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異世界クラウドファンディング 〜研究室の殺人事件から、舞台はドバイ、そして異世界へ〜  作者: 稲盛 皆藤


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第18話:黄金の共鳴と、論理のハブ

 ヴァレリー伯爵邸の離れ――今や石黒の第一ラボとして完全に制圧された

その空間の広大な中庭には、一点の雲もない蒼穹から、理想的な電磁波(ソーラー・エネルギー)

が降り注いでいた。


「……マスター。紫外線指数、レベル8。

 地表到達日射量、一平方メートルあたり約一キロワット。

 大気中の可視光線透過率も極めて良好。

 光合成効率、最高値を記録しています」


「ああ。まさに絶好の『充填(チャージ)日和』だな」


 セレナの無機質な環境レポートに同意し、石黒賢治は日陰のテラス席から、

芝生の上で展開されている異様な光景を観察していた。


 そこには、井口の付き人であるルルルとミャオミャオの二人が、太陽の光を

一身に浴びながら、幸せそうに目を閉じて横たわっていた。

 かつて石黒はこの光景を見て「人間が光合成などするはずがない」と驚愕した

ものだが、今の彼は違う。この世界の獣人が、皮膚組織に特殊な光受容体を持ち、

光子を直接的な生体エネルギー……さらには脳への酸素供給へと変換する、地球の

生命体とは根本的に異なる「高効率な代謝システム」を備えていることを、すでに

一つの物理的事実として処理していた。


「……あー、やっぱり光合成中っすね。

 うちのルルルとミャオミャオ、これやるとマジで

 脳がシャキッとするらしいんすよ」 


 アイスコーヒーのグラスを持った井口が、芝生で「充電中」の二人を満足げに眺める。


「ああ。彼女たちの生体反応を観測したところ、

 光合成プロセスによって生成された高純度の酸素が、

 頚動脈を通じてダイレクトに前頭葉へと送り込まれている。

 ……極めて合理的な、生体ブースト機構だ」


 石黒はタブレットのサーモグラフィで、二人の代謝効率をモニターしながら

冷徹に付け加えた。


「酸素飽和度の上昇に伴い、情報の処理速度と

 魔力伝達のレスポンスが向上する。

 ……井口、彼女たちが『フル充電』された瞬間の、

 その高まった演算リソースを無駄にするな。

 今日は精密な作業が続くからな」


「了解っす。起きたら速攻でこき使いますよ!」


「にゃふぅ……。脳みそが、シュワシュワするにゃ……」

「おひさまの味がするにゃ……。酸素がいっぱいにゃん……」


 ルルルとミャオミャオが、夢心地のまま耳をぴくつかせ、文字通り

「脳に酸素が満ちていく」感覚を謳歌している。


「美しいわ……。光を直接『思考の燃料』へと変換する、

 驚異的な生体回路……。太陽の運行すらも、彼女たちの

 知性を駆動させるための巨大な律動(サイクル)なのね……!」


 例によって徹夜明けのリディアが、血走った目で獣人たちの「光合成の等式」

