11.キール
【ナイトメアの森】
光「ここは……ナイトメアの森?」
雪「そうだ。」
拓弥「ナイトメアもいなくなったし、静かだな……」
キール「……こんな静かな森だったな。懐かしいよな……」
拓弥「ん?」
麻里奈「キールさんもこの森来たことあるのね」
キール「……いや、なんでもねぇよ。」
キールは一瞬だけ目を伏せ、歩き出す。
キール「まずは、ここから北にある砂漠を越えるぞ。」
拓弥「その前に……近くのユニコールの町で水や物資を補充しておこう。」
【ユニコールの町】
麻里奈「ここ……なんか静かすぎない?こんなに人がいないし」
光「……アレ?前に来た時は、もっと賑やかだったはずなのに……」
拓弥「おかしいな。ナイトメアから解放されたってのに、これじゃあ……前のほうが活気があったくらいだ。」
静まり返った街道、閉まった店。人影はまばらで、窓からこちらを覗く住民の姿も――どこか怯えているように見えた。
雪「……何かがあったのかもしれないな。
住民に話を聞いてみよう。」
【ユニコールの町・広場】
拓弥「すいません、ちょっと伺います。……この町で、何かあったんですか?」
老婆「……あんたたち、知らないのかい?
数日前だよ。ポルポト様とグリフォニア兵がやってきてね――ここはグリフォニアの配下の町になっちまったのさ。
そのせいで高い税は取られるし、若い男たちは王国まで働きに連れて行かれた。
……これなら、ナイトメアに支配されてた方がマシだったよ……」
拓弥「…………」
光「……ナイトメアを倒せば、この町には本当に平和が来ると思ってたのに……」
麻里奈「ムカつくわね。そのポルポトってやつ……!」
キール「ポルポト・グリフォニア――この世界で最も“偉大”とされる、グリフォニアの血族さ。
逆らえる奴なんて、いねぇよ。」
雪「グリフォニア王国の王で、グリフォン世界の頂点に立つ者だ。他の王国も逆らえない。
昔、ある島国が反抗して――潰されたって本に書いてあった。」
キール「……ん? そんな本があるのか?
この世界で“歴史”を記した文献は珍しいな。」
光「ナイトメアの洞窟で拾った本ですね。……あっ、あの時の財宝も、この町に返してあげませんか?」
キール「……無駄だぜ。
三日前にナイトメアの洞窟に入ってみたが――空っぽだった。
いたのは数体の小悪魔くらいで、財宝なんて影も形もなかったよ。」
拓弥「……とにかく、俺たちは先を急ごう。
どうせグリフォニア王国も、道中で通ることになるだろ。」
キール「そうだな必ず通ることになる。……逃れられねぇ、あの“巨影”はな。」
【砂漠地帯】
熱風が砂を巻き上げ、陽炎が地平をゆらゆらと揺らしていた。
キール「ユニコールはグリフォン世界の最果てと言われてる。
悪いが――この砂漠を越えない限り、グリフォニア王国……いや、ヴァンパイアの居城には辿り着けねぇ。」
光「……仕方ないですよね。
って、うわっ!」
拓弥「どうした?」
光「ど、どうしたって……そこ! ヘビですよ、ヘビ!!」
キール「ああ、あれはサイドワインダーだな。こっちの砂漠じゃよく出るやつだ。」
拓弥「そんなにビビるなよ。……よく見ろ、案外かわいい顔してるぞ?」
光「ムリです!!僕、ヘビだけはダメなんですって!!」
キール「かわいいって……お前な、それモンスターだぞ。
あれ、砂に潜って獲物待つタイプだから、なめてると噛まれるぞ?」
光「それを今言います!? マジでもう帰りたい……」
麻里奈(くすくすと笑いながら)「……光くん、案外ビビりなんだね。」
雪「……(無言でヘビを見つめながら)焼いて食べれば、美味しいのに。」
光「食べる前提なんですか!?このメンバーおかしい!!」
【砂漠地帯・岩陰】
