30.相棒
【エクストラ城・書斎室】
重い静寂。
窓の外では、夕焼けが城を赤く染めていた。
アンジェラ
「ポルポトが倒れたことは、いずれ皆が知ることになる……」
机に手をつき、深く息を吐く。
アンジェラ
「新たな混乱が生まれる前に……手を打たねばならん……」
頭を抱える。
アンジェラ
「ベルたちは……今頃、ヴァンパイアと戦っているのか……」
視線が遠くなる。
アンジェラ
「こちらからも兵を出すべきか……」
???
「そうしてもらうと助かるよ」
――その声。
アンジェラ
「……っ!?」
反射的に顔を上げる。
アンジェラ
「誰だ!!」
椅子を弾き、立ち上がる。
アンジェラ
「どうやってここまで入ってきた……!」
書斎の奥。
いつの間にか――
一人の男が、立っていた。
長い銀髪。
静かな佇まい。
だが――
ただならぬ気配。
光輝は、ゆっくりと笑みを浮かべる。
そして――
一歩、前へ出た。
光輝
「……そんなことより」
その声。
その響き。
アンジェラの心臓が、大きく脈打つ。
光輝
「――私はベルの元に行きたい」
空気が、止まる。
光輝
「ヴァンパイアがどこにいるか、教えてくれないか」
わずかな間。
そして――
光輝
「アンジェラ」
その名を、はっきりと呼んだ。
アンジェラの目が、見開かれる。
アンジェラ
「……な……」
言葉が、出ない。
その“呼び方”。
その“声”。
その“記憶”。
忘れるはずがない。
光輝
「時間がない」
再び、アンジェラへ視線を戻す。
光輝
「教えてくれ」
その目は――
命令ではない。
だが、拒めない。
“知っている者の目”。
アンジェラ
「……あなたは……」
涙が、こぼれる。
光輝は、答えない。
ただ――
微かに笑った。
それはまるで、
“昔と同じ”ように――
【ヴァンパイア城・最上層/玉座の間・開戦】
――次の瞬間。
空気が、裂けた。
拓弥
「《サンダー・クラッシュ》!!」
雷が奔る。
一直線。
玉座を、空間ごと焼き裂く一撃。
だが。
ヴァンパイア
「遅い」
――消えた。
雷は玉座を砕き、背後の壁を穿つだけ。
キール
「来るぞ!」
背後。
ドンッ!!
拓弥
「がはっ……!」
腹に衝撃。
視界が揺れる。
床を滑り、赤い絨毯が裂ける。
ヴァンパイア
「挨拶はこのくらいでいいかな」
すでに距離を取っている。
乱れない呼吸。
乱れない衣。
キール
「……チッ」
鎌を構え、間合いを詰める。
キール
「《デッドリー・ライブ》」
闇が走る。
刃が幾重にも重なり、軌道を変えながら襲う。
だが――
ヴァンパイア
「綺麗だ」
指先だけで弾く。
カン、カン、と乾いた音。
ヴァンパイア
「でも“届かない”」
踏み込む。
速い。
見えない。
キール
「――ッ!」
ズバァッ!!
肩口が裂ける。
血が、宙に散る。
キール
(見えてる……のに、合わねぇ……!)
ヴァンパイア
「ねぇキール」
すぐ目の前。
耳元で囁く。
ヴァンパイア
「27年、何をしていたの?」
ゾワッと背筋が粟立つ。
キール
「……黙れ」
振り払う。
だが空を切る。
もういない。
ヴァンパイア
「期待してたんだよ」
回廊の先。
いつの間にか、そこに立っている。
ヴァンパイア
「“私を殺せる存在”にね」
笑う。
楽しそうに。
ヴァンパイア
「でも今の君たちは――」
指を、軽く弾く。
《夜統べる勅令》
ドンッ!!
見えない圧が落ちる。
拓弥・キール
「……ッ!!」
膝が沈む。
床が軋む。
呼吸が、重い。
拓弥
(体が……動かねぇ……!)
ヴァンパイア
「この程度か」
ゆっくり歩いてくる。
一歩ごとに、圧が増す。
ヴァンパイア
「残念だよ、光雷」
見下ろす。
ヴァンパイア
「君は、もっと――」
その瞬間。
キール
「……今だ」
低く、吐く。
拓弥
「――ああ!!」
圧を、踏み砕く。
雷が、爆ぜる。
ドォンッ!!
踏み込み。
同時。
キール
「右!!デス・エンペラー」
拓弥
「合わせる!!ライトニング・ザ・サン」
左右からの挟撃。
雷と闇が交差する。
ズガァァァン!!
