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怖い話_続  作者: 三葉


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7/27

夜道とアイスのおつり

夜にアイスが食べたくなることがある。


あれ、なんなんだろう。


夕飯も食べた。

お風呂も入った。

歯磨きも、まあ、まだしてない。


そういう時に限って、冷たい甘いものが食べたくなる。


人間の自制心、夜だけ営業時間外になるのやめてほしい。


その日もそうだった。


七月の終わり。


時間は、二十三時を少し過ぎた頃。


私は部屋着にパーカーだけ羽織って、近くのコンビニへ行った。


家から歩いて五分。


駅前でもないし、大きい通りでもない。


でも、コンビニまでなら明るい。


そう思っていた。


⸻


【LINE】


23:11 晶

アイス買ってくる


23:11 芽衣

今から?


23:12 晶

食べたいんだもん


23:12 芽衣

太るぞ


23:12 晶

今それ言う人間きらい〜


23:13 芽衣

気をつけて行きなよ


23:13 晶

近所だから平気だってば


23:13 芽衣

その油断が一番怖いんだから


⸻


芽衣はいつも大げさだ。


そう思った。


でも、今考えると。


あの時の芽衣の方が正しかった。


コンビニは普通だった。


明るい店内。

眠そうな店員。

深夜の揚げ物の匂い。


私はアイスの冷凍ケースの前で少し迷って、棒つきのバニラアイスを買った。


税込み百五十八円。


五百円玉を出した。


おつりは三百四十二円。


レジ横で財布に入れた時、小銭がやけに多い気がした。


でも、ちゃんと確認しなかった。


夜のコンビニ帰りに小銭を数えるほど、私は几帳面じゃない。


そして、それが良くなかった。


外に出ると、空気はぬるかった。


アイスの袋を開ける。


少し溶け始めていた。


私は歩きながら食べた。


行儀悪いな。


そう思いながら、舌先でアイスをなめる。


冷たくて、甘い。


夜道で食べるアイスは、なぜか普通よりおいしい。


背徳感という調味料、本当に性格が悪い。


コンビニの明かりが少しずつ遠ざかる。


角を曲がれば、家まではすぐ。


のはずだった。


その時、向かいからお爺さんが歩いてきた。


白い半袖シャツ。

黒っぽいズボン。

古いサンダル。


背中は少し曲がっている。


手には何も持っていない。


近所の人かな、と思った。


でも、夜中に知らない老人とすれ違うのは、なんとなく嫌だった。


私は少し端に寄った。


お爺さんも、同じ方に寄った。


あっ、これ気まずいやつ。。


そう思って、逆側にずれた。


お爺さんも、同じようにずれた。


偶然にしては、ぴったりだった。


私は足を止めた。


お爺さんも止まった。


そして、私の口元を見た。


アイスではなく。


なぜか、財布を入れているパーカーのポケットを見た。


「鳴っとるね」


お爺さんが言った。


声は、思ったよりはっきりしていた。


「え?」


「小銭」


私はポケットに手を当てた。


歩くたびに、財布の中で小銭が鳴っていた。


ちゃり。


ちゃり。


小さな音。


「鳴らしたらあかんよ」


お爺さんは言った。


「ついてくるから」


意味が分からなかった。


「あの、すみません」


私は横を通ろうとした。


お爺さんは、動かなかった。


「それ、いくらもろた」


「何がですか」


「おつり」


「覚えてないです」


「覚えてない子は、遠くまで行ってまう」


気持ち悪かった。


怖いというより、嫌だった。


言葉が、こっちの中に勝手に入ってくる感じ。


私は黙って通り過ぎた。


後ろから、お爺さんの声がした。


「公園まで鳴らしたら、帰れんよ」


振り返らなかった。


歩く。


早歩きになる。


アイスはもう半分くらい溶けていた。


右手にアイス。

左手でスマホを出す。


芽衣にLINEした。


⸻


【LINE】


23:24 晶

変なおじいさんいたんだけど。。


23:24 芽衣

え、どこ


23:24 晶

コンビニ帰りにね


23:25 芽衣

何されたん?


