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22/27

27.俺たちの戦場

【雪山・積雪期地帯】


 世界が、白に塗り潰されていた。


 空と地面の境界は消え、

 風と雪だけが、存在を主張している。


「……ここからが、本番だな」


 足を踏み出すたび、

 膝まで沈む雪。


 吐く息は、すぐに凍りつき、

 声すら遠くへ運ばれない。


麻里奈

「寒い……っていうより……

 痛い……」


「体力が……削られてる……

 この雪、普通じゃない……」


キール

「お前らだらしねーな」


ジール

「キールは慣れてるだけじゃないか?」



 拓弥は、足を止めた。


拓弥

「……ここだ」


「まだ見えてねぇぞ?」


拓弥

「ここに結界がある」


 胸の奥で、

 雷と黒炎が同時に、ざわついていた。


【雪山最奥・結界境界】


 吹雪が、嘘のように止んだ。


 音が、消える。


 そこには――

 何もない空間があった。


 雪も、

 風も、

 寒さすら、入っていかない“空白”。


「……なんだ、ここ……」


キール

「近づくな。

 これは“門”だ」


 拓弥が、一歩前に出る。


拓弥

「ここから先は――

 ヴァンパイアの世界だ」


 空間が、

 わずかに脈打った。


 まるで――

 誰かが、こちらを見ているように。


 【結界内部・白夜】


 結界を抜けた瞬間――

 世界の色が、変わった。


 空は夜でも昼でもない。

 月が浮かんでいるのに、闇が完全には訪れない。

 白夜の空の下、雪は消え失せ、

 大地は不毛な荒野と化していた。


麻里奈

「……なに、ここ……」


 その声は、自然と小さくなった。


 目の前に現れたのは――

 城だった。


 切り立った断崖の上。

 奈落へと続く深い裂け目の中央に、

 まるで世界を縫い止める杭のようにそびえ立つ、黒い城。


「……城、というより……

 “墓標”ですね……」


 城の真下。


 断崖の縁から縁へと広がる大地に、

 無数の影が蠢いていた。


 骸骨兵。


 剣を持つ者。

 槍を構える者。

 盾を構え、整列する者。


 錆びた兜の奥で、青白い光が灯る。


 ――一体や二体ではない。


リーナ

「……数、数えてみる?」


ジール

「無意味だ」


「万は超えてるな。

 少なく見積もっても、一万以上ってところだ」


 風が吹く。


 その瞬間、

 骸骨兵たちが一斉に動いた。


 ガシャリ――

 ガシャリ――


 骨と金属が擦れ合う音が、

 低い地鳴りとなって荒野に広がる。


キール

「……歓迎されてるな」


 冗談めかした声。

 だが、誰も笑わなかった。


拓弥

「……城の周囲は奈落。

 正面突破しか、道はない」


「結界の中に、さらに結界。

 逃げ道も、奇襲も――期待できないな」


 城の最上部。


 一つだけ、明かりが灯る窓があった。


 ――そこから、

 何かに見下ろされている。


 確信に近い感覚が、

 全員の背筋を、静かに撫でた。


拓弥

「……いるな」


キール

「ああ」


 白夜の空の下、

 黒き城と、万の死兵。


 誰もが悟っていた。


 ここはもう、

 引き返せる場所ではない。


 そして――

 この城の奥で待つものは、

 ポルポトなど比べ物にならない

 **“本物”**だということを。


 静かに、

 だが確実に。


 最終決戦の舞台は、整えられていた。


 少し変えました


【結界内部/骸骨兵迎撃】


 骸骨兵の列が、動き出した。


 号令はない。

 だが、万の死兵が、同時に踏み出す。


 地面が、震えた。


キール

「……来るぞ」


 次の瞬間――


 翔が、一歩前に出た。


「数が多いな。

 でも、ちょうどいい」


「翔さん……?」


 翔は深く息を吸い、

 ゆっくりと、右手を掲げた。


 ――空気が、歪む。


 次の瞬間。


 《殲骨一線せんこついっせん


 翔の足元から、衝撃波が放たれた。


 ドン――ッ!!


