尚斗と詩音
美しい日本庭園が見えるガラス張りのロビーに2人の姿はあった。船上での出来事の一部始終を、尚斗に話した。
「翔ちゃんに別れ話を切り出したんだけど、納得してくれないの」
それを聞いた尚斗は、頭を抱え込みながらその手の話は苦手なんだよといったような素振りを見せている。
「でも、おとはまだ翔のこと好きなんじゃろ?」
詩音は無言のまま頷いた。
「あいつまじめやけんなぁ。おとのそげん気持ち、ちっとも伝わっとらんぞ、きっと」
元チームメイトだけあって、翔には繊細な一面があることを知っていた。
(あいつの性格なら、気になって逆に力が発揮できないんじゃないか? )と口から出かかったが、寸前で止めた。言ってしまえばおとのせっかくの行動が台無しになってしまうからだ。
「俺に比べたら翔は実力もいい線いってると思うけん、とはいってもまだまだ俺らみたいな日本人は相手にされんことが多いんよ。本気で目指すんなら、確かに何もかも犠牲にして挑むくらいの覚悟がないとな。よし、今日の夜、翔の部屋行って気持ち確かめてくるけん、ちょう待っといて」
「面倒なこと押し付けてごめんね。他に頼れる人いなくて」
「よか。兄妹みたいなもんなんやけん」
ロビーにかけられている見るからに古くて値打ちのありそうな柱時計に目をやった尚斗は、休憩時間が残り少ないことを詩音に伝え、顔の前で両手を合わせ、そそくさと受付へ戻っていった。
岡田屋旅館は、8階建ての超がつくほどの老舗高級旅館。玄関には天皇家や国の高官が訪れたことがわかる写真がいくつも飾られており、今では建物自体が歴史的建造物とされている。しかし、ここ最近は不況の波にあおられ、客足は以前に比べはるかに遠のいていた。だがこれまでのイメージを落としてしまわないように、5代目の意向で低料金化することは避けられていた。よって、学生がおいそれと利用できるような料金設定ではなかったが、尚斗の計らいでとびきり安くで泊まらせてもらうことができた。しかしながら、もちろん普通の部屋というわけではなく、各フロアに1部屋ずつ設けられた、ツアーバスの運転手の宿泊用として用いられる、3畳ほどの小部屋がそれぞれにあてがられた。
7人はまず、別府湾を一望できる岡田屋自慢の露天風呂を堪能し、その後夕食会場へと足を運んだ。近海で獲れた海の幸がふんだんに使われた料理が、所せましと卓上に並べられていた。そんななか、今日も翔はアルコールを口にすることはなかった。正確に言うと、このあとに控えている大事なイベントのために呑むわけにはいかなかった。彼は、食事もほどほどにお先にと皆に声を掛け、夕食会場から出ていった。
「あいつ大丈夫か? なんや暗いな」
隼人が心配そうにいった。いっぽう詩音はというと
「ほっとけばいいよ」
と気持ちとは裏腹に、思ってもない言葉を口にした。
6月より水曜と日曜、週2回アップします。
引き続き、よろしくお願いいたします。




