↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話_続  作者: 三葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/27

レモン味だけ読めた

大学が休みの日だった。


昼前に起きた。


頭が重い。


喉が乾いている。


胃のあたりが、ずっとぼんやり気持ち悪い。


昨日、友達の菜月と飲んだ。


普段はあまり酒を飲まない。


なのに、変に楽しくなって、調子に乗った。


人間、楽しい時ほど自分を裏切る。

翌日の体が、ちゃんと請求書を持ってくる。


私はベッドから起きて、冷蔵庫を開けた。


空っぽだった。


本当に、見事に空っぽ。


水のペットボトルが半分。

しなびた小ねぎ。

賞味期限の切れたヨーグルト。


以上。


「……買い出し行かなきゃ」


声に出したら、余計にだるくなった。


でも、行かないと夜に食べるものがない。


私は適当に着替えて、エコバッグを持った。


行き先は、駅前の大型ショッピングセンター。


食品売場も広いし、ドラッグストアも入っている。


二日酔いに効きそうなものも買える。


たぶん。


⸻


【LINE】


12:18 えな

起きた


12:18 菜月

生きてたね


12:19 えな

生きてはいる

中身は死んでるけどね


12:19 菜月

昨日飲みすぎたね


12:20 えな

普段飲まない人間に飲ませすぎだよ


12:20 菜月

自分で飲んでたじゃん


12:21 えな

記憶にございません


12:21 菜月

政治家みたいな逃げ方するな


12:22 えな

冷蔵庫空だから買い物行く


12:22 菜月

その身長で二日酔い買い出しは危ないって


12:23 えな

身長関係ある?


12:23 菜月

小動物がふらふら歩いてるみたいになる


12:24 えな

失礼すぎる


⸻


ショッピングセンターは混んでいた。


日曜日の昼。


家族連れ。

学生。

買い物カートを押す人。

フードコートの匂い。


明るくて、うるさくて、少し安心した。


食品売場へ降りる。


野菜、肉、魚、惣菜、冷凍食品。


全部そろっている。


私はカートではなく、手持ちのカゴを取った。


身長が低いせいか、深いカートは少し扱いづらい。


こういう時だけ、自分が140cmだと実感する。


人間社会、平均身長を基準に作られすぎである。

小柄な人間にも人権をください。


まずは飲み物。


水。

スポーツドリンク。

味噌汁の素。


二日酔い対策として合っているのかは知らない。


でも、それっぽいものをカゴに入れた。


それから、お菓子売場へ行った。


塩気が欲しかった。


ポテトチップスでも買おうと思った。


そのあたりから、少し変だった。


通路が妙に静かになった。


さっきまで聞こえていた店内BGMが遠い。


レジの音も聞こえない。


子どもの声も聞こえない。


私は棚の前で立ち止まった。


周りに、人がいなかった。


さっきまで混んでいたはずなのに。


通路の先にも、反対側にも、誰もいない。


「え?」


小さく声が出た。


二日酔いでぼんやりしているのかな。


そう思った。


手近にあったお菓子の袋を取る。


赤と黄色の、見慣れたポテトチップスみたいな袋だった。


でも、文字が読めなかった。


日本語じゃない。


英語でもない。


記号みたいな、虫が這ったみたいな字が並んでいる。


「なにこれ」


袋の絵も変だった。


じゃがいもっぽいものが描かれている。


でも、よく見ると、丸い石にも見える。


私は袋を振った。


ぱちゃ。


ぱちゃ。


水の音がした。


ポテトチップスの袋なのに。


中で液体が揺れているみたいだった。


「……飲みすぎて字読めなくなってる?」


そんなわけない。


でも、そう思いたかった。


私はスマホを出した。


⸻


【LINE】


12:57 えな

菜月


12:57 菜月

なに


12:58 えな

今ショッピングセンターなんだけど


12:58 菜月

うん


12:58 えな

商品名が読めない


12:59 菜月

二日酔いすぎん?


12:59 えな

いやほんとに読めない


13:00 菜月

何売場?


13:00 えな

お菓子


13:00 菜月

水買って帰れば?


13:01 えな

あと周りに人いない


13:01 菜月

え?


13:01 えな

さっきまでいたのに


13:02 菜月

店員さんは?


