千尋とナウシカ兄さんと高槻先輩
俺の毎朝のウォーキングは高槻先輩に全くバレなかったので、順調に続いていた。
委員長にも気付かれなかった。
言ってないだけで、嘘はついてないもんね。
毎朝、あの大きな木の下でリスにクッキーをあげてるナウシカ兄さんを見かけた。
俺はちょっと離れてリスの超可愛い食事風景をニマニマ眺めて、ぺこりとお辞儀をして立ち去る。
ナウシカ兄さんとは一言も話したことなかったけど、ある朝ーーー
「?」
俺を見たナウシカ兄さんが、おいでおいでと手招きした。
ナウシカ兄さんの隣にそっと近寄ると、手にしたクッキーを俺に渡した。
ナウシカ兄さんを見上げると、コクコク頷いてる。
俺はクッキーを2つに割って、リスに差し出してみた。
リスはちょっと警戒してたけど、フンフン鼻をならして俺の手からクッキーを食べた。
ーーーおおお!なんだこの可愛い生き物は!!
俺は嬉しくなってナウシカ兄さんを見上げた。
ナウシカ兄さんはにっこり微笑んでた。うお、めっちゃ王子様だ。
近くで見ると目の色が茶色い。てゆうか、薄茶の透き通ったガラスみたいだ。
いつも無表情だったけど、笑うとイケメン度がアップだ。
隣に立って気付いたけど、こいつもやたら背が高い。むかつくわぁ。
もう半分のクッキーも食べて、リスがサササーっと木を登って去っていった。
あ~あ。行っちゃったぁ。
しばらくぼんやりと、俺とナウシカ兄さんは木を見上げてた。
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気付けば、ナウシカ兄さんは俺をジーッと見てた。
ーーー?
なんだろ?
俺は、あっと腕時計を見る。そろそろ行かなきゃ。高槻先輩が起きちゃう。
俺はぺこりとお辞儀して、行こうとして腕を掴まれた。
「?」
「・・・名前。」
あ。俺の名前?
「有栖川です。」
「・・・。」
あ。下もか。
「千尋です。有栖川千尋。」
ナウシカ兄さんは俺をまだ見てる。
「俺、そろそろ行かなきゃ。」
掴んでいた腕が、そっと離れた。
「ありがとうね。」
リスに癒されたお礼を言って歩き出した。
ナウシカ兄さんはまだ何か言いたげだったけど、ほんとに急がなきゃ。
俺は足早に寮に向かった。
エントランスを抜けて、急いで部屋へ戻る。
そっとドアを開けて部屋へ入った。よかった。セーフだ。
ホッとしたのも束の間・・・
ゴパァーっとトイレの水の流れる音がして、高槻先輩が出てきた。
「千尋?」
「お、おはようございます。高槻先輩。」
寝起きだよな。バレてない。バレてない。
高槻先輩が眉を顰めた。
「その格好はなんだ?どこへ行っていた?」
ダメだこりゃ。バレた!
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「えっと。ちょっとウォーキングに・・・」
「一人でか?」
高槻先輩の顔が剣呑な表情になる。
「朝だし、大丈夫ですよ。」
「・・・千尋。」
高槻先輩が低い声で呼んだ。思わずビクッとしてしまう。
なにビビってんだ。相手は高校生だぞ。
「体力つけたいし、ちょっとずつ体鍛えたいんで。」
「鍛える必要なんかないだろう。」
「でも・・・。」
「俺が守ってやる。」
これ、女子だったら「きゃー素敵!抱いて!」なんだろうけど、俺は男だ。
守ってもらう必要なんかない。
「・・・それが、やなんですよ。」
「何?」
「両手に風紀でご登校とか。俺は男なんですよ。守ってもらう必要なんかないです。」
高槻先輩が俺の両手首を掴んで引き寄せた。
「あっ。」
「千尋。委員長からも制裁の話は聞いただろう。一人で行動するんじゃない。」
「だから、気にしすぎですってば。」
高槻先輩の手を離そうともがくが、ビクともしない。
「離してください。」
「振りほどいてみろ。」
「えっ?」
高槻先輩が今まで見たことないような、強い視線で俺を見ていた。
「ほら。俺はたいして力を入れていないぞ。自分で振りほどいてみろ。」
「・・・っ!」
俺は必死で腕を引いてみたが、ビクともしない。
「んっ!・・・も、いい加減に・・あ!」
壁に押し付けられ、両手首を引き上げられた。
「こうされたら逃げられないだろうが。」
「・・・高槻先輩!」
壁と高槻先輩にサンドイッチされて、両手首を押さえつけられて、俺は身動きが取れなくなった。
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「や、だっ!離せっ!」
高槻先輩の体がぴったりと密着してきた。
「守られる必要は無いんだろう。自分で逃げてみせろ。」
「このっ・・・!!」
俺は必死でもがくが、高槻先輩はビクともしない。
スウェット越しに、高槻先輩の鍛えられた胸板とか腹筋の硬さを感じる。
ーーー俺とは全然違う。この有栖川千尋の肉体とは。
俺は悔しくなって唇を噛んだ。
「千尋。お前は非力だ。」
その言葉にビクリとしてしまう。
「俺一人でも簡単に押さえこめる。これが複数だとどうなる?お前の力ではどうすることもできないんだぞ。」
「・・・そんなの。」
知らず声が震えた。
俺だって、好きでこの体になったんじゃない。
トンデモ手術は意識の無いうちに行われていた。
目覚めた時、俺の本当の体はとっくに火葬されていた。
俺は親とも兄弟とも会わないまま、山田太郎の葬式は終わり、皆とのお別れは済んでいた。
望んだ訳じゃない。
だけど、いじけて腐っていたって無意味じゃないか。本物の有栖川千尋が浮かばれない。
そう思って前向きにやってるのに・・・。
悔しいやら、情け無いやらで・・・
いかん。泣けてきた。
「!!」
気付いた高槻先輩が拘束を解いた。
「どうせ・・・どうせ非力だよ!でも好きでこうなったんじゃない!」
ポロっと涙が零れた。
ああ、情け無い。泣いちまった。
「千尋!」
高槻先輩がぎゅっと俺を抱き締めてきた。
「やだって、離せってば!」
高槻先輩の腕の中でもがくが、力では叶わず逃げられない。
「悪かった。だが、分かってくれ。お前が心配なだけだ。」
そう言って、高槻先輩は強く俺を抱き締めた。
涙腺がバカになったのか、目から涙がポロポロ零れた。
「・・・俺じゃない。こんなの俺じゃない。」
腕の中から離してくれないから、高槻先輩のスウェットを掴んで、縋るようにして、泣いた。
「俺にお前を守らせてくれ。千尋。」
真摯な声で、高槻先輩が絞り出すように告げた。




