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8.雨川家

麻里奈が語り終えると、しばしの静寂がふたりを包んだ。

風がそっと、湖の水面を揺らす。遠くで鳥のさえずりが聞こえる。


拓弥「……そんなことがあったのか。

ツッチーは、よく頑張ったな。……そして、俺に会いに来てくれたんだな。」


その声は、いつになく優しく、どこか痛みを含んでいた。


麻里奈は、静かに頷く。


麻里奈「……あたし、拓弥くんにもう一度会いたかった。

でも、それだけじゃない。……ちゃんと、伝えたかったの。」


拓弥「伝えたいこと……?」


麻里奈「ありがとうって。あの日、助けてくれて、本当にありがとう。

……あの時、拓弥くんがいなかったら……あたしは今ここにいない。」


麻里奈は、まっすぐ拓弥を見つめる。

目には涙がにじんでいたけれど、それでも笑っていた。


麻里奈「それと……あたし、今度は助ける側になりたいの。

もう誰にも、大事な人を奪われないように──」


拓弥「そっか……ツッチー、もし行くところが特にないなら俺んち来いよ。」


麻里奈「え?」


拓弥「勿論、お兄さんも一緒に、俺も色々あって今後闘いになるかもしれないから備えておきたい」


麻里奈「ありがとう。じゃあお兄ちゃんに知らせてくるね」


拓弥「ああ」


 拓弥と麻里奈は一度別れた


 そして拓弥は麻里奈の姿見えなくなってから


拓弥「ヴァンパイアか……」


 拓弥の瞳が静かに鋭さを帯びる。

 ふと、拳がぎゅっと握られる。

 怒りでも、憎しみでもなく──ただ、確かな決意がそこにあった。


 ――小さな奇跡と再会が、拓弥の心に新たな火を灯した。


【希龍家・夕方】


 麻里奈と別れ、帰宅した拓弥は、玄関を開けるとリビングの空気に違和感を覚えた。


拓弥「ただいまー……って、ん?」


 見知らぬ背中が、リビングのソファに座っている。翔と魔佐は正面に座り、どこか気まずそうな表情を浮かべていた。


翔「……おかえり、拓弥」


???「やぁおかえり拓弥そして久しぶりだね」


拓弥「兄貴!」


そこには実の兄『雨川 光輝』がいた!


拓弥「どうしてここに?」


光輝「勿論、キミに会いにそれと久しぶりに翔や魔佐に会いたくてね」


拓弥「はあ?」


翔「すまん拓弥。実は俺と魔佐、光輝は子供頃からの仲なんだ」


 リビングの空気は、どこか重たい。拓弥は戸惑いを隠せないまま、兄・光輝の隣に立つ。


拓弥「……兄貴が、翔さんや魔佐兄と知り合いって……どういうことだよ」


光輝「正確には……友達なんだ。昔からのね翔とは小学生の時からの親友で、魔佐ともその頃に知り合った。三人でよくバカなこともやったよ」


魔佐「そうそう。覚えてるかな、川に落ちかけた光輝を僕が助けたの」


翔「いやいや、助けたのは俺だっただろ」


光輝「はいはい。君たち、また言い合い始める気かい?」


 懐かしげな笑いが、部屋に小さく広がる。だが拓弥は、まだ釈然としない顔をしていた。


拓弥「それで……俺のこともずっと知ってたのかよ」


光輝「……ああ。正確には、君が“イディア世界”に行った後、翔に相談したら……君のことを保護してるって聞いた」


翔「光輝から連絡があった時、びっくりしたよ。『弟がそっちの世界に行ったからもし会うことがあったらよろしく』なんて言うんだからな。その頃、魔佐が外で子供が倒れてたって連れて帰ってきてた後だったから拓弥、お前のことだ」


拓弥「…………」


 拓弥は静かに視線を落とす。


光輝「いきなりで混乱させたね。でも……君に会えて本当に嬉しい。拓弥、君が良ければ……一度、家に帰ってこないかい?」


 優しく、まっすぐな眼差しが、拓弥を見つめていた。


拓弥「……少しだけ時間くれ。……色々、考えたい」


光輝「もちろん。急かすつもりはないさ。いつでも待ってる。……君が、帰ってくる日を。では思考の邪魔してはいけないし僕は帰るさぁ。シーユー」


 光輝は優しく言葉をかけて希龍家を後にした。


【希龍家・夜】


 光輝が去った後、拓弥は自室のベッドに腰を下ろし、ぼんやりと天井を見つめていた。


拓弥(兄貴が……翔さんたちと知り合いで、俺のこともずっと気にかけてくれてた……)