13:02 えな

いない


⸻


送信はできた。


でも、既読がつくまで妙に時間がかかった。


アンテナは立っている。


店内Wi-Fiにもつながっている。


それなのに、画面の上で小さな丸がぐるぐる回っていた。


私はポテチみたいな袋を棚に戻した。


戻した瞬間。


棚の商品が、少しだけ奥へ引っ込んだように見えた。


まるで、棚の方が息を吸ったみたいに。


見間違い。


絶対見間違い。


私は通路を歩いた。


お菓子売場を抜ける。


次は飲料売場。


ペットボトルが並んでいる。


でも、ラベルは全部読めなかった。


お茶っぽいもの。

水っぽいもの。

炭酸っぽいもの。


どれも読めない。


しかも、ボトルの中身が動いていない。


普通、水なら揺れるはずなのに。


液体が、ガラスみたいに固まっている。


私は一本も取らなかった。


通路の先に、店員らしき人が立っていた。


白いシャツ。

黒いエプロン。

胸に名札。


でも、名札の文字も読めない。


店員は私を見ると、にこっと笑った。


「お探しの売場ですか」


変な言い方だった。


「えっと、出口ってどっちですか」


「お探しの売場ですか」


同じことを言った。


「出口です」


「お帰り用でしたら、味をお選びください」


「味?」


「戻る味です」


私は何も言えなかった。


店員は、私のカゴを見た。


水。

スポーツドリンク。

味噌汁の素。


さっき普通の売場で取ったもの。


でも、店員は首を傾げた。


「それは、お客様の売場の商品ではありません」


「え?」


「お客様は、こちらです」


店員は、私を見下ろした。


いや。


私は小柄だから、だいたいの人に見下ろされる。


でも、その目線は違った。


人を見る目じゃない。


棚の商品を確認するみたいな目だった。


「小さい方は、奥です」


背中がぞっとした。


「小さい方って何ですか」


「棚に合う方です」


「意味分かんないです」


「分からないままでも、お買い物はできます」


店員は笑った。


丁寧なのに、話が通じない。


私は一歩下がった。


その時、スマホが震えた。


⸻


【LINE】


13:06 菜月

えな?


13:06 菜月

返信遅い


13:07 えな

店員いた

変


13:07 菜月

何が?


13:07 えな

小さい方は奥ですって言われた


13:08 菜月

は?


13:08 えな

出口聞いたのに


13:08 菜月

もう帰りな


13:09 えな

出口分からない


13:09 菜月

食品売場なら上に上がればいいじゃん


13:10 えな

エスカレーターがない


13:10 菜月

そんなわけないでしょ


⸻


私は顔を上げた。


さっき降りてきたエスカレーター。


そこが、壁になっていた。


白い壁。


何の案内表示もない。


食品売場は、ずっと奥まで続いている。


広い。


広すぎる。


大型ショッピングセンターの食品売場って、こんなに広かったっけ。


通路の先は、ずっと同じような棚が続いている。


赤い袋。

黄色い箱。

青い瓶。

読めない文字。


そして、人がいない。


店内放送が流れた。


『お客様にご案内いたします』


普通の女性の声だった。


でも、少し低い。


『本日、ひとり用売場をご利用のお客様は』


ひとり用売場。


そんな売場、聞いたことがない。


『お戻りの味をお選びください』


『味のない方は、そのまま保管されます』


私は、スマホを握りしめた。


⸻


【LINE】


13:12 えな

店内放送が変


13:12 菜月

録音できる?


13:13 えな

怖いから無理


13:13 菜月

今どこにいるか位置送って


13:14 えな

送る


⸻


位置情報を送った。


地図が開く。


でも、現在地が表示されない。


青い点が、ショッピングセンターの中をぐるぐる回っている。


売場の中ではなく、建物の外周をなぞるように。


何度も。


何度も。


輪を描いている。


菜月から返信が来た。


⸻


13:15 菜月

位置おかしい


13:15 えな

やっぱり?


13:16 菜月

ショッピングセンターにはいる

でも


13:16 えな

でも?


13:17 菜月

地下2階って出てる


13:17 えな

食品売場1階じゃないの?


