桜ノ宮桜真と水曜日の夜
◆瀧山視点◆
ーーー水曜日の夜。
桜真が僕の部屋にやってきた。木曜に戻ると聞いたけど、早まったらしい。
「随分、学園を離れていたね。」
リビングのソファに座る桜真に紅茶を出しながら言う。
「退屈はしてないんじゃない?」
桜真がぱさりと校内新聞をローテーブルに乗せた。例の風紀VS生徒会の号外だ。僕は不快に眉を顰める。
「楽しそうじゃないか。」
桜真は唇に微笑を浮かべて言った。
「これが噂の眠り姫ね・・・。」
「とんだジャジャ馬だ。この僕を金髪変態男と呼んでる。」
「アハハ!それはいいね。」
桜真は声に出して笑った。そして、猛禽類のように瞳を細めて、眠り姫の写真を見つめた。
「・・・面白い駒になりそうだね。」
僕は片眉をくいと上げて言った。
「僕が調教する。手を出さないでくれるかな。」
「ああ。君の好みっぽいね。綺麗で、生意気なの。」
桜真は紅茶を一口飲み、「さてと。」と、立ち上がって黒いボサボサのウィッグを手にした。
「・・・よくそんな格好ができるね。僕なら耐えられない。」
「そう?面白いよ。外見だけで態度が変わる馬鹿をからかうのは。」
ウィッグを被り、分厚いメガネをかけて桜真が笑った。
「コミュ障の王子サマのところに行かなきゃ。彼も眠り姫に夢中みたいだね。」
「・・・西大路もね。コンビニで眠り姫にキスしたらしいし。」
桜真は笑みを引っ込めて
「眠り姫を調教するならさっさとして。でなきゃ僕が貰う。」
くるりと踵を返し、部屋を出て行った。
「・・・。」
桜真も僕も人を操るのが好きだ。歪んでる。桜真の残酷さも、歪みも理解できた。
ただ、桜真の西大路に対する感情だけは、未だに理解ができなかった。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
◆南方視点◆
スマホを見ると千尋から俺を心配するメールがきていた。
「・・・。」
一度も返信していない。
あの日、高槻に言われた言葉を思い出す。
ーーーお前も生徒会の人間なら自分の影響力を考えろ。千尋に近付くな!
その通りだと思った。瀧山の親衛隊が陰で制裁を行っていると聞く。俺の親衛隊の子たちは、そんなことしないと信じたいけど・・・
人間は変わる。良くも・・・悪くもなる。
それに・・・千尋に知られてしまった。生徒会の人間だって。
その時、スマホの着信音が鳴った。桜真からの電話だ。
「桜真!」
『蓮。今、部屋の前にいるんだ。開けてくれる?』
俺は急いで玄関に向かい、ドアを開けた。
「ただいま。蓮。」
「桜真!」
桜真はニッコリ笑って部屋に入ってきた。俺はぎゅっと桜真を抱きしめる。
「会いたかった。」
「僕もだよ。」
桜真の手が俺の背中をポンポンと優しく叩いた。
桜真は俺の手を引いて、部屋の奥へと歩いた。リビングのソファに座るよう促される。
「蓮。大変だったみたいだね。」
目の前に校内新聞を差し出された。
「・・・ッ!」
千尋を肩に担いだ高槻と俺の写真が大きく掲載されている。
「この有栖川君て子とは知り合いなの?」
桜真は俺の隣に座って聞いた。
「・・・朝、散歩に出かけたときに出会って・・・。」
俺は桜真に全部話した。桜真は静かに聞いている。何を聞いても桜真は揺らがない。まるで興味が無いかのように感じることもある。
でも静かで・・・落ち着く。
「そうなんだ。かわいそうにね。有栖川君にはもう会えないね。」
「え・・・。」
桜真は俺の手をそっと握って、静かに話した。
「彼、高槻先輩の同室者でしょう。風紀と生徒会は揉めているから、きっと有栖川君は蓮の悪い話をたくさん聞くよ。」
「そんな、俺はなにも・・・ッ!」
「うん。だからだよ。狡い人間はね、行動が早いんだ。高槻先輩は生徒会を嫌ってるんでしょう。蓮は優しいから。悪役にされてしまうよ。」
「桜真・・・でも、千尋は悪口なんて信じない子だ。あの子はいい子で・・・」
