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異世界クラウドファンディング 〜研究室の殺人事件から、舞台はドバイ、そして異世界へ〜  作者: 稲盛 皆藤


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第9話:アトランの大門とポニーテールの姫

 数日後。一行はついに、雲を突き抜けるような巨大な石造りの城壁がそびえ立つ、

人間属の国「アトラン」の検問所へと到着した。

 そこは、これまで見てきた辺境の村々とは、次元の異なる文明の香りが漂っていた。

城門の前には、魔石をエネルギー源とした青白い魔法ランプが、数学的な正確さで

等間隔に配置され、整然とした街並みが奥に広がっている。

 空を舞う輸送用の魔獣、石造りの建物の窓から漏れる贅沢な明かり。


「アトラン国……ここが、井口が以前に何度か訪れたという、

 魔導具文明の中心地か」


「そうっすよ先輩。でも、なんだか俺が来ていた頃より、

 警備が異様に厳重になってる気がするなあ。

 検問の数も倍以上っすよ」


 検問所は、国に入るための許可証を求める人々の長蛇の列でごった返していた。

石黒は、退屈な待ち時間を潰すべく、科学者としての習慣に従い、周囲の人間の

動態を詳細に観察していた。


 その時。

 石黒の視覚野に、強烈な不協和音が飛び込んできた。


 数人分前を行く、ボロボロの茶色のローブを被った、小柄な人影。

 その人物は、周囲を極端に――それこそネズミが猫を警戒するような挙動で監視し、

不安定な足取りで検問所へ向かっていた。

 だが、不意に後方から押された商人の荷車を避けようとした瞬間、彼女が大切そうに、

命を懸けて守るように抱えていた古びた革鞄から、何かが滑り落ちた。


 カシャッ、という乾いた金属音が、石畳の地面に響く。

 それは、この世界にあるどの金属とも違う、太陽の光を不自然なほど――

まるで自己主張するかのように乱反射させていた。

 石黒は無意識に足を出し、それを拾い上げた。


 指先に触れた瞬間、微かな静電気が弾け、同時に石黒の脳内のシナプスが激しく発火した。

 冷たく、薄く、それでいて独特の弾力がある質感。この感触を、石黒が忘れるはずがない。

 それは、銀色の輝きを放つ「アルミホイル」を丸めたゴミだった。

 石黒は震える指で、それを少しだけ広げた。そこには、ドバイの石黒の専用ラボで使用

されている、軍事用高純度アルミ製造メーカーの印字、石黒がかつて嫌というほど目にして

いたはずの企業ロゴの刻印が、確実に残っていた。


「……おい、君。これを落としたぞ」


 石黒の低い、だがよく通る声が、喧騒を裂いて少女に届いた。

 ローブの人物が、ビクッと全身を、まるで見えない鞭で打たれたかのように硬直させた。


 ゆっくりと、まるで錆びついた機械のように、その人物が振り返る。

 その瞬間、検問所の高い城壁に沿って吹き抜けた、冷たく鋭い一陣の突風が、彼女の古びた

フードを鮮やかに、そして残酷なほど劇的にめくり上げた。


 彼女は背筋をピンと伸ばし凛として気高く、後ろ髪を高い位置まで縛り上げたその

ポニーテールはまるで竜族の姫のような出で立ちであった。


 石黒は、思考が一時停止するほどの衝撃を受けた。

 フードの隙間から露わになったのは、この世界では極めて稀な、石黒と同じ深い漆黒の瞳。

そして、透き通るように白い肌と、凛烈なまでの強い意志を湛えた唇のラインだった。

その佇まいは、たとえボロボロのローブを纏っていても隠しきれない、生まれ持った威厳に

満ちていた。周囲の泥臭い喧騒を、一瞬にして静寂に変えてしまうほどの、気高さがそこには

あった。


「あ……」


 石黒の口から、問いかけよりも先に、場違いな感嘆が漏れた。

 少女は、石黒の手にある、あの歪んだアルミホイルの塊を見た瞬間、一瞬だけ、胸を抉られた

ような痛ましい表情を浮かべた。

 だが次の瞬間、彼女はそのアルミホイルを、石黒の手から乱暴にもぎ取るように奪い返すと、

氷点下の冷たさを孕んだ視線で石黒を鋭く射抜いた。


「覗き見は、感心しないわね。……よそ者が」


 鈴を転がすような、だが芯の通った、鋼のように硬い声。

 その時、検問所の奥から、石畳を激しく叩く蹄の音と、鎧の鳴る音が響き渡った。


「退け! アトラン魔法騎士団の通り道だ! 密入国者の捜索中である!」


 白銀の甲冑に、奇怪な魔導具を装着した騎士たちの一団が姿を現した。

彼らは通行人一人一人の顔を乱暴に確認し、何かを探している。

 少女はその一団を見た瞬間、高く縛り上げたポニーテールを夜風に揺らし、驚くべき

敏捷性で雑踏の中へと身を翻した。


「待て! 君は一体……!」


 石黒が思わず手を伸ばしたが、彼女はまるで影そのものになったかのように、人々の間を

縫うようにすり抜け、一瞬にして雑踏の彼方へと消え去った。


「先輩! どうしたんすか、そんなに呆然として。

 まさか、今のポニーテールの子に一目惚れっすか?

 いやー、確かにあの『竜族の姫』みたいな雰囲気、

 僕もちょっと心臓に悪いレベルでしたけど。

 先輩もついに人間らしい感情を思い出したんすか?」


「馬鹿を言うな、井口。そんな感傷的な理由じゃない」


 ミャオミャオとルルルに両腕を絡められ、デレデレと鼻の下を伸ばしている井口に対し、

石黒の顔は、かつてないほど険しく、沈んでいた。


「……あの少女、地球の物を持っていた。

 それも、俺たちがつい最近ドバイのラボで使用していた、

 企業ロゴが刻まれたアルミホイルだ」


 石黒は、自分の右手が、自覚できないほど微かに震えていることに気づいた。

 ゲートが開いているのは、ドバイのあの隔離された砂漠だけではないのか。

 あるいは、自分たち以外にもこの世界へ干渉し、地球の「ゴミ」を持ち込み、

それを少女に手渡している何者かが存在するのか。


 あの凛とした立ち姿。ポニーテールを揺らし、魔法騎士の手を逃れる少女。

 日本の大学で起きたあの凄惨な爆発事件、そして自分を底なしの沼へ突き落とした冤罪。

あの出来事の裏に隠された、世界の境界すらも揺るがす巨大な陰謀の断片が、今、

アトランの重厚な城門の前で、静かに牙を剥き始めていた。


 アトラン国の巨大な石門が、地の底から響くような重々しい音を立てて、ゆっくりと開き始めた。


 石黒は手元のタブレットを、指の節が白くなるほど強く握りしめ、魔導具の光に照らされた、

未知と策謀が渦巻く城門の先を、漆黒の瞳で鋭く見据えた。

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