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25.吸血鬼

【エルフの里・聖樹の広場/深紅の来訪者】


 ――空気が、凍りついた。


 誰も動けない。

 誰もが、呼吸の仕方を忘れたようだった。


 その“影”は、音もなく降り立つ。


 風を裂かず、

 地を打たず、

 最初からそこにいたかのように。


キール

「……ッ!!」


 その気配を、誰よりも早く察したのはキールだった。


拓弥

「……ヴァン……パイア……」


 呟いた声は、低く、確信に満ちていた。


 影の中から、男が一歩、前に出る。


 整った顔立ち。

 赤い瞳。

 口元に浮かぶ、余裕の笑み。


ヴァンパイア

「久しぶりだね、キール」


 その声は、懐かしさすら含んでいた。


 そして、視線をずらし――

 地に崩れた“元・王”を見る。


ヴァンパイア

「……でも、その前に」


 小さく、ため息。


ヴァンパイア

「ポルポト。

 こんな所でやられたら、困るじゃないか」


 彼は屈み、

 無造作に、ポルポトの顎を掴んだ。


ヴァンパイア

「せっかく――

 “父上”が、キミを死なない体にしてくれたのに」


 その瞬間。


 ヴァンパイアは、自らの指を噛み切った。


 滴る、深紅の血。


 それを――

 躊躇なく、ポルポトの口へと流し込む。


ポルポト

「……ッ……ん……ッ……!」


 次の瞬間。


ポルポト

「グァぁぁぁぁあああああッ!!」


 悲鳴。


 骨が軋み、

 肉が脈打ち、

 身体が――再び、蠢き始める。


拓弥

「……ヴァンパイア……!」


 雷聖剣が、唸る。


 だが。


 ヴァンパイアは、拓弥を見て微笑んだ。


ヴァンパイア

「光雷……久しぶりだね」


 懐かしむように、首を傾げる。


ヴァンパイア

「転生して、また戻ってきたんだね。

 相変わらず――“幸運なガキ”だ」


 そして、周囲を一瞥する。


ヴァンパイア

「しかも……

 ブラック竜人に、土人まで連れてくるとは」


 笑みが、深くなる。


「……ヴァンパイア。

 一つ、聞きたい」


 雪が、一歩前へ。


「お前は――

 雨川家と吸血鬼の闘いに、参加していたか?」


 ヴァンパイアは、目を細めた。


ヴァンパイア

「……ああ……なんて懐かしい」


 吐き捨てるように、言う。


ヴァンパイア

「忌々しい雨川家……」


ヴァンパイア

「お前たちがいなければ、

 我々は住む場所を失わずに済んだ」


「……やっぱり……

 昔、俺たちは共存していたのだな」


 ヴァンパイアは、肩をすくめる。


ヴァンパイア

「共存?

 笑わせるな」


 次の瞬間。


 その視線が、麻里奈を射抜いた。


麻里奈

「……私たち土人を襲ったのも……

 あなたが、首謀者?」


 ヴァンパイアは、歯を剥き出しにして笑った。


ヴァンパイア

「何のことかな?……だが、」


ヴァンパイア

「お前ら土人の血は、

 どの種族よりも……美味い」


麻里奈

「……っ」


 麻里奈の顔から血の気が引く。

 だが、それでも彼女は一歩も下がらなかった。

 

ヴァンパイア

「我慢できるはずがないだろ?」


 舌なめずり。


ヴァンパイア

「さて……

 今日は“ご馳走”にありつけるかな?」


拓弥

「……させねぇよ!!」


 雷が弾ける。


拓弥

「《サンダー・クラッシュ》!!」


 だが――


 ヴァンパイアは、軽やかに一歩、横へ。


 雷は虚空を裂くだけだった。


ヴァンパイア

「……相変わらず、雑だな」


 彼は両手を広げる。


ヴァンパイア

「では――

 こちらから、始めようか」


ヴァンパイア

「《深紅の饗宴スカーレット・バンケット》」


 その言葉と同時に――

 森が、軋んだ。


 聖樹の根、草木、土、空気。

 あらゆる“生きているもの”から、淡い赤い光が引き剥がされていく。


 生命力が、吸い上げられていく。


エルフの民

「……っ……!」

「からだが……!」


 次の瞬間。


ヴァンパイア

「《血宴の玉座ブラッド・スローン》」


 ――ズンッ。


 世界そのものが、押し潰された。


 見えない重圧が一斉に降りかかり、

 誰一人、立っていられない。


みんな

「……うっ……!」


 膝が地面に叩きつけられる。

 呼吸すら、ままならない。


拓弥

「くそっ……!

