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理系で制御オタの俺に彼女ができると思っているのか――GWに連れてくると約束したら、なぜか本物みたいになってきた  作者: 桐原悠真


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第10話 入口の音と、曖昧な距離

「あのさ……なんでそんなに太い線要るの?」


 由衣ちゃんが、素直な疑問を投げてくる。


「え……」


 ――カラーン。


 まただ。


 今度は、少し遠くで何かが落ちた。


 振り向かなくてもわかる。


 店員の心が、今、揺れている。


「彼女……色々あるんだ。素材が違う」


 フォローが入る。


 優しいが、雑だ。


「そうなの?」


 由衣ちゃんは、きょとんとしている。


 完全に“わからない側”の顔だ。


「電気屋さんにも、何か書いてあった気がするけど……」


 少し考えてから、


「わからなかったわ」


 潔い。


 ここまで来ると、むしろ清々しい。


「……あの」


 俺は、静かに口を開いた。


「彼女は、素人です」


 一拍。


「ああ……」


 店員が、深く頷く。


「そうだった」


 完全に思い出した顔だ。


「びっくりした……」


「何がですか?」


「いや……」


 少しだけ遠い目になる。


「急に“理解者”が現れたのかと」


「そんなわけないでしょ」


 由衣ちゃんが、即答する。


 容赦がない。


 でも――


 そのまま、もう一度線を見る。


「でも……」


 指先で、軽く触れて、


「これ、さっきのより安心感ある気はするわね」


 ぽつり、と言う。


 その瞬間。


 店員の目が、かっと見開いた。


「……今、何て?」


「え?」


「安心感?」


「うん。なんか、しっかりしてる感じ」


 一拍。


 店員が、静かに天井を見上げた。


「……やはり、素質がある」


「ないわよ」


 即否定。


 でも――


 その横で。


(……あるな)


 俺は、確信していた。


 一度気づいてしまったら、もう戻れない。


 この世界は――


 触れた分だけ、少しずつ広がっていく。


「由衣ちゃん、こっちとこっちの音、どっちがいいと思う?」


 スピーカーから流れる、二つの音。


 ほんのわずかな違い。


 でも――ここは、それをちゃんと聴かせてくれる店だ。


(こういう店、なかなかないんだよな)


 線だけ売るところは多い。


 でも、ここは違う。


 ちゃんと“音”で選ばせてくれる。


 由衣ちゃんは、少しだけ目を閉じた。


 集中している。


 さっきよりも、明らかに本気だ。


 一度目。


 二度目。


 じっと、聴く。


 そして――


「……こっちのほうが、良かったわ」


 迷いなく、指さした。


「やっぱり」


 思わず、笑ってしまう。


 同じだった。


 ちゃんと、同じところを選んでいる。


「ねえ、何が違うの?」


「さっき言ってたやつだよ。透明感と……」


「重厚感、でしょ?」


 被せてくる。


「そう、それ」


 自然に通じている。


 そのやり取りを見て、


 店員が、静かに頷いた。


「由衣ちゃんっていうのか」


 一歩、近づいて。


「君、素質あるよ」


「え、やだ」


 即答だった。


「そっち側には行かないわよ」


 軽く笑いながら言う。


 でも――


 もう一度、音の方を見る。


 さっきより、少しだけ興味がある目で。


「でも……」


 小さく、つぶやく。


「違いがわかるの、ちょっと面白いかも」


 その一言で。


 完全に、扉は開いた。


 店員が、満足そうに頷く。


「ようこそ、入口へ」


「まだ入ってないってば」


 即ツッコミ。


 だけど。


 その立ち位置は、もう“外”じゃない。


(……これ、楽しいな)


 俺は、少しだけ誇らしくなっていた。


 自分の好きなものを、


 誰かと共有できるっていうのは――


 思っていたより、ずっといい。


 店を出るときに、言われた。


「由衣ちゃん、彼氏と一緒にまた来てね」


「はい」


 ――彼氏。


(……俺のことだよな?)


 どう見ても、そういう流れだ。


 というか、それ以外にない。


(由衣ちゃん……普通に返事したよな?)


 否定しなかった。


 あっさり、受け入れた。


(ってことは……)


 心臓が、少しだけ速くなる。


 いや、少しじゃない。


 普通に、うるさい。


「……さっきの彼氏って」


 恐る恐る、聞く。


 何でもない顔で。


 できるだけ自然に。


「否定するのも、なんでしょ」


 あっさりだった。


「……」


 それ以上、続かない。


 軽く流されたはずなのに、


 その一言が、妙に残る。


(……ですよね)


 そう思うしかない。


 でも。


(どっちなんだよ)


 肯定でも、否定でもない。


 曖昧なまま。


 少しだけ、余白が残る。


(俺のこと……どう思ってるんだろう)


 嫌われてはいない。


 それは、わかる。


 でも――


(少しは、いいって思ってくれてるのか?)


 それとも。


(ただの“今だけ”なのか)


 答えは、出ない。


 出ないまま、


 隣を歩く。


 由衣ちゃんは、いつも通りで。


 いつも通りすぎて。


 余計に、わからなくなる。


 それでも。


 俺は、そっと手を伸ばした。


 由衣ちゃんの手を、取る。


 驚かれるかと思ったけど、


 何も言われなかった。


 そのまま。


 離されもしない。


(……いいよな)


 心の中で、小さく呟く。


 今だけでもいい。


 偽物でもいい。


 この距離で。


 この温度で。


 ――俺は、彼氏でいたい。


 少なくとも、この瞬間だけは。


 ……でも。


 由衣ちゃんが、同じ気持ちかは――まだ、わからない。

今回、ちょっとだけ“入口”の話でした。


好きなものって、一人で完結することもできるけど、

誰かと共有した瞬間に、少し違う景色になる気がします。


由衣ちゃんは、まだ完全にはこっち側じゃないけど、

たぶんもう戻れない位置には来てます。


そして――

主人公のほうも、だいぶ戻れなくなってますね。


この距離がどう変わっていくのか、

次も楽しんでもらえたら嬉しいです。

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