4.目が疼くぜ
全6話を本日中に投稿予定。これが4/6です。
……しかし、三枚のお札かあ。
異界側、人間界側の両方のゲートをしっかり施錠すると、一日の締め業務を片付けながらつらつらと考えた。
微妙な品だ。人間界側では作れるお坊さんはいなくなったし、異界でも製造停止になっている。魔除けの札として、危機に際して思ったとおりに使うことができるのだが、実はこの危機というのが「山姥に襲われたとき」限定なのだ。山姥が人間を襲わなくなった現代では、使いどころがない。
そんなものが持ち出されたとなったら、山姥襲来を予想しても、まあ仕方がないとも言える。
しかし、あるのかそんなことが……?
その時、通信機が鳴った。
「はい、こちら異界出入国管理局第七十七ゲート」
「異界特別警備局、暗黒だ。容疑者を確保した。異界に戻るので、緊急ゲートオープンの通信が来たら、ゲートを開放願う」
「かしこまりました」
あら、早い。あまりの早さに驚いたわー
通信を切るのと同時くらいに、ぴろりん、と私の端末がコード着信を知らせた。
すぐにゲートを開けると、そこには、暗黒さんと一緒に、見知らぬヒトがいた。
「早かったですね」
「ああ……高尾山が張り切って、現場にいたこいつを捕獲していた」
「早期解決で良かったです」
そのヒトは一言も話さず、俯いたままだった。
「貴様、こいつは今日の出発者の中にいたか?
「うーん、外見変えられるタイプのヒトだったら、パスポート確認しないとわかりませんよ。でも、出発のときにはこの外見のヒトはいませんでしたね」
「このゲートから出たとは限らないしな。警備局で確認する。では、協力に感謝する」
暗黒さんはそう言って、逮捕したヒトを連れて、異界側の出口から出ようとした。
そのヒトが私の前を横切ったとき、私の目には、そのヒトが薄らと笑みを浮かべたのが見えた。
「待って!」
思わず声を上げると、驚いた暗黒さんが振り返った。
「どうした?」
「……わからない。でも、待って」
わたしが立ち上がって異界への出口の前にいる二人の方へと歩み寄ると、そのヒトは俯いたままでちらり、と上目遣いで私の方を見た。
「このヒト、誰?」
「いや、名乗ってない」
「……パスポートとビザは?」
「取り上げてあるぞ。ほら、これだ」
暗黒さんは、証拠品袋を出してみせた。
「確認しても?」
「いや、もう封しているからダメだ。どうした?」
「……私の目が疼く」
「……おい、冗談はヤメロ。え、本当か?」
いやいや、冗談ではないですよ。私の第三の目が、ウズウズしてます。
「仕方ない。ちょっと待て……あ、もしもし。暗黒だ。容疑者を逮捕したが、第七十七ゲート管理人が、目が疼くと言っている。一度封をした証拠品③のパスポートを開封して、管理人に確認させたい……いや、第七十七ゲートの管理人は、アレだから。疼いているのはまずいだろう。ああ、そうだ。第七十七ゲートだと局長に伝えればすぐわかる……あ、局長許可出たか。早いな……よし。では、開封許可あり、ということで」
暗黒さんは、携帯電話を切ってこちらを向くと、こちらをちらっと見て、「第七十七ゲートで運が良かったのか悪かったのか……」と呟きながら証拠品袋を開封し、その中にあるパスポートを取りだした。
「確認を頼む」
「では、拝見します」
私の返事と同時に、暗黒さんはさっと身体の向きを変えた。もー私が目を開くくらいでびびってたら仕事にならないんじゃないの?