光「……長いですね……」
キール「もう後半には差しかかってる。あと少しだ。」
拓弥「よし、一旦この岩陰で休憩しようか。」
雪「そうしよう。」
日差しを避け、皆が腰を下ろす。
キールが水筒を取り出して光に差し出す。
キール「ほれ、飲むか?」
光「ありがとうございます。……ごく、ごく……ぶっふーーッ!」
キール「おい!何だよ、てめぇ!せっかく渡してやったのに!」
光「これ、コーヒーじゃないですか! 嫌いじゃないですけど……今は水が欲しかったんです!」
キール「アホか、コーヒーだって立派な水分だ。」
拓弥「……キールって、コーヒー好きなんだな?」
キール「まぁな。お前も飲むか?」
拓弥「いただくよ。」
水筒を受け取って、一口。鼻から抜ける香ばしい香りに、何か懐かしさが胸を締めつけた。
キール「そういやお前のこと、なんて呼べばいいのかわかんなくてよ。
拓弥か? 光雷か? それとも……」
拓弥「なんでもいいよ。キールが呼びやすい名前で。」
キール「そうか。ありがとよ。……やっぱり、コーヒー好きなんだな?」
拓弥「ああ。よく兄貴たちと一緒に飲んでた。……でも、この味は特別だな。どこの豆なんだ?」
キール「これか? これはな……『エクストラ──』」
拓弥「……ッ、痛っ……!」
突然、頭を押さえた拓弥が、顔を歪める。
【前世・回想】
???「父さんも、母さんも……死んだ。
あとは、俺たちだけでやっていくしかない。」
???「……もうダメだ。俺がしっかりしてなかったから、この国はあいつらに奪われてしまう……」
イフリート「なんだお前。……初めて人殺したって顔してんじゃねーかよ。」
⸻
【砂漠地帯・岩陰】
キール「おい、大丈夫か?」
拓弥「……ああ、大丈夫。」
雪(じっと見つめながら)「……何か、思い出したのか?」
拓弥「……ああ。少しだけ。……悪いけど、もうちょっとだけ……休ませてくれ。」
【砂漠地帯・終盤】
キール「――お、緑が見えてきたな。砂漠も、もう抜けられるぞ。」
拓弥「マジか、助かる……ん?」
その時だった。
地平から突如、黄色く濁った砂嵐が巻き起こり――視界をすべて奪った。
ゴォォォォ――ッ!!
そして嵐の中心から、砂塵をまとった巨人が姿を現す。
サンドゴーレム「……待っていたぞ。ヴァンパイア様に逆らう者たちよ……」
雪「また……ヴァンパイアの“死角”か。」
ゴーレムが足を踏み出した瞬間、地面が震えた。
サンドゴーレム「――サンドクラッシュ」
両腕を地面に叩きつけ、周囲に巨大な砂柱が炸裂する!
キール「来るぞっ!」
全員、とっさに飛び退いた!
⸻
拓弥「――雷閃!!」
雷光を纏った剣が走り、ゴーレムの右腕を斬り落とす!
だが、切り口に砂が渦巻き――瞬時に元通りになる。
拓弥「……くそ、再生した!?」
⸻
光「――紅炎!」
炎の柱がゴーレムを包むが、砂は焼け焦げても芯は無傷。
麻里奈「――アーススパイク!」
地面から岩槍が突き上がる。しかし、ゴーレムはびくともしない。
⸻
雪「……打撃も、斬撃も……炎すら通じない。
砂が鎧みたいに攻撃を拡散してる……」
拓弥「くそっ、どうしたら…!俺の雷も、雪の氷も、光の炎も、麻里奈の土も――相性が悪すぎる!」
麻里奈「全然効いてないよ…!」
キール「落ち着け。さっきアイツが攻撃した時、一瞬…胸のあたりに“コア”みたいなのが見えた。」
拓弥「それだっ…!」
サンドゴーレム「サンドクラッシュ――ッ!」
巨大な腕が振り下ろされる。地面が砕け、砂が爆ぜる。
キール「避けろ、光雷ッ!」
拓弥「今しかない…!雷迅ッッ!!」
――雷が一閃。
拓弥の雷の剣が閃光を放ち、ゴーレムの胸の「コア」を狙って一直線に突き刺さる。
バリバリバリッ!!
