別府港到着
「嫌いになったわけじゃないけど、近くに感じられない翔ちゃんのことをこれからもずっと好きで居続ける自信がない。」
中途半端な気持ちで通用するほど甘い世界ではない。それは詩音にも十分わかっていた。であるからこそ、私が彼の夢の邪魔にはなりたくない、精一杯頑張ってきてほしい、そう思う彼女のせめてもの応援であった。
「なんで? なんでそうなるんだよ。俺はただ日本のバレーを強くするために本気で頑張りたいんだ」
「私も本気だよ」
まわりに人がいないせいか、2人はお互いにヒートアップしていた。次第に声が大きくなっていることに気付かない程熱くなっていた。詩音は、とにかくもう一度ちゃんと考えてと言い残し、その場を去った。彼女が去った後のデッキには、翔の吐息の白さだけがその存在を示していた。
翌日の朝、船は無事に別府港に到着した。そこは辺り一面湯けむりがたち込め、これぞ温泉街といった風景だった。ここからはバスで最寄りの駅まで移動し、電車で観光名所を巡る予定になっている。昨夜言い合いに発展してしまった翔と詩音は、朝食時から口をきいておらず、ただならぬ不穏な空気が流れていた。他の5人は、2人に何かあったことに当然気付いていたが、暗黙の了解で触れないほうがいいと判断し、誰も理由を聞こうとする者はいなかった。昨日新幹線の車中で、隠し事はなしだと豪語した一馬も、この度はさすがに空気を読んでいる様子であった。夕方になり、尚斗の両親が経営する旅館の最寄り駅に着くと、駅のロータリーに旅館の名が記されたハイエースで迎えに来てくれていた。大きな荷物を持った7人を見つけると、運転席から運転手が降りてきた。
「ようこそおこし下さいました」
そこには尚斗の姿があった。スラックスに旅館の法被を羽織って、照れるように右手を挙げている。その姿は、お世辞にも似合っているといえるものではなく、例えるなら七五三でスーツを着せられた子供のようだった。
「迎えに来てくれたんだ」
と詩音は手を振り返した。その傍らで、高山兄弟を除く他の4人は、なにかに驚いている様子だった。その理由は送迎車だった。ハイエースには『岡田屋旅館』と記されている。
「『岡田屋旅館』ってあの有名なか?」
亨が目をまんまるくしていった。4人が驚くのも無理もない。尚斗の両親の経営する岡田屋旅館とは、江戸時代後期から続く別府随一の老舗旅館で、旅行雑誌を開くと必ず出てくるほどの名旅館である。かつては、西郷隆盛も宿泊したことがあると言われている。創業以来、直系で営まれてきており、現在、つまり彼の父親で5代目となる。
「そっか、言ってなかったっけ?」
詩音は飄々とこたえた。
「長旅で疲れたやろ? ささ、乗って乗って」
尚斗に手招きをされ、詩音は助手席へと乗りこんだ。それに続いて、翔と大地は後部座席へ。まだ驚いたままの4人は声を揃え、どことなく緊張した面持ちで、よろしくお願いしますといって大地の後に続き後部座席へと乗りこんだ。