13:17 菜月

その店、地下2階ないよ


⸻


私は、スマホから目を離した。


足元を見た。


床は白いタイル。


でも、よく見ると、タイルの隙間に黒い水が溜まっている。


さっきのポテチ袋の中の音を思い出した。


ぱちゃ。


ぱちゃ。


私は歩き出した。


とにかく、動くしかなかった。


何か、出口の手がかりを探す。


夢かもしれない。


二日酔いで頭がおかしくなっているのかもしれない。


そう思いながらも、夢にしては足が重い。


胃の気持ち悪さも、本物だった。


棚の間を抜ける。


途中で、見覚えのある商品がいくつもあった。


インスタントラーメンっぽい袋。

カレーの箱っぽいもの。

牛乳パックみたいな四角い容器。


全部、文字が読めない。


絵柄も、どこか少しずつ違う。


カレーの箱には、皿が描かれている。


でも、皿の上には何もない。


牛乳パックの絵には、牛ではなく、白い四角が描かれている。


私はだんだん、気持ち悪くなってきた。


怖いというより、世界そのものの説明書を失くした感じだった。


その時。


棚の一角に、読める文字があった。


レモン味


黄色い袋。


透明な小袋に入った飴玉。


昔からあるような、普通のレモンキャンディ。


そこだけ、日本語だった。


私は思わず手に取った。


袋は軽い。


中には、小さな飴玉がいくつか入っている。


レモンの絵。


黄色い包装紙。


普通。


普通だった。


普通というだけで、泣きそうになった。


⸻


【LINE】


13:24 えな

レモンの飴だけ読める


13:24 菜月

買わないほうがよくない?戻しなよ


13:25 えな

でもこれだけ普通


13:25 菜月

そういうのが一番怖いんだって


13:25 えな

出口探す


13:26 菜月

店員に聞かないで

変なこと言われても返事しないで


13:26 えな

もう遅いよ、

さっき話したし


13:27 菜月

えな


13:27 菜月

今、私の方に変なLINE来た


13:27 えな

私から?


13:28 菜月

うん


13:28 えな

何て?


13:29 菜月

「味はレモンでいいです」って


⸻


送っていない。


そんな文面、打っていない。


私は飴の袋を持ったまま固まった。


通路の向こうから、さっきの店員が歩いてくる。


足音がしない。


でも、近づいてくる。


「お決まりですね」


「違います」


「レモン味でお戻りですね」


「戻るって、どこに」


「元の売場です」


「元の世界じゃなくて?」


店員は、そこで初めて表情を変えた。


ほんの少し、困ったように。


「こちらも売場です」


「違います」


「違う売場もございます」


「私は帰りたいだけです」


「帰るには、味が必要です」


「買えばいいんですか」


「召し上がってください」


店員は、私の手の中の飴を見た。


「お客様は小さいので、ひとつで足ります」


また、小さい。


身長のことを言われ慣れているのに、その言い方は嫌だった。


体の大きさではなく、何かの量を測られている気がした。


私は一歩下がった。


「食べなかったら?」


店員は笑った。


「しばらく置いておきます」


「どこに」


「棚に」


私はもう、何も聞きたくなかった。


飴の袋を開ける。


黄色い包み紙を剥がす。


レモンの匂いがした。


ちゃんと知っている匂い。


甘くて、酸っぱそうな匂い。


私は飴を口に入れた。


舌に触れた瞬間。


強烈に酸っぱかった。


「っ」


思わず目を閉じる。


酸っぱい。


本当に酸っぱい。


二日酔いのぼんやりした頭が、針で刺されたみたいに冴えた。


店内放送が流れた。


『お戻りの味を確認しました』


『えな様、通常売場へお戻りください』


えな様。


名前を言われた。


私は目を開けた。


店員が、少しだけ頭を下げていた。


「次回は、空腹でお越しください」


「来ません」


そう言った。


店員は、にこっと笑った。


「皆様、そうおっしゃいます」


床が揺れた。


いや、揺れたのは私の方だったのかもしれない。


視界が白くなる。


遠くで、人の声がした。


「お客様?」


誰かが私の肩を叩いた。


私は、食品売場の通路に立っていた。


周りには人がいた。


家族連れ。

買い物客。

店員。

レジの音。

店内BGM。


全部、戻っていた。


目の前には、普通のお菓子売場。


私の手には、レモン味の飴の袋があった。


口の中にも、まだ飴がある。


酸っぱさが残っている。


店員さんが心配そうに私を見ていた。


「大丈夫ですか? 少しふらついていましたけど」


「あ、すみません」


「体調悪いですか?」


「ちょっと、二日酔いで」


そう言ったら、自分でも妙に納得した。


二日酔い。


そうだ。


飲みすぎたんだ。


だから変なふうに見えた。


字が読めないとか。

人が消えたとか。

地下2階とか。


全部、体調が悪かったせい。


そう思うことにした。


思うことにしないと、買い物なんて続けられなかった。


⸻


【LINE】


13:41 えな

戻った


13:41 菜月

どこに!?


