5話:視線と彼
あげるの忘れてました。ごめん
三十分くらいだろうか。部屋で待機を続けていたら、扉が開き、フライヤさんとフォニーさんが戻ってきた。
「お待たせいたしました。ナナセ様、ダイラ様。謁見の準備が整いました」
大良との話を中断し、フライヤさんのほうへ顔を向ける。腰かけていたベッドから立ち上がって、そばにあったスリッパを履いた。隣の大良も腰をあげる。
「すみません! 服装ってこのままでいいの? 王様に会うんですよね?」
「構いませんよ~~。転移者の方々へのれいふ……正装みたいなものですから」
フォニーさんが大良の問いに返答する。言い直したのが気になるけれど。
言い直してからちょっとたじろいでいた。非常にわかりやすい。この様子だと、彼女の嘘は私でも見抜けそうだ。
れいふ——礼服? わざわざ言葉を変える必要があっただろうか。
「ともかく、ご案内しますのでついてきてください」
違和感を覚えるけれど、話は進んでいく。フライヤさんに促されて部屋を出た。気にしないことにして、大良と一緒についていく。
部屋を出た先で、私はまた圧倒された。
天井は高く、部屋の中とは違った模様やラインが刻まれている。センスはわからないけれど、素人目でも豪華でおしゃれだということだけはひしひしと感じられた。空間が広い分圧迫感がなくて、大きな窓から等間隔に差し込む光も荘厳な雰囲気を醸し出している。そんな廊下は奥へ長く続いていた。
「はえ~~すご……」
「ほんとにお城って感じだよね~!」
実際とんでもないインパクトだ。こんな建物の中を歩くなんて夢にも思わなかった。外観はわからないけれど、本当にここが王城なのだと再認識する。
意識すると、つまりじゃあ王様に会う実感も湧いてくるわけで。
そうしたらなんだか不安になってきた。国を治める偉い人ってイメージしかないけれど、だからこそいろいろ勝手に想像してしまって緊張してしまう。
「あ、七瀬緊張してるね~?」
「大良もでしょうが」
「それな。めっちゃ緊張する~~!」
歩いていると、ほかの人ともすれ違う。フライヤさんのようなメイド姿の女性に、甲冑をまとった騎士みたいな人とか、貴族衣装のようなジャケットをまとった人もいた。もちろん日本の現代衣服なんて着ている者はいない。私たちも今は違うけど。
たぶんこれからもここが異世界だということを嫌でも理解させられる。すれ違うたびにその新鮮さから、変に見つめ続けてしまっている気がしたので、途中から前だけを向いて歩くことにした。これが現代日本なら変質者扱いだっただろう。
でも、なんだろう——。
私の胸の中に、ざわざわとした違和感が残る。今すれ違った人々から、逆に気持ち悪い感覚がしたのだ。興味の無さから来る冷たさとかじゃなくて、なんというか、軽蔑とか見下すような、そんな攻撃性のある目線を感じた。
本当に感覚だけで、なぜそう感じたのかもわからない。気のせいかもしれない。
でも横を歩いていた大良も、気がつけば表情は硬く、前を向きながらも周囲を警戒しているようだった。私だけがそう感じたんじゃないのなら。
自然と、大良の手を握っていた。彼女も振りほどかずにそっと指を絡めてくれる。
先ほどの緊張とは違って、ぬぐい切れない不安で嫌な気持ちだった。大丈夫、大良となら、大丈夫。
廊下の奥を曲がって、階段を上る。上っている最中に聞こえてきた足音に私は目線を先へ向ける。誰かが下りてきていたみたいで、踊り場でちょうど相対した。
「お~~っす。フライヤ、フォニー。それに……って召喚者かい」
「お疲れ様です。テシモ様」
「あ、お父様~! 今日もご苦労様ですっ!」
「はは、いうて今日は暇人だっつーの」
フォニーさんにお父様と言われた男性。彼女との身長差は大きく、背の高いフライヤさんよりも大きい。甲冑をまとっているにはいるのだが、さっきまですれ違ったそういう鎧の人たちとはいで立ちがなんだか違う。シンプルな装いでありながら、彼が身に着ける鎧は華やかさも感じさせるものだった。
三十代か四十代か、少し彫りの入った顔つきだが、同時に精悍さも合わせもっている。たしかにその灰色の目と髪の色は、フォニーさんと同じ色だった。彼の金髪は彼女とは違って無造作にぼさついていたけど。
「召喚者と一緒っつーことは……もうこれから謁見か」
「そうですよ~! じゃあお父様は、もしかしてサボリですか?」
「ちげぇよ。あんな男だらけのむさ苦しいところにいたくねぇから、ちょっと外の空気をな」
「それサボリです!」
サボリじゃん。私もそう思った。隣を見ると大良が笑いをこらえている。別に警戒心が消えたわけじゃないけれど、親子の軽快なトークに少し心が和みはした。
「ほんで嬢ちゃんら、名前は?」
蚊帳の外で話を聞いていたのだけれど、鎧の男性——テシモだったか。彼は急にこちらを向いて、名を訊ねてきた。唐突に振られて、一瞬びくっとしてしまう。それにその目つきは、観察する者の目つきだ。
「笹野木 七瀬と言います」
「大良です! お願いします!」
心は少し身構えながら、でも名前を名乗る。大良も元気よく答えていた。
「ナナセちゃんに、ダイラちゃんか。やっぱ召喚者の名前は馴染みがねぇな。いい響きだとは思うが」
いい響き——そんなことを言われるとは思わなくて、ちょっとびっくりした。さっき、彼は確かに観察する眼差しをしていた。私たちを評するかのように、一挙手一投足を見逃さないような。
到底そんな目線を向けられたら、こちらだって警戒する。でも彼はそれ以上とくに何も言わず、しまいにはよろしくなと挨拶を交わしてきた。
ただ観察されただけなのだろうか。異世界からの召喚者として、見られただけ——?
