第10話 ダンジョン、行ってみる?
週明けの昼休み。
「で、これがその写真」
みつみは机の上にスマホを置き、画面を佳奈子の方へ向けた。
薄暗い岩場の前で、みつみと千尋と志帆が並んでいる。三人ともヘッドライトを着けたまま。背景には、岩壁を細く流れる水と小さな水溜まりが写っていた。
「……暗くない?」
佳奈子が画面を見ながら言った。
「そこ?」
みつみが思わず聞き返す。
「だって暗いじゃん。三人の顔は見えるけど、後ろ何があるのか全然分かんない」
「実物はもっと綺麗だったんだよ。ここ、水が岩伝ってて、ライト当たるとキラキラして」
みつみが画面を拡大すると、佳奈子も少し顔を近づけた。
「……拡大したら余計分かんない」
「だから写真じゃ伝わらないって言ったでしょ」
横からスマホを覗き込んでいた志帆が言う。
「暗いところをスマホで撮ってるからね。実際に見た感じとはかなり違う」
佳奈子はもう一度写真を見ると、少し笑った。
「でも、普通に楽しそうじゃん」
「楽しかったよ」
みつみは即答した。
「私、魔法撃ったし」
佳奈子が呆れたようにみつみを見る。
「それ昨日から何回聞いたと思う?」
「直接話すのとチャットは違うじゃん」
「昨日の四人チャットでも十分うるさかったけど」
「うるさいって何」
二人のやり取りを聞いて、佳奈子自身が先に笑った。
千尋はパンを食べながら、向かいからその様子を眺めている。
「で、ちゃんとモンスターにも当てたんでしょ?」
佳奈子に聞かれ、みつみはすぐに身を乗り出した。
「そう! ダンジョンラットに《マジックボール》当てた」
「倒したのは千尋だけどね」
志帆が横から付け足す。
「分かってるって。私も戦ったって話」
佳奈子は今度は志帆へ顔を向けた。
「志帆は?」
「戦闘では何もしてない。誰も怪我しなかったから」
志帆がそう答えると、佳奈子はあっさり頷いた。
「ヒーラー的には一番いいやつじゃん」
「千尋にも同じこと言われた」
「でも《ヒール》は使ったよ」
みつみが自分の腕を指した。
「途中でここ擦ったの。志帆に治してもらった」
「マジで?」
佳奈子が志帆を見る。
「マジで。軽い擦り傷だけど、ちゃんと消えた」
「それは見たい」
即答した佳奈子に、みつみが不満そうな顔をした。
「ちょっと待って。私の魔法は?」
「それも見たいけど、怪我がその場で治る方が気になる」
「《ヒール》も魔法だからね」
千尋に言われて、みつみが止まった。
「あ」
佳奈子が吹き出す。
「魔法使い、負けてんじゃん」
「負けてないし。正式にはメイジだし」
「そこ気にするんだ」
志帆が淡々と補足する。
「魔法使いって言うと毎回直すから」
「大事だから」
「はいはい。メイジね」
佳奈子は笑いながら紙パックのストローを咥えた。
そのまま話は、昨日歩いた道や昼食のことへ移っていく。
「でもさ、ダンジョンってもっとずっと戦ってる感じかと思ってた」
佳奈子がスマホの写真を送りながら言った。
「私も行く前そう思ってた」
みつみが頷く。
「実際は歩いてる時間の方が長いよ」
千尋もパンを置いて会話に入った。
「場所にもよるけどね。昨日は歩いて、休んで、戦って、お昼食べて、また歩いてって感じ」
「普通にハイキングっぽい?」
佳奈子が聞くと、みつみが答える。
「暗いけど」
千尋も続けた。
「あとモンスターいるけど」
「それは全然ハイキングじゃないじゃん」
佳奈子が笑った。
「足元も結構違ったよ」
志帆が写真を指で送る。
「動画だと普通に歩いてるように見えるけど、実際は高さとか足場とか全然分からない。狭いところもあったし」
「志帆、行く前にめっちゃ調べてたもんね」
みつみが言うと、志帆は素直に頷いた。
「調べた。それでもかなり違った」
佳奈子は「へえ」と言いながら、画面の写真を次へ送る。
暗い岩。
三人の靴。
細い通路。
写真だけなら、どれも特別すごいものには見えない。それでも三人には、その一枚ごとに話すことがあった。
「で、志帆はまた行くの?」
佳奈子が聞いた。
「行く」
志帆の返事は早かった。
「そこは迷わないんだ」
「面白かったから」
みつみもすぐに頷く。
「私も行く。右の道もまだ途中だし、《マジックボール》も次はもっとちゃんと当てたい」
佳奈子は千尋を見る。
「千尋は前から行ってるんだよね?」
「うん。中学から」
佳奈子は改めて三人を順番に見た。
「なんか、思ってたより普通に遊びに行ってる感じなんだね」
「そうだよ」
千尋が答える。