をノートに書き殴っている。彼女にとって、この非科学的なはずの光景も、

今や石黒から教わった「変換(コンバート)」の美学の一部であった。


「よし。生体バッテリー(獣人たち)の酸素充填率は九十五パーセント。

 リディアのテンションも臨界点だ」


 石黒はタブレットの画面を、中庭ののどかな風景から、複雑な三次元構造図へ

と切り替えた。


「さて、日光浴はここまでだ。

 井口、リディア、セレナ。

 ――伯爵の家宝を『解体』するぞ。

 魔法の真理を、物理的に暴く時間だ」


 アトラン国の王都において、時間は極めて「曖昧」な概念だった。

 太陽の傾き、教会の鐘の音、あるいは魔力溜まりの満ち引き。

人々はそのような不確実で非科学的な事象に寄りかかり、平然と日々を消費している。


「……吐き気がするな。この街の連中は、

 自分たちがどれほど『ズレた』世界で

 生きているか、理解すらしていない」

石黒賢治はチタン合金製のタブレットを睨みつけながら吐き捨てた。


 彼の目の前には、「生きたA/Dコンバータ」ことリディアが、無数の銅線と

魔導ケーブルに囲まれながら、ブツブツと数式を呟き続けている。

 彼女の脳を介して、アトランの魔導回路から生じる「ノイズ」は、見事なまでに

デジタル信号へと変換されつつあった。


「先輩、順調じゃないっすか。

 リディアさん、もう完全に先輩の教えの虜になって、

 徹夜で変換コード書いてますよ」


物理層(ハードウェア)の構築において、

 人間のモチベーションなどという不安定な要素は評価に値しない。

 問題は、変換された信号を『どう並べるか』だ」


 石黒は、白衣のポケットから極小の電子部品――ドバイのラボから持ち込んだ

トランジスタの残骸を取り出し、指先で弄んだ。


「通信とは、情報のキャッチボールだ。

 俺が『1』という信号を投げ、相手が『1』として受け取る。

 だが、もしお互いの『1秒』の長さが違っていたらどうなる?

 俺が1秒間に100個のデータを投げても、相手の1秒が俺より

 わずかに長ければ、データは衝突(コリジョン)を起こし、崩壊する」


「あー……。つまり、タイミングを合わせる必要があるってことっすか?」


「そうだ。ネットワークを構築する上で最も重要なのは、

 全端末の時間をミリ秒の狂いもなく同期させる『マザー・クロック(主時計)』だ。

 ……だが、この原始的な世界には、基準となる正確な発振器が存在しない。

 魔法使いどもの脈拍など、気温や感情でブレる不良品だからな」


 その時、ラボの重厚なオーク材の扉が、乱暴に蹴り開けられた。


「貴様ら! 私の離れを、いったい何の真似だ!」


 踏み込んできたのは、この館の主であり、石黒のパトロンとなっている

ヴァレリー伯爵だった。彼の顔は朱に染まり、床に這い回るケーブルや、

怪しげな液体が循環する冷却パイプを見て、卒倒しそうな表情を浮かべている。


「おお、伯爵。ちょうどいいところに来た」


「何がちょうどいいだ! 貴様、私から巻き上げた

『アトラン・ポセイドス金貨』を湯水のように使いおって!

