表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラウドファンディング 〜研究室の殺人事件から、舞台はドバイ、そして異世界へ〜  作者: 稲盛 皆藤


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/28

第11話:歪な歯車と錆びた夢

 中央通りの煌びやかさから一転、街の北西部に位置する工房区へ足を

踏み入れると、空気の質が劇的に変化した。

 そこには、魔法の残り香であるオゾンの、金属的な臭いと、焦げ付いた油、

そして熱せられた金属の匂いが入り混じった、重苦しい熱気が停滞していた。


 アトラン国の工房区は、まさに「魔導具文明の工場」だった。


 石造りの無骨な建物が密集し、屋上からは青白い煙が絶え間なく吐き

出されている。

 街路のあちこちで、巨大なフイゴが魔法の炎を煽るシュゴォォッという

音が響き、ドワーフほどではないにせよ、逞しい体躯をした人間属の職人

たちが、火花を散らしてハンマーを振るっていた。


 その音は、地球の鍛冶場のような重厚なリズムではなく、魔法のエネルギー

が爆発するような、高周波の破裂音が複雑にレイヤーされた不協和音だった。


 だが、石黒の目は、その熱気の中に潜む「非合理」を鋭く見抜いていた。


「……ひどいな」


 石黒は、ある工房の店先に並べられた「高級魔導剣」を手に取り、

無造作に眺めた。


「おい、よそ者! そいつは銀流鋼を三日三晩、

 精霊の炎で叩き上げた名品だ。

 素人が気安く触るんじゃねえ!」

奥から、煤で汚れた髭面の職人が怒鳴り声を上げて飛んでくる。


 石黒は翻訳機を介し、流暢かつ冷徹なアトラン語で即座に切り返した。


「精霊の炎か。精神論としては立派だが、

 冶金学的には三流だ。

 この剣、表面に魔法陣を刻印することに固執しすぎて、

 素材内部の炭素含有量が均一じゃない。

 急冷のタイミングも早すぎる。

 これでは魔力を流した瞬間に熱膨張の差で

 内部からクラックが入るぞ」


「……あ、あんた、何を言ってやがる!?」

職人が絶句する。

 石黒の言葉は、この世界の「常識」である魔法の理論を完全に無視し、

物質そのものの欠陥を指摘していた。


「井口、見ろ。この区画の連中は、魔法という万能の

『接着剤』に頼りすぎている。

 素材の性質を理解せず、無理やり魔法で強度を

 補っているだけだ。

 それは科学ではなく、ただの継ぎ接ぎだ」

石黒は剣を棚に戻すと、周囲を見渡した。


 彼が探しているのは、そんな「伝統という名の停滞」に浸っている職人ではない。

 この世界の物理的限界に突き当たり、絶望している変人だ。


 ふと、工房区の最果て、煤煙が最も濃く、他の工房から疎まれるようにして

建っている、傾いた小さな工房が石黒の目に留まった。

 そこには看板すらなく、ただ入り口の脇に、ボロボロに朽ち果てた

「金属の残骸」が山積みにされている。


 石黒は、その山の中から一つの破片を拾い上げた。

 それは、魔法によって加工された形跡がないにもかかわらず、驚異的な精度で

表面が研磨され、複雑な多層構造を持っていた。

 指先で触れると、冷たく、そして指紋の溝さえも拒絶するような、圧倒的な

「滑らかさ」があった。


「……ほう。この世界の住人にしては、

 珍しく『物理』と対話しようとした形跡があるな」


 石黒の漆黒の瞳に、今日初めて、知的な興味の色が灯った。


「井口、ここだ。このゴミの山を作った主こそが、

 俺たちのパトロンへの最短距離になるだろう」


「え、ここっすか? 幽霊屋敷みたいですけど……。

 あ、ミャオミャオ、ルルル、危ないから俺の後ろに隠れて……!」


 石黒は返事も待たず、油の染みた重い木の扉を、迷いなく押し開けた。


 薄暗い工房の奥、一つの微かなランプの光の下で、一人の男がうなだれる

ようにして、巨大な「何か」の前に座り込んでいた。

 男は、かつては銀髪だったであろうが、今は煤と白髪が混じり合った、

ボサボサの頭を抱えていた。

 作業着はボロボロで、あちこちが魔法の炎で焼けた跡がある。

