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怖い話_続  作者: 三葉


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7/26

夜道とアイスのおつり

夜にアイスが食べたくなることがある。


あれ、なんなんだろう。


夕飯も食べた。

お風呂も入った。

歯磨きも、まあ、まだしてない。


そういう時に限って、冷たい甘いものが食べたくなる。


人間の自制心、夜だけ営業時間外になるのやめてほしい。


その日もそうだった。


七月の終わり。


時間は、二十三時を少し過ぎた頃。


私は部屋着にパーカーだけ羽織って、近くのコンビニへ行った。


家から歩いて五分。


駅前でもないし、大きい通りでもない。


でも、コンビニまでなら明るい。


そう思っていた。



【LINE】


23:11 晶

アイス買ってくる


23:11 芽衣

今から?


23:12 晶

食べたいんだもん


23:12 芽衣

太るぞ


23:12 晶

今それ言う人間きらい〜


23:13 芽衣

気をつけて行きなよ


23:13 晶

近所だから平気だってば


23:13 芽衣

その油断が一番怖いんだから



芽衣はいつも大げさだ。


そう思った。


でも、今考えると。


あの時の芽衣の方が正しかった。


コンビニは普通だった。


明るい店内。

眠そうな店員。

深夜の揚げ物の匂い。


私はアイスの冷凍ケースの前で少し迷って、棒つきのバニラアイスを買った。


税込み百五十八円。


五百円玉を出した。


おつりは三百四十二円。


レジ横で財布に入れた時、小銭がやけに多い気がした。


でも、ちゃんと確認しなかった。


夜のコンビニ帰りに小銭を数えるほど、私は几帳面じゃない。


そして、それが良くなかった。


外に出ると、空気はぬるかった。


アイスの袋を開ける。


少し溶け始めていた。


私は歩きながら食べた。


行儀悪いな。


そう思いながら、舌先でアイスをなめる。


冷たくて、甘い。


夜道で食べるアイスは、なぜか普通よりおいしい。


背徳感という調味料、本当に性格が悪い。


コンビニの明かりが少しずつ遠ざかる。


角を曲がれば、家まではすぐ。


のはずだった。


その時、向かいからお爺さんが歩いてきた。


白い半袖シャツ。

黒っぽいズボン。

古いサンダル。


背中は少し曲がっている。


手には何も持っていない。


近所の人かな、と思った。


でも、夜中に知らない老人とすれ違うのは、なんとなく嫌だった。


私は少し端に寄った。


お爺さんも、同じ方に寄った。


あっ、これ気まずいやつ。。


そう思って、逆側にずれた。


お爺さんも、同じようにずれた。


偶然にしては、ぴったりだった。


私は足を止めた。


お爺さんも止まった。


そして、私の口元を見た。


アイスではなく。


なぜか、財布を入れているパーカーのポケットを見た。


「鳴っとるね」


お爺さんが言った。


声は、思ったよりはっきりしていた。


「え?」


「小銭」


私はポケットに手を当てた。


歩くたびに、財布の中で小銭が鳴っていた。


ちゃり。


ちゃり。


小さな音。


「鳴らしたらあかんよ」


お爺さんは言った。


「ついてくるから」


意味が分からなかった。


「あの、すみません」


私は横を通ろうとした。


お爺さんは、動かなかった。


「それ、いくらもろた」


「何がですか」


「おつり」


「覚えてないです」


「覚えてない子は、遠くまで行ってまう」


気持ち悪かった。


怖いというより、嫌だった。


言葉が、こっちの中に勝手に入ってくる感じ。


私は黙って通り過ぎた。


後ろから、お爺さんの声がした。


「公園まで鳴らしたら、帰れんよ」


振り返らなかった。


歩く。


早歩きになる。


アイスはもう半分くらい溶けていた。


右手にアイス。

左手でスマホを出す。


芽衣にLINEした。



【LINE】


23:24 晶

変なおじいさんいたんだけど。。


23:24 芽衣

え、どこ


23:24 晶

コンビニ帰りにね


23:25 芽衣

何されたん?