たしかに先ほどすれ違った人たちとは違って、彼からは冷たさというか、攻撃性を感じない。もちろんさっきのそれだって気のせいだったかもしれないけれど、でも彼の態度はなんだか確実に違った。
「まあなら、戻るついでに俺が案内するわ」
「よろしいのですか? であればお願い致します」
「お父様、ありがとうございます~!」
「おう、てわけで、二人ともこっちだぜ」
警戒が拭えたわけじゃない。けれど、そう言われたら私たちとしては付いていくしかないわけで。
彼に促されて、そのまま後ろを追う。フライヤさんとフォニーさんは軽い会釈をして、踊り場から下りていった。
彼の背中は大きい。鎧も相まって威圧感があるけれど、すこし気だるげそうな歩みがなんだかアンバランスだった。
「えーっと……ナナセちゃんとダイラちゃん、だっけか」
大股の歩みに私たちは無言でついていってたのだけれど、ふとテシモさんが少しだけ振り返って話しかけてきた。もちろん前を歩いているから、すぐまた正面を向いてしまったけれど。
「俺からは特になんもいえねぇが……まあ、そうだな、諦めんなよ」
私たちが依然無言でいたら、彼はそのまま言葉を繋げた。
よくわからない言葉だった。最初は投げやりに適当を言われたのかとも思ったが、そういうつもりでもないようだった。優しさともなんとなく違う。同情というか、憐れみというか、そういうのが混じっているように感じた。
「——フォニーたちから聞いた限りでいい。この世界についてどう思う」
私たちが無言でいると、テシモさんが振り返らずに続けてそんなことを訊いてくる。気が付けば歩くペースは先ほどより遅く、前にいながらも話しやすい距離感になっていた。
どう思うか——。馴染みもないこの世界に——?
意図がわからなかった。率直に戦いたくないです、なんて言えばいいのだろうか。国とかどうでもいいです、なんて言ったら大変なことになりそうだけれど。だってわざわざ召喚した人を戦いに従事させようとしてる国なわけだし。
「う~~ん、なんか私たちに対して冷たい感じがしたんですけど。召喚したのそっちなのに」
返答に困っていたら、大良が口を開いた。不満げな意見として、彼女が感じたであろう素直な感想だった。けれどあまりにも飾らない言葉だったから、テシモさんが何を返してくるか、隣の私がむしろ身構えてしまう。
「あ、あと呼んどきながら戦って~てのも嫌です! そもそも戦えないです!」
テシモさんの返答を待つ前に、大良が言葉を重ねる。思った以上にずけずけいくなと感じたけれど、彼女も空気が読めない人間ではない。私でも感じられた、ほかの人たちとは違う雰囲気があったからこそ、素直に話したのかもしれない。
「嬢ちゃん、マジで正直すぎるだろ」
テシモさんの表情は見えないけれど、声は少し笑っていた。
「ま、そりゃそうだよなぁ。俺だって同じ立場なら嫌だね」
「……他人事ですね」
圧を感じない話しぶりだったから、私も彼の発言に口を返す。文句を垂れたみたいになっちゃったけれど。
「実際他人事だっつーの」
彼は軽く笑って受け流してくれた。その言葉に厭味ったらしさはない。ただただ、そういうものだと思ったことを言っただけのように感じる。
「嬢ちゃんら、仲いいんだろ?」
「まあ」
「親友です!」
依然歩きながらも、テシモさんの話はまだ続く。
「ならなおさらだ。何があっても諦めるな。自分のためでもいいが、隣にいるお友達のためにもな」
今度のテシモさんの声色は、なんだか優しかった。私たちを諭すようにも、激励してくれたようにも感じる。なんでそんなことを言ってくれるのだろう。
もしかしたら、ただ心配してくれただけなのかもしれない。私は自然と親友のほうを向いていた。彼女と目が合う。その目で大丈夫だよと語りかけてくれていた。
「よし、ここだぜ。ま、普通にしてれば大丈夫だからよ」
その後は会話は無く、ただ付いていく。少ししてテシモさんが一つの扉の前で立ち止まった。
サイドに警護なのかなんなのか、鎧の人が立っている。扉は木製だが、両開きで重厚感を感じさせる大きさだった。ほかの扉と全然違うデザインだから、この先は特別な場所なのだということを実感させられる。
また緊張がよみがえってきたけど、大良から今度は手を繋いでくれた。
うん、大丈夫——。
テシモさんが扉を開けて、私たちは続いて中に入った。




