4話:印と嘘
なるべく毎日21時投稿を目指して。
「んでさ、大良。そのほっぺたの、なに?」
フライヤさんら、メイドの二人が部屋をあとにしてすぐ。気になっていたことがあったので大良に問いかける。
「あ~~これ?」
大良の左頬に、印があった。フェイスペイントかとも思ったけど、どうも違うらしい。肌に塗られているというより、染み込んでいるみたいだった。そう、言うなればタトゥーみたいな。
大良が顔をこちらに向けてくれたので、まじまじと見つめてしまう。
少しくすみがかった深紅色の、その丸い文様——。
二重の円の内側、中心に陰陽のようなマークがある。そしてそのマークを覆い隠すようにして、五芒星が描かれていた。円と円のあいだには、文字だろうか。到底読めないなにかがびっしりと描かれている。
彼女は頬を掌で軽くさする。マークは滲みも消えもしなかった。
「なんか、召喚された者の証、らしいよ。勝手に刻まれちゃうんだって。さっきフォニーさん——金髪のメイドさんがね。あの人がそうだって言ってた」
そう言って大良はこちらの顔を指さす。ということはつまり。
「てことは私も? え、いやなんだけど」
気がついたら頬に手が伸びていた。触った感じ何もないけれど、ちょっとほっぺをつまむ。確かに視界の端に赤いものが見えた気がする。大良と同じように印があるのだろう。
ファンタジーだし、考えても意味がないことはわかっているけれど、ただただ純粋に、頬に消えないものが残ってしまったっていうのが気になってしまった。消してもらったりできないのだろうか。その、宮廷魔術師? みたいな人たちとかに。
「それな~~! 乙女の肌が台無しだよ!」
でもちょっとかっこいいかも——なんてふざけたことを呟きながら、大良は私の頬を見つめていた。相変わらずお気楽というか、順応が早いというか。
けれど、次に大良は気になることを口にする。
「あ、でもね。そのフォニーさんの言ってたこと、たぶん嘘だよ。これ、召喚された証とかじゃあないんじゃない?」
「……まじ?」
さっきまでのわくわくした表情が彼女から消える。私の頬の印を見る目がどこか真剣だった。
大良は人の態度に敏感だ。そして、よく観察している。恵さんが亡くなって、世間の目にさらされたときに多分嫌でも身についたのだろう。決してお気楽なだけじゃないのは私も充分に知っていた。
「じゃあさ、これ、なに……?」
「いやぁ~よくないものなんじゃないのって感じしか」
「おおざっぱ」
「だって知るわけないじゃんね」
それはそうだ。そもそもこの世界の勝手を私たちは知らない。頬の印がなんなのか、不明点が増えたところで気にしようがない。けれど、さきほどのフォニーというメイドが本当に嘘を言ったのなら。
私の心に不信感が募る。実際警戒自体は必要なんだろう。うっすらとずっと、嫌な予感が付きまとっている。
「気にしすぎてもあれじゃない? 最悪なんかあったら、私が七瀬を守っちゃうから!」
むふーとしたドヤ顔で、大良が力こぶを作るような仕草をする。やっぱり楽観的というか、相変わらず自分のペースに引き込むのがうまい。でもよく見ると、その腕の先が微かに震えていた。
嫌な予感が消えないっていう私の感覚に、きっと大良も気が付いている。表情か態度に出ていたかもしれない。彼女はお調子者を演じてくれたのだ。いつものノリで。
大良は大良で不安なはずだ。異世界なんてわけのわからない状況なのだから。でもなるべく表に出していない。
多分私がもっと不安にならないために。幼馴染だ、彼女がそういうタイプだっていうことくらいはわかっているつもりでいる。
「……戦えんの?」
「無理!」
「でしょうね。私も無理」
「どうしよう、終わってる!」
ころころと表情が変わる大良。いつものテンションで話していると、やっぱり自然と安心してきた。お互いに不安は大きいけれど、二人で一緒に取っ払えてしまえたら。
「ま、最悪なんかあれば、私も大良を守るから」
「二人してだめになったりしないそれ」
「事故っていっかい死んだようなもんじゃん」
「そうだけど不謹慎~~……」
大良が守ってくれるなら、私が代わりに彼女を守ればいい。いろいろ考えたって仕方がないのはその通りで、だったらやっぱりなるようになれだ。もしほんとにその魔の存在と戦うしかないってなっても、その時はその時なのかもしれない。
いっかい死にかけたからか、なんか随分雑な思考をしている気がする。そんな自覚はあるけれど、でも不安になってパニックになるよりマシだろう。
「まあさ、最悪無理だったら逃げちゃおうよ! 知らない世界で戦えってなに~~って話だしさ」
「それはそう。でも逃げてもどこへって感じじゃない?」
「言葉は通じるしわんちゃん……? までも、異世界観光でも戦いでも、七瀬とならなんでもいっか」
軽く笑みを浮かべる大良。何の気なしに言ってくれるけど、そういう言葉が安心できる。
私となら何でもいい——。
無条件の信頼がやっぱりうれしい。親友というには少し湿度が高い気もするけど、私も同じ気持ちだった。




