5.さらば
全6話を本日中に投稿予定。これが5/6です。
異世界ファンクラブ。正式な団体名称は、「異世界知的生命体愛好会」であり、その名のとおり、異世界の存在を信じ、交流を持とうとイロイロな手段を講じている人々だ。
あまりに鬱陶しいレベルに達したため、正式なラインで団体の解散命令が出されたのが百年ほど前。その後、「異世界ファンクラブ(IFC)」という通称で非公式な集まりとして、メンバーは繋がりを持っているらしい。
耳なし芳一に準じて、見えない耳の裏側に「IFC」のマークを刻んでいるという、危ないやつらだ。お経じゃないんだからさー
ファンクラブくらいあってもいいんじゃないか、って言うヒトたちもいるんだが、あいつらファンクラブという名の下に、異界侵入を企てているという黒い噂が絶えない。管理局では、今でもブラックリストに載せている。
人間界で異界のヒトを探すくらいなら、こちらがお邪魔している側なんだし仕方が無いんだけど、密入国はマズイでしょ。
地球上だって海外旅行するときは、ちゃんとパスポートとかビザが必要でしょ?
何で異界もそうだって思わないのかしら。
まあ、あんなに気にせず宇宙へも出て行くくらいだからねー想像力が足りてないというべきか……
正式には異界の存在を人間界は認めていないから、説明のしようがないというのもあるが。
しかーし! 出入国管理局としては、ここではっきり言っておきたい。
「あなたね、異世界知的生命体愛好会は解散命令が出ていたはずよ。そして、元会員は、全員異界入国は認められていないし、決してビザは発行されない」
しかし、この人間は全く反省していなかった。不敵な顔で言い放った。
「ふふふ。しかし、こうやって逮捕されれば、異界に入れる……我々は、異世界警備局に連行されるのが一番確実だということに気付いたのだ。さあ、拘置所へ行こう!」
調子に乗るなっ! 本当に
「甘い! そういう輩への対応マニュアルがないとでも?」
私の返事に初めてこの人間はヘラヘラした笑いを消した。
「対人間のマニュアルの中にIFCを含む異界偏愛者対応項目があります。暗黒さん、ご存知ですか?」
「え、いや、そこまでは……」
「お前も甘いっ! 後で警備局に再トレーニングの申し入れをしておきます。マニュアル補足資料の53条第9項を読んでください」
「あのマニュアル、どんどん改訂されるから、補足資料まで覚えてられないんだよ……」
暗黒さんの弱音は無視だ。
「いいですか。こいつらの一番のダメージは、異界を前にして、入れないこと。ふっふっふ。見えますか、あのドアが。そう、あれが異界への入口です。あなたは、ここまで来ましたが、ここはまだ、異界と人間界の狭間。まだ異界ではありません。残念ですが、ここでお帰りいただきます。はい、サヨウナラ」
私の言葉に、人間は青ざめた。
「そ、そんな! 一足だけでもいいので、それで帰りますから、何とか一歩だけでも。これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍なのだ!」
この人、バカなことを言いながら、身をよじって懇願してるよ。気持ち悪い。
「……どっかで聞いたことのあるセリフですね……ま、それはともあれ、はい、ここでサヨナラ」
私がもう一度無情に言うのを聞いた暗黒さんが、ちょっと眉をしかめた。
「本当にこのまま何もせずに帰すのか? このゲートにまた来るんじゃないか?」
「もちろん対策します」
「?」
その後、私の目を正面から見たIFCのメンバーは、意識を失った。
異界でも私の目に耐えられるのはほんの一握り。たかだか人間ごときが、私の第三の目に見据えられて無事に済むわけがない。異界の記憶を完全消去ですよーはい、残念でした。
「暗黒さん、これ、高尾山に渡して、高尾山口駅のホームに置いといてください。うっかり寝過ごした人にしか見えないから大丈夫」
「目、閉じたか……? 大丈夫だな。ところで、それもマニュアルの一環なのか?」
「はい。高尾山口駅ホームの一番後ろのベンチに置いておくことになってます。あ、改札から一番遠い方のベンチっていう意味です」
「妙に細かいな。誰だよ、補足資料53条第9項作成したの……」とぶつぶつ言いながらも、私の指示に従い、暗黒さんが、携帯で高尾山を呼び出している。
「もしもし、暗黒だ。ああ、さっきのヤツだが、人間だった……そうだ、管理者が確認した。マニュアル補足資料の53条第9項に従い、高尾山口駅に戻して欲しい。詳細はマニュアル確認してくれ。手元にあるか? そう、ホーム一番後ろ。うん、うん。では、ゲート前で引き渡しということで」
携帯を切った暗黒さんは、ゲート緊急オープンの要求をして、出て行った。
流石は高尾山。フットワークの軽さは一番。あっという間に暗黒さんが戻ってきた。