「もちろん危ない場所ではあるけど、毎回すごいことしに行くわけじゃないし」
「ふーん……」
佳奈子はしばらく写真を見ていた。
それから、何かを思い出したように顔を上げる。
「そういや、ウチにダンジョンの装備っぽいのあるかも」
三人の視線が一斉に佳奈子へ向いた。
「なんで?」
みつみが聞く。
「兄ちゃんが前に買ってた」
今度は千尋が反応した。
「お兄さん、ダンジョン行くの?」
「前に何回か行ってた。今は全然。たぶん飽きた」
それを聞いた志帆が、少し身を乗り出す。
「装備は?」
「たぶんまだある。最初だけ色々買ってた気がする」
「何があるの?」
志帆が続けて聞く。
「知らない」
「ライトとかリュックとか?」
「だから知らないって。私が使ってたわけじゃないし」
「メーカーは?」
「分かるわけないじゃん」
佳奈子が笑った。
「なんで志帆が一番食いついてんの」
「何があるか気になるでしょ」
「本人の私より?」
「うん」
「即答じゃん」
みつみは二人を見て笑った。
「帰ったら写真撮って送ってよ」
「覚えてたらね」
佳奈子が軽く答える。
「忘れそう」
「じゃあ忘れてたら言って」
そこで、みつみはふと思った。
「じゃあさ」
「なに?」
佳奈子がみつみを見る。
「佳奈子も一回行ってみる?」
「ダンジョン?」
「うん」
佳奈子が少しだけ目を丸くした。
「装備の話しただけなんだけど」
「でも家にあるなら使えるかもしれないじゃん。昨日は志帆も初めてだったし」
「そんな軽く誘うところ?」
佳奈子は今度は千尋を見る。
千尋は少し笑った。
「浅いところで無理しないなら、別にいいと思うよ。合わなかったら一回でやめればいいし」
「一回でやめていいんだ」
「そりゃそうでしょ」
志帆も佳奈子へ向き直った。
「興味あるなら、一回自分で見てみればいいんじゃない? 私は行く前と行ったあとでかなり印象変わったし」
佳奈子は三人の顔を順番に見る。
「痛いのは嫌なんだけど」
「それは私も嫌」
みつみがすぐに答えた。
「ダンジョンの中だと痛みはかなり弱くなるけど、ゼロじゃないよ」
「じゃあ嫌なものは嫌じゃん」
「それはそう」
千尋が佳奈子へ言う。
「危なくなったら戻ればいいよ。最初から無理して戦う必要もないし。昨日だって志帆は最初、見てただけだから」
「それならまあ……」
佳奈子は少し考えた。
みつみは急かさず、その顔を見ている。
やがて佳奈子が肩をすくめた。
「じゃ、一回くらい行ってみよっかな」
みつみの顔がぱっと明るくなる。
「行こ行こ」
「まだ家の装備が使えるかも見てないからね」
「今日見て」
すると今度は志帆がすぐに続けた。
「写真も送って」
佳奈子が志帆を見る。
「やっぱ装備の方が気になってない?」
「両方」
「否定しないんだ」
昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。
佳奈子は空になった紙パックを持って立ち上がる。
「じゃ、とりあえず帰ったら探してみる」
みつみが念を押す。
「忘れないでよ」
「忘れたらまた言って」
「忘れる前提?」
佳奈子は笑いながらゴミ箱の方へ歩いていった。
◇
その日の夜。
みつみのスマホが震えた。
四人のチャットに、佳奈子から写真が一枚送られている。
『あった』
床に、ダンジョン用らしい装備がいくつか並べられていた。
リュック。
ライト。
手袋。
ほかにも細かな物がいくつか見える。
みつみはすぐに返した。
『めっちゃあるじゃん』
続いて志帆からメッセージが来る。
『リュックのタグもう少し近くで撮れる?』
佳奈子からすぐに返った。
『なんで』
『型番見たい』
『めんどい』
千尋から笑っているスタンプが飛んできた。
みつみも笑いながら文字を打つ。
『靴は?』
佳奈子が返す。
『ある』
みつみは続けて聞いた。
『サイズ合いそう?』
『たぶん』
少しして、もう一枚写真が届いた。
今度はリュックのタグが大きく写っている。
すぐに志帆から返事が来た。
『これなら普通に使えそう』
佳奈子が返す。
『もう調べたの?』
『今見た』
みつみも思わず書き込んだ。
『早』
さらに少し間を置いて、佳奈子からメッセージが届く。
『じゃあ日曜なら行ける』
みつみはベッドの上で起き上がった。
『行く!』
千尋からもすぐに返ってくる。
『私は大丈夫』
志帆も続いた。
『私も』
最後に佳奈子。
『じゃあ一回だけね』
みつみはその文字を見て笑った。
昨日は三人だった。
次のダンジョンは、四人で行く。




