第12話 一人では完成しない
俺たちは、あれから何度か確認を重ねた。
由衣ちゃんは「ちゃんとフォローする」と言ってくれている。
それでも――俺だって、由衣ちゃんを守らないといけない。
何を言われるかわからないからだ。
そして、今日は一つ決めていることがある。
――眼鏡なしで行く。
由衣ちゃんと相談して、そう決めた。
少しだけ――うるさくなる。
思ったことを、そのまま口にしてしまう。
それでもいい、と言われた。
だから俺は――そのままで行くことにした。
俺は、今日――皆に優しくできない。
それでも、由衣ちゃんには優しくしている。
だから――大丈夫だ。
由衣ちゃんが、俺のところに来てくれる。
本当は、俺が迎えに行くつもりだった。
けれど――残念ながら、見た目に問題がある。
だから、由衣ちゃんチェックをしてもらうために、家で待つことになった。
……やっぱり俺は、残念だった。
一人だと、どうしても完成しない。
***
ピンポーン。
――由衣ちゃんだ。
「はい」
「由衣だよ」
扉を開ける。
「どうぞ、あがって」
目の前にいる彼女は――かわいすぎた。
視界に入れた瞬間、思考が止まった。
「あの……おはよう。今日も、かわいいね」
「おはよう。ありがとう」
――駄目だ。
語彙が、追いつかない。
「あの……その、かわいすぎないか?」
「俺……大丈夫かな」
「ちょっと無理かもしれない」
「え? どうしたの? さっきから、かわいいって」
「いや、その……ほんとに、かわいいから」
「……やばいだろ」
「今日、頑張ったの」
「ああ……だよな」
――見ればわかる。
「すごくいいです」
素直に、そう思った。
「でも、陸君も格好いいよ」
一瞬、言葉が止まる。
「……それ、ずるいな」
「これから、もう少しパワーアップさせるね」
「よろしくお願いします」
由衣ちゃんが、俺の髪に触れる。
軽く整えて、服の乱れを直していく。
「よし。これでいこう」
「バッグは……こっちにしよう」
「わかった」
言われるままに、頷く。
鏡を見る。
――いつもの俺じゃない。
やっぱりな。
「由衣ちゃんに任せたら、完璧だな」
「いい感じでしょ?」
「うん」
……戦地に向かう気分だった。
おそらく、これが最適解の極みだろう。
俺の今までは、きっと――カオスだったに違いない。
ああ……残念だ。
非線形どころの話じゃなかった。
どうやって制御チューニングしたんだよ。
最高だろ、これ。
――Pが効いてるのか?
いや、違う。
こんな一発で整うわけがない。
Iか?
いや……それも違う。
これはもう――全部乗せだろ。
完全に最適化されてる。
由衣ちゃん、何者だよ。
過渡応答が美しすぎるだろ。
オーバーシュートしてないぞ。
……いや、もしかしたら。
俺の脳内だけ、微妙にオーバーシュートしてるのかもしれないが。
このチューニング、バグってるだろ。
安定性と応答性が両立してるとか、最強すぎる。
しかし――どう考えても。
テーブルって感じじゃないな。
俺は――確実にモデル化できない。
ブラックボックスが、多すぎる。
……すごいぞ。
由衣ちゃん。
この状態で外に出たら――もう、戻れない気がした。
***
ニュートンも、白旗に違いない。
古典制御から現代制御まで――
もう一度、俺は勉強し直します。
――合掌。
「ねえ、何合掌してるの?」
「いや、ニュートンに敬意を示してたんだ」
「……やっぱり、いつも意味が分からないわね」
物理法則、今日だけちょっと負けてるだろ。
重力より影響力強いぞ。
***
「本当に……意味が分からないけど、ちゃんとすれば格好いいね」
「いや、元から普通に格好いいんだけど……マジでパワーアップしすぎじゃない?」
「瀬川君って格好いいけど、陸君も無駄にイケメンだよね」
「あ……違う種類だから、比較にはならないんだけど」
「無駄にってなんだよ」
「本当に格好いいのに、持て余してるわ」
「この状態で外に出たら、たぶん目立つよ」
「やっぱり最初、ひどかったもんね」
「中学生のときの服だし、寝ぐせだったし」
「……うるさいな」
「デートで寝ぐせと中学生の服は――さすがにあまりいないと思う」
「デートでそれは、さすがにレアすぎると思う」
***
「あれでも、俺はちゃんとしてきたつもりだ」
「髪も普通に直したしな」
「え?」
「服だって、まともそうなのを選んだつもりだ」
「……クローゼット、見るか?」
「う……うん」
「ほら」
「……本当にやばいわね」
「どれも一緒みたいなものだろ?」
「やっぱり、私がいないと駄目なんじゃない?」
「……そうかも」
「やっぱり、そのまま行ってたら……事故ってたか?」
「確実にね」
「小学生のときは……お母さんが服選んでたから、格好良かったのね」
「……そうかもしれん」
「でも、進化してるだろ」
「……退化の間違いじゃない?」
「やっぱり俺、由衣ちゃんいないと駄目だな」
「……そうみたいね」
「私と一緒にいるなら、少しくらいはちゃんとしなさいよ」
「わかってるよ」
「ちゃんと頑張るから」
そう言って――俺たちは家を出た。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「一人では完成しない」がテーマの回でした。
外見の話から始まっているようで、実は“誰かと一緒にいることで整っていく”という関係性の話でもあります。
陸は理屈で何とかしようとするタイプですが、今回は完全に解析不能。
それでも受け入れて、任せて、結果として最適化されていく流れを書きたかった回です。
由衣ちゃんの“調整力”は、もはやブラックボックスですね。
そして何より、語彙が死んでいるのに「すごくいいです」だけは丁寧に言ってしまうあたり、個人的に気に入っています。
あの一言で、ギリギリ踏みとどまっている感じが出ていれば嬉しいです。
ここからは外の世界へ。
整った状態で出た二人が、どう見られて、どう崩れるのか。
次も楽しんでいただけたら嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。




