ただならぬ想い
署に戻った三隅は、署員に尚斗を連れてくるように依頼した。
「岡田尚斗さんご苦労様でした。あなたを釈放します」
三隅は井本健太郎が自白したことを告げた。
「被疑者からだいたいの事は聞きましたが、今一度確認します。ルームサービスを持って被害者の部屋に行った時、既にドアの鍵が開いていて、あなたは開けていてくれたのだろうと思い、中に入った。だが、そこには座椅子にもたれかかっている被害者と、被疑者の姿があった。そこで、あなたは瞬時にシナリオを描き、自分が身代わりになるといって、被疑者にはティッシュペーパーかなにか指紋の付かないような手立てを施したうえで、ビールグラスをテーブルの上に戻させ、部屋に来た痕跡を消すためドアの取手やテーブルなど指紋の残りやすい場所を丁寧に拭き取らせた。その間にあなたは自分の指紋の付いた浴衣の帯を犯人の首に巻いた。こんなところで間違いないですね?」
「試合が始まる前に健太郎との間柄を確認した時の翔の微妙な受け答えが気になっていました。まさかこんなかたちで終わりを迎えてしまうとは…」
「しかし、わからないのはあなたはそこまでしてなぜ彼をかばおうとしたんですか?」
「それは、彼の才能を埋もれさせたくなかったからです」
「といいますと?」
「元々僕は彼と同じ中学だったんです。翔の影に隠れてはいましたが、当時から光るものを持っていました。数年後、健太郎は気付いてなかったと思いますが、インターハイの会場で、たくましく成長した彼の姿を見ました。中学時代からは想像できないほど鍛えられた肉体から放たれるスパイクは、憧れさえ抱いてしまうほどでした。彼はオポジットというポジションなのですが、ウイングスパイカーというポジションに執着があったようです。しかし、その執着心があったからこそ、自分を追い込んでここまでの選手になることができたんですよね。オポジットはスーパーエースなんて呼ばれることもありますが、それでもやはりバレーボールの花形はウイングスパイカーなんです。彼は左利きという理由だけで、ウイングスパイカーにはなれないということに、ジレンマを抱いていました。」
「そんなにまでですか?」
「たしか、刑事さんは高校球児でしたね? 野球でいうと、背番号が『1』と『10』くらい違います」
「ほう、その例えはわかりやすい」
「しかし、ポジションへのこだわりが強い為、自身自分の才能に気付いていませんが、彼のオポジットとしての才能は、もはやウイングスパイカーを超越するほどのものです。これからの日本を強くするには彼のような新しい力が必要なんです。翔もその実力は認めていました」
「私は、バレーのことはよくわかりませんが、私の相棒もあなたと同じようなことを言ってました。しかしながら、才能を埋もれさせたくないというのなら、それはあなたも同じですよ。あなたはややもすれば、もう少しで人生を棒に振ってしまうところだったんですよ」
「こんなことをしてしまったんですよ。もう棒に振ったも同然です。僕にはもう社会で生きていく資格はありません」
「そんなことはありません。確かにあなたは犯人隠避の罪に問われるでしょう。しかし初犯ですので、執行猶予が付く可能性は十分にあります。今一度、正しい方向はどちらなのかを考えてみて下さい。あなたなら次は不正解を選ばないはずだ」