サンドゴーレム「…………ギギ……ガアア……ッ!」
音を立てて砕ける砂の巨体。コアが真っ二つに割れ、地面に崩れ落ちた。
拓弥「…はぁ、はぁ……仕留めた、か……?」
キール「ああ。やるな、その剣。」
光「流石、拓弥さん。」
砂嵐が徐々に晴れていき、焼けつくような太陽が再び砂の大地を照らし出す。
その光景の中で、雪は一人、じっとキールの背中を見つめていた。
⸻
雪(心の声)
「……まただ。キール、あんたは――今回も、言葉だけで何もしていない。」
「そして、敵は先に待ち構えていた。まるで……こっちの行動を、知っていたみたいに。」
ほんの一瞬、キールの横顔に鋭い視線を投げる。
雪(心の声)
「(――まさかとは思いたくない。けど、偶然にしては出来すぎている。
あんた、本当に“こっちの味方”なのか……?)」
⸻
風が吹き、雪の銀髪がふわりと揺れた。
キール「……なんだ。俺の顔に何かついてるか?」
雪「……いや。なんでもないよ。」
ふっと微笑むが、その笑みの奥には、確かな警戒心が灯っていた――。
キール「この先にオークの村がある。そこで船を借りて、ジールがいる絶海の孤島──“監獄島”に向かうぞ」
光「か、監獄島!? ジールさんはそんな物騒なとこにいるんですか!?」
キール「ああ。もっとも、今はもう使われちゃいない。大昔に罪人を収容してたらしいがな。今は無人島だ」
拓弥「どうしてジールがそんな場所に……?」
キール「さあな。俺が知ってる限り、昔からあそこにいた」
⸻
【オークの村・夕暮れ】
(村は静まりかえり、市場には人気がない。漁具は乱雑に置かれ、船着き場にはわずか数隻の小舟しかない)
キール「……妙だな。ここは漁村のはずだが、市場は封鎖されてるし……船の数も少なすぎる」
麻里奈「みんな海に出たっちゃんじゃないの? 大漁狙って夜釣りとか?」
拓弥「いや、もう日が沈むぞ。普通なら港に戻ってる時間だ……」
(潮風とともに、どこか不穏な気配が漂い始める)
【オークの村・バブ】
(夕暮れの市場。ひび割れた桶と網が無造作に積まれ、静けさだけが漂っている)
男「くそ……漁師なのに海に出れねぇなんてよ……!」
光「何かあったんですか?」
ノラ「ああ? 旅のもんか。……まぁ、悪くねぇタイミングかもしれねぇな。
聞いて驚くなよ。この海域に最近“魔物”が現れやがったんだ。
奴が来てからというもん、出た船は次々沈められて……仲間も、何人も戻ってきちゃいねぇ。」
(ノラの拳が怒りで震えている)
ノラ「みんな怖がって、海に出るのをやめちまった。
若ぇのは村を捨てて、稼ぎに他所へ出ちまう始末だ……
このままじゃ……この村は、終わりだよ。」
光(グッと拳を握り)「……じゃあ、その魔物。僕たちが倒します!」
キール「おい、勝手に話進めてんじゃねえぞ」
拓弥「でも、悪くない提案だ。困ってる人を見て、動かないのも気分悪いしな」
ノラ「なんだ……お前ら、本当にやってくれるのか!?」
光「はい。その代わり、一つお願いがあります。
その魔物を倒したら、“監獄島”まで船を出してもらえませんか?」
ノラ「……監獄島、だと? あんなとこに何の用か知らねぇが……
よし! 倒してくれるってんなら乗せてやるよ!」
(ノラが誇らしげに胸を叩く)
ノラ「俺の名はノラ。漁師で、ここのリーダーをやってる。
明日の朝、港に来い。“ノラ様の漁船”に、乗せてやらあ!」
光「はいっ!よろしくお願いします、ノラさん!」
【オークの村・早朝】
ノラ「お〜い! おめぇら、ここだここだ! あんまり遅いから逃げ出したのかと思ったぜ!」
光「漁師の朝って、こんなに早いんですね……」
ノラ「へっ、これがノラ様の船よ。見惚れてもいいぜ?」
麻里奈「漁船にしては、けっこう大きいですね」
雪「これなら、戦うスペースも充分あるな」
ノラ「あんまり暴れて船ぶっ壊すんじゃねーぞ? 修理代高ぇからな。……ああ、それとよ、その魔物な──噂じゃ、濃い霧の中に現れて、オオカミの鳴き声が聞こえるらしいぜ」
拓弥「オオカミ……? 海なのに?」
キール(静かに)「……スキュラだな」
【ノラの漁船・出航後/海上・早朝】
船は重たい音を立てて波を割り、霧の立ち込める沖へと進んでいく。
ノラの操舵する船は意外にも滑らかに進み、エンジンの音が霧の中へ吸い込まれていった。
拓弥「……視界が悪い。前、全然見えないな」
麻里奈「うわ、足元滑る。これ戦うとき怖いかも」
ノラ「この辺りからだ。魔物が現れるとしたら、たぶん、ここらのどこかだぜ」
ノラが操舵を止め、船がゆっくりと漂い始める。
波は穏やかなのに、空気がピリついていた。
キール「……来る」
雪「……聞こえる。オオカミの……声?」
霧の奥、確かに遠くで「アオォォ……ン」と低く響く声がした。
それは明らかに海の上で聞こえるべきものではなかった。
麻里奈「なにそれ。……海で遠吠えって、ちょっと意味わかんない」
拓弥「キール、さっき“スキュラ”って言ってたよな。何なんだ、それは?」
キール「海の魔物だ。女の上半身と、無数の触腕を持つ……だが、ここに現れる個体は少し“異なる”」
雪「異なる?」
キール「ああ。ここのスキュラには“霧を操る力”と“幻覚”の能力があるらしい。」
ズズ……ッ。
突如として船体が大きく揺れた。海面の下から何かが、巨大なものが這い寄るような音が響く。
ノラ「やべぇな……これは当たりだぜ。おい、落ちんなよ!」
光「き、来た……!拓弥さん例の剣は!」
拓弥「……ああ!」
彼の手に、雷の力が宿り、刀身のない柄に稲妻が走る。
雷の剣が、静かに海霧の中に姿を現した。
キール「船の後方……下からだ!」
直後、霧を割って巨大な触腕が一本、甲板に向かって突き上がった――!