ちょっと疲れた顔だ。目元が黒く隠れているから、やっぱりあまり表情わからないが。
「終了後に報告書を書いたら、こちらにも回すので、内容確認の上、署名を頼む」
「仕方が無いですね。合わせて、警備局再トレーニングについてもコメント入れておきますよ」
「くっ……」
「ダメダメ。ちゃんと読んどいてくださいよ」
「しかし、三枚のお札は何だったんだ? 単なる偶然だったのか、それともこのIFC? が侵入を狙って入手したのか、わからんな」
「あちらの密入国活動が再活性化している可能性もありますから、ちゃんと調査してくださいね。あと、高尾山には、もうちょっと落ち着いて捕縛するように、八大天狗に言っといてくださいよ。あいつ、調子がいいから、私が注意したくらいじゃ、全然堪えないもの。じゃあ、そろそろ締めて帰りますから。」
「わかったわかった」
「はー……暗黒さん、全然わかってないな……」
面倒そうに顔を背ける暗黒さんに、私はため息をついた。ダメだな、警備局。
私のつぶやきに「そこまで言わなくてもいいじゃないか」と文句を言いつつ暗黒さんが一足先に第七十七ゲートを出たのを見届けて、私も戸締まりをして帰宅することにした。
「一人管理者のゲートなんだから、こういう事件があると日常業務にしわ寄せがあるんだよねえ。暗黒さんがもうちょっと使えたら良かったんだけど。まあ、無理か。早く帰って、お取り寄せしたチョコレート食べたい。残りは明日でいいよね」
最低限の締め処理だけ終わらせ、システムの電源を夜間モードに切り替え、出入国管理システムをシャットダウンした。
しかし、シャットダウンしたはずのシステムから、けろけろけろ、とアラームが鳴った。
緊急通知だ。
仕方がない。できれば明日にしてほしかったが、やはり来たか……諦めて、再起動から裏モードでシステムを立ち上げる。
黒いスクリーンに、光る文字が出てきた。
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第七十七ゲート
報告せよ。
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スクリーン上に文字がカタカタと入力されながら、わずかなタイムラグで端から消えていった。
私は、一秒くらい考えてからキーボードを叩いた。
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暗黒はシロ
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私の回答が質問と同じように流れるように消えると、点滅するカーソルだけが残った。
……「で?」ってところよね。
私は一瞬悩んだが、次の一文を書き込んだ。
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高尾山の可能性:65%~70%
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その文章が消えると、システムも同時に強制シャットダウンした。通話終了ということだ。
相変わらずほんの一ミリの無駄もない。時間外まで働いてるんだから、「お疲れ」くらい言ってもいいのに。まあ、そんなことがあったら、明日が暴風雨どころじゃないわ。アマテラスが天岩戸にまた籠もるくらいあってもおかしくないな。うん。
アマテラス、嫉妬深いからなー「なんであんたなんかが、そんなお声掛けいただくのよっ」って、袖をくわえてきーってなりそう。でもって、天岩戸にすぐ駆け込んで嘘泣きするから面倒だ。
私は、はー、ともう一度ため息をついて、ごそごそとチョコレートを出した。
うん、つまらないこと考えているのは疲れているからだね。甘い物食べて、ちょっと一息つこう。
今日は泊まりの方が良さそうだ。こういう時のために、出張セットは常備している。
前回の泊まり仕事は、二十五年くらい前だが。
ベテラン管理者は、常に備えをしておくものなのだ。
一時間もしないうちに、黒ずくめの鴉天狗一団が、第七十七ゲートへ現れ、人間界へと出て行った。私の仕事は、管理局からの指示とおりに、ゲートの開閉をするだけだ。本来はただの管理人だからね。
時間外の仕事でもちゃんとやりますよ。
予定外の泊まり残業になり、機嫌が良いわけじゃないから、笑顔までサービスしないけど。
私の無表情を見て、黒ずくめたちは、ビクビクしていた。本当にどいつもこいつもびびり屋ばっかりだな。
おい、そこ。新人に「七十七ゲートは、目を見るんじゃないぞ」とか失礼な注意を出すな。
だから、身内から内通者が出てくるんだぞ。
まあ、単なる八つ当たりだから、口に出しては言わないけどね。でも、念は送っとくぞ。
お前ら、しっかり仕事しろ。