 見えない壁が、前方へ走る。


 先頭の骸骨兵たちが、

 一斉に粉砕された。


 骨が砕け、

 鎧が潰れ、

 存在そのものが、吹き飛ぶ。


麻里奈

「……え……?」


「……一撃で……?」


 翔は止まらない。


 今度は、地面を踏み鳴らした。


「《震界》」


 地面が、うねる。


 大地そのものが波打ち、

 骸骨兵の陣形が崩壊した。


 整列していた万の兵が、

 一瞬で、ただの“瓦礫の山”になる。


キール

「バケモンだな」


 だが――


 砕けた骸骨兵たちが、

 再び、動き出した。


 折れた骨が、引き寄せられ、

 砕けた頭蓋が、元の位置へ戻る。


 ――再生。


「……再生してる……」


「……ああ。

 さすがに、この数は――」


 翔が初めて、舌打ちした。


「時間がかかるな」


 骸骨兵の後方。


 さらに、さらに――

 無数の影が、蠢いている。


拓弥

「……翔さん一人でも、

 削れるけど……」


拓弥

「この数は……

 さすがに……手伝おう」


 その時だった。


 ――空が、裂けた。


 白夜の空に、

 大きな魔法陣


 敵の攻撃?違う。


 これは――


「……え……?」


 魔法陣から、

 冷たい風が、吹き下ろす。


 そして――


 “それ”が、落ちてきた。


 ドンッ!!!


 着地と同時に、

 衝撃波が走る。


 骸骨兵の一団が、

 まとめて吹き飛んだ。


???

「……やれやれ」


 低い声。


 その人物は、ゆっくりと立ち上がる。


 顔は見えない。

 だが――


 その立ち姿だけで、空気が変わった。


「……来たか」


 翔が、口元を歪める。


 【希龍家・屋敷/同時刻】


 屋敷は、静まり返っていた。


 朝の光が差し込む廊下に、

 人の気配はほとんどない。


 その静寂を破るように、

 扉が開いた。


光輝

「……拓弥、雪!」


 返事は、ない。


 足早に屋敷の奥へ進むが、

 そこにいるはずの弟たちの姿は見当たらなかった。


 代わりに、廊下の柱にもたれていた少年が顔を上げる。


風魔

「ああ……兄さんたちなら、もうとっくに出かけましたよ」


光輝

「……もう?」


風魔

「はい。

 キールが迎えに来て、そのまま」


 少し間を置いて、付け加える。


風魔

「魔佐兄たちも、ついさっき出ました。

 慌ただしかったですよ」


 光輝は、わずかに目を伏せた。


光輝

「……遅かった、か」


 悔しさとも、焦りともつかない吐息。


 そして、顔を上げる。


光輝

「風魔くん」


風魔

「はい?」


光輝

「グリフォンの世界へ行くには……

 どうすればいい?」


【結界内部/骸骨兵迎撃・続】


 立ち込める煙の中。


???

「……やれやれ」


 低く、気怠げな声。


「……来たか――

 ……ん⁉︎」


 翔の目が、わずかに見開かれた。


 煙が晴れていく。


 そこに立っていたのは――


 赤熱するような気配。

 周囲の温度だけが、明らかに“おかしい”。


 希龍・暁斗。


暁斗

「さて……

 久しぶりに、暴れるか」


拓弥

「……暁斗さん!?」


 信じられない、という声。

 だが、それだけではなかった。


魔佐

「やれやれ……

 間に合ってよかったよ」


拓弥

「魔佐兄!?

 どうやって来たんだよ!

 ここ、結界の中だぞ!?」


 魔佐は肩をすくめる。


魔佐

「結界?

 そんなもの、僕には関係ないよ」


 当然のように言った。


魔佐

「翔の居場所にテレポーテーションして、

 そこから転移魔法で暁斗さんを呼んだだけ」


 その場が、一瞬、静まり返る。


キール(小声)