初めて。
ヴァンパイアが、後ろへ退く。
床が割れる。
ヴァンパイア
「……ほう」
口元が、わずかに上がる。
ヴァンパイア
「“二人で来た意味”はあるらしい」
赤い瞳が、深く灯る。
ヴァンパイア
「いいね」
一歩。
空気が、歪む。
ヴァンパイア
「じゃあ――」
外套が、ふわりと揺れる。
ヴァンパイア
「少しだけ、本気で遊ぼうか」
次の瞬間。
――消えた。
同時に。
背後でも、前でもない。
“上下”から、気配。
キール
「上だ!!」
見上げる。
月光の中。
逆さに立つ影。
ヴァンパイア
「《深紅の裂爪》」
振り下ろされる一撃。
空間ごと、裂けた。
上下からの一撃。
キール
「上だ!!」
拓弥が剣を構える。
だが――
キール
「違う」
低く、呟く。
キール
「……見える」
その目が、変わる。
世界の色が、歪む。
ヴァンパイアの動きが――
“線”として見える。
キール(心の声)
(そこか……)
キール
「左斜め上、三拍後!!」
拓弥
「――合わせる!!ライトニング・ドライブ」
踏み込み。
雷が走る。
ドォン!!
斬撃が、空を裂く。
初めて。
ヴァンパイアの頬が、裂けた。
血が、一滴。
床に落ちる。
沈黙。
ヴァンパイア
「……へぇ」
指で血をなぞる。
ヴァンパイア
「“視えてる”のか」
キール
「さあな」
鎌を構える。
キール
「でも――」
キール
「今なら、お前を殺せる」
空気が変わる。
ヴァンパイア
「面白い」
口元が歪む。
ヴァンパイア
「じゃあ――」
次の瞬間
ドンッ――!!
重力が、落ちた。
拓弥
「……ッ!!」
体が沈む。
骨が軋む。
キール
(……来たか)
ヴァンパイア
「いい夢は、ここまでだ
《血の王冠・永劫夜》」
消える。
速い。
さっきとは比べ物にならない。
キール
(見える……けど――)
追いつかない。
ヴァンパイア
「《血鎌断罪》」
ズバァッ!!!
キール
「ぐっ……!」
胸が裂ける。
胸から、熱が滲む。
赤い。
床に落ちる前に、キールは気づいていた。
キール
(……深い)
でも。
まだ。
ヴァンパイア
「限界だろう、キール」
ゆっくりと近づいてくる。
余裕のある足音。
ヴァンパイア
「惜しかった。本当に惜しかった」
見下ろす瞳に、憐れみはない。
ただ――純粋な、好奇心だけがある。
ヴァンパイア
「君が光の矢を受けなけいれば」
指先が、空を薙ぐ。
《血宴の玉座》
重力が、倍になる。
拓弥
「がっ――……!!」
膝が砕けそうになる。
床が、軋む。
拓弥
(立て……立てよ……!!)
ヴァンパイア
「――さようなら、光雷
《紅き処刑》」
解放。
圧が、弾ける。
その一瞬。
拓弥の体が、宙を飛ぶ。
窓の外へ。
奈落へ。
拓弥
「――――マズいッ!!!」
風が、叫ぶ。
底のない闇が、下から迫る。
その刹那。
衝撃。
拓弥
「ダメだ………え⁉︎」
温かい。腕。
誰かの、腕。
キール
「捕まえた」
床から跳んでいた。
窓枠を蹴って。
胸の傷も、重力も、全部無視して。
拓弥
「キール……!!」
キール
「うるさい」
城壁の縁。
辛うじて、指が引っかかっている。
拓弥を抱えたまま。
片腕だけで。
キール
(……重い)
血が滲む。
指が、白くなっていく。
下を見る。
底が見えない。
キール(心の声)
(相棒……そんな悲しそうな顔するなよ)
拓弥の顔が、歪んでいるのがわかった。
泣きそうな顔。
知ってる。
こいつはいつもそういう顔をする。
キール(心の声)
(お前が生きてりゃ……オレたちは必ず勝てる)
指が、ずれる。
キール
「信じてるぜ――」
笑う。
精一杯の、笑顔で。
キール
「相棒!!」
最後の力を、全部使って。
ドン、と。
拓弥を。上へ。
城壁の内側へ。
渾身の力で、投げ返した。
拓弥
「キール――――ッ!!!!」
叫びが、遠くなる。
キール(心の声)
(やっと……か)
落ちながら。
遠い、遠い空がある。
キール(心の声)
(やっとオレも……終われるんだな)
260年。長かった。
ずっと死に場所を探していた。
でも。
キール(心の声)
(今度はお前が待つ番だからな……)
風が、耳元で鳴く。
闇が、近くなる。
キール(心の声)
(生まれ変わっても……また会おうぜ)
口元が、ゆるむ。
最後に。
キールは、笑っていた。
――闇の底へ。消えていった。
沈黙。
玉座の間に、ただ風だけが吹いた。
拓弥
「……キール」
床に膝をつく。
声が出ない。
拳が、床を叩く。
一度。
二度。
ヴァンパイア
「……」
見下ろしながら。
珍しく。何も言わなかった。
その時。
遠く。
扉の向こうから。
足音が、複数。近づいてくる。
雪
「拓弥――――!!!」
