、できる?」


「昔やったことある。ちょっと貸して」


 千尋は自分で石を選んで投げた。水面を二度跳ねて沈み、丸い波紋が重なって広がる。


「おお! すごい!」


 みつみの声に紗希も立ち上がり、二人へ近づいた。


「私もやりたい。こういうの、久しぶりだわ」


「じゃあ、紗希ちゃんも。これ平たいよ」


 千尋が渡した石を紗希が投げると、水面に大きなしぶきが上がった。


「……ダメじゃん!」


「力入りすぎ。遠くまで飛ばそうとしない方がいいよ」


「これでも弱くしたんだけどな」


 二度目は一回だけ跳ねた。


 紗希が思わず拳を握ったところで、少し離れた場所からシャッターの音がする。


「あ、また撮ってる!」


 振り返ると、記者はカメラを構えたまま笑っていた。


「ごめん。今の顔、よかったから」


「や、全然いいっすけど! さっきの、変な顔してません?」


「それ、さっきも聞いてたよ」


 絵美里が笑い、紗希は肩をすくめた。


「こっちは一回跳ねたのが嬉しかったんだって。……お前もやってみろよ」


「いいけど、私、あんまり得意じゃないよ」


 絵美里も石を探し始めた。佳奈子は少し離れた草の上からスマートフォンを構え、記者は湖を背景に二人の姿を撮っている。


「ねえ、記者さん。ダンジョンの記事なのに、水切りしてる写真って載るんですか?」


 みつみが尋ねると、女性はカメラを下ろした。


「どうだろう。でも、今日みたいな取材なら、候補には入れたいな。ダンジョンへ来て戦う写真はよくあるけど、みんなが何を面白がって過ごしてるかは、こういうところにも出ると思うから」


「そっか。じゃあ、ちゃんと跳ねさせたい!」


「写真のために頑張らなくてもいいのよ」


 志帆が笑う。


 そう言いながら自分も石を一つ拾って投げてみたが、うまく跳ねず、すぐ投げ方を確かめ始めた。


 千尋が横から腕の角度を見せると、今度は水面の上を一度だけ滑った。


 佳奈子も誘われて一回試し、きれいに沈めてからスマートフォンの方へ戻った。


「私は撮る方がいい。みんなが変な顔してるの、あとで見るの面白いし」


「そう言って、私の写真ばっかり撮ってない?」


「みつみが一番リアクション大きいからね」


 みつみは抗議したが、次に石が二度跳ねたとたん、佳奈子へ向かって両手を振った。佳奈子は笑いながら、その姿を撮り逃さなかった。


 ひとしきり遊ぶと、石を投げる人はいなくなった。


 紗希と絵美里は芝の上へ戻り、並んで腰を下ろす。


 紗希はメイスを膝の横へ置き、さっきの戦闘写真を思い出したように、自分の腕を見た。


「なあ、さっきの装備の相談、今してもいい?」


「もちろん。何が気になるの?」


「私さ、通尾でも今日でも思ったんだけど、避けるのが上手くなりたいっていうより、相手の攻撃が来ても、こっちの一発を通せるようになりたいんだよね。もちろん、ヤバいやつは避けるけどさ。多少当たっても踏み込めるなら、そっちを選びたいっていうか」


 絵美里は少し考え、紗希の腕へ目を向けた。


「それなら、防具から考えるのはいいと思うよ。私のは守ることが優先だから、同じものを着ける必要はないけど。紗希は殴るために動けないと意味ないんでしょ」


「そう、それ! 通尾でもさ、あと半歩踏み込めば当てられるのに、先に引いちゃうことあったじゃん。ああいうとき、防具があればもう一歩踏み込めたと思うんだよ」


「じゃあ、動きやすさも大事ね。肩や肘を動かしたときに引っかからないか、実際に試してみたいところだわ」


 志帆が本を閉じて会話に加わる。


「志帆先輩、今度お店行くとき、一緒に見てもらってもいいですか?」


「ええ、もちろん。候補がいくつかあるなら、比較してみたいわね」


「志帆、それ始めると長いじゃん」


 千尋が言うと、志帆は少し考えてから笑った。


「長くても、自分に合うものが見つかるならいいと思うけれど」


「まあ、そうだけどね」


「あと予算も大事だよ」


 佳奈子が口を挟んだ。


「いいもの見つけても、買えなかったらどうしようもないし」


「それはマジでありますね。バイト代、全部使うわけにもいかないし」


 紗希はメイスの柄を握り直した。


「武器も、いつかは両手で持つウォーハンマーとか使ってみたいんですけどね。でっかいので思いっきりぶっ叩けたら、絶対気持ちいいじゃないですか。でもまずは防具かな。今のままだと、攻撃しに行く前に引いちゃうから」