13:41 えな

普通の売場


13:42 菜月

大丈夫?


13:42 えな

多分

二日酔いでおかしくなってたのかも


13:42 菜月

いや、そんなレベルじゃないでしょ


13:43 えな

でも今普通


13:43 菜月

レモン飴は?


13:44 えな

持ってる

食べた


13:44 菜月

買ったの?


13:45 えな

え


⸻


私は手元を見た。


レモン飴の袋。


開いている。


でも、レジを通していない。


慌てて袋を見た。


ちゃんとバーコードがある。


日本語も読める。


普通の商品。


私はすぐレジへ行った。


店員に事情を説明して、会計した。


「すみません、先に一個食べちゃって」


店員は笑って許してくれた。


助かった。


普通の世界の普通の店員、ありがたい。


私は食材をいくつか買った。


水。

味噌汁の素。

卵。

冷凍うどん。

カット野菜。


それから、会計を済ませて帰った。


帰りの電車の中でも、頭はぼんやりしていた。


でも、異界にいた時のぼんやりとは違う。


ただの二日酔い。


ただの疲れ。


そう思った。


いや、思い込んだ。


⸻


家に着いた。


冷蔵庫に買ったものを入れる。


水。

卵。

うどん。

カット野菜。


エコバッグの底に、何かが残っていた。


赤と黄色の袋。


ポテトチップスみたいな袋。


さっき、棚に戻したはずのものだった。


文字は読めない。


袋を持ち上げる。


中で、ぱちゃ、と音がした。


私は動けなかった。


買っていない。


レジも通していない。


そもそも、普通の売場にはなかった。


袋の裏を見る。


読めない文字が並んでいる。


その中に、一箇所だけ読める文字があった。


小さく、シールみたいに貼られている。


試供品


その下。


手書きのような細い文字で。


えな様 次回用


私はすぐに袋をゴミ箱へ入れた。


でも、捨てた瞬間。


ぱちゃ。


中で水が揺れた。


その音が、少しだけ笑ったように聞こえた。


⸻


夜。


私は菜月に電話した。


今日あったことを全部話した。


菜月は、途中で何度も黙った。


そして最後に言った。


「それ、二日酔いじゃないと思う」


「でも、戻ってきたし」


「戻ってきたって言い方がもう変だよ」


「じゃあ何?」


「分からん」


「分からんのかい」


「分からんけど、今度から酒飲んだ翌日に一人で大型商業施設行かないでね」


「それはそう」


「あと、その変な袋、捨てた?」


「ゴミ箱に入れた」


「中見た?」


「見るわけないでしょ」


「絶対見ちゃだめ」


「見ない」


「あと、レモン飴は?」


私は机の上を見た。


レモン味の飴の袋。


普通の袋。


でも、中身を数えると、変だった。


売場では一個食べた。


袋の表示は、十個入り。


だから、残りは九個のはず。


でも、十個あった。


私は黙った。


「えな?」


「……十個ある」


「は?」


「一個食べたのに」


電話の向こうで、菜月が息を呑んだ。


私は袋を閉じた。


それ以上、見たくなかった。


⸻


次の日。


私は酒のせいだったと思うことにした。


変な売場も。

読めない文字も。

液体の入ったポテチ袋も。

店員の言葉も。


全部、二日酔いと寝不足。


そういうことにした。


その方が生活できる。


人間は、分からないものを分かったことにしないと朝ごはんも食べられない。

不便な生き物である。


ただ。


それから大型ショッピングセンターには、一人で行っていない。


食品売場の奥にも行かない。


レモン味の飴は、机の引き出しにしまった。


捨てようと思ったけれど、捨てられなかった。


あれが戻るための味だったなら。


もしまた、どこかの売場に迷い込んだ時。


必要になる気がしたから。


でも、その飴袋は少しずつ軽くなっている。


私は食べていない。


誰も部屋に来ていない。


それなのに、今朝見たら、残りは七個になっていた。


そしてゴミ箱の中。


捨てたはずの赤と黄色の袋は、いつの間にかなくなっていた。


代わりに、ゴミ箱の底が少し濡れていた。


指で触ると、ぬるかった。


水ではなかった。


匂いはない。


色もない。


ただ、舌の奥に。


かすかに、レモンの味がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。