仲間たちの声。
玉座の間の扉が。
轟音と共に、砕け散った。
【ヴァンパイア城・最上層/玉座の間・直後】
砕けた扉。
吹き込む風。
そして――
拓弥
「……」
動かない。
拓弥
「……キール」
声が震えた。
叫びたい。
追いかけたい。
今すぐ奈落へ飛び込みたい。
だが――
耳の奥に、あいつの声が残っていた。
【回想】
キール
「黒炎は使いこなせる様になったんだろ?」
拓弥
「勿論」
キール
「最初は使うなよ」
拓弥
「え?」
キール
「雪が来るまで待つんだ……当然、あいつも使えるんだろ」
拓弥
「そうだけど…」
あの時は、意味が分からなかった。
キール
「それまで黒炎以外で全力ぶつかって――」
視線が、ゆっくり上がる。
キール
「ヴァンパイアに本気を出させる」
血の匂い。
瓦礫。
静寂。
キール
「雪が来たら――」
拳が、強く握られる。
キール
「今度は全力で黒炎で戦ってくれ…オレたちはサポートする」
胸の奥で、何かが弾ける。
キール
「お前たちだけが頼りだ……」
【現在】
拓弥
「……全部…わかってたんだな…」
ゆっくり、立ち上がる。
怒りじゃない。
叫びでもない。
“理解”。
ヴァンパイア
「どうした?」
興味深そうに見ている。
ヴァンパイア
「仲間を失って、壊れたか?」
拓弥
「……いや」
一歩、踏み出す。
拓弥
「やっと分かっただけだ」
その時。
雪
「遅れたな」
静かな声。
振り返る。
そこに――
キールの姿は、なかった。
光
「あれ?キールさんは?」
拓弥
「……落ちた」
短く、答える。
それだけ。
リーナ
「……そんな……」
雪の目が、わずかに細まる。
だが――何も言わない。
雪
「……」
一瞬だけ、目を閉じる。
雪
「なら――」
足元から、氷が広がる。
雪
「ここからは“本気”だな」
拓弥
「……ああ」
ゆっくりと、右手を上げる。
空気が、歪む。
炎じゃない。
“黒”。
ドクン――
心臓と共鳴する。
黒炎が、滲むように現れる。
ヴァンパイア
「……」
初めて。
ほんのわずかに――
表情が変わる。
ヴァンパイア
「それは……」
拓弥
「待たせたな」
黒炎が、腕を覆う。
雷と混ざり、
異質な力へと変わる。
拓弥
「ここからが――」
雪
「第二ラウンドだ」
二人が並ぶ。
氷と黒炎。
対するは、吸血鬼の王。
ヴァンパイア
「……なるほど」
口元が、ゆっくり歪む。
ヴァンパイア
「やっと、“戦い”になるか」
赤い瞳が、強く灯る。
空気が、変わる。
ヴァンパイア
「……来い」
その一言。
同時に動く
雪
「左取る」
拓弥
「右行く」
迷いはない。
ドンッ!!
床が砕ける。
二人が同時に踏み込む。
雪
「《氷界展開》」
瞬間。
空間が凍る。
床、壁、空気。
すべてが氷に侵食される。
その中で。
雪
「――燃えろ」
黒炎が、氷の中に“流れ込む”。
本来、相反するはずの力。
だが――
融合する。
黒く染まった氷が、軋む。
雪
「《黒氷牢獄》」
氷の檻が、一瞬で形成される。
ヴァンパイアを、完全に包囲。
逃げ場、ゼロ。
拓弥
「合わせる――!」
雷聖剣が、唸る。
そこに。
黒炎が、纏わりつく。
バチバチと音を立てながら――
“侵食”する。
拓弥
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
踏み込み。
一直線。
黒雷が、空間を裂く。
拓弥
「《黒雷閃》!!!!」
ズドォォォォォン!!!!!!
黒炎と雷が、
氷の檻の中で――
爆ぜる。
衝撃が、空間を歪ませる。
玉座の間が、
一瞬で崩壊しかける。
床が砕け、
壁が裂け、
天井のステンドグラスが吹き飛ぶ。
拓弥
「……入った……!」
雪
「……今のは……」
確信。
今までとは違う。
“通った”。
煙が、立ち込める。
音が、消える。
誰も動かない。
パキッ――
雪
「……!」
氷に、ヒビが入る。
パキパキパキ……
黒氷が、内側から砕ける。
煙の中から、
ゆっくりと歩いてくる。
ヴァンパイア。
外套が、焼けている。
身体にも、明確な傷。
だが――
立っている。
ヴァンパイア
「……素晴らしい」
静かに。
ヴァンパイア
「やっと、“届いた”」
その目が――
明確に、変わる。
楽しむ目ではない。
“狩る目”。
ヴァンパイア
「その力」
一歩、踏み出す。
空気が、沈む。
ヴァンパイア
「危険だ」
赤い光が、全身から溢れる。
床が、溶ける。
空間が、歪む。
雪
「……来るぞ」
拓弥
「……ああ」
構える。
ヴァンパイア
「ならば――」
ゆっくりと、腕を広げる。
ヴァンパイア
「こちらも、“王”として応えよう」
ドクン――
心臓の音が、空間に響く。




