第8話 変わったのは、服だけじゃない
俺たちは、並んで歩き出した。
――ただ、これはデートだ。
多分。
でも……偽彼女だ。
なのに、妙に意識してしまう。
(これって……手、繋いだ方がいいのか?)
偽彼女なのに、駄目だよな。
いや、でも――
GWにこの距離感だと、不自然に見えるかもしれない。
そんな言い訳を、無意識に探している自分がいた。
人通りは多い。
これなら……理由としては、十分だろう。
はぐれたら危ない。
――うん、そういうことにしておこう。
完全に、後付けの理屈だった。
俺は、そっと由衣ちゃんの手を取る。
「人通り多いし……はぐれるといけないから」
できるだけ自然に言ったつもりだった。
「それに、俺……歩くの速いかもしれないし」
由衣ちゃんは、少しだけ恥ずかしそうにしていた。
その仕草が――妙に、刺さる。
何か……本当に彼女みたいだ。
そんなことを思ってしまう。
ドキドキする。
今まで付き合ってきた彼女たちよりも、ずっと――いい。
いや、何がいいんだよ。
でも……かわいい。
(なんだよ、これ……)
自分でもよくわからないまま、そんなことを考えていた。
「由衣ちゃん、服ってああいうところ?」
俺は、いつも行く店を指さした。
見慣れた、安定の場所だ。
「いや、違うから」
――即答だった。
「え?」
「こっち」
由衣ちゃんが、迷いなく別の方向を指す。
さっきの店とは、明らかに雰囲気が違う。
(……何が違うんだ?)
思わず、首を傾げる。
服って、服じゃないのか?
「俺にとっては最適解だと思うが?」
「は?」
「本気?」
「本気だけど」
「……」
一瞬、沈黙が落ちる。
その空気で、察した。
(……あ、これ最適解じゃないやつだ)
どうやら、前提条件から間違っていたらしい。
なら――結論は一つだ。
「……すみません」
素直に謝る。
「まあ……中学生の服をそのまま着てたら、わからないと思うわ」
「世の中、向き不向きがあるからね」
やんわりと、しかし確実に刺してくる。
「ここは私に任せて」
由衣ちゃんが、真剣な顔で言った。
それも――かなり本気だ。
(……任せた方がいいやつだ、これ)
俺は、静かに観念した。
服を見ていた。
――別世界だった。
明るさも、色も、並び方も。
全部が、俺の知っている店と違う。
なんだこの空間。
場違い感が、すごい。
「場違いじゃないからね」
先に刺された。
完全に、顔に出ていたらしい。
「大丈夫よ。顔だけならいけるわ」
「顔だけ……それ、普通に怖いな」
「大丈夫大丈夫」
軽く流される。
いや、大丈夫じゃない気がするんだが。
「ここどう? いけそう?」
由衣ちゃんが、一着手に取る。
正直――よくわからない。
だが。
値札だけは、ちゃんと確認する。
「料金は……これくらいか」
「どう?」
「……許容範囲だ」
とりあえず、そこはクリアした。
(判断基準、それでいいのか?)
自分でも、少しだけ思った。
「私の好みで決めていい?」
「ああ。正直、わからないから」
即答だった。
むしろ、任せた方が早い。
「じゃあ――」
由衣ちゃんが、服を手に取る。
さっと合わせて、少し離れて見る。
「……違うわね」
即却下。
迷いがない。
「こっちは……ない」
さらに一着、消える。
判断が速すぎる。
「これと、これ。あと……これとこれ」
次々に選ばれていく。
もう、流れに乗るしかない。
「着てみて」
「え?」
「いいから」
有無を言わせないやつだった。
そのまま、試着室へ送り込まれる。
「色は多分、こっちの方が合うわ」
外から声が飛んでくる。
「ブルベなのね」
「……なんだそれ?」
思わず聞き返す。
「肌の色とかで似合う色が違うのよ」
「へえ……」
知らない単語が、また一つ増えた。
(服って、そんなに奥が深いのか……)
ちょっとだけ、世界が広がった気がした。
「やっぱり、これいける気がする」
由衣ちゃんが、手に持っている服を見直す。
ちらっと値札を確認する仕草も、妙に慣れている。
「これなら、コスパもいいし……生地も悪くないわね」
指先で軽く触れて、確かめる。
「……買いね」
即決だった。
「え、もう?」
「いいから」
そのまま距離を詰めてくる。
「襟、ちょっと直すね」
「え?」
気づけば、目の前に由衣ちゃんがいた。
距離が、近い。
指先が、首元に触れる。
「こんな感じで――」
軽く整えて、少しだけ離れる。
「着こなし、こうした方がいいと思う」
「……」
言葉が出ない。
「うん、いけてる」
満足そうに頷く。
「靴もこれだし」
下までチェックが入る。
「ありね」
最終確認。
完全に、審査が終わったらしい。
恐る恐る、鏡を見る。
――誰だこれ。
そこにいたのは、見慣れた自分じゃなかった。
なんか……普通に、いけてる。
というか。
(……ちょっといい感じのお兄ちゃんじゃないか?)
思わず、もう一度見直した。
「とりあえず、二、三セット買って着回しにしたらいいんじゃないかな」
由衣ちゃんが、当たり前みたいに言う。
「そうする」
迷う理由はなかった。
「ありがとう」
自然と、言葉が出る。
俺は――久しぶりに服を買った。
正直、よくわからない。
何がいいのかも、どこが違うのかも。
でも。
由衣ちゃんに選んでもらった服だ。
それだけで――
(……ありだな)
そう思えた。
なんか、嬉しい。
ただ服を買っただけのはずなのに。
少しだけ、自分が変わった気がする。
それと――
俺のことを、ちゃんと考えて選んでくれた。
その事実が、思っていたよりも、ずっと残る。
由衣ちゃんが、店員さんに声をかけた。
「すみません。この服、着ていってもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
にこやかに返ってくる。
あっさりだった。
「タグだけ外しますね」
店員さんが手際よく処理してくれる。
気づけば、もう“そのまま帰る前提”になっていた。
「ほら」
由衣ちゃんが、軽く俺の袖を引く。
「そのままの方がいいでしょ?」
「……まあ」
確かに。
さっきまでの自分に戻るのは、なんとなく違う気がした。
鏡に映る姿は、まだ少しだけ落ち着かない。
でも――
「似合ってるよ」
由衣ちゃんが、さらっと言う。
「……そうか?」
「うん」
即答だった。
一拍。
「さっきより、ずっといい」
その一言が――
思っていたより、響いた。
「……ありがとう」
小さく、そう返す。
由衣ちゃんは、少しだけ笑った。
そのまま、俺の腕を軽く引く。
「じゃ、次行こっか」
「ああ」
歩き出す。
さっきよりも、少しだけ――
距離が近い気がした。
――次は、線だ。
今回は“外見の変化”と“距離の変化”をテーマにした回でした。
服を変えるだけの話のはずが、なぜか関係性まで少し動いてしまう――そんな瞬間を書いています。
陸は相変わらず理屈で動こうとしていますが、由衣の方は少しずつ違う方向に進んでいる気がします。
このズレがどうなるのか、今後も楽しんでもらえたら嬉しいです。
そして最後に出てきた「線」。
ここで一度温度が戻るのか、それとも――
次回も、ゆるく観測してもらえたら嬉しいです。