23:25 晶

小銭鳴らすなって言われた


23:25 芽衣

何それ。。


23:26 晶

ついてくるからって


23:26 芽衣

普通に怖いわ

早く帰りな


23:26 晶

帰ってる途中だよ



そこで、私は足を止めた。


知らない道だった。


住宅街のはずなのに、道が広い。


街灯が少ない。


右側に、黒い木のかたまりが見える。


公園だった。


広い公園。


フェンスの向こうに、ブランコと滑り台が見えた。


私は、こんな公園を知らない。


家の近くには小さい児童公園しかない。


こんなに広くない。


そもそも、コンビニから家まで五分だ。


公園なんて通らない。


スマホの地図を開いた。


現在地の青い点が、ゆっくり表示される。


そこに出た地名を見て、息が止まった。


水瀬中央公園


家からも、コンビニからも離れている。


歩いたら五キロくらいある場所だった。


私は、コンビニを出てから十分も歩いていない。



【LINE】


23:29 晶

待って、、


23:29 芽衣

なに


23:29 晶

現在地おかしい


23:30 芽衣

どこ?


23:30 晶

水瀬中央公園って出る


23:30 芽衣

は?


23:30 芽衣

遠くない?


23:31 晶

遠い


23:31 芽衣

誰かに車乗せられた?


23:31 晶

乗ってない

歩いてた


23:31 芽衣

怖い怖い怖い

近くに明るい店ある?


23:32 晶

ない

公園と道だけ


23:32 芽衣

110して


23:32 晶

大げさじゃない?


23:33 芽衣

大げさでいいんだって

高校生が夜に5キロ飛んでる時点で大げさじゃないんだから



芽衣の言う通りだった。


でも、警察に電話するのはためらった。


説明できない。


アイスを買って歩いてたら、なぜか五キロ先の公園にいました。


どう考えても、寝ぼけた人の供述だ。


私はとりあえず、大通りに出ようと思った。


地図を見る。


公園沿いにまっすぐ行けば、交番があるらしい。


徒歩十二分。


遠い。


でも、じっとしているよりはいい。


私は歩き出した。


ちゃり。


財布の小銭が鳴った。


さっきより、音が大きい気がした。


ちゃり。


ちゃり。


ちゃり。


私はポケットを押さえた。


鳴らしたらあかんよ。


ついてくるから。


お爺さんの声を思い出す。


嫌だった。


私は財布を取り出した。


小銭入れを開ける。


おつりは三百四十二円のはず。


でも、中には十円玉がたくさん入っていた。


十枚どころじゃない。


二十枚。


三十枚。


小銭入れが、重い。


さっきまでこんなに入っていなかった。


しかも、その十円玉はどれも濡れていた。


水に落としたみたいに。


指先が冷たくなる。


私は慌てて小銭入れを閉じた。


その時。


背後で声がした。


「数えたね」


振り返った。


さっきのお爺さんがいた。


公園のフェンスの前。


街灯の下。


さっきより近い。


私は声が出なかった。


お爺さんは、にたっと笑った。


歯が少なかった。


「数えたら、足りんのが分かる」


「なんなんですか」


やっと出た声は、震えていた。


「足りんのよ」


「何が」


「ひとつ」


お爺さんは、私の右手を見た。


アイスは、もうほとんど溶けていた。


白い液が指に垂れている。


私は反射的に手を下げた。


お爺さんは、また財布を見た。


「小銭、ひとつ足りん」


「知りません」


「知らん子は、遠くまで行ってまう」


また同じことを言った。


私は後ずさった。


お爺さんは追ってこない。


でも、目だけがずっとこっちを見ている。


「交番、あっちか?」


私が言うと、お爺さんは首を傾げた。


「おまわりさんは、拾ってくれんよ」


「何を」


「落とした子を」


その言い方が嫌すぎた。


私は走った。


アイスを持ったまま。


公園沿いの道を、ただ走った。


ちゃりちゃりちゃりちゃり。


財布の中で小銭が鳴る。


ポケットを押さえても鳴る。


走ると余計に鳴る。


後ろから、サンダルの音がした。


ぺた。


ぺた。


ぺた。


走っている私と同じ速さで、歩く音がついてくる。


振り返りたくない。


でも、見てしまった。


お爺さんは歩いていた。


走っていない。


ゆっくり。


なのに、距離が縮まらない。


離れない。


ずっと同じ距離で、ついてくる。


私は泣きそうになりながら、芽衣にLINEした。



【LINE】


23:39 晶

ついてくる


23:39 芽衣

誰が


23:39 晶

さっきのおじいさん


23:39 芽衣

走って逃げて


23:40 晶

走ってる


23:40 芽衣

110して


23:40 晶

打てない


23:41 芽衣

私がする

現在地スクショ送って


23:41 晶

無理

手震える


23:41 芽衣

じゃあ位置共有して


23:42 晶

した


23:42 芽衣

見えたよ!!

