第17話 いい彼女だと、皆が言った
陸「俺……正直、よくわからないんだ」
「いつから好きになったかって」
「気づいたら、だったから」
「どこが好きかって言われても、うまく言えないし」
「言葉にしようとすると、難しいんだよな」
少し考えてから、陸は小さく笑った。
陸「ただ……一番近い感覚で言うなら」
「カオスの中に落ちてた感じ、かな」
「それだけ」
奈央「え?」
「……わからない」
由衣「ふふっ。いつもこんな感じなんだよ」
そう言って、由衣ちゃんは楽しそうに笑った。
由衣「たぶん、陸君の中では通じてるんだと思う」
「簡単に言うなら――あの電気屋さんの“線”の中で見つけた透明感、かな」
「私から言い換えるなら、だけど」
誠「さすが、エースの彼女だな……」
陸「いや、何で由衣ちゃんのほうが説明うまいんだよ」
由衣「だって、ずっと聞いてるもん」
そう返されて、俺は少しだけ照れたように視線を逸らした。
春香「私、誠が意味わかんないこと言ってても、どう返していいかわからないときあるよ?」
由衣「最初は私もわからなかったから、たまに調べてたんだよ」
「そしたら、少しずつわかるようになってきたの」
「毎日聞いてると、だんだん癖みたいなのが見えてくるっていうか」
「“この言い方のときは、こういう意味かな”って、なんとなくわかるようになってきて」
春香「すごくない?」
「私、毎日聞いてても全然わからないのに……」
大輝「っていうか、それ勉強してたってことだろ?」
由衣「そんな大したことじゃないよ」
「少しだけ」
俺は、黙ったまま聞いていた。
……よく考えろ。
由衣ちゃんは、最初から真面目だった。
俺のことを知って、ちゃんとしてくれる約束だった。
そのほうがボロが出ないからって、俺のことをちゃんと考えてくれて。
頑張って、歩み寄ってくれていた。
本当に、いい偽彼女だ。
……残酷なくらいに。
服を選ぶときも。
線を選ぶときも。
一つ一つ、本気だった。
適当に合わせている感じなんて、一度もなかった。
……元カノだって、ここまでじゃなかった気がする。
付き合っていたはずなのに。
俺のことを、ちゃんと見てくれていたのか?
そんなことまで考えてしまう。
陸「……いい彼女だろ?」
自分で言っておきながら、胸の奥が苦かった。
圭介「本当に、いい彼女だな」
皆が口を揃える。
いい彼女だって。
わかってる。
本当に、その通りだ。
だからこそ、苦しい。
一緒に話した時間。
一緒にいた時間。
変なことを言っても、笑って聞いてくれた時間。
その全部が、楽しかった。
毎日、毎日。
少しずつ積み重なっていく。
偽物のはずなのに。
終わるはずなのに。
俺の中では、もう簡単に片づけられないものになっていた。
由衣ちゃんは――
俺の彼女じゃない。
……俺は、どうすればいいんだ。
色んなことが、頭の中でぐるぐるしていた。
由衣ちゃんのこと。
元カノのこと。
今までのこと。
どう振る舞えばいいんだ。
もうすぐ終わる。
だったら、最後に「ありがとう」って伝えて。
ちゃんと別れを告げるだけだ。
……それだけ。
そうだろ。
実際の彼女っていうのは、ああいうものだ。
本当に好きになって。
ちゃんと大事にしようとして。
頑張って。
俺なりに、向き合っていた。
でも――駄目だった。
なら。
もし俺が勇気を出して。
由衣ちゃんに告白して。
本当に付き合えたとして。
……また、ああなったら?
今みたいに笑えなくなって。
少しずつズレて。
苦しくなって。
終わったら?
怖かった。
由衣ちゃんは、ここまでしてくれている。
でも、それは――役目だからだ。
真面目な性格だから。
ちゃんとやろうとしてくれているだけ。
……きっと、そうなんだ。
そう思わないと。
もう、駄目だった。
これ以上は――踏み込んだら駄目だ。
もう十分だろ。
楽しかった。
嬉しかった。
それだけで、十分すぎる。
これ以上を望んだら、きっと壊れる。
だから。
俺は、ここで蓋をする。
ちゃんと戻るんだ。
元の生活に。
元の距離感に。
――元の、カオスの世界へ。
そのはずなのに。
胸の奥だけが、静かに痛かった。
そして、お知らせです。
Amazon Kindle版では、
この作品のWeb未公開エピソードも収録しています。
興味がある方は、ぜひこちらもよろしくお願いします。
(URL)https://amzn.asia/d/02mcnQZP




