表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/24

24.偽りの王

【エルフの里・外縁部/夜明け】


 夜が明けかけていた。


 森に薄い霧が立ち、朝露が葉を濡らす。

 本来なら、静かで清浄な時間――

 だが、その朝は違った。


 結界の外。


 血に濡れ、鎧は裂け、

 それでもなお立つ男がひとり。


 ゲオルグ・フォン・アーバン。


ゲオルグ

「……はぁ……はぁ……」


 その手には――

 聖槍ブリューナクの“穂先”だけ。


 柄は失われ、

 神の核だけが、むき出しになっている。


 ゲオルグは前を見る。


 そこにあるのは、

 エルフの結界。


 目には見えない。

 だが確かに“世界を拒む壁”。


ゲオルグ

「……悪魔ども……この奥にいるのだな……」


 一歩、踏み出す。

 結界に触れた瞬間――

 ジジジ……

 空間が軋む音がした。


ゲオルグ

「……やはり……陛下の言葉は……正しかった……」


 彼は、確信する。

 

ゲオルグ

「ならば……ここを開くことが、私の最後の務め……」


 最後の力を振り絞り、

 ゲオルグは槍を構えた。


 もはや技ではない。

 祈りでもない。


 ただ――投げる。


ゲオルグ

「――我が身を代償に……開け……!」


 ◆


 ブリューナクの穂先が放たれた。


 空を裂き、

 結界へ――


 ズドォォン!!!


 光が爆ぜる。


 水面のようだった結界が、

 砕け散る硝子のように崩壊した。


 森が悲鳴を上げる。

 聖樹が軋む。


 ――結界、破壊。


ゲオルグ

「……成し……遂げ……た……」


 その瞬間。


 彼の足が崩れた。


ドサッ……


 ゲオルグは膝をつき、

 そのまま前のめりに倒れる。


 完全に――意識を失った。


 ◆


 ――数瞬後。


 崩れた結界の向こうから、

 ゆっくりと足音が響いた。


 拍手。


パチ……パチ……パチ……


???

「素晴らしい」


 低く、粘つく声。


 霧の中から現れたのは、

 豪奢な外套を纏った男。


 金の装飾。

 歪んだ王冠。


 ――ポルポト・グリフォニア。


ポルポト

「よくやったぞ、ゲオルグ・フォン・アーバン」


 倒れた騎士を見下ろし、

 王は満足そうに笑った。


ポルポト

「結界さえ壊れれば……

 あとは、ただの森だ」


 彼は顔を上げ、

 エルフの里の奥を見つめる。


ポルポト

「――さぁ、始めようか」


 朝日が差し込む。


 それは祝福ではない。

 災厄の始まりを告げる光だった。


【エルフの里・聖樹の回廊/薄明の刻】


 ――異変は、音ではなかった。


 **“痛み”**だった。


 聖樹の根が、ぎしりと軋む。

 500年この森を守ってきた結界が――

 悲鳴を上げた。


エリエル=ナイア

「……来たか……」


 長老は目を閉じ、杖を強く握る。


 次の瞬間――


 バァンッ!!!


 空間が砕ける音。

 透明だったはずの結界が、光の破片となって四散した。


 同時に。

森の外縁で、投げ込まれた魔導火が炎を上げた。

 

 赤。

 橙。

 黒煙。


 風に乗って、火が走る。


エルフの声

「火だ!!」

「結界が……!」

「聖樹を守れ!!」


 だが火は容赦がなかった。


 結界に守られていた森は、

 炎に対する備えを持たない。


 乾いた枝が燃え、

 葉が爆ぜ、

 光る花が、次々と灰になる。


 森が、焼かれていく。


エリエル=ナイア

「……ポルポト……」


 長老の声は低く、震えていた。


エリエル=ナイア

「ついに……踏み越えおったか……」


 聖樹の幹に、細い亀裂が走る。

 それは、里そのものの“心臓”が傷ついた証だった。



【エルフの里・奥/拓弥たちの滞在地】


 ――ズン。


 地面が、わずかに揺れた。


拓弥

「……今の……」


 胸の奥が、嫌な音を立てる。

 雷聖剣が、鞘の中で震えた。


キール

「……チッ……

 嫌な予感しかしねぇな」


 その時。


 熱風が吹き抜けた。


麻里奈

「……え?」


 鼻を突く、焦げた匂い。


「……火……?」


「森の方から……煙が……!」


 拓弥が立ち上がる。


 遠く――

 木々の隙間から、赤い光が見えた。


拓弥

「……結界が……破られた……?」


キール

「クソ……!