23:25 晶

小銭鳴らすなって言われた


23:25 芽衣

何それ。。


23:26 晶

ついてくるからって


23:26 芽衣

普通に怖いわ

早く帰りな


23:26 晶

帰ってる途中だよ


⸻


そこで、私は足を止めた。


知らない道だった。


住宅街のはずなのに、道が広い。


街灯が少ない。


右側に、黒い木のかたまりが見える。


公園だった。


広い公園。


フェンスの向こうに、ブランコと滑り台が見えた。


私は、こんな公園を知らない。


家の近くには小さい児童公園しかない。


こんなに広くない。


そもそも、コンビニから家まで五分だ。


公園なんて通らない。


スマホの地図を開いた。


現在地の青い点が、ゆっくり表示される。


そこに出た地名を見て、息が止まった。


水瀬中央公園


家からも、コンビニからも離れている。


歩いたら五キロくらいある場所だった。


私は、コンビニを出てから十分も歩いていない。


⸻


【LINE】


23:29 晶

待って、、


23:29 芽衣

なに


23:29 晶

現在地おかしい


23:30 芽衣

どこ?


23:30 晶

水瀬中央公園って出る


23:30 芽衣

は?


23:30 芽衣

遠くない?


23:31 晶

遠い


23:31 芽衣

誰かに車乗せられた?


23:31 晶

乗ってない

歩いてた


23:31 芽衣

怖い怖い怖い

近くに明るい店ある?


23:32 晶

ない

公園と道だけ


23:32 芽衣

110して


23:32 晶

大げさじゃない?


23:33 芽衣

大げさでいいんだって

高校生が夜に5キロ飛んでる時点で大げさじゃないんだから


⸻


芽衣の言う通りだった。


でも、警察に電話するのはためらった。


説明できない。


アイスを買って歩いてたら、なぜか五キロ先の公園にいました。


どう考えても、寝ぼけた人の供述だ。


私はとりあえず、大通りに出ようと思った。


地図を見る。


公園沿いにまっすぐ行けば、交番があるらしい。


徒歩十二分。


遠い。


でも、じっとしているよりはいい。


私は歩き出した。


ちゃり。


財布の小銭が鳴った。


さっきより、音が大きい気がした。


ちゃり。


ちゃり。


ちゃり。


私はポケットを押さえた。


鳴らしたらあかんよ。


ついてくるから。


お爺さんの声を思い出す。


嫌だった。


私は財布を取り出した。


小銭入れを開ける。


おつりは三百四十二円のはず。


でも、中には十円玉がたくさん入っていた。


十枚どころじゃない。


二十枚。


三十枚。


小銭入れが、重い。


さっきまでこんなに入っていなかった。


しかも、その十円玉はどれも濡れていた。


水に落としたみたいに。


指先が冷たくなる。


私は慌てて小銭入れを閉じた。


その時。


背後で声がした。


「数えたね」


振り返った。


さっきのお爺さんがいた。


公園のフェンスの前。


街灯の下。


さっきより近い。


私は声が出なかった。


お爺さんは、にたっと笑った。


歯が少なかった。


「数えたら、足りんのが分かる」


「なんなんですか」


やっと出た声は、震えていた。


「足りんのよ」


「何が」


「ひとつ」


お爺さんは、私の右手を見た。


アイスは、もうほとんど溶けていた。


白い液が指に垂れている。


私は反射的に手を下げた。


お爺さんは、また財布を見た。


「小銭、ひとつ足りん」


「知りません」


「知らん子は、遠くまで行ってまう」


また同じことを言った。


私は後ずさった。


お爺さんは追ってこない。


でも、目だけがずっとこっちを見ている。


「交番、あっちか?」


私が言うと、お爺さんは首を傾げた。


「おまわりさんは、拾ってくれんよ」


「何を」


「落とした子を」


その言い方が嫌すぎた。


私は走った。


アイスを持ったまま。


公園沿いの道を、ただ走った。


ちゃりちゃりちゃりちゃり。


財布の中で小銭が鳴る。


ポケットを押さえても鳴る。


走ると余計に鳴る。


後ろから、サンダルの音がした。


ぺた。


ぺた。


ぺた。


走っている私と同じ速さで、歩く音がついてくる。


振り返りたくない。


でも、見てしまった。


お爺さんは歩いていた。


走っていない。


ゆっくり。


なのに、距離が縮まらない。


離れない。


ずっと同じ距離で、ついてくる。


私は泣きそうになりながら、芽衣にLINEした。


⸻


【LINE】


23:39 晶

ついてくる


23:39 芽衣

誰が


23:39 晶

さっきのおじいさん


23:39 芽衣

走って逃げて


23:40 晶

走ってる


23:40 芽衣

110して


23:40 晶

打てない


23:41 芽衣

私がする

現在地スクショ送って


23:41 晶

無理

手震える


23:41 芽衣

じゃあ位置共有して


23:42 晶

した


23:42 芽衣

見えたよ!!