 ……っ……あ、?」


 その時だった。


 拓弥の荷物の中から、

 小さな木の棒が、転がり出た。


 ひび割れたような古木。

 だが――


 淡く、脈打つように光っている。


ヴァンパイア

「……?」


 初めて、彼の表情が変わった。


ヴァンパイア

「それは……」


 ゆっくりと、目を細める。


ヴァンパイア

「《神骸探索ディヴァイン・シーカー》……?」


 木の棒が、確かに反応していた。

 まるで――

 “何か”を指し示すように。


ヴァンパイア

「……何故だ」


 声が、低く沈む。


ヴァンパイア

「何故、貴様が……それを持っている」


 そして、次の瞬間。


 彼は――笑った。


ヴァンパイア

「……まぁ、いい」


 愉悦すら滲む声。


ヴァンパイア

「ついに……ついに、見つけた」


 赤い瞳が、歓喜に歪む。


ヴァンパイア

「『蘇りの杖』」


 その名に、空気が凍る。


拓弥

「……『蘇りの杖』……?」


ヴァンパイア

「そうだ」


 即答だった。


ヴァンパイア

「この杖を探すために――

 我々は、何百年も費やしてきた」


 まるで、他の全てがどうでもいいと言わんばかりに。


ヴァンパイア

「そうと分かれば……

 貴様らには、もう興味がない」


キール

「……待て」


 重圧の中で、キールが歯を食いしばる。


ヴァンパイア

「君たちの相手は――」


 視線が、ゆっくりと背後へ移る。


 血を与えられ、

 歪み、

 膨れ上がり続ける影。


ポルポト

「ぐっ……ああ……ッ……

 ぐああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


 骨が砕け、

 肉が盛り上がり、

 王だったものが、完全に“別の存在”へと変わり始める。


ヴァンパイア

「――彼だ」


 冷酷な宣告。


ヴァンパイア

「存分に、楽しむといい」

 

 【エルフの里・聖樹の広場/血と再生】


 ――ドクン。


 ――ドクン、ドクン。


 地面そのものが、脈打っているかのようだった。


 膨れ上がった肉体。

 裂けた皮膚の奥から、黒赤い筋肉がうねる。

 王冠だけが、** 不釣り合いなほど“そのまま”**頭に乗っている。


 それはもはや、王ではなかった。


ポルポト

「―――――――――――――ァァァァァァァァッ!!!」


 叫びとも、咆哮ともつかない音が、空気を引き裂く。


「……っ、デカすぎる……!」


麻里奈

「再生してる……ずっと……!」


 次の瞬間。


 巨体が、消えた。


拓弥

「――っ!?」


 ドンッ!!!


 衝撃。

 拓弥の身体が、背後の樹に叩きつけられる。


拓弥

「ぐっ……!」


 振り向いた時には、

 すでにポルポトの腕が振り抜かれていた。


キール

「相棒!!」


 キールがソウル・リッパーを振るう。


キール

「《デス・エンペラー》!!」


 黒い斬撃が、ポルポトの胴を横一文字に裂いた。


 ――ズバァン!!