 まさか……あの槍……!」


 リーナが唇を噛む。


リーナ

「……この森……

 ずっと守られてたから……燃えたことが……ない……」


 その言葉が、全員に突き刺さった。


 ――つまり。


 今、初めて“滅びる可能性”に晒されている。


拓弥

「……長老……!」


 彼は走り出した。


キール

「待て、相棒!」


 後ろから追いかける足音。


 森はすでに、火の海になりつつあった。

 燃える枝が落ち、火の粉が舞う。


 その中で――

 聖樹だけが、必死に光を放っていた。


拓弥(心の声)

「……間に合え……

 今度こそ……守る側でいさせてくれ……!」


 炎と煙の向こうで、

 世界の運命が、大きく動き始めていた。

 

 【エルフの里・聖樹の広場/炎の前兆】


 結界が砕けた瞬間、

 森は悲鳴を上げた。


 光の膜が破れ、外界の空気が流れ込む。

 同時に、松明と魔導火が投げ込まれ、森の縁が赤く染まった。


 火は、意志を持つように這い広がる。


 聖樹の前――

 エリエル=ナイアは、杖を突き、動かなかった。


 その視線の先に、重厚な軍靴の音。


 騎士、兵、魔導士。

 そしてその中央に、王冠を被った男が現れる。


 ポルポト・グリフォニア。


 かつてはスーミラを名乗り、

 今は「王」を名乗る男。



ポルポト(冷笑して)

「――まだ生きていたか、森の亡霊」


 炎が揺れる。

 だが聖樹の根元だけは、燃えない。

 そこには、まだ“古い守り”が残っていた。


エリエル=ナイア

――

「五百年ぶりだな、ポルポト。

 いや……“名を盗んだ者”よ」


 ポルポトの眉がわずかに動く。


ポルポト

「言葉は相変わらずだな。

 だが時代は変わった」


 彼は周囲を見渡す。


ポルポト

「エルフは数を減らし、人は増えた。

 力の配分は、すでに決まっている」


エリエル=ナイア

「力で決めた“配分”など、いずれ歪む」


ポルポト(肩をすくめ)

「歪まぬ世界などない。

 だからこそ“王”が必要なのだ」


 その言葉に、ナイアは静かに目を細めた。



エリエル=ナイア

「王とは、守る者だ。

 壊す者ではない」


ポルポト

「守る?

 数百年も森に隠れ、結界にすがり、

 世界に何も与えなかった種族が?」


 ポルポトは一歩前に出る。

 

ポルポト

「エルフは選ばなかった。

 人と交わることも、国を支えることも」


エリエル=ナイア

「違う」


 杖が、地面を叩く。


エリエル=ナイア

「我らは“選ばされた”のだ。

 寿命という名の呪いを与えられ、

 恐れられ、疎まれ、追われた」


エリエル=ナイア

「それを“自業自得”と呼ぶなら――

 王とは、随分と都合のいい存在だな」



 ポルポトは一瞬、沈黙した。


 そして、薄く笑う。


ポルポト

「だから滅びるのだ、エルフは」


ポルポト

「五百年前も、

 そして今度も」


 彼は背後に手を振る。


 魔導士たちの詠唱が始まり、

 火が一段階、強くなる。



エリエル=ナイア(穏やかに)

「……覚えておけ、ポルポト」


エリエル=ナイア

「五百年前、我々を救ったのは

 剣でも、結界でもなかった」


 ポルポトが眉をひそめる。


ポルポト

「何だと?」


エリエル=ナイア

「“歌”だ」


 その瞬間、

 遠くで、風の音が変わった。


 炎の向こう。

 水の気配が、かすかに混じる。



エリエル=ナイア(静かに)

「そして今回も――

 その歌は、すでにここにある」


 ポルポトの視線が、

 聖樹の影の奥へ向く。


 まだ歌は響かない。


 だが、確実に――

 “予言の歯車”は回り始めていた。


 【エルフの里・炎の森】

 

アーロン

 「お母さん!!」


 煙の向こうで、母の姿が揺れる。


アーロン母

 「来ちゃダメ!!」


 屋根が軋み、火の粉が舞う。


 熱い。


 怖い。


 足がすくむ。


アーロン(心の声)

