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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第三章 悪魔はささやいた
22/32

06

 ぼくのマヌケな反応に、にやり、と口の端を上げて、妖艶な笑みを浮かべるお姉さんバージョンの黒羽。

 外見を変えられるということから、彼女が人間ではないということはわかっていたけれど、だからといって悪魔だという証拠はない。


「えーと、悪魔? 証拠は?」


 困惑しながら尋ねると、彼女は人さし指を口に当て、うーんとしばらく考えたあと、


「そうね、言ったでしょう? わたしが壊すほうがすきなのは、希望よりも絶望がすきだからだ、って」


 と、つぶやくように言って、にっと笑った。


(わたしはね、作るよりも壊すほうがすきだって言ったけれど、それは希望よりも絶望がすきだからなの)


 あの日の記憶が鮮明に蘇る。あの日、砂の城を作っていたぼくに対して、彼女は残酷にそう告げていた。善よりも悪を。創造よりも破壊を。そして、希望よりも絶望を。それら負の感情を好むところは、確かに天使というよりは悪魔だ。

 だけど、それだけで黒羽が悪魔だとは限らない。ヘリクツに近いかもしれないけれど、黒羽が悪魔である、あるいはそうではないと完全に証明されるまでは、どちらも信じられないのだ。


「あら、納得できないってカオね」

「そりゃあ、まあ」

「じゃあ逆に問うけれど、どうすればわたしが悪魔だって信じてくれるのかしら」


 確かに、その質問は的を射ていた。ぼくは、彼女が何をどう証明すれば、彼女を悪魔だと信じることができるのだろうか。


「じゃあ、仮に黒羽が悪魔だったとして、何で人間にまざって普通に生活してるの?」

「あら、それも言ったはずよ」

「え?」


 ぼくの物分かりが悪いことに業を煮やしたのか、黒羽ははあ、と大きなため息をつく。そして、演説でもするかのように両手を広げ、口を開いた。


「わたしは悪魔。破壊と絶望を好むもの。だから、わたしは壊し、絶望を与えることにしたの。――あなたにね」


(二十歳になったらあなたは死んで、わたしのものになるのよ)


 ざわり、全身を血が駆けめぐる。どうしてぼくは今までこんなに普通に彼女と話していたのだろうか。彼女はぼくの「死」を予言し、その恐怖を与えた人物だったというのに。


「あれ、本気だったの……?」

「当然じゃない」

「じゃあ、ぼくはハタチになったら死ぬの……?」

「ええ、そうよ。そして、あなたはわたしのものになるの」


 ふふっ、と愉快そうに、そして嬉しそうに笑い声を上げる黒羽。ぼくが、ハタチになったら死ぬ? 六年前のあの日の言葉通りに?

 六年前、いきなり「死」というものを宣言されたぼくは、幼な心にそれがこわくてこわくて仕方なかった。さっきもそれを思い出して総毛立ったのも確かだ。

 だけどその一方で、今そんなことを言われても、実感がわかないという気持ちもああった。きっとそれは、成長して「死」というものが自分とはあまり縁がないものだということを知ったからだろう。

 曾祖母が亡くなったあとは一回も葬式に行ったことがないし、幸い周りで亡くなった人もいなかった。少し前に同じ学校の下級生が交通事故に遭ったという話が全校集会でされたが、命に別状はなかったし、特に面識もなかったので、やはり「死」は遠いものに感じられた。

 そう認識すると一気に冷静になり、ぼくは黒羽の目を真っ直ぐに見据えて、一番大きな質問をぶつけることができた。


「あのさ、何でぼくなの?」

「決まっているじゃない。あなたがすきだからよ」

「は?」


 淀みなく返ってきたのは、あまりにも明確で、とても意外な答えだった。


「黒羽、ぼくのことすきなの?」

「そうよ。聞こえなかった?」

「何で? いつから?」

「初めて逢ったあの日――ああ、六年前のあの日よ。一目ぼれだったの。それからはずっと灰人のことがすきだったのよ」


 途中で幼い声に変わったかと思うと、目の前に同い年の黒羽が現れた。彼女からのまさかの告白に、開いた口が塞がらない。

 それもそのはず、ぼくは今まで告白されたことなんかなかったし、自分から誰かをすきになったこともなかったからだ。それなのに、ぼくは今、一番近しい女ノコから告白されているのだ。驚かずにはいられないだろう。ぼくのテンションはうなぎ登りだ。


「あなたは?」

「え?」

「あなたはわたしのこと、すき?」


 また少し低い声がして、いつの間にかお姉さんバージョンになっている黒羽。

 正直、黒羽をそういう対象として意識したことはあまりなかったし、目の前にいるお姉さんバージョンの黒羽なんてもってのほかだ。

 ――いや、そもそもよく考えてみろ。幼なじみバージョンの黒羽だとイマイチ実感がわかないけれど、今、目の前にいる彼女は悪魔なのだ。まあ、まだ「自称」ではあるが、悪魔にすきだと言われて、ぼくは何と返すのが正解なのだろうか。


「別に、嫌いではない、よ」


 今のぼくには、そう答えることしかできなかった。

 それが、最大の過ちだとも思わずに。


「ふふ、嬉しいわ。――これで契約成立ね」

「……え?」




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