「……結界の内外関係なく、

 しかも“自分の知らない場所”に瞬間移動だと……」


キール

「……なんだこの化け物一家は」


 暁斗は、ゆっくりと前に出た。

 足元の地面が、じり、と赤く染まる。


暁斗

「じゃあ行くぞ」


 淡々と。


暁斗

「《インフェルノ》」


 ――ドォン。


 次の瞬間。


 地面が、爆ぜた。


 無数の火柱が、同時に噴き上がる。

 直線ではない。

 逃げ場を塞ぐように、円を描いて。


 骸骨兵たちが炎に飲み込まれていく。


 骨が焼け、

 魔力が弾け、

 再生の兆しすら、炎が喰らい尽くす。


「……再生、してない……」


「……炎の“質”が全然、違う……」


暁斗

「数が多いだけの死体だな」


 炎の海を前に、暁斗は欠伸を噛み殺す。


暁斗

「魔佐!お前がこれを作ってくれたおかげ全然、寒くないぞ!」


魔佐

「当然でしょ。なんて言ったって僕は天才だからね」


拓弥

「何したんだ?」


魔佐

「ホットジャケット。

 体温を好きな温度で保てる服だよ」


 さらりと言う。


魔佐

「さて、僕も少し片付けようか」


 上空に、巨大な魔法陣が展開された。


 さっき暁斗を召喚した時よりも、さらに巨大。


 空が、重くなる。


魔佐

「《メテオインパクト》」


 ――轟音。


 隕石が、降る。


 白夜の空を裂き、

 骸骨兵の密集地帯に叩き落ちる。


 爆炎。

 衝撃波。

 地形が変わる。


「……やりすぎだ」


魔佐

「まだ本気じゃないよ?」


 骸骨兵の軍勢は、

 確実に、削られていく。


魔佐

「さあ、今のうちだよ」


「ここは俺たちが押さえる」


魔佐

「城まで一直線で行ってきな」


拓弥

「……ありがとう」


キール

「行くぞ、相棒」


  骸骨の残骸と炎の間を縫い、

 拓弥たちは駆け出した。


 奈落を背にした黒き城が、近づいてくる。


 最終決戦は――


 まだ始まってすらいない。


 だが。


 舞台は、完全に整った。


【ヴァンパイア城・正門/白夜】


 奈落を跨ぐ黒き橋。


 骸骨兵の残骸を越え、

 拓弥たちは城門の前に立った。


「……いよいよだな」


「ここが……決戦の地」


キール

「中じゃ誰が歓迎してくれるのかな」


 巨大な門。

 その中央に、紋章が刻まれている。


 ――翼を広げた蝙蝠(コウモリ)


拓弥

「……行くぞ」


 拓弥が門に触れた瞬間。


 ギィィィィ……


 門は、ひとりでに開いた。


 冷たい風が吹き出す。


 中は闇。

 底が見えない。


【ヴァンパイア城・下層部/水没大広間】


 灯が付き

 城の扉が閉じた瞬間。


 床が、崩れた。


 石畳の隙間から水が溢れ、

 あっという間に膝の高さまで満たす。


「……水か!」


「ただの水じゃない……!」


 中央の階段へ向かおうとした、その時。


 水面が割れた。


 静かに、

 優雅に。


 水柱が立ち上がり、

 その中心に現れる影。


 銀髪の女。


 蒼い瞳は、揺れない。


 手には――三叉の槍。


セイレーン

「ここは、王へ至る最初の間」


 声は澄んでいる。

 怒りも、焦りもない。


セイレーン

「通すわけにはいきません」


 トライデントが水面を撫でる。


 瞬間。


 水位が、さらに上がった。


リーナ

「……っ!」


 リーナの視線が、槍に釘付けになる。


リーナ

「……その槍」


セイレーン

「何か?」


リーナ

「それ……人魚の王家のトライデント……!

 どうして、ヴァンパイアの手下が持ってるの!?」


 セイレーンの口元が、かすかに歪む。


セイレーン

「手下? ――違うわ」


 トライデントが淡く光る。


セイレーン

「これは‘私が’奪った。王家の城から、この手で」


リーナ

「……っ!?」


セイレーン

「王家が守れなかったものを、私が受け継いだだけ」


 水面が荒れる。


キール

「分かれるぞ」


 迷いのない声。


キール

「ここは水の領域。

 俺たちじゃ足手まといだ」


拓弥

「リーナ……」


リーナ

「うん」


麻里奈

「私も残る」


拓弥

「……大丈夫か?」


麻里奈

「大丈夫!女争いに男は無用よ」


 笑う。


 けれど、その目は真剣だ。


リーナ

「先、行って」


麻里奈

「上で待ってて」


 セイレーンが、静かに構える。


セイレーン

「賢明な判断です」


 水が、渦を巻く。


セイレーン

「では――

 海の審判を始めましょう」



拓弥は、最後に振り返る。


 水の中で、

 リーナが一歩、前へ出る。


拓弥

「……死ぬなよ」


リーナ

「当たり前でしょ」



 拓弥、キール、雪、光、ジール。


 水を蹴り、

 中央階段へ駆け上がる。


 背後で――


 轟音。


 水柱が天井まで立ち上がる。


 【ヴァンパイア城・下層部/水没大広間】


 水位が、腰まで上がる。


 冷たい。

 だが、それだけではない。


 水そのものが“意思”を持っている。


セイレーン

「足を取られる前に、沈みなさい」


 トライデントが静かに回る。


 瞬間――


 水が刃になる。


ザァァァッ!!


 無数の水刃が、四方から襲う。


麻里奈

「《ストーンウォール》!!」


 石の壁がせり上がり、水刃を受け止める。


 だが。


 ジュウゥゥゥ……


 石が、削れていく。


麻里奈

「え!? 水なのに……!」


セイレーン

「ただの水ではないと言ったはず」


 トライデントの先が、光る。


セイレーン

「これは“海の裁き”」



リーナは、水の流れを読む。


リーナ

「……違う」


麻里奈

「え?」


リーナ

「この水……

 海の水じゃない」


 セイレーンの瞳が、わずかに揺れる。


リーナ

「海は、こんなに怒らない」


 水面に、そっと手を置く。


 波が、ほんの少しだけ静まる。


セイレーン

「触れるな!!」


 トライデントを振るう。


 巨大な水柱が、天井まで立ち上がる。


ドォォォン!!