 胴体が、上下に分かれる。


「やった……!?」


 しかし。


 落ちた上半身と下半身が、

 ずるり、と蠢いた。


 肉が、伸びる。

 骨が、軋みながら噛み合う。


 数秒で、元通りになった。


「……再生……止まらない……」


ポルポト

「――――無駄だ」


 声が、二重に重なって聞こえる。


ポルポト

「血がある限り……――私は死なぬ」


 ポルポトの胸部が裂け、

 中から赤黒い光が脈動する。


エリエル=ナイア

「……不死……いや……」


 長老の声が、低く沈む。


エリエル=ナイア

「“死を拒否された身体”……」


 次の瞬間。


 ポルポトの背中から、

 無数の血の触手が噴き出した。


ポルポト

「王とは……

 選ばれし存在だ……!」


 触手が地面に突き刺さり、

 里の血と水分を吸い上げる。


「くそっ……!

 削っても、削っても……!」


 砕かれたはずの腕が再生し、

 裂けた胴体が、再び膨張する。


ポルポト

「グ……ォォ……ッ……

 無駄だ……!

 何度でも……私は……!」


 もはや王の言葉ではない。

 血に溺れた獣の唸り声だった。


「……違うな」


 雪は、はっきりと言った。


「お前は“不死”じゃない」


 全員の視線が、雪に集まる。


「再生してるのは……

 “お前自身”の力じゃねぇ」


 ポルポトの背中から伸びる、

 黒く脈打つ血管。


「吸血鬼の血だ。

 その力が――

 無理やりお前を動かしてる」


 ポルポトが、一瞬、動きを止める。


ポルポト

「……何を……言って……」


「だからだ」


 雪の拳が、ぎしりと鳴る。


「コレならどうだ!」


 空気が、変わった。


拓弥

「……雪?」


ポルポト

「グォォ……」


はじめてポルポトにダメージが通った。

再生が、遅れた。

雪の手は黒く燃えていた。


「さっきも言ったが俺たち黒竜人は昔、吸血鬼との闘いで勝ってるんだ!

黒竜人の黒炎なら通るじゃないか?」


拓弥

「……あ……」


 思い出す。


 12年前。

悠弥(雪と拓弥の父)

「こら、お前は雷を使うなって言ってるだろ」


拓弥(幼少期)

「うるせな〜。この方が一瞬だし、魚竜も気絶するから状態もよくて売り物になりやすいだろ!」


悠弥

「それだと黒炎の練習ならんだろ。

雨川家の跡継ぎはみんな使えるんだぞ!」


拓弥

「おれは、後を継ぐなんて言ってねーだろ。

雪に継がせろよ。雪は使えるだろ!」



現在

「拓弥!お前も使えるだろ手伝え!

それとも使い方を忘れたか?」


拓弥

「阿呆抜かせ!」


 熱。


 内側から、焼き尽くすような――


拓弥

「……黒炎……」


 掌に、黒い火が灯る。


 揺らめきは不安定。

 荒く、未熟だ。


「それでいい!!」


「焼け!!

 “血”を狙え!!」


 ポルポトが吼える。


ポルポト

「やめろォォォッ!!

 私は王だ!!」


拓弥

「……違う」


 一歩、前へ。


拓弥

「お前は――

 “借り物の命”で暴れてるだけだ」


 拓弥の黒炎が、

 ポルポトの腕を包んだ。


 ――ジュッ!!


 血が、悲鳴を上げる。


 再生が、止まる。


ポルポト

「……!? 

 な……ぜ……戻ら……」



「焼いてんだよ」


 雪の黒炎が、重なる。


「吸血鬼の力ごとな」


 二つの黒炎が絡み合い、

 ポルポトの巨体を包み込む。


 今度は――

 再生しない。


ポルポト

「……あ……ああ……

 私は……」


 巨大な身体が、

 崩れ落ちていく。


 王冠が、地面に転がる。


ポルポト

「……誰も……見てくれなかった……」

「血も……名も……何も……」

「だから……王に……なりたかった……だけ……だ……」


 最後の言葉は、

 ひどく小さかった。


 黒炎が消えた時――


 そこに残っていたのは、

 再生しない、醜い骸だけだった。


 沈黙。


 そして――


キール

「……終わったな」


 拓弥は、まだ自分の手を見ていた。


拓弥

「……思い出したよ……

 昔の感覚……」


「上出来だ」


 黒炎は、ゆっくりと消えていった。


 だが――

 この時、誰もまだ知らない。


 “本当の敵は、すでに目的を果たして去った”

