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理系で制御オタの俺に彼女ができると思っているのか――GWに連れてくると約束したら、なぜか本物みたいになってきた  作者: 桐原悠真


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第9話 線の世界へようこそ

 俺たちは、線を買いに向かった。


 ――いつもの場所だ。


(ここしかないだろ)


 安心感が違う。


 空気も、匂いも、配置も。


 全部、知っている世界だ。


 さっきまでの“別世界”とは違う。


 だから――落ち着く。


「こんにちは」


「こんにちは、いらっしゃい」


 店員が顔を上げ、俺を見る。


 一瞬、目を細めて――


「あれ? いつものメガネは?」


「……あ」


「それと、なんか雰囲気違わない?」


 観察が早い。


 さすが、この店だ。


「デート?」


 軽く、核心を突いてくる。


「……まあ、そんな感じです」


 少し視線を逸らして答える。


「へえ」


 店員が、にやっと笑う。


「遠い世界に羽ばたいたんだね」


「いや、そんな大げさな……」


「でも――」


 一歩、近づいてきて。


「心はオタクだろ?」


「そうです」


 即答だった。


 ここはぶれない。


「よかった」


 ほっとしたように頷く。


「心まで離れるかと思ったよ」


「さすがに、それはないです」


「彼女に夢中になりすぎて――」


 ちらっと、由衣ちゃんを見る。


「線への愛を忘れてしまうのかと」


「いや、線は欲しいので」


 これも即答。


 そこは別枠だ。


「だよな」


 深く頷く店員。


 完全に、わかり合っている。


 ――そのとき。


「……線って、何?」


 後ろから、静かな声。


 由衣ちゃんだった。


 振り向く。


 目が合う。


 にこり、と笑っている。


 ……が。


 目は、笑っていない。


(あ、これ説明必要なやつだ)


「えっと……その」


 慎重に、言葉を選ぶ。


「……生活に必要なやつ?」


「ふーん」


 納得はしていない顔。


 完全にしていない。


 だが――


「まあいいわ」


 あっさり引いた。


「ちゃんと説明してもらうから」


 軽く釘を刺される。


「……はい」


 逃げ道はなかった。


「ここ、好きなの?」


「……好き」


 少し間を置いて答える。


 ごまかす気にはならなかった。


「へえ」


 棚を見回す由衣ちゃん。


「じゃあ、今日は案内してもらおうかな」


「え?」


「さっきは私がやったでしょ?」


 くすっと笑う。


「次は、そっちの番」


 バトンが渡された。


(……なるほど)


 服は、由衣ちゃんの世界。


 線は、俺の世界。


 だったら――


「任せて」


 今度は俺の番だ。


 少しだけ胸を張る。


「うん。期待してる」


 さっきより、少し近い距離。


(……これ、デートだよな)


 今度は、ちゃんとそう思えた。


「これはアンプに繋ぐんだよ」


 にこにこしながら言う。


「アンプって?」


 ――カラーン。


 乾いた音が店内に響く。


 店員が、手にしていたものを落としていた。


「……いえ、何でもありません」


 拾いながら、妙に真顔だ。


(あ……)


 そこで、気づく。


(俺、やらかしたな)


「……彼女は素人です」


 一拍。


「あ……納得した」


 店員が深く頷く。


「よかった……」


「何がですか?」


「いや……」


 一瞬、言い淀んで。


「世界のバランスが保たれた」


「意味わからないですけど」


 即答する。


「ねえ」


 由衣ちゃんが、じっと見る。


「今の、どういう意味?」


 逃げ場はない。


「……今から説明します」


 覚悟を決めた。


 ――服の世界は優しかった。


 でも。


 線の世界は、甘くない。


「抵抗が変わってきて……」


「ほら、こんな感じ」


 スピーカーに繋ぎ、音を出す。


 ほんのわずかな差。


 でも――


 俺には、はっきりわかる。


「……どう?」


「よくわからないわ」


 ――ガシャーン。


 また何かが落ちた。


 店員だ。


「全然違うだろ」


「えー……」


 由衣ちゃんは腕を組み、耳を澄ませる。


 さっきより、真剣に。


「……あ」


 小さく声を漏らす。


「確かに……微妙に違うわね」


「だろ?」


 思わず乗り出す。


「そこ重要」


「透明感がある感じ……かな」


 片方を指す。


「で、こっちは……重厚感?」


 その言葉に。


 店員が、ぴくっと反応した。


「彼女、わかってるじゃないか」


「だよな?」


 俺も頷く。


「……なんか悔しいわね」


 由衣ちゃんが、少しだけ頬を膨らませる。


「最初わからなかったのに」


「今わかったなら十分だろ」


「そういうもの?」


「そういうもの」


 一拍。


 もう一度、音を聞く。


 少しだけ、近い距離で。


「……ほんとだ」


 小さく笑う。


「ちょっと楽しいかも」


 その一言で。


 世界が、少しだけ繋がる。


(……勝ったな)


 心の中で、そっとガッツポーズ。


「ようこそ、こちら側へ」


 店員がにやりと笑う。


「まだ入ってないわよ」


 即ツッコミ。


 でも――


 その足は、もう踏み込んでいた。


(……ようこそって言われる側になるとは思わなかった)

今回は「服の世界」から「線の世界」へ。


完全にフィールドが入れ替わった回でした。


由衣ちゃんが選ぶ側から、選ばれる側へ――

そして、気づけば少しずつ“わかる側”に寄ってきているのがポイントです。


正直、主人公にとってはかなり嬉しい展開。

好きなものを共有できるって、思っている以上に大きいんですよね。


それと、店員さんは今回も元気です。

たぶんこのあとも何か落とします。


そして――

次は、少しだけ距離の話。


“彼氏”という言葉が、どこまで本物になるのか。


引き続き、ゆるく見守っていただけたら嬉しいです。

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