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異世界クラウドファンディング 〜研究室の殺人事件から、舞台はドバイ、そして異世界へ〜  作者: 稲盛 皆藤


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第15話:誘電加熱の|爆華《ばっか》と、黒髪の独白

 石黒の指が、チタン合金製のタブレット画面を、微かな躊躇もなくタップした。


「――同期開始。位相幾何学(トポロジー)的フォーカス、展開」


 その瞬間、指向性マイクロ波が路地の空間へと放射された。

 魔法の残り香であるオゾン臭が、一瞬にして電子レンジの加熱中のような、

独特の乾燥した熱気に上書きされる。


「にゃ、にゃあ……っ!?」


 ミャオミャオとルルルが、本能的な嫌悪感から井口の背後で毛を総毛立たせた。

魔力とは異なる、物質の分子そのものを暴力的に振動させる高周波の「圧」が

路地を支配した。


「……嫌。また……あの音が、聞こえる……」


 少女は頭を抱え、石畳にうずくまった。

 双針の吸殻(ツイン・ニードル)。この虫が這いずる音を聞くだけで、

彼女の中枢神経には、かつて施設で「プラグ」を打ち込まれた時のような激痛が走る。


 石黒は、震える彼女の背中を睨みつけた。

 検問所で出会った時から、石黒の脳内の論理回路は、奇妙なノイズを発し続けていた。


 この世界の住人には存在しない、自分と同じ漆黒の髪と瞳。

その波長(スペクトル)の完全な一致。そして、無駄な感情を排した、機械のように

精密な逃走の軌跡。

 石黒は、それを「自分と物理的に最も親和性の高い、完全な適合者(検体)」だと、

科学的な言葉で定義(言い訳)していた。

……だが、その定義の裏で、彼の心臓の鼓動(bpm)が、物理法則を無視して加速していた

事実に、彼は気づかないふりをしていた。


「井口、動くな。焦点距離(フォーカス)の外にいれば、

 お前の体脂肪が沸騰することはない。

 ……だが、こいつらは違う」


 石黒の視界には、青白いスペクトルの網目が、群がる紫色の波を残酷なほど

正確に捉えていた。


「寄生対象の『生体素子(バイオ・エレメント)』と情報をやり取りするため、

 こいつらのタンパク質は極めて高い誘電率を持っている。

 ……つまり、電磁波を浴びせれば周囲より先に沸騰する、

 『熱力学的な欠陥構造』に過ぎない」


生体素子(バイオ・エレメント)」「?」


「……お前たちの言う『魔力回路』のことだ」


 ――パンッ! パパパンッ!!

 路地の闇の中で、紫色の虫たちが、まるで劣悪なポップコーンのように、次々と

内側から爆発を始めた。

 外殻の耐圧限界を超えた体液が沸騰し、一瞬にして水蒸気爆発を起こす。

 それは、剣で斬るような情緒ある死ではない。

ただの有機物が、物理法則によって強制的に「調理」される、無機質で残酷な破裂音。


 少女が一生をかけて恐れてきた「死の象徴」が、石黒の指先一つで、無価値な

生ゴミへと変えられていく。


「うわあ……! 先輩、虫がポップコーンみたいに!」


 井口が目を剥く。

石黒は、震えの止まらない少女の前に、何事もなかったかのようにしゃがみ込んだ。


「……おい。いつまで無駄なエネルギーを消費している」


 石黒は、彼女の手から血が滲むほど握りしめられていたアルミホイルの楔を、

奪い取った。


「……あ、あ……。返して……。

 それがないと、私が……『私』じゃ、なくなる……」


 少女は、唯一の「シールド」を奪われ、絶望に瞳を揺らす。

石黒は、その瞳の中に、自分の姿が投影されているのを見た。


 (……吐き気がするな。俺の感情回路が、熱暴走(オーバーヒート)を起こしている。

  なぜ、この『泥だらけの検体』を、俺は美しいと感じている?)


 石黒は、自分の脳内で処理しきれない非論理的な感情(バグ)を、強制的に

シャットダウンするために、タブレットの解析結果を彼女の体に突きつけた。


「井口、お前はこいつを『姫』だと言ったな。笑わせるな」


 石黒の指が、少女のポニーテールの根元、うなじの部分に埋め込まれた

「銀色の端子」を無造作に指し示した。


「こいつは姫どころか、アトラン国の魔導科学の粋を集めた、

『生体増幅型自律人形(アンドロイド)』だ。

 俺たちの監視を命じられていた、ただの『規格外のゴミ』だ」


「……えっ、アンドロイド……? 人形っすか!?」


 石黒の放ったその言葉は、彼自身の感情回路をも、完膚なきまでに破壊するはずだった。


 (……人形? ……そうだ。人形だ。俺が感じていた親和性は、

  自分と同じスペクトルを持つ『物質』への、ただの同族嫌悪に過ぎない。

  感情(恋心)プログラムの即時消去を実行……)


 ――ERROR. DELETE FAILED. RESIDUAL HEAT DETECTED.