警察に言う


23:42 芽衣

絶対公園の中に入らないで


⸻


公園の中。


その言葉を見た直後だった。


前方の道が、工事中でふさがっていた。


赤いコーン。

黄色いバー。

通行止めの看板。


右は車道。

左は公園の入口。


私は立ち止まった。


公園の中を通れば、交番まで近い。


地図ではそう出ている。


でも、芽衣は入るなと言った。


背後から、ぺた、ぺた、と音が近づく。


お爺さんの声。


「公園の中なら涼しいよ」


私は唇を噛んだ。


「アイス、溶けるよ」


その言葉が、妙に普通で気持ち悪かった。


私は公園に入らず、車道側の歩道へ出た。


遠回りでも、明るい方へ行く。


そう決めた。


その瞬間。


財布の中から、小銭が一枚、落ちた。


ちゃりん。


足元に転がる。


十円玉だった。


拾わなかった。


拾いたくなかった。


でも、体が一瞬止まった。


お爺さんが後ろで言った。


「拾わんと」


私は走り出した。


「拾わんと、数が合わん」


知らない。


合わなくていい。


私はアイスを近くのゴミ箱に投げ捨てた。


もう食べるどころじゃなかった。


手がべたべただった。


息が苦しい。


スマホが震える。


⸻


【LINE】


23:47 芽衣

警察つながった


23:47 芽衣

近くの巡回に連絡してくれるって


23:48 芽衣

今どこ


23:48 晶

公園沿い

工事のとこ避けた


23:48 芽衣

えらい

そのまま明るい方へ


23:49 晶

小銭落とした


23:49 芽衣

拾わなくていいから


23:49 晶

拾ってない


23:50 芽衣

えらい


⸻


その時、前からライトが見えた。


自転車だった。


白い自転車。


乗っていたのは、警察官だった。


制服の人を見た瞬間、体の力が抜けそうになった。


「君、大丈夫?」


警察官が止まった。


私は何を言えばいいか分からなくて、ただ頷いた。


「友達から通報が入ってる。晶さん?」


名前を呼ばれて、少し安心した。


「はい」


「変な人につけられてるって」


私は後ろを指さした。


でも。


お爺さんはいなかった。


公園のフェンス。

街灯。

暗い道。


誰もいない。


あのサンダルの音も消えていた。


「さっきまで、いました」


「どんな人?」


「お爺さんで、白いシャツで、小銭がどうとか言ってて」


警察官の顔が、少しだけ変わった。


ほんの一瞬。


でも、私は見逃さなかった。


「……小銭?」


「はい」


「財布、鳴ってた?」


私は頷いた。


警察官は、少し困ったような顔をした。


「とりあえず、ここから離れよう。交番まで乗っていく?」


「いいんですか」


「この時間に一人で歩かせられないよ」


まともな大人の言葉だった。


泣きそうになった。


人間社会、たまにちゃんと機能する。

そのたまにが今で本当に助かった。


私は警察官の自転車の横を歩いた。


警察官は無線で何か連絡しながら、ゆっくり進んでくれた。


公園の入口を通り過ぎる時。


中から、ちゃりん、と音がした。


小銭の音。


私は肩を震わせた。


警察官がすぐに言った。


「見なくていいから」


「聞こえました?」


「見なくていい」


答えになっていない。


でも、それ以上聞けなかった。


⸻


交番に着くと、別の警察官がいた。


私は椅子に座らされ、水をもらった。


芽衣にも連絡した。


⸻


【LINE】


00:08 晶

交番着いた


00:08 芽衣

よかった!!!!


