6話:儀式と呪い
「シーズ王国騎士団副団長! テシモ・グランベリーです! 召喚者の二人をお連れしました」
テシモさんが声を張って名乗りをあげる。さっきまでの気だるげな雰囲気を一切感じさせない、はきはきとした態度。その声が反響し、部屋の中のざわつきが静まる。
扉の向こう側には、大勢の人たちがいた。奥へ伸びている赤い絨毯を挟むように、廊下ですれ違ったような、騎士っぽい人たちや貴族っぽい人たちがたくさん立ち並んでいる。
大理石だったか、白にマーブル模様が入った床や壁は、まさしく上品で厳かな雰囲気を作り出しており、天窓から差し込む光がそれらを一層幻想的に引き立てていた。
緊張感のある状況だった。人がたくさんいるのに静かで、すべての行動が目立ってしまうような。
それにやっぱり、この目線——。
廊下ですれ違いざまに何度も感じた感覚を、周りの人からも覚えた。少なくとも、歓迎されているとは感じられないような、そんな冷たい視線。そういうものと割り切るには、いささか人数が多くて背筋が凍る思いだった。
「前へ」
テシモさんの後ろ姿だけを見つめて、なるべく周りを見ないようにして。奥から低く、はっきりと響く声が聞こえても、私は緊張と冷や汗でガッチガチに固まってしまっていた。
「前へ。テシモは下がってよい」
「はっ! おい嬢ちゃんら、言われたまま前へ行きな」
その低い声がもう一度、同じ言葉を発する。有無を言わさぬその圧と、小声のテシモさんに促されてようやく体が動いた。
テシモさんの横を抜け、大良と一緒に一歩一歩、ゆっくりと絨毯の上を歩く。学校でもこんな大勢の人に注目された経験はない。平常を気取っても、内心穏やかでは全くない。横の大良を見やる余裕もなかった。
奥の数段高まったところに一台、大きな椅子が見える。重厚感のあるその椅子に座る人物がいて。なら状況からして、彼がこの国の。
大きい椅子なのに、それに座る彼の体はぴったりというか、むしろ少し大きい。宝石なのか、煌びやかに光る服の装飾が威厳を感じさせる。冠やマント、右手に持った杖など、身に着けているものからも、彼が国王なのだと私に理解させるには十分だった。
長い顎髭を携えた彫りの深い顔が、こちらをずっと向いている。王であろう彼の双眸にはひたすらに強い意思を感じた。その目が私たちに向けられているものだから、とにかく心臓が跳ね上がって、余計私はびくびくしていたけれど。
「そこで止まれ。その陣の中だ」
とりあえず言われたままに、前へ前へと歩いていっていた。ある程度のところで止まったほうがいいのかなとか、勝手に違う行動をとるのはよくないかなとか、真っ白な頭で考えていたら、国王の低い声音がまた響く。私たちはそのタイミングで止まった。
ちょうど部屋の中心だった。中央は絨毯が切れていて、大理石の床に文様が描かれている。正面を見据えたほうがいいのかも、なんて思うけれど、気になってちらちらと下を見てしまう。
文様の形は大良の頬にある印と同じだった。つまり私の頬にあるであろうものとも同じなのだろう。
いや、厳密には少し違う。確かに中央には私たちの頬と同じ印があるのだが、周りに更に装飾があった。なんというのだろうか、植物の枝のような、茎のような、そんな枝分かれした細い線が印の周囲を囲んでいる。その周りに更に二重の円があって、それの間にも読めないなにかが描かれていた。
陣と呼ばれたその文様の中に、私たち二人は佇む。でも同時に、陣の中で立ち止まった瞬間、すごい嫌な予感がした。
異世界に来てから、根拠のない予感ばっかりだ。でもどうしても感覚が拭い去れない。さっきよりも重たい不安感が、体にじとっと付きまとう。
周りの視線が怖い。動こうとしても足が縫い付けられたみたいで。
「ふむ……よし。ハウターよ、やれ」
「はっ! 魔導士、騎士団各位! ただいまより儀式を執行する!」
陣で佇んでいる私たちを見ながら、国王が言葉を投じた。
一瞬のことだった——。
周りにいた騎士の装いの人たちが、陣の外から私たちを囲ってくる。その背後で、なにか合唱するように、言葉を唱え始める人たちもいる。まるで国王の言葉を待っていたかのように、人々が陣形を組んで、私たちは陣の外から出られないようになった。騎士たちは槍を手に持っていて、それをこちらに向けている。
理解が追い付かなくて、ただ状況に混乱していた。けれど不安は当たっていたみたいで、何をされるかわからないけれど、でも攻撃的に何かを強制されるのだと、それだけは直感した。
「……七瀬。やばいって明らかに」
震える声で呟いた大良を、守るように抱きしめる。でも、武器を持った人たちのあいだを抜ける勇気はない。戦いを知らない私たちに抵抗する術もない。私たちは陣の中で、ただ動けず恐怖に震えていた。
詠唱だろうか、一定のリズムで淡々と響く大勢の言葉が部屋中に響いている。まるで呪いの言葉みたいで、聞いていて気持ちが悪い。それを止める術だって私たちにはない。
「うわなに!?」