警察に言う


23:42 芽衣

絶対公園の中に入らないで



公園の中。


その言葉を見た直後だった。


前方の道が、工事中でふさがっていた。


赤いコーン。

黄色いバー。

通行止めの看板。


右は車道。

左は公園の入口。


私は立ち止まった。


公園の中を通れば、交番まで近い。


地図ではそう出ている。


でも、芽衣は入るなと言った。


背後から、ぺた、ぺた、と音が近づく。


お爺さんの声。


「公園の中なら涼しいよ」


私は唇を噛んだ。


「アイス、溶けるよ」


その言葉が、妙に普通で気持ち悪かった。


私は公園に入らず、車道側の歩道へ出た。


遠回りでも、明るい方へ行く。


そう決めた。


その瞬間。


財布の中から、小銭が一枚、落ちた。


ちゃりん。


足元に転がる。


十円玉だった。


拾わなかった。


拾いたくなかった。


でも、体が一瞬止まった。


お爺さんが後ろで言った。


「拾わんと」


私は走り出した。


「拾わんと、数が合わん」


知らない。


合わなくていい。


私はアイスを近くのゴミ箱に投げ捨てた。


もう食べるどころじゃなかった。


手がべたべただった。


息が苦しい。


スマホが震える。



【LINE】


23:47 芽衣

警察つながった


23:47 芽衣

近くの巡回に連絡してくれるって


23:48 芽衣

今どこ


23:48 晶

公園沿い

工事のとこ避けた


23:48 芽衣

えらい

そのまま明るい方へ


23:49 晶

小銭落とした


23:49 芽衣

拾わなくていいから


23:49 晶

拾ってない


23:50 芽衣

えらい



その時、前からライトが見えた。


自転車だった。


白い自転車。


乗っていたのは、警察官だった。


制服の人を見た瞬間、体の力が抜けそうになった。


「君、大丈夫?」


警察官が止まった。


私は何を言えばいいか分からなくて、ただ頷いた。


「友達から通報が入ってる。晶さん?」


名前を呼ばれて、少し安心した。


「はい」


「変な人につけられてるって」


私は後ろを指さした。


でも。


お爺さんはいなかった。


公園のフェンス。

街灯。

暗い道。


誰もいない。


あのサンダルの音も消えていた。


「さっきまで、いました」


「どんな人?」


「お爺さんで、白いシャツで、小銭がどうとか言ってて」


警察官の顔が、少しだけ変わった。


ほんの一瞬。


でも、私は見逃さなかった。


「……小銭?」


「はい」


「財布、鳴ってた?」


私は頷いた。


警察官は、少し困ったような顔をした。


「とりあえず、ここから離れよう。交番まで乗っていく?」


「いいんですか」


「この時間に一人で歩かせられないよ」


まともな大人の言葉だった。


泣きそうになった。


人間社会、たまにちゃんと機能する。

そのたまにが今で本当に助かった。


私は警察官の自転車の横を歩いた。


警察官は無線で何か連絡しながら、ゆっくり進んでくれた。


公園の入口を通り過ぎる時。


中から、ちゃりん、と音がした。


小銭の音。


私は肩を震わせた。


警察官がすぐに言った。


「見なくていいから」


「聞こえました?」


「見なくていい」


答えになっていない。


でも、それ以上聞けなかった。



交番に着くと、別の警察官がいた。


私は椅子に座らされ、水をもらった。


芽衣にも連絡した。



【LINE】


00:08 晶

交番着いた


00:08 芽衣

よかった!!!!