 胸の奥に、言葉にできない感情が渦巻いていた。


 しばらくして、ドアがノックされる。


コンコン……


翔「……入るぞ、拓弥」


 翔がゆっくりと部屋に入ってきた。手には二つ分の缶コーヒーを持っていた。


翔「昔よく、“兄貴“(暁斗)とこうやって語ってたもんだ。……ほら」


拓弥「……ありがとう」


 二人は缶を開けて、静かに喉を潤した。


翔「怒ってるか?」


拓弥「……いや。怒ってるっていうより、驚いてるだけで……こんなに身近に“家族の痕跡”があったなんて思わなくて」


翔「光輝は、ずっとお前を心配してたよ。お前が“グリフォンの世界”に行ったことも、すごく気にしてた。だからこそ……会いに来たんだろうな。直接」


拓弥「……兄貴に会えてよかった。ちゃんと、俺の居場所がまだあったって、思えたから」


翔「……それなら、良かった」


 静かな沈黙が、部屋に落ちる。


拓弥「翔さん。……俺、光と一緒に一度“帰って”みようと思う。」


翔「そうか。……でも無理はするなよ。お前には、お前の今がある」


拓弥「……うん」


 夜風が窓を揺らす。拓弥はその音を聞きながら、目を閉じた。


【ブラック竜人界・海沿いの街道】


 長いゲート移動の果て、二人は薄暗くも静けさの漂う世界に降り立った。


光「……おお、ここがブラック竜人界……」


 空には太陽のように輝くが、黒く歪んだ光を放つ“黒太陽”が浮かんでいる。空気もどこか湿り気を帯び、幻想的な雰囲気を漂わせていた。


拓弥「言っただろ。こっちは昼も夜も関係ねえんだ。黒太陽がずっと空にいるからな。……だからそのフード、ちゃんと被ってろよ。光は竜人だから、長時間浴びるとやばいかもしれねぇ」


光「はい!ありがとうございます。なんか、空気もちょっと重たい感じがしますね」


 古い石畳の道を、拓弥と光が並んで歩く。両脇には低くて頑丈な石造りの家々が並び、時おり通りすがる竜人たちがちらりと彼らを見る。海の潮風がゆるやかに吹き、どこか懐かしい磯の香りが漂っていた。


