1話:暑さと墓参り
「あっつ~……後で駅のコンビニでアイス買ってかない?」
「いいけど私財布持ってきてない」
「全然買うって」
空に浮かぶ入道雲が夏を感じさせ、明るい青空が大地を照らしている。照らすというか、焼いているみたいな暑さだけど。
手で顔をぱたぱたとあおぎながら、大良がアイスを確約してくれた。体を流れる汗が服に張り付いて気持ち悪い。灼熱とも感じさせる陽光が、じりじりと体力を奪っていく。
気温は容赦がなく、日陰にはいるがまったくもって意味がない。さっきからぬるい水を口に含んでは飲み込んで、含んでは飲み込んでと、水分補給の繰り返しだった。
八月十五日、高校生である私たちにとっては夏休み真っただ中であり、そしてお盆の時期である。
「ま、付き合ってもらっちゃってありがとね! 七瀬」
「別に。私も恵さんに挨拶しときたかったし」
私の名前は笹野木 七瀬。
今日は幼馴染である彼女——厳島 大良の姉である、恵さんの墓参りに来ていた。山間の静かな墓園へと、バスに揺られて何十分。と言っても墓参り自体はもう終わり、今はバス停で再びバスが来るまで暑さを耐え忍んでいる。
「今年の十月でちょうど、えーっと、五年か」
「お姉ちゃんよりお姉ちゃんになっちゃったね」
少し寂し気な表情を浮かべて、大良は天を仰ぐ。瞳にはきっとかつての姉の姿を浮かべているのだろう。
大良とは幼馴染であったわけで、当然その家族である恵さんとも交流はあった。というか、だいぶ親密に接してくれていた覚えがある。妹二人目ゲット、なんて言われた時には当時小学生ながらに反応に困った。
優しくて、ユーモアもあって、それでいて芯のある大人の女性。恵さんは当時高校生であるのだけど、小学生だった私からしたらそう見える人となりだった。
そんな少しお茶目だけどしっかりしていた恵さんは、五年前事故で亡くなった。
修学旅行で乗った飛行機の墜落。大破した飛行機が海に落ち、生徒、教員、ほかの乗客に乗組員、それら何百人もが海へ投げ出された凄惨な事故。
当時のことはまだ覚えている。全国ニュースにも取り上げられて、航空会社への責任追及とか、遺族へのマスコミのインタビューとか、とにかくしばらく世間を賑わせていた。情報として消費されていく事故に、幼いながらにどこか虚しさを感じていた覚えがある。
何か月も塞ぎ込んでいた大良を見ていたのもあって、私もその時はだいぶ暗い気持ちが続いていた気がする。今でこそ受け入れて生活を続けられているが、身近な人の死というのは私と大良に大きな感傷をもたらした。
恵さんの遺体は、まだ見つかっていない。海に消えたあれだけの人数を捜すのは難航したようで、結局今も小規模ながら捜索は続いてはいるが、同じように見つかっていない人たちが何人もいる。私も大良も、彼女の発見を待ち続けていた。正直、事故の様子からして望みは薄いが。
「ま、お姉ちゃんの分まで長生きしちゃうんだから」
「そうね~」
じりっとした暑さに依然耐えながら、 思い出話に華を咲かせる。しばらくしてたら、バスが到着した。
「あー、すずし」
「やっと休憩だ~~。席後ろでいい?」
「うん」
乗り込んだ車内は冷房がしっかり効いていて、ひんやりとして気持ちがいい。山間の、言ってしまえば田舎の停留所からだったから、乗客も私たちしかいない。普段からよく座る、一番後ろの座席へと腰をおろした。
私たちが座ったのを確認してバスが発進する。山道も田園地帯も抜けて、しばらくして住宅やスーパーなどが並ぶ街並みに戻ってきた。
乗客もちらほらと増えてきて、車内が人で埋まっていく。交通量もだいぶ増えてきて、街の喧騒がうっすらと車内に響く。ぼんやりと窓の外を眺めながら、運転に揺られていた。
駅前の信号に差し掛かる。青になって、バスが発進する。
その時だった。
横から来た重たい衝撃。前触れなくいきなり来たその破壊力に、その勢いのまま体が飛ばされる。
声すら出す暇もない。視界が回って、体中ぐらぐらとコントロールが利かなくなって。
衝撃が収まった時には、私は霞んだ意識でぼんやりと空を見上げていた。
何が起きた——?
額が熱い。体中が鈍く痛んで、どこも動かない。ぼやけた視界に、さらに薄く赤みがかった靄がかかる。
周りはなんだか騒がしく、サイレンのような音も頭に響いていた。
そこでようやく、薄れていく意識の中、何が起こったのかを理解する。
ああ、事故ったんだ——。
手に暖かい感触がある。誰かの手を握っているらしい。視線を動かして確認したいけれど、体は一切動かせない。
救急隊員だろうか。誰かが呼びかけているように感じたが、それに反応する元気もない。
恐怖を感じる余裕もないのか、なぜか心は落ち着いていた。それでも、意識はどんどん遠ざかる。視界の端が暗んで、徐々に徐々に、暗く塗りつぶされていく。
死ぬのかなぁなんて、恵さんに会えるかなぁなんて、そんなことを回らない頭で考えながら、私の意識は闇に沈んでいった。




