第5話 そのままでいいと言われた
由衣が隣に並ぶ。
「ちゃんと準備してるんだね」
「一応な」
……一応、で済ませていい内容かは知らんけど。
でも――
「こういうの、計画的でいいと思う」
由衣が、当たり前みたいに言う。
「……そうか?」
「うん。迷わないし」
……その発想はなかった。
なんか、救われる。
だけど。
ふと、頭をよぎる。
……蓮なら。
こんな紙、出さないんだろうな。
もっと自然に。
もっとスマートに。
「……」
少しだけ、苦笑いが漏れる。
「どうしたの?」
「いや」
首を振る。
「俺なりにやってるだけ」
そう言うと、由衣は少しだけ近くで笑った。
「それでいいと思うよ」
……それで、いいのか。
少しだけ、肩の力が抜けた。
***
カフェのドアの前で――
俺たちは、同時に手を伸ばした。
「あ」
「あ」
ぴたり、と止まる。
「どうぞ」
「どうぞ」
……被った。
「……」
一歩引く。
でも、由衣も引く。
もう一回、タイミングが被る。
「……先、どうぞ」
「……先、どうぞ」
まただ。
……終わってる。
「……俺、開けるから」
さすがにそう言って、ドアに手をかける。
ようやく開く。
「ありがとう」
由衣が中に入る。
「……」
やっぱり俺、ちょっとダサいかもしれない。
タイミングも、動きも、全部微妙だ。
そんなことを考えていると。
「でも」
由衣が、振り返る。
「優しい感じ、したよ」
……え。
「ちゃんと譲ろうとしてくれたし」
「いいと思う」
さらっと言う。
……その評価、合ってるのか?
でも。
「……そっか」
気づけば、少しだけ笑っていた。
***
席に通されて、向かい合って座る。
「……」
少しだけ、間ができる。
さっきまで外にいたのに。
店の中に入っただけで、距離感が変わった気がした。
「何にする?」
メニューを開きながら聞く。
「うーん……」
由衣が、少しだけ真剣に悩む。
……こういうところも、ちゃんとしてる。
「これにしようかな」
「じゃあ、俺もそれにする」
「うん」
注文を済ませる。
それから――
「あの」
由衣が、少しだけ声を落とす。
「ここ、混んでたのに、すぐ座れたね」
「ああ」
何でもないように返す。
「一応、予約しておいた」
「え?」
由衣が、ぱちっと目を丸くする。
「すごい」
「ちゃんとしてる」
……さっきも似たようなこと言われたな。
「まあ、一応な」
目を逸らしながら答える。
正直、ギリギリだったけど。
「なんか……」
由衣が、少しだけ笑う。
「思ってたより、ちゃんとしてるね」
「思ってたより、って何だよ」
思わず返す。
「だって」
「さっき、ドアで詰まってたし」
「……」
言い返せない。
「でも」
「ちゃんと考えてくれてるの、わかる」
「嬉しい」
……やめろ。
それは、効く。
「……そっか」
それだけしか言えなかった。
***
「あのさ……俺らの出会いって紹介だよな」
「紹介っていうか……青空塾、一緒だった」
「そういうことだよな?」
「そういうことだね」
俺は、少しだけ顔が熱くなった。
……なんで、こんなことで。
フィードバック制御も何もかも、頭から飛んでいく気がする。
***
「でもさ……青空塾のときのイメージと、今の陸君ってちょっと違うかも」
「別に前の方がいいとか、そういうことじゃなくて」
「でも……何か……変わらないね」
「変わらない?」
「うん。あの時も頭良かったし、結構ちゃんとしてた」
「騒がしかったけどな」
「そうだね」
くすっと笑う気配がした。
「俺、結構やんちゃで運動好きだったし、学校でも実はうるさかったんだよ」
「中高でもそんな感じ」
「大学では……少しおとなしくしてた」
「なんで?」
「うるさいと、幼い感じしないか?」
「陸君って……本当は今も、よくしゃべる方が楽なの?」
「いや、ちゃんとおとなしくしてる」
「別にいいよ。気にしなくて」
「いや、言いたいこと言うと暴走するから」
「まさか……おとなしい眼鏡男子の方が賢そうと思って、化けてるとかないよね?」
――図星だった。
「……いや、でも」
なんとか誤魔化す。
「理系でオタクなのは本当だ」
「何であの黒歴史がばれるかな」
「そんなに黒歴史かな?」
「俺にとっては黒歴史だよ。中高は男子校だから別にいいんだけどさ」
「そんなものなの?」
「俺にとってはそうなんだよ」
「クール眼鏡イケメンとか、格好良くないか?」
「そうなの?」
「うん。普通にいいと思うけど」
「別に私、眼鏡推しじゃないかも」
「え?」
俺は少し、路線変更した方がいいのかと思ってしまった。
クール眼鏡イケメンは俺には難しいのでは……。
いや、そもそもイケメンじゃない気がする。
前提条件が間違ってたのか?
入力値がズレてる?
……やばいぞ、俺。
一拍。
「なんかさ……陸君、ズレてるよね。オタクなのとは別にして」
俺は、焦った。
「あのさ……イケメンではないから、そこを目指すのはまず問題だよな」
「いや、最強イケメンではないけど……それなりに格好いい方だと思うよ?」
「ありがとう。お世辞でも嬉しい」
「まさか……俺、クール眼鏡イケメン狙わなくていい感じ?」
「まあ……そうだと思うけど」
「マジか」
「今頃気づいたの?」
くすっと、由衣が笑う。
「実はさ……」
俺は、少しだけ視線を逸らした。
「俺、目……悪くないんだ」
「え?」
由衣が、ぴたりと止まる。
「じゃあ……その眼鏡って」
「……クール眼鏡イケメンになるため」
一拍。
「いや、あほでしょ」
即答だった。
「やっぱりか」
思わず天を仰ぐ。
「なんでそんなことしたの?」
「……賢そうに見えると思って」
「なるほどね」
くすっと笑う気配。
「でもさ」
「うん?」
「そのままの方がいいと思うよ」
「え?」
「そのズレてる感じ、ちょっと面白いし」
「……褒められてるのか、それ」
「褒めてるよ?」
「マジか」
……終わってるな、俺。
でも。
悪くないかもしれない。
今回も読んでいただきありがとうございます。
ズレてると言われて、全部バレました。
でも――それが悪くないと思えてしまうのが、ちょっと問題です。
次回、もう少し距離が動きます。