「……また……守れないの?」


 脳裏に浮かぶ、橋へ連れて行かれた父の背中。


 振り返らなかった背中。


 鎖の音。


アーロン(心の声)

「お父さんは……逃げなかった」


 炎が唸る。


 母の影が、揺らぐ。


 足が震える。


 それでも――


アーロン(心の声)

「僕は……逃げない」


 焦げた地面に、拳を叩きつける。


アーロン

「……森は……お父さんが帰る場所なんだ……!」

 


 【エルフの里・聖樹の広場/炎と歌】


 森は、燃えていた。


 投げ込まれた魔導火が地を這い、

 古木の幹を舐めるように広がっていく。

 空気は熱に歪み、葉は黒く縮れ、悲鳴が上がった。


 エルフたちは逃げ惑い、

 子どもたちは互いに手を取り合い、震えていた。


リーナ

 「……っ……」


 炎を見つめるリーナの胸が、強く脈打つ。


 ――知っている。

 この光景を。


 見たことはない。

 けれど、“知っている”。


 胸の奥から、懐かしい旋律が湧き上がってきた。


キール

 「……リーナ?」


 リーナは一歩、前に出る。

 足が震えているのに、止まらない。


リーナ

 「……ごめん。

 でも……今、歌わなきゃ……」


 キールが何かを言おうとして、口を閉ざす。彼女の瞳には、震えながらも消えない**「覚悟の光」**が宿っていた。


 聖樹の前。

 炎と対峙するその場所で、世界が、息を止めた。



 最初は、声にならない音だった。


 言葉ではない。

 旋律ですらない。


 ただ――

 水が生まれる前の、気配。


 その瞬間、風が変わった。


 熱を帯びていた空気が、

 ひやりと冷たさを帯びる。


エルフの民

 「……?」


 炎の向こうで、

 火の勢いが、わずかに揺らいだ。



 リーナは目を閉じた。


 祖母の顔が、脳裏をよぎる。

 優しくて、厳しくて、

 いつも歌っていた――あの声。


リーナ(心の声)

「……おばあちゃん……

 私、ちゃんと……できてる……?」


 次の瞬間。


 歌が、はっきりと世界に響いた。



 それは、

 哀しみを抱きしめるような旋律。


 怒りを否定せず、

 悲しみを押し殺さず、

 ただ“そこにある命”を包み込む歌。


 歌声に応えるように――


 空から、水が落ち始めた。


 最初は、雫。


 次に、霧。


 そして――

 波のような水流が、空中に生まれた。



麻里奈

 「……水が……!?」


 「すごい……!

 空気そのものが……!」


 「歌で……呼んでる……?」


 炎へ向かって、水が舞う。


 火は抵抗するように唸るが、

 次々とその勢いを奪われていく。


 ジュウゥゥ……ッ!!


 蒸気が立ち上り、

 炎は一つ、また一つと消えていく。


______

 


アーロン

 「やだ!!」


 炎が母を包み込もうとした、その時――


 水の音。


 空気が冷える。


 リーナの歌が、森を震わせる。


 水が空中に生まれ、炎を押し流す。


ジュウゥゥッ!!


 炎が消えた後、


 母はアーロンを抱きしめていた。


 「……生きてる……」


アーロン

 「……お父さんが帰る場所……なくなるとこだった……」

 


 ポルポトの顔が、歪んだ。


ポルポト

 「……馬鹿な……

 火が……消えて……?」


 エリエル=ナイアは、静かに目を閉じた。


エリエル=ナイア

「……五百年前と、同じだ」


 杖を持つ手が、わずかに震えている。


エリエル=ナイア

「マリアの歌。

 そして――今は、リーナの歌」



 最後の炎が消えた時。


 森には、焦げた匂いと、

 **確かな“水の余韻”**だけが残っていた。


 リーナの歌が、ゆっくりと途切れる。


 その場にいた誰もが、

 しばらく、言葉を失っていた。


キール

 「……やりやがったな……」


 「……予言って……

 本当だったんだな……」


麻里奈

 「……リーナ……」


 リーナはその場に崩れ落ちそうになるが、

 聖樹の根が、そっと彼女を支える。


リーナ「……止まった……?

