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怖い話_続  作者: 三葉


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23/25

三列目の空席

深夜バスの車内は、起きている人間より眠っている人間の方が多い。


だから静かに見える。


けれど、本当は音が多い。


エンジンの低い振動。


タイヤが道路の継ぎ目を拾う音。


誰かの寝息。


ビニール袋のこすれる音。


スマホの充電ケーブルが、座席の下で揺れる音。


暗い車内では、そういう小さな音ばかりが耳に残る。


私はその仕事に、もうだいぶ慣れていた。


狩野美智留。


四十三歳。


深夜高速バスの乗務員補助をしている。


出身は宮城。


普段は少し訛りが出る。


でも仕事中は、できるだけ標準語にしている。


お客様相手に「だべ」とか「けろ」とか言っても、まあ通じるけれど、変に親しみが出すぎる。


人間、距離感を間違えると急に面倒くさくなる。


夜行バスの中では、なおさらだ。



その日は、東京を出て東北方面へ向かう便だった。


乗客は二十七名。


満席ではない。


三列目の窓側が一席だけ空いていた。


台風が近づいていて、雨が降っていた。


フロントガラスに、細い雨筋が流れている。


運転手は畠山さん。


五十八歳。


無口な人だが、運転は丁寧だった。


出発前、いつものように座席表を確認する。


一列目。


二列目。


三列目。


空席。


そこだけ、白く空いている。


特に問題はない。


二十三時過ぎ、バスは高速へ入った。


乗客の大半は、すぐに眠った。


消灯後の車内を見回る。


毛布。


リクライニング。


シートベルト。


足元の荷物。


それを一つずつ確認していく。


三列目の空席には、何もなかった。


その時は。



最初の休憩は、午前一時十五分だった。


山間の小さな休憩所。


大きなサービスエリアではない。


トイレと自販機と、屋根つきのベンチがあるだけ。


雨は強くなっていた。


乗客には十分快速の休憩を案内する。


「一時二十五分に出発します。お乗り遅れのないようお願いいたします」


何人かが降りた。


煙草を吸う人。


トイレへ行く人。


自販機へ向かう人。


私は最後に車内を見てから、外へ出た。


雨の匂いがした。


山の雨。


土と葉と、濡れたアスファルトの匂い。


屋根つきのベンチの下に、赤いものが落ちていた。


最初は、菓子の袋かと思った。


でも違った。


お守りだった。


赤い布のお守り。


雨に濡れている。


神社名はない。


金色の刺繍もない。


ただ、裏側に小さく二文字だけ縫われていた。



席替



席替。


席替え、ではない。


席替。


言葉として少し足りない。


私は手袋をして、お守りを拾った。


濡れているのに、妙に温かかった。


布の中に、硬いものがある。


指先に、こつ、と当たる。


小さな爪か、薄い骨片みたいな感触。


私は少し顔をしかめた。


中を見るつもりはなかった。


落とし物なら、忘れ物袋へ入れて管理する。


それだけのことだ。


そう思った。



車内に戻ると、畠山さんが運転席で点検表を見ていた。


「何か拾ったか」


「ベンチの下にお守りが落ちていました」


「どんな」


「赤いお守りです。神社名なし。裏に、席替って」


畠山さんの手が止まった。


一瞬だけだった。


「忘れ物袋には入れなくていい」


「え?」


「その休憩所の管理事務所へ渡して。車内の忘れ物にしない方がいい」


車内の忘れ物にしない。


変な言い方だった。


「でも、お客様のものかもしれません」


「客のものかどうか、今ここで決めなくていい」


決めなくていい。


畠山さんは、そう言った。


怖がらせる言葉ではない。


ただの業務判断に聞こえる。


でも、その声音だけが少し硬かった。


私はお守りを小さな透明袋へ入れた。


休憩所の管理事務所へ持っていこうとした。


その時、乗務アプリが鳴った。


座席表が更新された通知だった。


そんなはずはない。


出発後に座席が増えることはない。


画面を見る。


三列目の空席。


そこに名前が入っていた。



三列目 B席

赤守 様



赤守。


赤いお守り。


私は背筋が冷たくなった。



【業務チャット】


01:23 美智留

座席表に未登録のお客様名が出ています。

三列目B、赤守様。


01:24 畠山

人数に入れないでください。


01:24 美智留

乗務アプリ上は座席ありです。


01:24 畠山

