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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第三章 悪魔はささやいた
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04

「ねえ、ハタチってなぁに?」


 家に帰って夕飯を食べているとき、ぼくは両親にそう尋ねた。


「おっ、灰人は難しい言葉を知っているなあ。ハタチっていうのはね、二十歳のことだよ。二十歳は大人の仲間入りでもあるんだぞ」

「灰人は今、六歳でしょう? だから、あと十四回誕生日が来たら、灰人も二十歳になるのよ」


 両親はにこにこしながら「ハタチ」の意味をぼくに教えてくれた。


「灰人が二十歳になったら、きっとカッコよくなっているんでしょうね」

「俺に似てな」

「あら、それはどうかしら」

「いやいや、そこは肯定してくれよ」


 あはは、と笑う両親につられて、ぼくにも自然と笑みがこぼれる。

 ぼくは、両親がすきだ。気さくでちょっと冗談がすきな父さんと、料理上手でやさしい母さん。喧嘩することもあるけれど、すぐに仲直りするし、とても仲の良い夫婦としてご近所でも評判だった。

 ぼくは一人っ子でもあったので、その愛情を一身に注がれて育ってきた。ぼくはそんな両親を誇りに思い、自分もいつか結婚したときにはこんな家庭を築きたい、と子供ながらに思っていた。

 だけど、それは叶わない。


「……ごちそうさま」

「あら、まだ残ってるじゃない。具合でも悪いの?」

「うーん、ちょっと気持ち悪いかも」

「まだ寒いから風邪でも引いたんじゃないか?」

「まあ大変。じゃあ、あとでお薬持っていくから、お部屋で寝てなさい」

「うん」


 心配そうに眉を八の字にする両親に背中を向け、ぼくは自室へと戻るとすぐさまベッドにもぐりこみ、頭から布団をかぶった。


(二十歳になったらあなたは死んで、わたしのものになるのよ)


 公園で会った彼女の言葉が頭の中をこだまする。そのとき、ハタチの意味はわからなかったけれど、少し前に父方の曾祖母が亡くなっていたため、「死」というものは何となく知っていた。子供にとって葬式は退屈なものでしかなかったけれど、そこにいるほとんどの人が涙を流し、哀しんでいたのを覚えている。ぼく自身、曾祖母とは数回しか会ったことがないので、あまり想い出もなかったけれど、もう会えないということは何となくわかって少し涙が出た。

 ハタチになったら、大人になったらぼくは死ぬ? じゃあ、ぼくは子供のままでしかいられないのだろうか。それはつまり、結婚して、両親のような家庭を築くこともできないということなのだろうか。そもそも、あと十四回誕生日が来たら、ぼくは両親にも会えなくなってしまうということなのだろうか。

 最悪な妄想に苛まれ、ぼくは布団の中で泣いた。薬を持ってきた母さんがそれを見つけ、「そんなに苦しいの? 病院に行く?」と聞いてきたが、病院は曾祖母が死んだところだったので、そこに行ったら自分も死んでしまいそうで、「お母さんが来たから大丈夫」と言って断固拒否した。それを聞いた母さんも、ぼくが風邪で気が弱っていただけだと判断し、薬を飲んだあとに子守唄を歌ってくれた。

 そのおかげか、ぼくはぐっすりと眠ることができ、次の日には彼女に言われたことをすっかり忘れていた。というよりは、そんなこと有り得るわけがない、とたかをくくっていたのだ。あんなの、ただの戯言だ。ぼくは病気でもないのに、死ぬわけがない。ちゃんと大人になって、両親みたいな家庭を築くんだ。

 そして、彼女の存在は頭の片隅に追いやられ、そんな呪いの言葉などすっかり忘れかけていた春のある日、空き家だったトナリの家にある一家が引っ越してきた。


「はじめまして、トナリに引っ越してきた夜神楽と申します。これからよろしくお願いします。こっちは娘の黒羽。春からこの近くの小学校に通うんです」

「おっ、うちの灰人と同い年じゃないか」

「まあ、本当ですか?」

「小学校も一緒だし、仲良くやっていきましょ。ね、灰人」

「う、うん」

「ほら、黒羽もあいさつしなさい」


 父親に促されて一歩前に出た子供は、とてもキレイな女ノコだった。そして、彼女は同い年とは思えないほど優雅に微笑んだ。


「夜神楽黒羽です。よろしくね、カイト、くん?」

「うん! よろしく、クロハちゃん」

「ふふ、早速お友達ができてよかったわね」

「いやあ、引っ越してきてどうなるかと思いましたけど、上手くやっていけそうでよかったです」

「こちらこそ、これからよろしくお願いします」


 どうやら両親たちの年齢も近かったらしく、ぼくたち以上にすぐに打ち解けていた。それからというものの、ぼくと黒羽は一緒にいる機会が多くなり、いわゆる幼なじみというものになった。

 そうして月日は流れ、ぼくたちは小学校最後の年を迎えた。中学校は自動的に入れる公立に行くことが決定していたので、受験勉強なんてするわけでもなく、最高学年という責任を少し感じながら、それまでと変わらない日々を過ごしていた。

 そして、ぼくはある日知ることになる。ただの幼なじみの女ノコだと思っていた彼女が、悪魔だということを。




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