 火……消えた……?」


 エリエル=ナイアが、ゆっくりと彼女の前に立つ。


エリエル=ナイア

「よくぞ……よくぞやった」


「――予言は、再び果たされた」



 そしてポルポトは、歯を食いしばり、低く呟く。


ポルポト

「……偶然だ……

 ただの、水の魔法だ……」


 だが、その声は震えていた。


 五百年前と同じように。


 【エルフの里・聖樹の広場/偽りの王】


 水が引いた。


 炎の名残は、白い湯気となって空へ溶けていく。

 焦げた大地の上に、静寂が戻りつつあった。


 だが――


 その中心に立つ男だけは、動かなかった。


 ポルポト・グリフォニア。


 王冠を戴き、豪奢な外套を纏ったその姿は、

 なおも「王」であるかのように見えた。


ポルポト

「……くだらん」


 低く、吐き捨てるような声。


ポルポト

「歌だ、水だ、予言だ……

 そんなものが、王の力を上回ると思うな」


 次の瞬間。


 拓弥が一歩、前に出た。


拓弥

「終わりだ、ポルポト」


キール

「逃げ場はねぇぞ、偽王」


 雪、麻里奈、光、リーナ、ジール。

 全員が、自然と円を描くように距離を詰める。


 戦いになる気配は、なかった。


 ポルポトは、気づいてしまったのだ。


 ――自分が、囲まれていることに。


ポルポト

「……ふ、ふふ……」


 乾いた笑いが、喉から漏れる。


ポルポト

「貴様ら……

 本当に、王を殺す気か……?」


エリエル=ナイア

「王は、すでにここにはおらぬ」


 静かな断言。


 その言葉が、決定打だった。



 ポルポトの表情が、歪んだ。


 笑みでも、怒りでもない。

 焦りだ。


ポルポト

「……黙れ……!」


 彼は後退ろうとし――

 その瞬間、足がもつれた。


ドサッ……


 無様な音。


 王は、地に膝をついた。


ポルポト

「……な、何を見ている……!

 私は……王だ……!」


 だが。


 その声は、もはや威厳を伴っていなかった。



 異変は、そこからだった。


 ポルポトの身体が、ぶるりと震える。


 皮膚が、ざらつく。

 首元に、緑色の斑点が浮かび上がる。


麻里奈

「……え……?」


「……肌が……」


 王冠の下。

 額が盛り上がり、骨格が歪み始めた。


 歯が伸びる。

 牙が露わになる。


 耳が、裂けるように横へ伸びた。


 人の姿が、崩れていく。


ポルポト

「……や、やめろ……!

 見るな……!!」


 叫びとは裏腹に、

 変化は止まらない。


 外套がずり落ち、

 太い腕と、醜い指が露わになる。


 そして――


 そこに立っていたのは。


 王ではなかった。



 緑色の肌。

 歪んだ顔。

 小さな目に、濁った憎悪。


 ――ゴブリン。


「……これが……」


リーナ

「……王……?」


ジール

「……違うな」


 キールが、吐き捨てる。


キール

「ただの……

 権力に取り憑かれた小物だ」



 ポルポト・グリフォニア――

 いや、ポルポト・スーミラは、

 地面に手をつき、荒く息を吐いていた。


ポルポト

「……ちがう……

 私は……王だ……!」


エリエル=ナイア

「いいや」


 長老は、静かに首を振った。


エリエル=ナイア

「お前は、ただの“簒奪者”だ」


エリエル=ナイア

「王の名を盗み、

 血を偽り、

 恐怖で玉座にしがみついた――

 哀れなゴブリンだ」


 その言葉に、

 ポルポトの目が、憎悪に染まる。


ポルポト

「……黙れ……!!

 エルフが……!!

 貴様らが……!!」


 だが――


 誰も、もう恐れていなかった。


ジール

「こんな奴のために俺たちの歴史は……」


拓弥

「……終わりだ」


 雷聖剣が、静かに光る。


キール

「抵抗するなら、相手してやるが?」


 ポルポトは――

 何もできなかった。


 その場で、崩れ落ちる。


 王は、あっけなく終わった、はずだった。



 その瞬間。


 ――空気が、変わった。


 風が止み、

 光が歪み、

 “上から”何かが降りてくる気配。


「……何だ……?」


 次の瞬間――


 影が、落ちた。


 地面に、静かに。


 まるで――

 最初からそこにいるかのように。


 誰も、まだその姿を見ていない。


 だが。


 全員が、理解していた。


 “本当の敵”が、来たと。

 

  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