 それにこの異端のリディアまで引き込んで

 ……私の政治的立場をどうする気だ!」


 激昂する伯爵の言葉を、石黒は鼓膜の振動としてしか認識していなかった。

 石黒の視線は、伯爵の抗議ではなく、伯爵の胸元で鈍い光を放っている

「ある装飾品」に釘付けになっていたのだ。


「……伯爵。お前の胸元にあるそれは、なんだ?」


「えっ? こ、これか? これは我がヴァレリー家に初代国王から下賜された

『星導の羅針盤』だ。海神ポセイドスの加護を受け、絶対の方向とマナの

 源泉を示す、国宝級の魔導具……」


「方向などどうでもいい。その中央に嵌まっている石だ。

 ……不純物のない、極めて純度の高い水晶だな」


 石黒の瞳に、捕食者のような冷たい光が宿った。

 天然の水晶は、この異世界において魔法の増幅器として重宝されている。

だが、石黒にとってそれは、魔法などというオカルトの道具ではなかった。


「……井口、扉を施錠しろ。伯爵、その石を寄こせ。今すぐだ」


「なっ……!? 狂ったか! これは我が家の誇り、五百年の歴史が……!」


「俺の計画において、五百年の歴史など、

 コンマ一秒の遅延(ラグ)にも劣る無価値なゴミだ。セレナ」


「――了解しました、マスター」


 背後に控えていたセレナが、音もなく跳躍した。

 彼女の生体素子(バイオ・エレメント)が駆動し、物理法則を無視した

圧倒的な加速で伯爵の懐に潜り込むと、その細く白い指先が、一切の躊躇なく

伯爵の胸元から「星導の羅針盤」を引きちぎった。


「ああっ! 私の、私の羅針盤が……ッ!」


「ご苦労。……さて、素材(水晶)は手に入った。

 次は、これを『心臓』に加工するための職人だ」


 石黒が指を鳴らすと、ラボの奥――伯爵の金で無理やり増築させた鍛冶

スペースから、筋骨隆々の大男が姿を現した。

 顔の半分に重度の火傷痕を持つ老鍛冶屋、ヴァッシュだ。


「……石黒のダンナ。待ちくたびれたぜ。

 で、今日は何を叩かせんだ?」


 ヴァッシュは、この街で唯一、石黒の要求する「ミクロン単位の公差」を、

魔法的な直感ではなく「物理的な技術」で実現できる変態的な職人だった。


「これだ、ヴァッシュ。この無駄な装飾を取り払い、中の水晶だけを取り出せ。

 そして、それを特定の角度――ATカットと呼ばれる結晶方位で、

 厚さ正確に0.167ミリメートルにスライスしろ」


「0.167ミリだと……? ダンナ、そりゃ紙より薄いぜ。

 いくら俺でも、ただのノミじゃ割れちまう」


「安心しろ。切削には俺のプラズマカッターを使う。

 お前には、その水晶を挟み込む『電極』を作ってもらう。

 ……素材は、これだ」


 石黒は、テーブルの上に山積みにされていた「アトラン・ポセイドス金貨」を、

無造作にセラミック製の坩堝(るつぼ)へと流し込んだ。

 ジャラジャラと、一国の国家予算に匹敵する富が、ただの金属片として重なり合う。


「ヒィッ! 貴様、何をする気だ!

 それは我が領地の一年分の税収……!」


「黙れ伯爵。これは金ではない。

 高純度の金(Au)にマナ反応性同位体がドープされた、

 極めて安定した『超電導素材』だ。

 俺にとっては、良質な導線以上の意味を持たない」


 石黒はプラズマ溶融炉のスイッチを入れた。

 凄まじい高周波音がラボを満たし、坩堝の中の金貨が、本来の融点である

1064度を超えて急激に液化していく。マナ同位体が熱と反応し、不気味な

青白い熱放射が金色の液体に混じって渦を巻いた。


「見ろ、この粘度と表面張力。

 魔法文明の遺物(ゴミ)にしては、見事な物理特性だ。

 ヴァッシュ、この液化金を使って、スライスした水晶を

 挟み込む極薄の電極と、回路へ繋ぐワイヤーを打て」


「……へっ、面白ぇ。神の金属を叩き直して、

 ただの『線』にしろってか。最高にイカレてやがるぜ、ダンナ」

 

 ヴァッシュのハンマーが振り下ろされる。

 カンッ、カンッ、と、硬質で規則的な打撃音がラボに響き渡る。

 その傍らでは、フル充電されて覚醒状態のルルルとミャオミャオが、

目にも止まらぬ獣人の反射神経でラボ中に無数の魔導ケーブルを配線し、

それと同期するようにセレナの瞳に内蔵された光学センサーが、

レーザー測定器として切削精度を監視し続けていた。


「……右端、厚さ基準値よりプラス0.005ミリ。

 打撃係数、1.2ニュートンで修正を推奨します」


「おうよ、嬢ちゃん。そこだろ……ッ!」


「……俺は職人の直感という『非公開パーティション』に干渉する気はない。

 だが、お前の出力を最大化するための観測データは提供してやる」


 石黒の呟きの中で、アンドロイドの冷徹な観測と、職人の極限の感覚が交差する。

 プラズマで溶解した金貨の蒸気が、オゾン臭と混ざり合って強烈な金属臭を放つ。

それは、歴史的価値を持つ「通貨」と「国宝」が、ただの「部品」へと成り下がる、

冒涜的で美しい化学変化の過程だった。


「……先輩、これ、一体何を作ってるんすか?

 水晶を金で挟んで……」


 石黒はタブレットの画面にひとつの数式――『 f = (n/2L) √(E/ρ) 』を表示させた。

(※ f:周波数、n:振動数、L:長さ、E:ヤング率、ρ:密度)


