千尋とナウシカ兄さんと絆創膏
「また今度、ちゃんと口説かせて。」
そう言って、会計は去って行った。
「絶対に断る・・っ!」
心臓がバクバクいってる。全力疾走したからだけじゃない。
ーーーこ、怖かった。
高槻先輩に言われた通り、この体は非力だ。山田太郎とは違う。
山田の時は社会人フットサルチームにも参加してたし、そこそこ筋肉はあった。
身長も183センチあったし、彼女もいた。(浮気されたけど)
有栖川千尋みたいな美形じゃなかったけど、雰囲気でイケメンっぽく努力してた。
そんなにモテなかったけど・・・。
「なんで・・・なんだってんだ・・くそっ!」
俺はバクバクいってる胸を押さえて、壁にもたれた。
悔しい。
情けない。
俺は教室に戻る気になれなくて、校舎を出た。
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授業中だから、誰もいない寮への道をトボトボ歩いてると
「あ・・・。」
遠目にナウシカ兄さんが歩いてるのが見えた。
ナウシカ兄さんもサボりか。てゆうか生徒会書記なんだっけ。
名前なんだっけ・・・忘れた。
俺は関わりたくなくて、くるりと踵を返してコンビニに向かって歩いた。
トボトボ歩いてたら、ポンと肩に手を置かれて、ビクッとして振り返ったらナウシカ兄さんだ。
走ったのか、少し息が上がってる。
「あの。今ちょっとアレなんで、ほっといてもらえますか。」
そう言うと、少し眉を顰めて俺の手を引いた。
「ちょっと!」
ナウシカ兄さんはコンビニの前で俺を待たせて、何か買って出てきた。
そして俺の手を引いて歩き出す。
「・・・。」
俺は溜め息を吐いて、大人しくついてった。
委員長に怒られそ。でも、なんでだろう。
あんなことがあったばっかりなのに、同じ生徒会のナウシカ兄さんについてくなんて。
ちょっとバカになってんのかな。
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ナウシカ兄さんは林の小道にあるベンチに座らせた。
ガサガサとコンビニ袋から甘い紅茶とブラックコーヒーのペットボトルを出して、両方差し出す。
ーーー選べってことか。
俺は甘い紅茶を取った。カシッと開けて、一口飲む。
ナウシカ兄さんはコーヒーを飲んだ。
ーーーすごい静かだ。
ナウシカ兄さんは何にも聞いてこない。
これが美村や高槻先輩や委員長だったら「千尋!姫!アリスちゃん!どうしたッ!?」って、怒涛の質問責めになっただろうな。
正直、何も聞かないでいてくれるの。ありがたい。
しばらく無言で紅茶を飲んで、2人でぼんやりしていた。
サワサワと初夏の風が緑の葉を揺らす。
時々、小鳥のさえずりが聞こえた。
ナウシカ兄さんは息をするのも静かだ。
「・・・ありがとう。落ち着いた。」俺はぽそっとお礼を言った。
「・・・静かな場所にいると落ち着く。」
「・・・そうだね。」
ナウシカ兄さんはコンビニ袋からまた何か出した。
絆創膏?
自分の首を指先でトンっと指して
「君、それ・・・隠した方がいい。」
「?・・・あ!」
俺はバッと首を隠した。さっき、あの変態会計に首に吸い付かれた。
キスマークつけやがったのか!!
俺は情けないやら、恥ずかしいやらで、青くなったり赤くなったりした。
ナウシカ兄さんは黙々と絆創膏の箱を開けて一枚出した。
「右、向いて。」
「・・・。」
俺の左の首筋に絆創膏を貼った。
ーーーああ。情けない。
ナウシカ兄さんは何も言わず、コンビニ袋から今度はチョコを出した。
スニッカーズの小さいやつだ。それとクマのグミの小袋も出して、俺の膝の上に乗せた。
俺はちょっとおかしくなって、思わず笑ってしまう。
「ナウシカ兄さん、他に何買ったの?」
「ナウシカ兄さん?」
いっけね。心の声が出た。
「ごめんなさい。名前知らなかったから。リスが肩に乗ってたの、ナウシカみたいで。」
兄さんはどこかほっとしたように笑った。
相変わらず、王子さまスマイルだった。
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◆南方視点◆
「ナウシカ兄さん?」
有栖川千尋にそう呼ばれて。ちょっとびっくりしたけど、少しホッとした。
俺のこと知らないんだ。この子は。
ナウシカみたいって・・・ちょっと笑ってしまう。
さっきはすごく辛そうな顔をしていた。首筋のキスマークを見たときは、密かに動揺した。
千尋から伝わってくるのは「悔しい」と「怖い」って感情だ。
この子にそんなの似合わないのに。
俺が甘いお菓子を膝に乗せたら、ニコっと笑った。
俺もつられて笑う。うん。この子は笑った方がいい。
「れん。」
「え?」
「蓮でいいよ。」
「蓮先輩?」
「ただの蓮でいい。」
「ありがとう。蓮。」
穏やかな時間が流れた。他人と一緒にいるのは好きじゃないけど、千尋といると心地がいい。
桜真とも違う。
桜真は冬の静かな夜の心地良さだ。
重くなってしまう思考をクリアにしてくれる。
千尋は春の陽だまりの穏やかさだ。笑うと初夏の風のように、心の曇りを流してくれる。
「あ!」
千尋がポケットから出したスマホを見た。着信があったみたいだ。
「俺、行かなくちゃ。」
少し寂しく感じる。もう少し、一緒にいたい。
「・・・また。」
「うん。あ、俺。朝のウォーキング行けなくなっちゃって。」
「・・・え。」
「でも、リス見たいから。時々こっそり行くね。」
千尋はふわっと笑った。