拓弥「雷閃!」
拓弥が雷の剣で触手を斬った。
雷の剣が触腕を裂くと、霧の奥で「ギィィィ……」という甲高い悲鳴のような音が響く。
麻里奈「触手が引っ込んだ……けど、まだ来るよ!」
霧の中から次々と触腕がうねりながら伸び、船のマストや手すりに巻きつく。
ノラ「おいおい、マジで壊す気かアイツ! 俺の船がァァァッ!!」
光「紅炎!」
光の火炎魔法が霧を割き、燃え上がる柱が触手の一本を焼き切る。
だが次の瞬間――
雪「光、危ない!」
別の触手が背後から飛来し、光の足を掴もうと迫る。
キール「おらよ」
キールがその触手に自分のデスサイズで斬り落とした。
光「ありがとう……キールさん」
キール「ボサっとしてんじゃねーよ」
拓弥「くそっ……全貌が見えないのが厄介だな。姿を現させる方法は?」
雪「霧を払えれば……でも自然の霧じゃない。魔力が混ざってる……」
光「僕がやってみます。ファイアトルネード」
炎の竜巻が霧を散らしていく。
すると巨大な女神の上半身に、獣の顔と触腕を備えた“スキュラ”の姿がぼんやりと浮かび上がる。
雪「いた……本体が見えた!」
スキュラ「……視たか。愚か者ども……」
スキュラの口がゆっくりと開き、甲高い“叫び”が吹き荒れる。
――キィィィィィィィィン!!
空気が裂け、脳の奥を直接引っかかれるような、狂気の咆哮が霧とともに広がっていく。
拓弥「うっ……! 頭が、割れ……っ!」
麻里奈「いやっ……見えない、見えない! やだ、やだ、やだ……!!」
麻里奈の目に、霧の奥からぼんやりと家族の笑顔が浮かび上がる。
それが、“もういないはずの”家族だということを理解した瞬間、胸をえぐられるような痛みが襲った。
雪も、キールも、光でさえ――その声に飲み込まれそうになる。
光「(心に直接…!これ、ただの“声”じゃない、呪いだ…!)」
キール「チッ……面倒な力使いやがって……!」
雪「アイスウォール!」
バシュッ!!
雪が繰り出したアイスウォールが、耳を裂く咆哮の音波を跳ね返し、わずかながら空間に静寂をもたらす。
キール「――ようやく、俺の出番だな。」
キールのその背に負った漆黒の大鎌〈デスサイズ〉が、濡れた空気の中で鈍く光を放つ。
スキュラは、唸るような低い咆哮を上げて身構えた。残された触手を膨張させ、殺意を漂わせる。
だがキールはまっすぐに歩き、言葉を呟いた。
キール「断罪――」
一歩。
キール「――一閃ッ!!」
刹那、空気が裂ける音がした。
霧を貫く漆黒の閃光が走る。キールの身が消えたかと思えば、スキュラの胴体に一本の漆黒の線が走った。
そして――
ズバァアッ!!!
時間差で、スキュラの巨体が真っ二つに斬り裂かれた。血しぶきすら、斬撃の鋭さに引き裂かれて霧と共に散っていく。
スキュラの体が音もなく崩れ落ちる。
拓弥「す、すげえ……」
思わず息を呑んだ。あれほど手こずった魔獣が、一撃――まさに、一撃で沈んだのだ。
霧が晴れていく。海辺には、静寂が戻っていた。
雪(心の声)
「(コイツこれほど力ありながら今まで隠していたのか。キール。あんた、俺たちの実力を『試して』いるのか?
それとも、この絶望の島へ俺たちを誘い込むための『餌』なのか――)」
キールへの不信感を抱えたまま、船はジールの待つ「監獄島」へ――。




