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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第三章 悪魔はささやいた
21/32

05

 ある日の放課後、ぼくは黒羽の部屋に行って一緒に宿題をしていた。彼女の父親は仕事で、母親はぼくが来るのと入れ違いに買い物に行ったので、家には二人きりだったが、特に緊張するわけでもなく、いつものように他愛もない話をしながら宿題をこなしていた。


「よし、終わった!」

「わたしも終わったわ」

「じゃあ、今日は何して遊ぶ?」

「あのね、ちょっと話があるの」

「ん、何?」


 静かなトーンの声に反応してそちらに視線を向けると、彼女が神妙な面持ちでうつむいていた。珍しい表情に緊張し、自然と自分の背筋も伸びる。

 すると、「ちょっと後ろを向いていて」と言われたので、大人しくそれに従うと、何かの記憶が頭をよぎった。


(背中のほうがよく未来が見えるの)


 ああ、そうだ。忘れかけていたあの記憶だ。

 ぼくの「死」が予言されてから、もう六回の誕生日が訪れた。あの予言が正しければ、ぼくの余命はあと八年。ぼくに恐怖を植えつけた、しかし確かに見とれるほどキレイだったあのお姉さんは、今どうしているのだろうか。

 そんなことを思い出しながら、何を言われるのかとドキドキして待っていると、


「わたしのこと、覚えているかしら」

「――え?」


 予言は必ず成就する。その声は、ぼくに呪いと予言を告げた声だった。けれどその声は、幼い頃からずっと聞き続けていた声を少し低くして、さらに艶やかさを足したような声でもあった。何故、今までそれに気付かなかったのだろうか。

 しかし、二つの声と、二人の人物。重なり合うところがあるからといって、同一人物とは限らない。逆に、違うところがあるからといって、同一人物でないとも限らない。ただし、もしそうであるならば、年齢的・物理的に有り得ない。だけど、その声は間違いなくあのお姉さんの声であり、そして幼なじみの声でもあったのだ。

 そう確信した途端に全身が震え、背筋に冷たい汗が流れた。彼女――もうそれが幼なじみのことを指しているのか、あのお姉さんのことを指しているのか、自分でもわからなかった――の質問に答えられず、動くこともできずに固まっていると、


「大丈夫?」


 再び聞こえてきた声は、確実に幼なじみの彼女だとわかるものだった。だから、それに油断したぼくは、振り向いてしまった。もしかしたら、先ほどのお姉さんの声は、それと似ていただけで、聞き間違いだったのかもしれない、と。


「うん、大丈――」

「そう、ならよかった」


 にやり、振り向いた先にあったのは、あの妖しげな微笑み。そう、そこにいたのは、ぼくに「死」を告げたあのお姉さんだった。六年が経っているはずなのに、その姿に変化はまったく見られない。


「な、何で……」

「ふふ、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」

「ク、クロハ、黒羽は?」


 ずるずると後ずさり、よみがえった恐怖と闘いながらも、必死で幼なじみの心配をする。二つの声と、二人の人物。重なるところと、そうでないところ。先ほどは二人を同一人物だと認識したはずなのに、今は別人だと思っていた。

 すると、彼女は一瞬瞠目したあと、ぷっと吹き出した。まるで、あの日のように。


「ああ、心配してくれているのね。ありがとう」

「違う、ぼくが言ってるのはお姉さんじゃなくて、そこにいた黒羽……」

「だから、ありがとうって言ったじゃない。わたしがその黒羽よ」

「……は?」


 にわかには信じがたいことを言われ、今度はぼくが目を丸くする番だった。

 確かに、彼女には黒羽の面影がいくつも見てとれる。きっと黒羽が成長したら、彼女にそっくりの姿になることだろう。それなら、あの声にも納得がいく。

 しかし、黒羽はただの人間だ。それがどうして急に成長したりできるだろうか。あるいは、もしこのお姉さんのほうが本体だったとしても、幼くなることなどできるのだろうか。そもそも、何故彼女は六年前から成長せずに、同じ姿を保っているのだろうか。


「聞きたいことがたくさんあるってカオね」

「当たり前だろ! わけわかんないよ! あんたホントに黒羽なのか?」

「――ええ、そうよ」


 長年聞き慣れた声がしたかと思うと、お姉さんは消え、黒羽が現れた。六年間ずっと一緒にいた、あの少女が。

 それを確認して、ああ、やっぱり彼女が彼女なんじゃないか、とわけのわからない安堵をする。ぼくの思考回路はショート寸前だった。


「黒羽は、あのお姉さんなの?」

「そうよ」

「あのお姉さんも、黒羽なの?」

「ええ、この姿のわたしも、あの姿のわたしも、どちらも同じ黒羽よ。だから、六年前にあの公園に現れたのも、そのあとあなたの家のトナリに引っ越してきて、ずっと一緒に過ごしてきたのも、全部同じ黒羽なの」


 ダメだ、もう頭が痛くなってきた。ていうか、こんなわけのわからない状態で、よく普通に会話ができたな、と今さらながら思う。


「……えっと、どっちも黒羽だってことはわかったんだけど、その……お姉さんバージョンと今のバージョン、どっちが本体なの?」

「そうね、特に決まってはいないけれど――」


 ふわり、と黒羽の髪がなびいたかと思うと、その目線が高くなった。


「こちらのほうが好みかもしれないわ」

「へえ……」


 再びお姉さんバージョンになった黒羽。しかし、ぼくはもう動じなくなっていた。というか、外見はどうでもよくなっていた。とりあえず、黒羽は黒羽だということがわかればそれでいい。聞きたいことはほかにも山ほどあるのだ。


「でさ、あんたは一体何者なの?」

「わたし? わたしは悪魔よ」

「……はあ?」




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