光「この街……なんだか静かですね。海の匂いも懐かしい感じがする。人間界の漁村に少し似てるかも」


拓弥「ああ、ここは“潮影町しおかげちょう”って名前の街だ。ブラック竜人界の中でも、かなり端っこにある。……でも、俺にとっては“帰る場所”だ」


 拓弥が目を細めて海の方を見やる。遠く、波打ち際に小さな灯台の影が揺れていた。


光「拓弥さんの実家って、この近くなんですか?」


拓弥「もうすぐ見えてくる。海に向かって建ってる家だ。でかくはないけど、6人家族で暮らしていた」


光「へぇ……6人ですか」


 光は少しだけ、羨ましそうに微笑んだ。その横顔を見て、拓弥は少しばかり照れくさそうに目を逸らす。


拓弥「……っと言っても、兄貴はもういねぇよ。光輝はもう10年以上前にこの家を出て、今は親父の弟……叔父さんのとこにいる。あいつ、昔から自由なやつだったからな」


光「じゃあ、今家にいるのは?」


拓弥「父さんと母さん、と姉ちゃんに、それか雪。」


光「また雪さんに会えますね」


 そして二人の目の前に、緩やかな坂の先――潮風に吹かれるようにして、海に面した一軒の家が姿を現した。


 古いけれど、どこか温かみを感じさせる竜人造りの家。潮風で色あせた木の外壁に、潮だまりのような青い屋根。


拓弥「……着いたぞ。これが、俺の家だ」


光「……素敵な場所ですね、拓弥さん」


 拓弥は一呼吸おいて、静かに扉をノックする。


コンコン──


扉をノックすると、中からバタバタと元気な足音が近づいてきた。


???「はーい、誰よー……って、ちょっと! 拓弥じゃないの! 帰ってきたの!?」


拓弥「ただいま、姉ちゃん」


 扉を開けたのは、長女・雨川 紗弥。鋭い眼差しと腰の刀が印象的な、少しうるさいほどに元気な女性だ。


紗弥「も〜〜! 10年ぶり!? それに……そっちのイケメンは?」


拓弥「ああ、俺の友達。光だ。いろいろ世話になってる」


にこっと「こんにちは。拓弥さんの友人の光です。よろしくお願いします」


紗弥「へぇ〜光くん? 名前も顔も爽やか! よくこんな根暗の弟と友達やってくれるわね〜感謝感謝!」


拓弥「根暗じゃねぇよ……」


 笑いながら紗弥が中へ案内し、二人は玄関から入った。

 靴を脱ぎ、家の中へ進んでいくと、家の奥からふらりと現れた青年がいた。


拓弥「……雪」


雪「おかえり、拓弥」


 双子の兄・雪が、静かな笑みを浮かべる。


拓弥「父さん、どこにいる?」


雪「砂浜。いつもの石のとこで、海眺めてると思う」


拓弥「ああ、わかった。……ちょっと行ってくる。光ここで待っててくれ」


光「わかりました。」


拓弥「雪、光を頼む」


 拓弥は家の裏口から再び外へ出て、海沿いの小道を砂浜へと歩いていった。


【雨川家・リビング/雪と光】


 静かな空気の中、雪と光が向かい合って座っていた。遠くからは波の音がかすかに聞こえていた。


雪「……拓弥と、よく一緒にいるみたいだな」


光「はい。いろいろありまして……一緒に戦ったりもしましたし」


雪「そうだな。光、ここでは本名は伏せておいた方がいい。父さんも姉さんも、希龍家のことをあまり良く思ってない」


光「はい。拓弥さんにもそう言われました。……遥か昔に争いがあったんですよね」


雪「ああ、1,000年前ぐらいに竜人と黒竜人の争いだ。『イディア聖戦記』って本は、読んだことあるか?」


光「いえ、ありません」


雪「そうか。その本には、竜人たちがイディアと共に暮らしていた600年の記録がある。そして、希龍 双の弟──希龍 雨が黒竜人を率いて反乱を起こし、竜人たちを虐殺したこともな」


光「……」


雪「この世界にも、それに呼応するように伝わる歴史がある。黒竜人の誕生の記録だ」


光「……黒竜人って、どうやって生まれたんですか?」


雪「希龍 雨と、邪竜の血でな。イディアを裏切った彼はグラディエを逃れ、やがて邪竜と契約した。そして……新たな種族“黒竜人”を生み出したんだ」


光「それが……“黒竜人”」


雪「ああ。希龍 雨はこの“ブラック竜人界”で“雨川 雨”と名乗った。黒竜人の祖となり……この地に根を張った」


光「じゃあ……雨川家も……?」


雪「そう。うちの血筋も、希龍家に連なる。……だからこそ、忌避も強いんだ。“裏切り者の末裔”としてな。希龍という名前は……いまだにこの家では重い」


光「……なるほど。だから僕が“希龍”を名乗っちゃいけないんですね」


雪「……だけど、俺はもうそんな血の話ばっかりに縛られるのは、正直うんざりなんだ」


光「……?」


雪「光は、拓弥と一緒に戦ってくれた。それだけで、俺はもう十分信用してる。希龍だろうが、人間だろうが、関係ねぇよ」


光「……雪さん……ありがとうございます」


 光は少し驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと微笑んだ。


雪「……俺は、昔……拓弥と比べられるのがすごく嫌だった。拓弥はもう物心ついた時から雨川家と当主になる事が決まっていた。だから何をするにも拓弥が優先された……俺がどんなに努力しても父さんは見てくれなかった……その時は拓弥が消えたいいのにとも思ったよ。

拓弥は生まれた時から全て与えれていたのに

当の本人は不満そうだった。だから余計に拓弥が嫌いなったらコイツは何も与えられない気持ちがわからないやつなんだって」


光「……雪さん」


 光はその言葉をじっと聞いていた。口を挟むことなく、ただ真剣に、静かに。


雪「でもな……あの前の戦いで、拓弥が命張って仲間を守ろうとしてるの見て……気づいたんだ」


 雪は少し視線を落とし、両手を膝の上で組む。


雪「俺が羨ましかったのは、当主になることでも力でもなかった。……あいつが、誰かに必要とされてるってことだったんだ。昔から、姉さんや父さんに認められるために必死だったけど……結局、俺自身が“自分の存在理由”を探してただけだったんだよ」


 その言葉に、光はゆっくりとうなずいた。


光「……僕も、似てます」


雪「え?」


光「僕も、自分が誰なのか……ずっとわからなかった。自分の居場所も、本当に必要とされてるのかも、ずっと迷ってて。でも……拓弥さんと出会って、共に戦って……僕もようやく、何かを掴めた気がしたんです」


 雪はふっと微笑む。


雪「……変な奴だな、お前」


光「よく言われます」


 二人の間に、少しだけ柔らかな空気が流れる。遠く、海鳴りがごく小さく聞こえる。


雪「なあ、光。俺はまだ、お前のこと全部は信じきれてない。けどな――」


 雪は真っ直ぐに光を見据える。


雪「コレからもあいつの“隣に立って戦う”って言うなら。俺は、お前を……拓弥の仲間として受け入れる」


光「……はい。ありがとうございます」


 光は深く頭を下げた。その眼差しはまっすぐで、どこか寂しさと決意を帯びていた。


雪「……戻ってきたな。父さんと、何を話したんだか……」


光「……気になりますね」


 二人は立ち上がり、穏やかに微笑み合った。すでに、その間にあったわだかまりの一部が、音もなく溶けはじめていた。

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