アプリより、出発時の紙表を基準にしてください。

今増えた席は、便の人数に乗せないで。



便の人数に乗せない。


これも妙な言い方だった。


けれど、意味は分かった。


今、アプリに出たものを正式な乗客として扱うな。


座席表へ反映するな。


点呼の対象にしない。


私は紙の座席表を見た。


三列目B。


空白。


それだけを信じることにした。


出発時刻が近い。


私は乗客を確認した。


二十七名。


紙の表と合っている。


お守りは透明袋の中に入っている。


それなのに、三列目B席の上に、赤いものが見えた。


一瞬だけ。


座席の背もたれに、赤い布が掛かっているように見えた。


目をこすって見直す。


何もない。


空席。


ただ、座面だけが少し湿っていた。


雨に濡れた人が座った後のように。



出発した。


雨の中を、バスはまた走り出した。


乗客は静かだった。


深夜二時前。


一番眠りが深くなる時間帯だ。


私は前方の補助席に座り、紙の座席表を握っていた。


スマホのアプリでは、三列目Bに赤守様がいる。


紙では空席。


どちらが正しいのか。


考えると嫌だった。


正しい方ではなく、最初に確認した方を基準にする。


そう決めた。


しかし、車内の暗がりの中で、三列目の辺りだけが妙に赤く見える。


非常灯の反射。


シートの柄。


外のテールランプ。


説明はできる。


いくらでもできる。


でも、鳥肌が立っていた。


腕の内側に、細かく。



少しして、後方から乗客の女性がやって来た。


「すみません」


「はい」


「後ろの方で、音がするんです」


「音、ですか」


「袋を触るみたいな。あと、爪で何かこするみたいな音」


私は喉が詰まった。


「確認します」


そう答えて立ち上がる。


車内を歩く。


一列ずつ、寝顔を確認する。


一列目。


二列目。


三列目。


空席。


三列目Bには、誰もいない。


ただ、座席の上に透明袋が置かれていた。


さっきまで、私の補助席横に置いていたはずの袋。


中には赤いお守り。


袋の内側が、細かく曇っている。


お守りの口が少しだけ開いていた。


私は見てしまった。


中から、赤黒い糸のようなものが少し出ている。


髪か。


糸か。


分からない。


その奥に、小さな白い欠片があった。


爪に似ていた。


私は吐き気をこらえた。


露骨に汚れているわけではない。


血が流れているわけでもない。


でも、人の体の端っこのようなものが、布の中に入っている。


それだけで十分だった。


怖かった。


はっきり怖かった。


私は袋をつかもうとした。


その瞬間、座席の上の毛布が少し沈んだ。


誰かが座ったように。


誰もいないのに。


私は手を止めた。


触れば、そこにいるものを認めることになる。


そんな気がした。



スマホが震えた。


畠山さんから業務チャット。


運転中のはずなのに。



02:07 畠山

席の上に置かないでください。


02:07 畠山

忘れ物袋にも戻さないでください。


02:08 畠山

物の置き場で、客扱いが決まります。



私は運転席を見た。


畠山さんは前を向いている。


スマホを触っている様子はない。


でも文面は、畠山さんの言い方に似ていた。


似ているだけで、少し違う。


物の置き場で、客扱いが決まります。


妙に事務的で、妙に怖い。


私は透明袋を座席から取った。


毛布がまた少し沈んだ。


今度は、ため息のような音がした。


近くの乗客が寝返りを打つ。


私は動けなかった。


三列目の窓に、自分の顔が映っている。


その後ろに、赤い布が見えた。


人の胸元に下がったお守りのように。


私は顔をそらした。


確認しない。


人数に入れない。


席に置かない。


それだけを繰り返した。



次の休憩所まで、十五分ほどだった。


私は運転席の横まで戻り、小声で言った。


「お守りが座席に戻りました」


畠山さんは前を見たまま言った。


「次の休憩所で降ろす」


「降ろす?」


「車外の拾得物として預ける。車内の履歴に残さない」


「でも、さっきの休憩所で拾ったものです」


「なら、今の休憩所で拾ったことにはしない」


言い方がややこしい。


でも分かった。


このお守りを、バスの中のものにしない。


この便の忘れ物にしない。


乗客の持ち物にしない。


座席と結びつけない。


そういうことだ。


私はうなずいた。


その瞬間、後ろの方から小さな音がした。


こつ。


こつ。


爪で窓を叩くような音。


こつ。


こつ。


バスは高速道路を走っている。