 ということを。


 【どこか高空/霧の向こう】


 風のない場所だった。


 雲よりも高く、

 それでいて大地の“血の匂い”だけが、はっきりと届く場所。


 黒い外套を翻し、

 ヴァンパイアは、眼下を見下ろしていた。


 ――ポルポトの気配が、完全に消える。


ヴァンパイア

「……ふふ」


 小さな、愉快そうな吐息。


ヴァンパイア

「やっぱり壊れたか。

 まぁいい……あれは“器”に過ぎない」


 指先に、赤黒い血が一滴、浮かぶ。

 それはまだ、温かい。


ヴァンパイア

「黒炎……か」


 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ、目が細められた。


ヴァンパイア

「なるほど。

 黒竜人が、この世界に来るとは……」


 だが、次の瞬間には、

 その表情は完全に“余裕”へ戻る。


ヴァンパイア

「面白い」


 空気が、わずかに震える。


ヴァンパイア

「ようやくだ。

 ようやく――

 私の念願がようやく叶う時がきた。

 数百年ぶりにまた”キミに会える日がくる”」


ヴァンパイア

「安心するといい、ベル・ユニティス・エクストラ」


 名を呼ぶ声は、

 祈りのように優しく、

 呪いのように冷たかった。


ヴァンパイア

「次は……

 ちゃんと“終わらせて”あげる」


 その姿は、霧に溶ける。


 ――残ったのは、

 ほくそ笑みの余韻と、

 確実に近づく“決戦の気配”だけだった。


 【エルフの里・戦闘後】


拓弥

「……この力がなきゃ、

 ヴァンパイアには勝てないのかもしれないな」


「ああ。

 お前が“この世界の人間”じゃなく、

 黒竜人に転生した理由が、ようやく分かった気がする」


拓弥

「……神様、ちゃんと聞いてくれてたんだな。

 俺の願い」


キール

「じゃあさっそく、雪山越えて追いかけるか?

 今度こそヴァンパイアをぶっ倒しに行こうぜ」


拓弥

「……いや、ダメだ」


キール

「は? なんでだよ」


拓弥

「雪はどうか知らないけど、

 俺はさっき黒炎を使ったばっかりだ。

 これじゃ、まともに戦えない」


「……俺も同感だ」


拓弥

「一度、家に帰る。

 魔佐兄たちに相談したい」


「でも……引き返して、またここまで戻るとなると、

 かなり時間がかかりますよ」


麻里奈

「ヴァンパイア、

 “蘇りの杖”を手に入れたって言ってたよね……」


リーナ

「ナイアさん、何か知ってる?」


エリエル=ナイア

「……『蘇りの杖』。

 私も初めて聞く名だが……

 その名が示す通りなら、決して放置してよい代物ではない」


ジール

「……できるだけ早く、止める必要がありそうだな」


キール

「……仕方ねぇな。

 じゃあ、“アレ”を使うか」


拓弥

「アレ?」


キール

「お前がいなかった二十年、

 俺も何もしてなかったわけじゃねぇ」


キール

「お前がどこかで転生するかもしれないと思ってな。

 十年かけて、覚えた技がある」


 そう言って、キールは一歩前に出た。

 集中し、鎌を――空振りする。


 次の瞬間。

 空間が、裂けた。


みんな

「……?」


キール

「《次元斬り》だ。

 俺が“知ってる場所”なら、どこにでも繋げられる」


キール

「ただし、

 行ったことのない場所や、結界のある場所には使えねぇ」


拓弥

「……すげぇな。

 これがあれば、いつでも帰れるじゃねぇか」


「……これを使って、イディアの世界に来たのか」


キール

「ああ。若い頃、あの世界にも一度行ったことがあってな」


拓弥

「よし……じゃあ、帰ろう」


キール

「三日後、迎えに行く。

 それまで俺とリーナとジールで、里の復旧を手伝っておく」


拓弥

「ありがとう。

 三日あれば――必ず黒炎を、自分の力にしてみせる」


 キールは、静かに笑った。


キール

「……期待してるぜ」

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