「高槻先輩は厳しいし、時には暴力も辞さない強引なところがあるって聞いたよ。もし有栖川君が高槻先輩に言い返しでもしたら・・・有栖川君が辛い目に合うかもしれないね。」
「そんな・・・!」
「それに、こんな新聞に載せられて。有栖川君は怖がってるかも。君の親衛隊からの制裁を。」
「俺の親衛隊は制裁なんか・・・!」
「うん。全部『もしも』の話だよ。でも、ゼロじゃない。親衛隊の制裁も。高槻先輩の体罰も。」
「そんなこと・・・。」
桜真は俺の頬に手を添えて言った。
「だから、蓮はもう有栖川君には会わない方がいい。有栖川君の為だし、蓮も傷付かないで済む。」
桜真が俺の頭を引き寄せて、自分の肩に乗せた。
「大丈夫。僕がいるよ。僕は変わらないし、側にいるよ。」
「桜真・・・。」
俺の不安を宥めるように、桜真が冷たい指で優しく俺の髪を撫でた。
「僕がいるよ。大丈夫だよ。蓮。」
桜真の静かな声に、気持ちが落ち着いてゆく。
冬の湖の薄い氷のように。不安定だった感情が、つめたく冷えていく。
「桜真。」
俺静かに目を閉じて、桜真の言葉を受け入れた。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
◆桜ノ宮視点◆
蓮の部屋を出て、自分の部屋へ帰る。
随分、有栖川千尋に懐いたもんだ。千里も興味を持っている。
「・・・。」
エレベーターに乗り、手に持った新聞に視線を移す。
ひと月前か・・・保健室で会った少年だ。あの時よりも髪が短くなって、もっと美少年らしくなっている。
あの日、授業をサボって保健室に行き、鬱陶しい鬘とメガネを取った。保険医はいつも保健室にいないので、少し息抜きをしようと思ったら先客がいた。
随分綺麗な顔をした少年だった。透き通るような白い頬に、薄く色付いた唇。漆黒の艶やかな黒髪。
柄にも無く見惚れてしまった。
まるで死んでいるかのような、陶磁器でできた人形のような様子に、そっと近付いて、息をしているのか確かめた。
かざした指先に僅かにかかる吐息。
あまりにも浅い寝息に、今度は顔を寄せて確認した。
ーーーああ。息してる。
そう思った時には、無意識に口付けていた。この死体のように眠る少年の、浅い吐息を奪ってみたかった。
少年は驚いて目覚め、僕の舌に噛み付いて逃げて行った。
その後、しばらく学園を離れていたから、それっきりだったが・・・。
あれが眠り姫だったのか。
正宗も眠り姫にキスしたらしいが、最初に眠り姫をキスで目覚めさせたのは自分だ。
厄介な方向に向かうか、面白い方向に向かうか・・・。
エレベーターが目的の階に着いた。僕は自分の部屋へと歩いた。ドアを開けて部屋に入る。
「ただいま。平野君。」
リビングにいた同室者の平凡君に声をかけた。
「あっ!お、おかえり。桜ノ宮くん。」
あからさまに引きつった顔になる平野を内心笑いながら聞いた。
「寂しかった?」
「え、いや・・大丈夫だったよ。」
「僕がいない方がいいの?」
「そ、そうゆう訳じゃ・・・。」
本当に、人が良いんだから。もし僕が平野の立場なら、こんな鬱陶しい同室者は完全にシカトしている。
「明日、正宗や千里達と久しぶりにランチ食べるんだ。平野君も一緒にね。」
「えっ・・僕は・・っ」
「約束だよ。」
そう言って、にっこり笑って自室に戻った。平野が断わりたげに見ていたが、無視をして。
自室に入り鍵をかけて、鬘とメガネを外す。千里にメールをした。
『明日のランチ。平凡君を連れて行くから、君の親衛隊長煽っといて。』
千里の親衛隊長は嫉妬深くて陰湿だ。平野が千里目当てで、僕にくっついて来てると思い込ませている。
だから、平野に嫌がらせを続けていた。じっと耐えている平野を見るのは面白かった。
ーーー眠り姫の方は、どうしようか?
僕はベッドに横になり、目を閉じた。