外から窓を叩けるはずがない。


それなのに、音は三列目の窓から聞こえた。


私は振り返らなかった。


振り返ったら、三列目を確認してしまう。


確認したら、人数に入れてしまう。


そう思った。



二つ目の休憩所に着いた。


大きめのサービスエリアだった。


明るい。


コンビニもある。


管理事務所もある。


その明るさだけで、少し救われた。


私はお守りを透明袋ごと持った。


三列目には置かない。


忘れ物袋にも入れない。


座席表も見ない。


外に出ると、雨はまだ降っていた。


サービスエリアの白い光が、濡れた地面に反射している。


私は管理事務所へ行った。


係員に説明する。


「休憩所内で拾得したものです。車内のものか確認できないため、こちらで預かっていただけますか」


嘘ではない。


完全な本当でもない。


でも、現実の手続きとしてはそれで通った。


係員は用紙に記入しようとした。


「拾得場所は?」


私は言葉に詰まった。


さっきの休憩所。

バス車内。

三列目。


どれを書いても、何かが決まる気がした。


だから言った。


「屋外ベンチ付近、とだけお願いします」


係員は少し不思議そうにしたが、うなずいた。


お守りは、管理事務所の落とし物箱に入った。


その瞬間、肩が軽くなった。


私は本気で逃げ出したいと思っていたのだと、その時に気づいた。



バスへ戻る。


畠山さんが、乗車人数を確認した。


二十七名。


紙の座席表と一致。


アプリを見る。


三列目B。


空席に戻っていた。


赤守様の表示は消えている。


私は息を吐いた。


終わった。


そう思った。


思いたかった。


出発後、車内はさらに静かだった。


三列目B席は空席。


濡れてもいない。


毛布も沈んでいない。


赤い布も見えない。


すべて元に戻った。


現実的には、こう説明できる。


お守りは誰かの落とし物。


座席表の表示はアプリの同期エラー。


座席が濡れて見えたのは雨具の水滴。


爪の音は車体のきしみ。


お守りの中身は、古い糸や紙片。


少し不気味なだけで、怪異と決めるほどではない。


私はそう考えた。


仕事中は、そう考えるしかない。


怖がっていたら乗務なんてできない。



終点に着いたのは、朝六時半だった。


雨は上がっていた。


乗客が一人ずつ降りる。


荷物を渡す。


忘れ物を確認する。


三列目Bには、何もなかった。


最後の乗客が降りたあと、畠山さんと車内を点検した。


ゴミ。


ペットボトル。


毛布。


イヤホン。


問題なし。


「大丈夫そうですね」


私が言うと、畠山さんは短くうなずいた。


「今日の件は、落とし物対応だけでいい」


「アプリの赤守様は」


「同期エラーで報告する。人数には影響なし」


それで終わり。


報告書としては、それが正しい。


正しいはずだった。



会社へ戻り、制服を着替えようとした時だった。


胸ポケットから、赤い糸が出ていた。


細い糸。


お守りの布と同じ色。


私は息を止めた。


引っぱると、するすると出てくる。


長い。


ありえないほど長い。


ポケットの中に、そんなものを入れた覚えはない。


糸の先に、小さな結び目があった。


そこに、白い欠片が一つ絡んでいた。


爪のような形。


私はすぐ手を離した。


床に落ちる。


赤い糸は、制服のポケットからまだ伸びていた。


切った。


ハサミで。


切った瞬間、指先に痛みが走った。


見ると、紙で切ったような細い傷ができていた。


血は少しだけ。


でも、糸の端がその血を吸ったように、じわっと濃くなった。


少しグロいと思った。


でも、それ以上見なかった。


見れば、また中身を確認することになる。


確認すると、たぶん人数に入る。


私は糸を丸めて、ビニール袋に入れた。


会社の備品でもない。


乗客の忘れ物でもない。


私物でもない。


分類できなかった。



何だったんだろう。


赤いお守り。


赤守様。


三列目の空席。


雨の休憩所。


全部、説明はできる。


お守りはただの落とし物。


アプリは不具合。


車体の音を爪の音と聞き間違えた。


赤い糸は、どこかで制服に付いたもの。


白い欠片は、プラスチックの破片。


そう考えればいい。


そう考える方が、生活は続けやすい。


でも、乗務アプリには、あの日から一つだけ消えない表示がある。


通常の座席表ではない。


履歴の端。


確認済み一覧の下。


薄い灰色の文字で、こう出ている。



三列目B

未着席



空席ではない。


未着席。


まだ座っていない、という意味に読める。