 彼が座り込んでいる前に鎮座しているのは、体長三メートルほどの、

奇怪な金属塊だった。

 それは、複数の魔石が不規則に埋め込まれ、複雑な銅管がのたうち回り、

巨大な歯車が歪に噛み合っている、蒸気機関と魔導具を悪夢合体させたような、

歪な構造物だった。


「……誰だ、勝手に入るな。ここはもう、店じまいだ」


 男は顔を上げずに、掠れた声で言った。

翻訳機は、その声に深い絶望と、周囲への静かな拒絶を読み取っていた。


「店じまい? 立派な『鉄の粗大ゴミ』を前にして、

 随分と気の早いことだな」


 石黒は工房の中央へと歩み寄り、その金属塊の前に立った。


「……何だと? 貴様、よそ者のくせに、

 俺の『魔導蒸気エンジン』を侮辱するか!」

男が跳ねるように立ち上がった。

 煤けた顔の下から、琥珀色の瞳が怒りに燃えている。


「侮辱? いや、事実を言ったまでだ。

 井口、これを見ろ。このエネルギー変換効率の悪さ。

 魔法陣で熱を発生させ、その熱で水を沸騰させ、

 蒸気圧でピストンを動かす……。

 なぜダイレクトに魔力を運動エネルギーに変換しよう

 としない? 二度のエネルギー変換を経るたびに、

 カルノーサイクルの呪いによって、

 膨大な熱損失が生まれている」


「カルノー……? 何をわけのわからないことを!

 俺は、魔法を使えない者でも扱える、

 新しい動力源を作りたいんだ!

  魔法陣の形も、蒸気圧の制御も、完璧なはずだ!

 なのに……なのに、なぜ動かない!」

男は金属塊を殴りつけ、拳から血を流した。


「完璧? 冗談だろ。科学の視点から見れば、

 これは欠陥のデパートだ」


 石黒はタブレットのカメラを金属塊に向け、解析を開始した。


「井口、ミャオミャオ、ルルル。耳を澄ませろ。

 この金属塊が上げている、断末魔の声を」


 石黒が指を鳴らすと、工房の奥から、ガラン、カラン、という、

何かが噛み合っていない、不快な金属音が響いた。


「まず、歯車の精度だ。

 この世界には『公差』という概念がないのか?

 歯車の歯がわずかに歪んでいる。

 これでは魔力が伝達される瞬間に、回転エネルギーが

 すべて振動と熱に変換され、歯車自体が砕け散る。

 そして、この銅管。

 蒸気圧を高めようとして、魔法陣で無理やり加熱して

 いるが、素材の耐圧限界を超えている。

 これでは、エンジンが動く前に、工房ごと吹き飛ぶぞ。

 極めつけは、この魔石の配置だ。

 複数の魔石の磁場が干渉し合い、魔力の流れが渦を

 巻いている。

 これでは、エネルギーが内部で相殺され、出力はゼロだ」

石黒は、男が一生をかけて築き上げてきたであろう夢を、論理の暴力を以て、

一つ残らず木端微塵に粉砕していった。


「……あ、ああ……」


 男は、その場に崩れ落ちた。彼の琥珀色の瞳から、最後の光が消えようとしていた。


「……だが。このゴミの山の中に、一つだけ、俺の興味を引くものがあった」


 石黒は、男の前にしゃがみ込み、彼の煤けた手を掴んだ。


「お前、魔法陣を刻印する際、ハンマーの打撃の

『周波数』を、魔石の固有振動数と同期させようとしただろう」


「……え?」

男が顔を上げた。


「この銅管の表面、微かに残っている打撃痕のパターン。

 それは魔法の理論ではなく、

 物理的な『共鳴』の法則に従っている。

 魔法が使えないお前が、必死になって物質の

 物理的特性と対話しようとした、

 その足掻きだけは、評価してやる」


 石黒は立ち上がり、男を見下ろした。


「俺の名は石黒賢治。科学者だ。

 お前のその『錆びた夢』、俺が科学の力で、

 本物の『歪な歯車』に変えてやる」


 うなだれる職人の男。その背後に鎮座する、欠陥だらけの巨大な魔導蒸気エンジン。

 薄暗い工房の中、石黒の漆黒の瞳と、タブレットの青白い光だけが、不気味に、

しかし確かな意志を持って輝いていた。

もしよろしければブックマークや評価☆☆☆☆☆などで応援をお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