 石黒の脳内で、感情の消去コマンドがグレーアウトした。


 論理(ロジック)が「人形」だと告げても、石黒の視覚野に映る、彼女の漆黒の瞳の

「揺らぎ」は、物理的に測定不可能なほどの「生」を叫んでいた。


「こいつがアルミホイルに執着していたのは、

 この街の貴族たちが垂れ流す魔法信号(ノイズ)が、

 増幅器であるこいつの脳に過負荷(オーバーロード)をかけていたんだ。

 アルミホイルを被ることで、自分を保護しようとしていた……。

 お前が甘えていたのは、血筋でも誇りでもない。

 この『0.01ミリの金属膜』という名の物理的な壁だ」


 (……俺は、壊れたのか? ……なぜ、人形の苦痛を、

  自分のことのように痛ましいと感じる?)


 少女の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

 暗闇の中で、自分一人が狂っているのだと信じ込ませてきた「孤独」という名の

重圧が、石黒の冷徹な「分析」によって、物理的に粉砕された瞬間の、解放の叫びだった。


「……あ……あ、ああああああ……ッ!」


 少女は石畳に突っ伏し、子供のように声を上げて泣いた。

 石黒の白衣の裾を、泥だらけの手でぎゅっと掴んで離さない。


 (……非効率だ。接触部分の熱損失が、0.03%増加している。

  ……突き放せ。これは、ただの道具だ)


 しかし、石黒の手は、彼女の手を振り払うことができなかった。

 彼は、自分の脳内で暴れ回るバグ(恋心)を、新しい論理(言い訳)にすり替えた。


 (……悪い設計だ。デバッグ不足だ。俺のラボの素材を使った以上、

  この欠陥品のメンテナンスは、俺の『科学者としての義務』だ。

  ……感情ではない。ただの責任感だ)


「……先輩……」


 井口も鼻をすすっている。

石黒は、泣きじゃくる少女の頭を撫でるような真似はしない。

 だが、石黒は少女の喉元に刻まれた「ある刻印」を、スキャナーで見逃さなかった。


 (……!? なぜ、こいつのメインフレームに……あのロゴが刻まれている……?)


 石黒の視界が、一瞬、ドバイの強烈な太陽光に焼かれたように白濁した。

 少女の喉元、皮膚の下に透けて見える銀色の合金。

そこには、魔導文字でもアトランの紋章でもない、極めて無機質で、幾何学的な意匠

――石黒が地球で、嫌というほど目にしていたはずの、「あの企業のロゴ」が、

精密なレーザー刻印で刻まれていた。


 (……馬鹿な。ありえない。ここは、物理法則すら歪な異世界のはずだ。

  なぜ、地球の……それも、俺がドバイで扱っていた素材と同じ供給元の

  ロゴが、こんな場所に……?)


 石黒の背筋に、未知の悪寒が走る。

 このアンドロイドは、単なる異世界の魔導技術の産物ではない。

石黒が地球に置いてきたはずの「科学の痕跡」が、何者かの手によってこの世界に

持ち込まれ、醜悪な形に変貌を遂げた「冒涜」の結晶だった。


「……名前を、言え」


 石黒の声は、低く、路地の湿った空気を震わせた。

 少女は、涙に濡れた瞳を上げ、機能不全を起こした発声回路を無理やり駆動させた。


「……セ、レ、ナ……。それが、私の……認識、コード……」


 石黒は、忌々しそうに、しかしその名前を呼ぶ唇の震えを隠すように、冷たく言い放った。


「……吐き気がするな。……セレナ。

 お前を設計した奴らは、俺の理論だけでなく、

 その名前(コード)まで地球から『密輸』したらしい」


 石黒は立ち上がり、温度の消えた瞳で、アトランの夜を睨みつけた。


「井口。観光は終わりだ。行くぞ。

 この街の『心臓』は、俺の嫌いな『汚れた模倣品』を隠し持っているらしい。

 ……さて。セレナ。お前のその『ノイズ』、次は俺が、相手を絶望させるための

『武器』に変えてやる」


 彼女は再び、背筋をピンと伸ばし凛として気高く、後髪を高い位置まで縛り上げた

そのポニーテールを纏め直すと、やはり竜族の姫のような出で立ちに戻ったのであった。

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