ピカっと、視界が明滅し始めた。なんの光かと混乱するのも束の間、足元からそれが伸びているのに気がつく。陣の文様から溢れ出るように、光がどんどん強くなっていた。
私たちを包み込むような光量だった。視界は真っ白になって、何も見えない。大良を抱きしめる感触だけが残っていた。
警鐘を鳴らし続ける頭の中。なにかまずいことだけはわかる。でも思考はパニックに陥って、大良を抱きしめる体は動かない。
けれど——。
「七瀬!」
そこまで強くないけれど、しっかりとした圧力。彼女が抱きしめる手を除けて、私を押しのけたと気が付いたのは、倒れ込んだ後だった。真っ白だった視界が拓ける。倒れた勢いで、陣の外に上半身がはみ出たらしい。
「なにしてんの大良! ちょっと! 大丈夫!?」
彼女の突然の行動に理解が追い付かなくて、叫ぶように名前を呼ぶ。光のせいで姿が窺えない。けれど数秒して、強かった光がいきなり消えた。きづけば詠唱もなくなり、何事もなかったかのように、部屋には静けさが戻る。
そしてまた、大良も何事もなかったかのように、陣の中で佇んでいた。彼女がこちらを見て、語りかけてくる。
「ごめんね、七瀬! 押し倒しちゃって! 痛くない? 大丈夫?」
「大良……?」
いつものノリだった。普段のテンションのようでいて、だからこそおかしかった。
さっきまでの怯えた様子は感じられず、周りの状況を気に留めずにこちらを気遣う発言をした彼女。いつもなら絶対に有り得ないことだった。しかもなんだろうか、その言葉に形式だったものは感じられても、私を本当に心配しているようには何故か感じられなかった。
彼女の様子がおかしい——。
幼馴染だ。そう気付くには十分だった。
「大良に、なにしてんの……!!」
依然混乱している頭だったけれど、その頭に浮かんできた怒り。部屋に私の声が反響する。それに応じて、周りの人々がざわつき始めた。儀式は失敗か——なんて言葉が一瞬聞こえる。
当の大良はきょとんと首をかしげていた。状況が吞み込めていないような、でも普段の彼女ならやっぱりあり得ない仕草で。
「大良、ねえ、どうしちゃったの……? おかしいよ?」
立ち上がって、震える声で彼女に問う。彼女はこちらを見るが、やっぱりきょとんとした様子なのは変わらない。
「七瀬こそ、どうしたの? 私はいつも通りだよ?」
そんなわけがない——そう思っても、今の大良には届かない気がして、だから言葉に詰まってしまって、何も言えなかった。
「静粛に! 召喚者も言葉を慎め!」
動けなくて固まっていると、声をあげながら、囲んでいた兵の間を縫って、一人の人物が私たちの前に立った。先ほど王にハウターと呼ばれ、儀式を執行すると発言した男だった。
やや細身で背が高く、私たちを見下ろす視線が、なんだか冷ややかだった。大袈裟かもしれないが、私たちを人として見ていないような、そんな感じすら覚えてしまって。
「王の前だ、無駄な言葉は控えよ」
「はーい! ごめんなさい!」
そんな彼の発言も冷たく、突き刺すように私たちに言い放つ。でも、その言葉に、大良は素直に従った。
彼女の様子がおかしいとはわかっているけれど、こんな相手に対して素直に言うことを聞くなんて思わなくて、違和感が確固たるものになっていく。
そしてこうなったのが今の光のせいなら。
大良に何をしたんですか——怒りで我慢ならなくて、意を決して、彼にそう言おうとした。
「ッ……!」
でも、言葉は出なかった。口を開こうとした瞬間、心にずっしりと重たい感触が芽生える。泥に沈めたみたいに底しれない心地悪さが、急に芯から広がっていく。言葉を放とうとすればするほど、それは大きく、より強く感じた。
心臓が早鐘を打ち、もはや痛いくらいに感じる。胸を片手で押さえて、軽く前傾姿勢になってしまう。
「ふむ……その様子だと、お前も不完全ながら完了したようだ」
そこでようやく、大良だけじゃなく、私も何かされたのだと気がついた。
今の恐ろしい感覚、無理やり侵食されていくみたいに広がる暗い心地悪さ。これが植え付けられたものだとしたら。
「王よ、儀式は無事完了いたしました。これでこの召喚者らもこの国の大きな戦力となってくれるでしょう」
周りの人々から、安堵と歓喜の言葉が放たれる。そんななかで、きっと私だけが気が気でなかった。
取り囲んでいた兵士たちが、元の場所へ戻る。でも、私は動く気になれない。ましてやこんな状態の大良を放置できなかった。
「よーし、お国のために頑張りますね! ほら、七瀬も頑張ろ?」
歓喜の言葉に応えるかのように、大良が意気込む。彼女のその目は明るいのに、なんだか現実を見ていないみたいだった。
「大良ぁ……! しっかりしてよ、ねぇ……!」
私の泣き縋る声は、彼女に届かない。逼迫した面持ちをしているだろう私を見ても、やっぱりきょとんとしていて。
もう取り返しのつかない、恐ろしい状況になっていることを理解して、私はただ泣いて呼びかけるしかできなかった。




