御影と瀧山
ええい。服は後だ!
俺はマッパに腰にタオル巻いただけでシャワールームを飛び出した。
「うわっ!!」
「おっと。」
飛び出してすぐ誰かとぶつかった。
倒れる前に太い腕に、がっしりと支えられた。
「お前。なんちゅう格好して・・・何があった!?」
「い、委員長。」
俺はホッとして、委員長のTシャツをキュッと掴んだ。
俺の慌てまくった顔を見て、委員長が目を鋭くさせて聞いた。
「なんか、金髪の変な奴が・・・」
「下がってろ。」
そう言って、委員長はシャワールームに入って行った。
た、頼もしい!
情け無いけど、大きな委員長の背中がすごく頼もしく見えた。
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◆御影視点◆
トレーニングルームを覗くと姫がいない。
あいつ・・・まさか勝手に帰ったのか。
ロッカールームを見ると、姫の荷物を入れたロッカーはまだ使用中だ。
シャワーか?
俺はロッカールームの隣のシャワールームへ歩いて行くと・・・
「うわっ!」
飛び出してきた姫とぶつかった。
「・・・何があった!?」
辛うじて腰にタオルを巻いているが、濡れた裸同然だ。
くそっ!目を離すんじゃなかった!
「金髪の変なやつが・・・」
「下がってろ。」
俺はシャワールームのドアを開けて中に入った。
奥に裸の男がうずくまっている。
「・・・おい。てめぇ、何やってる。ゆっくりと立て。」
男の肩がピクリと揺れ、ゆっくりと立ち上がった。
「風紀委員長が何の用です。」
「瀧山!」
最悪の奴だ。
「被害者は僕の方ですよ。なんなんですか、あの乱暴な生徒は?」
瀧山は俺を冷たい目で一別し、タオルで御座なりに体を拭き、服を着始めた。
「てめぇがセクハラしたんじゃねぇのか?」
「まさか。名前を聞いただけです。勝手に暴れて逃げてったんですよ。」
秀麗な片眉をクイと上げて言った。相変わらずムカつく野郎だ。
「どいてください。」
「・・・。」
証拠も無いし、こいつ相手じゃ分が悪い。
俺は瀧山を睨みながら下がった。
瀧山がドアを開けると
「ぎゃあ!」
毛虫でも見たみたいな悲鳴が聞こえた。
しまった!姫がいたんだった。
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◆瀧山視点◆
「ぎゃあ!」
僕は驚いた。この学園で自分に対してこんな声を上げる人間がいるとは。
さっきの生徒だ。
ここ数日、桜真に会えなくてイラついていた。
気晴らしに体を動かし、いくらかスッキリしてシャワーを浴びていたら、あのひどい鼻歌だ。
僕の機嫌は、また急激に落下した。
シャワールームのドアを開けて、鼻歌を止めさせた。
華奢で白い背中をしている。どんな顔をしているのだろう。
親衛隊に命じて、気晴らしに嫌がらせでもやらせるか。
ーーーだが、その生徒の顔を見て、息を呑んだ。
潤んだ黒い瞳に長い睫毛。
赤く色付いた唇。下唇はふっくらしていて、噛めば気持ち良さそうだ。
濡れた黒髪が頬に張り付き、怯えた表情がそそった。
「あの。もう行きます。すみませんでした。」
逃げようとするのを、腕を掴んで引き寄せた。
必死に、でも弱い力でもがく様子にまたそそられる。
ーーーこの少年を虐めて、泣かせれば、どれだけ可愛いだろうか。
「離せよっ!」
暴れた拍子にタオルが落ち、少年の裸体が露わになる。
「っ!!」
ーーー華奢な胸に、醜く引き攣れた傷痕。
ゾクゾクとして、下肢が反応しそうになった時・・・
「死ね!変態!」
股間を思い切り蹴られた。
「うぐっ!」
僕は思わず蹲った。
ーーーこの僕に。よくも・・・。
あの少年を必ず追い詰めて、捕まえてやろう。
そんなことを考えていると、風紀委員長が入ってきた。
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◆千尋視点◆
「委員長!こいつっ!変態セクハラ男ですよ!」
俺は慌てて、委員長を呼んだ。
「君。いい度胸してるね。」
「えっ?」
委員長が慌てて出てきた。俺を庇うように、間に立った。
「・・・瀧山。」
「だから、名前とクラスを聞いただけなのに、その子に蹴られたんですよ。君、そうでしょう?」
「え?・・あ。」
そう言われてみればそうかも。
でも、めっちゃ怖かった。
委員長はそんな俺とそいつを見て
「瀧山。さっさと出て行け。次は無いと思え。」
「怖い。怖い。族潰しは品が無いね。」
そいつは小馬鹿にしたように笑って、俺と委員長の横を通り抜けた。
すれ違いざまに
「また会おう。ジャジャ馬君。」
低く囁かれた。
◆瀧山視点◆
ーーーへぇ。あの御影が珍しい。
御影が少年を庇うようにして立った。本気で僕を牽制している。
御影はいつでもどこか人をおちょくったような態度だが、今は真顔で少年を守るようにして立っている。
ますます少年に興味が湧いた。
『品のある優等生でちょっとだけ腹黒いがそれも魅力的。』
そんな僕の完璧な仮面の裏の顔を見抜いているのは、この御影とーーー桜真くらいだ。
『抑圧は歪みを生む。』
『どうゆう意味?』
『完璧に演じているつもりでも、いつか破綻してしまうよ。
質の良い桐箪笥はね、気密に作られていて、上段の引出しを入れると下段の引出しが少し開くんだ。』
桜真は薄く笑って言った。
『そんなふうに逃げ道が必要だと思うよ。
・・・ほんの少しだけ、気持ちの良いコトを、残酷なコトをするといいんだよ。』
桜真の言葉は毒だ。
彼は人を操るのに長けている。だが、分かった上で僕は乗った。
彼は、僕と同じ部類の人間だ。
一緒にいると心地がいい。本性を隠す必要が無いから。
桜真が学園を離れている間、僕は苛立ち、退屈だったが・・・
目の前のこの美しい少年は最初から嫌悪感たっぷりの表情で僕を見ていた。
ーーー面白い。
「また会おう。ジャジャ馬君。」
そう囁いて、その場を立ち去った。