圧電効果(ピエゾ・エフェクト)だ、井口。

 水晶という物質は、特定の方向に圧力をかけると電気が発生し、

 逆に電気(電圧)をかけると、物理的に変形する性質を持っている。

 この数式は、その物質が持つ固有の共鳴周波数を示すものだ。

 ……つまり、水晶の厚さを極限まで調整し、そこに電圧をかければ、

 水晶は『一定の周期』で振動し続ける」


「振動……? つまりそれが、マザー・クロックになるってことっすか?」


「そうだ。魔法使いの気まぐれなパルスではない。

 物理法則に縛られた、宇宙が滅びるまで変わらない絶対的なリズムだ」


 一時間後。

 伯爵の「星導の羅針盤」とポセイドス金貨は、その見る影もなく解体され、

一片の極薄の水晶板と、それを蜘蛛の巣のように挟み込む黄金のワイヤーから

なる、無骨な電子部品へと変貌を遂げていた。


「……できたぜ、ダンナ。俺の腕と、嬢ちゃんの眼の結晶だ」


「ご苦労、ヴァッシュ。公差は0.001ミリ以内。完璧だ」


 石黒はピンセットでその「水晶振動子」をつまみ上げ、リディアが構築した

魔導A/Dコンバータの基盤――その中枢にあるソケットへと慎重に差し込んだ。


「リディア、魔力供給を開始しろ。電圧は極小でいい。

 ノイズを完全にカットした、純粋な直流電流(マナ)だけを流せ」


「わ、わかったわ……!」


 リディアが震える指で魔導回路に触れ、変換されたエネルギーを流し込む。

 瞬間。

 ――チッ……チッ……チッ……チッ……。


 ラボの空間に、極めて微小な、しかし空気を切り裂くように鋭い「音」が響き始めた。

 それは魔法の発動に伴うような、曖昧で有機的な音ではない。

 水晶の結晶格子が、電圧を受けて物理的に変形し、元に戻る。

その往復運動が空気を叩く、純粋で、冷徹で、一切の感情を持たない「物理的な振動音」だった。


「……周波数、32,768ヘルツ。同期信号(クロック)、極めて安定」


 セレナの声が、その結果を冷淡に肯定した。


「ああっ……! 私の羅針盤が……王家の誇りが……こんな、

 虫の羽音のような薄気味悪い音を立てるガラクタに……ッ!」


 伯爵は膝から崩れ落ち、頭を抱えてむせび泣いた。

 自分が信奉してきた権威と歴史が、石黒の言う「物理法則」の前に、

ただの素材として解体され、蹂躙された現実を受け入れられなかったのだ。


石黒は、そんな伯爵の絶望を一瞥し、冷徹に言い放った。


「個体識別子が違う以上、俺がお前の喪失感(エラー)

 同期(共感)することは永遠にない。

 ……だが、無能なスポンサーを切り捨てるのは非効率だ。受け取れ、伯爵」


 石黒は、余ったポセイドス金貨と微小な水晶片を組み合わせてヴァッシュに打たせた

「指輪型の端末」を、泣き崩れる伯爵の足元に放り投げた。


「な、なんだこれは……」


「このマザー・クロックを基準点とした、暗号化通信機のプロトタイプだ。

 セレナ、テスト送信」


『――了解。第一ラボから伯爵へ。本日の王都における小麦の先物価格は、

 一キログラムあたり銀貨二枚に高騰する予測……』


 指輪から、離れた場所にいるセレナの音声が、ノイズ一つなく極めてクリアに響いた。


「なっ……!? 音声が、一瞬で……!? しかも、王都の相場だと!?」


魔法の通信(テレパシー)のように、魔力干渉で盗聴されることも、

 距離による遅延(ラグ)もない。……わかるか?

 お前以外の貴族が、三日かけて早馬で情報を得ている間に、

 お前は『秒』で世界経済の動きを掌握できるということだ」


 石黒の冷たい言葉に、伯爵の涙はピタリと止まった。

 悲哀に染まっていた彼の瞳に、徐々に「強欲」と「野心」という名の

どす黒い光が灯り始める。


「秒で、情報を……。そ、そうか……!

 これがあれば、他国との貿易も、派閥の根回しも、すべて私が先手を取れる……!

 羅針盤などという過去の遺物より、遥かに巨大な富と権力を……!」


「そうだ。お前のサンプル数 n=1 の狭い歴史(パラダイム)は終わった。

 お前はただの飾り石を、この国を裏から支配するための

 『絶対的な情報インフラ』へと投資したのだ。

 ……悪くない取引トレードだろう?」


 伯爵は指輪を胸に抱きしめ、歓喜のあまりブルブルと震え出した。

 もはや彼の頭の中に、失われた家宝への未練など一ミリも存在していない。


「聞け。これが新しい脈拍(BPM)だ。

 魔法という名の不確実なノイズは終わりだ。

 これより、このアトランのすべての情報は、

 俺の刻む『時間』の支配下に入る」


 チッ、チッ、チッ、と、水晶の振動音が響き続ける。

 それは、異世界の常識が物理法則という暴力によって書き換えられ、絶対的な

「論理の(ネットワーク)」が産声を上げた、確かな胎動であった。

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