 麻里奈が跳ぶ。


麻里奈

「上から来るよ!!」


リーナ

「分かってる!」



セイレーンは冷静だった。


怒らない。

叫ばない。

ただ、確実に追い詰める。


セイレーン

「あなたは弱い」


リーナ

「……」


セイレーン

「歌に頼るだけの“半端な王家”」


 トライデントを構える。


セイレーン

「王家は弱い者を切り捨てた。守ると誓いながら、都合の悪い命は見て見ぬふりをした」


リーナ

「……そんなこと……」


セイレーン

「知らない? ――そうでしょうね。王家に守られた者は、捨てられた者のことなど知らない」


 その言葉で。

 リーナの表情が、変わる。


麻里奈

「リーナ、乗らないで!」



リーナは、目を閉じる。


リーナ

「……違う」


 静かな声。


リーナ

「歌は、逃げじゃない」


 水面が、波打つ。


リーナ

「守るための力だ」



セイレーンのトライデントが、強く光る。


セイレーン

「ならば証明してみなさい」


 水が一斉に持ち上がる。


 天井まで達する巨大な水壁。


麻里奈

「まずい……飲み込まれる……!」


リーナ

「麻里奈!」


麻里奈

「任せて!!」


 地面に手をつく。


麻里奈

「《グランドアンカー》!!」


 足元の石がせり上がり、

 二人の足を固定する。


麻里奈

「流されないで!!」


リーナ

「ありがとう!」



リーナは、歌う。


 今度は防御ではない。


 水を“奪い返す”歌。


 旋律が、水の流れを逆らわせる。


 セイレーンの水壁が、震える。


セイレーン

「……っ!?」


 トライデントが、強く反応する。


リーナ

「その槍は、王家のもの」


セイレーン

「黙りなさい!」


リーナ

「なら、私の歌にも応えるはずだよね」


 歌が、高まる。


 水が、割れる。



 バァンッ!!!


 水壁が、左右に裂けた。


 セイレーンの瞳が、初めて見開かれる。


セイレーン

「……馬鹿な……」


麻里奈

「今よ!!」


 石槍が、水面を走る。

 セイレーンの足元を突き上げる。


リーナ

「トライデント、返してもらう!!」


 【ヴァンパイア城・中層部/死兵統括間】


 螺旋階段を駆け上がる。


 水音は遠ざかり、

 代わりに響くのは――


 骨の擦れる音。


 ガシャ……ガシャ……


 広間に出た瞬間、

 無数の骸骨兵が整列していた。


 その中央、高台。


 ひとりの男。


 軍装。

 そして、濁らぬ視線。


ジェネラル

「……ようやく、来たか」


 その目が、真っ直ぐに――

 拓弥を射抜く。


ジェネラル

「光雷」


 空気が止まる。


「……?」


拓弥は、無言で睨み返す。


ジェネラル

「覚えているか?

 エクストラ城の悲劇を」


 キールの鎌が、僅かに軋む。


キール

「……お前か」


ジェネラル

「あの時はキールとエキドナに獲物取られてしまったからな」


 低く笑う。


ジェネラル

「今度こそは私の獲物だ」


拓弥

「……俺はお前の相手をするつもりはない」


ジェネラル

「おい、おいそれは困るな」


 骸骨兵が一斉に武器を掲げる。


ジェネラル

「こちらは三十年も未練を抱えている」


 視線が、階段上部へ。

 ジェネラルが剣を抜く。


ジェネラル

「王へ至る階段は、私が守る」


 雪が一歩前へ出る。


「行け」


拓弥

「……」


「ここはただの通路だ。

 終点じゃねぇ」


 光とジールが前に出る。


「ここは僕たちがやります」


ジール

「リーダーたちは上へ」


キール

「頼んだ」


 ジェネラルの目が細まる。


ジェネラル

「光雷、逃げるのか?」


 拓弥は振り返らない。


 二人は、駆ける。


  その瞬間――


 ジェネラルが踏み込もうとした足元を、


 氷が、凍てつかせた。


 ゴォッ!!


 厚い氷壁が、階段前を塞ぐ。

「通さねぇよ」


「ここは僕たちの戦場です」


ジール

「………」


 ズゥゥン……と石畳がひび割れ、凄まじい質量の音が広間に響き渡る。


 骸骨兵が押し寄せる。


 地鳴りのような骨の音。


 ジェネラルは氷壁を見つめ、ゆっくりと剣を構えた。


ジェネラル

「……いいだろう」


 その背後で、

 骸骨兵たちの眼窩が一斉に青く光る。


ジェネラル

「では第二幕の幕開けだ」

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