私は何度もサポートへ問い合わせた。


表示不具合と言われた。


アプリを入れ直しても消えなかった。


端末を変えても、私のアカウントでログインすると出る。


だから、今は見ないようにしている。


ただ、深夜便に乗ると、たまに三列目の空席が赤く見える。


非常灯のせい。


テールランプの反射。


疲れ目。


そういうことにしている。


でも雨の日は、少し違う。


車内が暗くなると、空席の背もたれに赤い布が一瞬だけ見える。


胸元にお守りを下げた誰かが、まだ席を探しているみたいに。


そして、窓の外から小さく聞こえる。


こつ。


こつ。


爪でガラスを叩く音。


私はそのたびに、紙の座席表だけを見る。


出発時の人数だけを見る。


増やさない。


乗せない。


決めない。


そうやって、どうにか朝までやり過ごしている。


それでも、アプリの表示は変わらない。



三列目B

未着席



いつか、そこが。


着席済み


に変わる気がしている。


その時、私はたぶん。


あのお守りを、もう一度どこかで拾う。


赤い布が濡れたまま。


中で、小さな爪のようなものを鳴らしながら。



8. 投稿前チェック


* LINE小説風/チャットログ要素あり

* 会話量は控えめにし、主人公視点の内面を重視

* 方言は読みやすさ優先で、軽い東北・仙台寄りの人物設定に留めた

* 本文全体は自然な日本語で流暢に調整

* 登場人物プロフィールは完全ランダム化し、四十三歳女性の深夜高速バス乗務員補助に設定

* 一話完結として読める構成

* スマホで読みやすい短文・改行多め

* 使用カテゴリーは4つ

* 指定小道具「赤いお守り」を中心に使用

* 「少しグロい」は、赤い糸・爪のような欠片・指先の細い傷に留め、露骨なグロ描写は避けた

* 直球の制止語を避け、「人数に入れない」「便の人数に乗せない」「車内の忘れ物にしない」「置き場で客扱いが決まる」など、乗務・座席管理の言い回しへ変更

* 既存怪談の構造は参照しつつ、文章・人物・舞台・怪異・オチはオリジナル化

* 怪談部分以外は、落とし物対応、アプリ同期エラー、車体のきしみ、休憩所の拾得物管理、疲労による見間違いとして説明可能に調整

* 会話の違和感から恐怖を作成

* 性的表現なし

* 実在事件の直接利用なし

* 夢オチなし

* 写真に何か写る系なし

* 「死んでいた」だけのオチなし

* 自然な日本語になるよう推敲済み

* 過去作の鳥取旅館、雨のトンネル、映像研究会部室、川沿いの森、廃病院、移動図書館、植物園、空港、音声文字起こし、市民プールなどと舞台・小道具・恐怖の仕掛けを変更

* 最後に「未着席」が残り、まだ収束していない余韻を配置



9. 今回の作品ログ


採用タイトル

三列目の空席


使用要素

狩野美智留/四十三歳女性/深夜高速バス乗務員補助/東北方面の夜行便/山間の雨の休憩所/赤いお守り/座席表/乗務アプリ/三列目B席/ベテラン運転手の畠山


恐怖の仕掛け


* 雨の深夜休憩所で赤いお守りを拾う

* お守りには神社名がなく、裏に「席替」と縫われている

* 布の中に、爪のような硬い感触がある

* 乗務アプリの三列目B席に「赤守様」と表示される

* 紙の座席表では三列目Bは空席

* 運転手は「人数に入れない」「便の人数に乗せない」と助言する

* お守りを忘れ物袋に入れず外部拾得物として扱うよう指示される

* お守りが何度も三列目B席へ戻る

* 座席が濡れて見え、毛布が誰かの重みで沈む

* お守りの中から赤黒い糸と白い爪のような欠片がのぞく

* 車外から三列目の窓を爪で叩くような音がする

* サービスエリアの管理事務所へ、車外拾得物として預ける

* 終点後、制服ポケットから赤い糸が出てくる

* 乗務アプリに「三列目B/未着席」という消せない表示が残る

* いつか「着席済み」になるかもしれない余韻


オチの型

お守りはただの落とし物、アプリ表示は同期エラー、音は車体のきしみ、赤い糸は制服についた異物、白い欠片はプラスチック片としても説明できる。

しかし、消えない「未着席」表示と、雨の日だけ三列目に赤い布が見える現象だけが説明しきれない、深夜バス・座席管理・赤いお守り型の曖昧な怪談。


次回避けるべき要素


* 深夜高速バス

* 山間の雨の休憩所

* 乗務員補助

* 赤いお守り

* 裏に「席替」と縫われたお守り

* 三列目B席

* 「赤守様」

* 座席表と乗務アプリの人数ズレ

* 「人数に入れない」「便の人数に乗せない」という助言

* お守りの中の赤黒い糸と爪のような欠片

* 制服ポケットから出てくる赤い糸

* 「未着席」が残る余韻

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