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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第三章 悪魔はささやいた
19/32

03

 ぼくの幼なじみである夜神楽黒羽は、悪魔だ。

 彼女に出逢ったのは、もう十年以上も昔のこと。小学校に上がる前の冬、ぼくが公園で一人で遊んでいると、あいつが現れたのだ。そう、今とまったく変わらぬ姿のままで。ただし、そのときはまだ悪魔だなんて知らなかったけれど。

 あいつの容姿の良さはムカつくけれど認めざるをえないので、ぼくもそのときはキレイなお姉さんだな、くらいにしか思わなかったし、見た目がまったくの人間なのに、その正体が悪魔だなんて非現実的なものだとは普通思わないだろう。


「こんにちは」


 突然現れた彼女は砂場にいたぼくのところまで歩いてくると、すっと屈んで目線を合わせ、そうあいさつをした。その笑顔はとても魅力的で、ある意味それが悪魔の誘惑というものだったのかもしれない。

 不審者には気をつけろ、と言われていたけれど、まさか高校生くらいの、しかも女子がそれに該当するとは思わなかったぼくは何の疑問も持たず、当然のようにあいさつを返した。


「こんにちは」

「砂遊び、楽しい?」

「うん。おねえさんもいっしょにやる?」

「いいえ、わたしはいいわ」

「そう? 楽しいのに」


 つまらないな、と思いつつ、ぼくは砂遊びを続ける。確かそのときは城か何かを作っていたのだと思う。まあ、小さい頃のことだから、城を作ろうと思っていても、実際はほとんど山でしかなかった気がするけれど。

 すると、その様子を眺めていた彼女がぽつり、とこうつぶやいたのだ。


「わたしは、作るよりも壊すほうがすきなの」


 と。ぼくは眉をひそめて彼女を見つめた。


「ええ? そんなのおかしいよ。そしたらおねえさん、ただのいじめっ子じゃないか」

「あら、確かにそうね」

「あ、もしかしてこのお城もこわそうとしてるの?」


 嫌な予感がしたぼくは、訝しげにそう尋ね、砂の城を守るようにして両手を広げた。それを見た彼女は大きく目を見開き、くすくすと笑い出す。ぼくにとっては一大事であるのに、笑うなんて失礼じゃないか。


「ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないのよ。それは壊さないから安心して」

「ほんとに?」

「ええ、その砂の城は壊さないと約束するわ」

「じゃあ、ゆびきりしてよ」


 無知でバカなぼくは、右手の小指を立て、ずいっと彼女のほうに差し出した。「この砂の城を壊さない」という、たったそれだけの約束を守らせるために。

 今思えば、本当にバカな約束だったと思う。彼女が壊さなくても、その砂の城はすぐに壊れてしまうというのに。あるいは、ぼくが見ていないとところで彼女が壊す可能性だってあった。しかし、幼いぼくにそんな考えはない。


「ふふ、用心深いのね」


 その指を見て彼女はまた笑みをこぼし、自分の小指をぼくの小指に絡めた。


「いいわ、約束しましょう」

「うん、やくそくだよ。ゆーびきーりげーんまん」

「ただし」

「うーそつーいたーら、はーりせーんぼんのーます!」

「ほかのものは壊すかもしれないけれどね」

「ゆーびきった!」


 ぼくは自分が歌を歌うのに精一杯で、彼女が最後に何と言ったのか聞き取ることができなかった。そして、彼女がにやり、と口角を上げて、妖しげな笑みを浮かべていたことにも、気付いていなかったのだ。


「あれ? おねえさん、今何か言った?」

「ええ、そのお城が早く完成するといいわね、って」

「ありがとう! もう少しでできるからがんばるよ」


 そう言って見せた笑顔には先ほどのような毒気はなく、キレイなお姉さんとしての普通の笑みだった。ぼくはその応援に嬉しくなり、また作りかけの砂の城のほうを向いて制作を再開する。


「わたしはね、作るよりも壊すほうがすきだって言ったけれど、それは希望よりも絶望がすきだからなの」


 一生懸命砂の城を作り続けるぼくの背後で、彼女は独り言のようにつぶやいた。だけど、ぼくがいる限り、それは独り言ではなく、語りかけているのであり、つまりは応答を待っているのだ。


「ゼツボウってなぁに?」


 だから、ぼくがそう尋ねると、彼女もちゃんと答えてくれた。いや、質問の答えにはなっていなかったので、応えてくれたと言うほうが正しいのかもしれない。


「そうね、あなたが大きくなったら――いいえ、あと数年したらわかるでしょうね」


 それは、呪いの言葉だった。そして、それは予言となる。


「ふぅん、そうなんだ」

「ええ、そうよ。それからもう一つ」

「なぁに?」

「わたし、あなたの未来が見えるの」

「えっ、ほんと?」


 今そんなことを言われれば、絶対にウソだ、と即切り捨てることができるだろう。だけど、子供はそんなことを知らない。純粋で、無垢で、何でも信じてしまうのだ。ぼくは勢いよく振り向き、期待と尊敬に満ちた目で彼女を見つめた。


「ええ、本当よ。あなたが大人になったとき、とてもカッコよくなっているわ。きっと女ノコにモテモテだと思うわよ」

「へえ、ほかは? ほかには何が見える?」

「そうね、ちょっと後ろを向いていてもらえるかしら。背中のほうがよく未来が見えるの」

「わかった!」


 どんな理屈だよ、とは思わずに、すべてを信じて再び砂の城のほうを向くぼく。そして、わくわくしながら待っていると、彼女は残酷なことを告げたのだった。


「あとはね」

「うん!」

「二十歳になったらあなたは死んで、わたしのものになるのよ」

「え?」


 言われたことの意味がとっさにはわからず、それを聞こうと振り向くと、さっきまで確かに存在していたはずの彼女の姿は消えていた。


「おねえ、さん……?」


 呼びかけても返事はない。しん、と静まり返った公園はいつもと同じはずなのに、その静寂がやけに不気味に感じられた。刹那、ざあああ、と風が吹く。それが何故だか嘲った笑い声のように聞こえて、ぼくはこわくなった。

 そうしてぼくは、せっかく築き上げた砂の城を自分で踏みつぶし、家へと駆け出したのだった。




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