00:08 芽衣

ほんとよかった


00:09 晶

警察官いた


00:09 芽衣

泣きそう


00:09 晶

私も


00:10 芽衣

親呼びな


00:10 晶

呼ばれると思う


00:10 芽衣

怒られても生きてるだけで勝ち


00:11 晶

それはそう


⸻


警察官は、親に連絡してくれた。


深夜に外へ出たことで、母には後でめちゃくちゃ怒られた。


当然だ。


私でも怒る。


交番で待っている間、最初に助けてくれた警察官が、私に聞いた。


「小銭、見せてもらってもいい?」


私は財布を出した。


正直、触りたくなかった。


警察官は手袋をして、小銭入れを開けた。


中を見て、眉を寄せた。


十円玉が、ぎっしり入っていた。


数えると、四十二枚。


おつりでそんなに入るわけがない。


しかも、そのうち一枚だけが古かった。


十円玉ではなかった。


穴のない、薄く黒ずんだ小銭。


文字はほとんど読めない。


警察官はそれを見て、すぐに小さな袋に入れた。


「これ、どこで拾った?」


「拾ってないです」


「コンビニでもらった?」


「分かりません。おつりは普通にもらったと思います」


「そう」


警察官は、それ以上問い詰めなかった。


ただ、静かに言った。


「次から、夜に小銭を鳴らしながら歩かない方がいい」


「……あのお爺さんと同じこと言いますね」


そう言うと、警察官は少しだけ黙った。


「この辺り、たまにいるんだよ」


「何がですか」


「説明しづらい人」


警察官がそんな言い方をするのが、余計に怖かった。


「お爺さんなんですか?」


「お爺さんに見える時もある」


「他の時もあるんですか」


警察官は答えなかった。


そのかわり、袋に入れた古い小銭を見た。


「公園の中に、昔、小銭を集める変な人がいたって話は聞いたことがある」


「昔?」


「詳しいことは知らない。噂みたいなもの」


「幽霊ってことですか」


「警察は、そういう言い方はしない」


じゃあ何て言うんだ。


変質者か。

不審者か。

説明しづらい人か。


大人の語彙は、怖いものをぼかすためにあるらしい。


⸻


母が迎えに来た。


めちゃくちゃ怒られた。


でも、途中で私の顔を見て、怒るのをやめた。


「無事でよかった」


そう言われたら、急に涙が出た。


家に帰る車の中で、私は何度も後ろを見た。


誰もいない。


公園も通らない。


なのに、耳の奥でずっと小銭の音がしていた。


ちゃり。


ちゃり。


ちゃり。


⸻


翌日。


コンビニに行く気にはなれなかった。


でも、母がレシートを確認したいと言うので、財布を開けた。


小銭入れは空にしたはずだった。


交番で、全部出したはずだった。


なのに。


一枚だけ残っていた。


十円玉ではない。


黒ずんだ古い小銭。


警察官が袋に入れたはずのものと、同じように見えた。


私は叫びそうになって、財布を落とした。


小銭が床に転がる。


ちゃりん。


その音がした瞬間。


スマホが震えた。


芽衣からだった。


⸻


【LINE】


10:16 芽衣

昨日の公園のことなんだけど


10:16 晶

なに


10:17 芽衣

地図見直した


10:17 晶

うん


10:18 芽衣

晶の位置共有

一回だけ変な動きしてた


10:18 晶

どういうこと


10:19 芽衣

コンビニ出てから

ずっと公園にいたみたいになってる


10:19 晶

え


10:20 芽衣

歩いた記録がない


10:20 芽衣

最初からそこに立ってたみたいに表示されてる


⸻


私は床の小銭を見た。


拾いたくなかった。


でも、拾わないと母に見つかる。


ティッシュで包んで、机の引き出しに入れた。


その日の夜。


引き出しの中から、音がした。


ちゃり。


一回だけ。


それ以来、私は夜にアイスを買いに行かない。


小銭も、なるべく持ち歩かない。


コンビニでは電子決済にしている。


でも、たまに財布の中で音がする。


入れた覚えのない小銭が、どこかで鳴る。


ちゃり。


その音を聞くと、あの声を思い出す。


「鳴らしたらあかんよ」


「ついてくるから」


そして、今でも少しだけ思う。


あの夜、もし警察官が来てくれなかったら。


私は公園の中に入っていたんだろうか。


そこで小銭を全部数えて。


最後の一枚が足りないまま。


まだ、帰り道を探していたんだろうか。

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