意外とびびり屋だな、と内心思いながら、わたしは、カッと全ての目を見開いて、パスポートとビザを確認した。
「こ、これは……」
「どうしたっ」
「このヒトのものではない……?」
「……なんだと……? どういうことか?」
わたしは、パスポート越しに逮捕されたヒトを見た。ああ、そうか。
「このヒト、本当に異界のヒトですか?」
はっとしたように暗黒さんは、手錠をかけたヒトを見た。
そのヒトは、にやあ、と笑うと、初めてこちらを見た。
「さすがは、異界の管理人さん。聞いていたとおり、ここを通り抜けるのは警備局員を騙すよりも難しいね」
「どういうことだ?」
「これ、人間ですよ」
「なんだと! お前、まさか陰陽師一派かっ!」
「……暗黒さん、あなたいつの時代の人ですか……安倍さんちは、ちゃんと式神雇用契約して、ビザ申請通ったヒトしか雇ってないですよ。もうかれこれ二百年は違反ないです」
「そ、そうか」
暗黒さんが冷や汗をかいている。
そう。大昔は、陰陽師一派と異界は、ビミョーな関係だった。上下関係をはっきりさせたがる人たちがいたからね。どっちの術が強いのかっていう。
しかし、安倍さんは違ったのだ。安倍晴明さんのことね。
式神の待遇改善を図り、いまでは人気の就職先になった。まあ、そのきっかけとなったのが、安倍さん本人が、地獄へインターンシップとして働きにきたことが大きい。なんか、小野さんが地獄で閻魔さまを手伝っていたという日記を読んで、思い立ったらしいよ。
そこで、異界の雇用環境を学んで、長い年月をかけて関係を改めた結果なのだ。
安倍一族は、子孫もビザとって異界インターンシップをしないと、陰陽師になれないんだって。それが修行の最終試験らしい。
「大体、陰陽師関係者は、ここのゲートはほとんど使わないでしょう」
「そうなのか?」
「やはり京都が地元ですからねー六道珍皇寺のあたりのゲートを中心に使っていたと思いますが。そういえば、インバウンド? オーバーツーリズム? で人間が多すぎて使いにくくなったって聞いたなあ。なんか、いつも誰かが井戸覗きこんでるって」
「京都のゲートは、再編を検討していると聞いている」
「あ、やっぱり」
そんなことを話している間も、この人間はヘラヘラしている。全く気にしていないということは、うーん、これはもしやあっち系か。
「暗黒さん、この人間の耳の裏側を見せてください」
「耳か。よし」
耳の裏側には、小さな入れ墨があった。
「何か書いてあるな……『IFC』? なんだこれは」
「やはり。IFC、相変わらずだわね」
私は満足だった。そんな予感がしていたのだ。
「管理人、何だそのIFCとは」
「え、暗黒さん、知らないんですか? 『地球外知的生命体探査研究所(SETI)』の関連団体と自称していた一派ですよ。もう随分前に解散命令があって、ほぼ壊滅したはずなんですけどね。暗黒さん、その頃まだ警備局に入ってなかったですか? えー若手なのか単なる時代遅れなのか、よくわからないな……あ、世間知らず?」
「五月蠅い。お前と比べたら、誰でも若手だ」
「なんですって」
思わず、目が見開きそうになった。
「いえいえ、スミマセン。管理人さんのように、異界・人間界をよくご存知な方は本当に一握りですから」
暗黒さんの声がちょっと小さくなっている。ふん、わかればいいのよ。
暗黒さんは一瞬、縮こまったと思ったら、すぐにぐいっと顎を上げて偉そうに訊いてきた。
「ということで、貴様、IFCとは何だ」
「……復活が早いですね……」
「警備局員としての仕事は全うしなければならないからな。小さなことに拘っているわけにもいかない」
ほんと、一度壊滅的な打撃をこいつにも与えた方がいいんじゃないか?
「IFCとは……」
「もしや、異界へのテロ集団か?」
「惜しい? ような惜しくないような……」
「じゃあ、なんだ」
「異世界ファンクラブ(IFC)のメンバーですよ」
「……なんだ、そのどうでも良さそうな団体は……」