「紗希ちゃん、もう次に欲しいもの決まってるんだ!」


 みつみが目を輝かせる。


「欲しいものだけ、どんどん増えてます。いつ買えるかは分かんないですけど」


 紗希が照れくさそうに笑ったところで、記者が会話へ入った。


「今の話、記事で少し紹介してもいい? さっきの戦闘の写真と合わせると、紗希ちゃんがどういう戦い方をしたいのか伝わりそう」


「え、私の装備の話ですか? まだ持ってないものばっかりですけど」


「だからいいんじゃないかな。今、楽しみにしてることがあるっていう話だから」


「……じゃあ、お願いします。でも、ちゃんと使えるようになるまで時間かかるかもしれないっすよ」


「それも含めて、楽しみなんじゃない?」


 絵美里がそう言うと、紗希は頷いた。


 湖を渡る風が、少しだけ強くなった。


 記者はノートに短く何かを書き留め、最後にカメラを持ち上げる。


 紗希が視線を向けると、女性は首を傾げた。


「今の二人、撮ってもいいかな。装備を見ながら話してるところ」


「どうぞ。……って、普通にしてていいんですよね?」


「うん、そのままで」


 紗希は一度だけ背筋を伸ばしたが、絵美里に肘で軽くつつかれ、すぐいつもの姿勢に戻った。


 しばらくして千尋が時計を見ると、午後もかなり進んでいた。森を歩く時間より、寄り道と休憩の方が長かったかもしれない。


「今日は、そろそろ戻る?」


「そうしよっか。今から奥まで行くと、帰りが遅くなるし」


 絵美里が盾を持ち上げる。紗希は一度だけ森の奥へ目を向けた。


「ボスも見てみたいけど……今日はもう十分楽しかったです。また今度、来たいです」


「じゃ、ボスは次の楽しみに取っとこう」


 千尋が言うと、佳奈子もすぐ立ち上がった。


「賛成。あと、帰りに何か食べていかない? おやつは食べたけど、お昼ってほどじゃなかったし」


「佳奈子先輩、それめっちゃ分かります!」


 紗希が勢いよく賛成し、みつみは残っていた平たい石を地面へ置いた。


 帰り支度の最後、記者が六人を湖の前へ呼んだ。


「最後にもう一枚、全員で撮らせて。今度は今日の記念ってことで」


 六人が並び始めると、紗希は朝より自然にメイスを構え、絵美里の盾へぶつからない位置を自分で選んだ。


 みつみは帽子を押さえながら千尋の隣へ入り、志帆と佳奈子も笑いながらその横に立つ。


「せっかくだから、今度はちょっと格好つけてみる?」


 女性が冗談めかして言うと、千尋が《黒月》の柄へ手を添えた。


「それ、やりすぎじゃない?」


「いいじゃん、一枚くらい。どうせならダンジョン来てる感ある方がいいって」


「紗希が一番ノリノリじゃん」


 絵美里が笑う。


 千尋もつられて笑ったところで、シャッターが切られた。


「あっ、今、笑っちゃった!」


「大丈夫。私、そっちの方が好きだな」


 記者が画面を見せると、紗希は顔を近づけた。


 六人全員が探索用の装備を身につけていて、後ろには湖と森が広がっている。格好つけようとしたせいで少し妙な姿勢の人もいるし、全員が同じ方向を見ているわけでもない。


 それなのに、今日一日をそのまま閉じ込めたような写真だった。


「……これ、いいな」


「でしょ。あとで見せてもらおうね」


 絵美里の言葉に頷き、紗希はもう一度、画面の中の自分たちを見た。


 帰り道、記者はカメラをしまい、六人の少し後ろを歩きながら話を聞いていた。


 誰かが今日の写真の話をし、別の誰かは水切りで何回跳ねたかを数えている。


 紗希と絵美里はいつの間にか、次に装備を見に行く日の相談を始めていた。


 ボスには会っていないし、ダンジョンもクリアしていない。それでも、紗希の頭の中には、今日の写真に写っていない瞬間までいくつも残っていた。


 見上げた森の空。メイスに伝わった手応え。湖の上を一度だけ跳ねた石。


「なあ、絵美里。次、いつ空いてる?」


「バンドの練習は?」


「それはこれから調整する。ダン活の方も、ちゃんと予定入れたいし」


「じゃあ、帰りに予定見せて。私も確認するから」


 紗希は笑って頷き、少し先を歩く四人へ足を速めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。