00:08 芽衣

ほんとよかった


00:09 晶

警察官いた


00:09 芽衣

泣きそう


00:09 晶

私も


00:10 芽衣

親呼びな


00:10 晶

呼ばれると思う


00:10 芽衣

怒られても生きてるだけで勝ち


00:11 晶

それはそう



警察官は、親に連絡してくれた。


深夜に外へ出たことで、母には後でめちゃくちゃ怒られた。


当然だ。


私でも怒る。


交番で待っている間、最初に助けてくれた警察官が、私に聞いた。


「小銭、見せてもらってもいい?」


私は財布を出した。


正直、触りたくなかった。


警察官は手袋をして、小銭入れを開けた。


中を見て、眉を寄せた。


十円玉が、ぎっしり入っていた。


数えると、四十二枚。


おつりでそんなに入るわけがない。


しかも、そのうち一枚だけが古かった。


十円玉ではなかった。


穴のない、薄く黒ずんだ小銭。


文字はほとんど読めない。


警察官はそれを見て、すぐに小さな袋に入れた。


「これ、どこで拾った?」


「拾ってないです」


「コンビニでもらった?」


「分かりません。おつりは普通にもらったと思います」


「そう」


警察官は、それ以上問い詰めなかった。


ただ、静かに言った。


「次から、夜に小銭を鳴らしながら歩かない方がいい」


「……あのお爺さんと同じこと言いますね」


そう言うと、警察官は少しだけ黙った。


「この辺り、たまにいるんだよ」


「何がですか」


「説明しづらい人」


警察官がそんな言い方をするのが、余計に怖かった。


「お爺さんなんですか?」


「お爺さんに見える時もある」


「他の時もあるんですか」


警察官は答えなかった。


そのかわり、袋に入れた古い小銭を見た。


「公園の中に、昔、小銭を集める変な人がいたって話は聞いたことがある」


「昔?」


「詳しいことは知らない。噂みたいなもの」


「幽霊ってことですか」


「警察は、そういう言い方はしない」


じゃあ何て言うんだ。


変質者か。

不審者か。

説明しづらい人か。


大人の語彙は、怖いものをぼかすためにあるらしい。



母が迎えに来た。


めちゃくちゃ怒られた。


でも、途中で私の顔を見て、怒るのをやめた。


「無事でよかった」


そう言われたら、急に涙が出た。


家に帰る車の中で、私は何度も後ろを見た。


誰もいない。


公園も通らない。


なのに、耳の奥でずっと小銭の音がしていた。


ちゃり。


ちゃり。


ちゃり。



翌日。


コンビニに行く気にはなれなかった。


でも、母がレシートを確認したいと言うので、財布を開けた。


小銭入れは空にしたはずだった。


交番で、全部出したはずだった。


なのに。


一枚だけ残っていた。


十円玉ではない。


黒ずんだ古い小銭。


警察官が袋に入れたはずのものと、同じように見えた。


私は叫びそうになって、財布を落とした。


小銭が床に転がる。


ちゃりん。


その音がした瞬間。


スマホが震えた。


芽衣からだった。



【LINE】


10:16 芽衣

昨日の公園のことなんだけど


10:16 晶

なに


10:17 芽衣

地図見直した


10:17 晶

うん


10:18 芽衣

晶の位置共有

一回だけ変な動きしてた


10:18 晶

どういうこと


10:19 芽衣

コンビニ出てから

ずっと公園にいたみたいになってる


10:19 晶


10:20 芽衣

歩いた記録がない


10:20 芽衣

最初からそこに立ってたみたいに表示されてる



私は床の小銭を見た。


拾いたくなかった。


でも、拾わないと母に見つかる。


ティッシュで包んで、机の引き出しに入れた。


その日の夜。


引き出しの中から、音がした。


ちゃり。


一回だけ。


それ以来、私は夜にアイスを買いに行かない。


小銭も、なるべく持ち歩かない。


コンビニでは電子決済にしている。


でも、たまに財布の中で音がする。


入れた覚えのない小銭が、どこかで鳴る。


ちゃり。


その音を聞くと、あの声を思い出す。


「鳴らしたらあかんよ」


「ついてくるから」


そして、今でも少しだけ思う。


あの夜、もし警察官が来てくれなかったら。


私は公園の中に入っていたんだろうか。


そこで小銭を全部数えて。


最後の一枚が足りないまま。


まだ、帰り道を探していたんだろうか。

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