23.真実
【ルオ=ハルド北外れ ~ 結界へ向かう森道】
森へ向かう細い道を進む七人と一人のエルフの子供。
アーロンは小柄で、黙ったまま先頭を歩く。
光
「アーロンくん、少し休む?
だいぶ走ったでしょ?」
アーロン
「…………。」
光
「…………?」
キール
「光、お前“アーロンくん”とか言ってるが……
年齢、お前よりずっと年上だぜ?」
光
「え? アーロンくんって……子供じゃ……」
キール
「なぁアーロン、歳いくつだ?」
アーロン
「……えっと……今年で“122”です。」
光
「ひゃく……にじゅ……えっ…………」
麻里奈
「アーロンくんの方が光くんより“人生経験、五倍以上”あるね……」
雪
「光、『くん』付けはさすがに失礼だったな……」
光
「……す、すみません、アーロン“さん”……」
アーロン(小声)
「……さん、の方がやだ……。」
キール
「……面倒くせぇ年頃だな。」
リーナ(クスクス笑いながら)
「エルフにとって百歳なんて、まだまだ子供なんだけどね~?」
光
「え、じゃあリーナさんは……」
リーナ
「え!あたしそこそこだよ」
キール
「コイツは320歳だ。」
リーナ
「ちょっとぉおおおおおお!?!?」
光
「さんびゃ……え? さんびゃくにじゅう……!?」
拓弥
「キール、言っちゃいけないだろ」
キール
「何だよ。減るもんじゃあねーだろ。オレ265な」
リーナはキールを睨みつけた。
光
「え!もしかしてジールさんも」
ジール(ぽつり)
「……俺は……36。」
光
「若っ!?」
キール
「ジールは人間だからな。」
アーロンが急に立ち止まった
アーロン
「……着きました。」
光
「なにもないですよ……」
光の一歩前の空間が“ゆらり”と揺れた。
拓弥
「これは……?」
アーロン
「“結界”です。
一緒に入るとかしない限りはエルフ以外は本来、
入れません。」
キール
「よし、行くか。」
アーロンが結界に触れると、
“水面のような光”が波紋となって広がる。
アーロン
「どうぞ。
エルフの里へ――ようこそ。」
拓弥たちは“秘密の森”へと足を踏み入れた。
【エルフの里】
結界を抜けた瞬間、空気が変わった。
森の中に、光が降り注いでいる。
葉が風とともに歌い、花々が淡く発光して揺れていた。
麻里奈
「……本当に……別世界みたい……」
光
「ここまで綺麗な場所……初めて見ました……」
雪
「落ち着くな……空気が澄んでる。」
リーナ
「エルフの結界って、すごいよね」
キール
「あぁ、ここは何度訪れても心が癒されるな」
アーロンが振り返り、深く頭を下げた。
アーロン
「この先で、長老様がお待ちです。」
木々が自然に開く。
その奥には――太く、巨大な一本の聖樹。
幹には螺旋状の階段が伸び、根元には紋章の刻まれた石の広場。
そして――
聖樹の前に、白銀の杖を手にした老人が立っていた。
長い白髪は風に揺れ、瞳は星のように光り、
その姿は「千年を超えた存在」であることを誰の目にも悟らせた。
アーロン
「――長老エリエル=ナイア様。」
老人は、微笑みながら一歩前へ進んだ。
エリエル=ナイア
「よく来たな……“転生せし王子”よ。」
拓弥だけでなく、全員が息を呑んだ。
拓弥
「……俺を……知っている……?」
エリエル=ナイア
「知っているとも。
“ベル・ユニティス・エクストラ”――
かつてのエクストラ王国、王の血を継ぐ者。」
名前を呼ばれた瞬間、拓弥の胸が静かに熱くなった。
雪
「……なんでコイツの前世のことを……?」
光
「長老様……どうしてそこまで?」
老人は杖で大地を軽く叩いた。
“コーン”と澄んだ音が空気を震わせる。
エリエル=ナイア
「我々が生まれた時から……
我らエルフは“すべて”を語り継がれてきた。」
リーナ
「すべて……?」
エリエル=ナイア
「創世の物語、神の契約、
そして……“グリフォニア王家が背負った運命”もな。」
空気が変わる。
聖樹の葉がざわめき、光が深く落ちる。
麻里奈
「……長老様は何を知っているのですか?」
老人は麻里奈を見て、ゆっくりとうなずいた。
エリエル=ナイア
「“過去の狂乱”も、“偽りの王”も――いずれ語る時が来る。」
麻里奈
「偽りの……王?」
雪
「……グリフォニアのやつら……まさか……」
光
「長老様。“真実”って……何ですか?」
老人は静かに振り返り、聖樹の根元に手を置いた。
エリエル=ナイア
「諸君。
そなたらが歩んできた道は、まだ前章にすぎぬ。
これより――
世界を二つに分けた“創世の秘史”、
そしてエクストラ家とグリフォニア家の“真なる因果”を語る。」
拓弥の心臓が高鳴る。
キールも静かに息を飲む。
リーナもジールも、無言で姿勢を正した。
エリエル=ナイア
「だが……その前にひとつだけ言わせてほしい。」
老人はゆっくり拓弥に向き直る。
エリエル=ナイア
「――よくぞ戻ったな、“王子”待っていたぞ。」
拓弥
「待っていた?」
エリエル=ナイア
「そう。
そしてその理由は――
“この世界の過去そのもの”に関わっている。」
森の風が、ざぁっと吹き抜けた。
エリエル=ナイア
「さぁ……始めよう。
創世の真実――“グリフォニアとエクストラ、二つの王家の根源”を。」
エリエル=ナイアは、聖樹の幹に手を置いたまま、静かに語り始めた。
拓弥の前に立つエルフの長老――
エリエル=ナイアは、杖にもたれながら、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、年老いた者のそれではない。
幾つもの王と、幾つもの時代を見送ってきた者の目だった。
⸻
エリエル=ナイア
「……お前たちは、“神がこの世界を治めている”と思っているか?」
唐突な問いだった。
誰も、すぐに答えられない。
否定する理由も、肯定する確信もない。
沈黙を答えと受け取ったのか、
エリエルは、ほんのわずかに口元を緩めた。
エリエル=ナイア
「それが――
この世界で、最初に広まった“物語”だ」
空気が、わずかに軋んだ。
⸻
エリエル=ナイア
「ルシファーを天界から追い落としたのは、
“神”ではなかった」
誰かが、息を呑む。
エリエル=ナイア
「追放したのは
女神イディアと、守護者グリフォン――
この世界に名を残した者たちだ」
拓弥の胸が、かすかにざわめく。
エリエル=ナイア
「神は――
戦いが終わった“あと”に現れた」
杖が、静かに地を打つ。
エリエル=ナイア
「そして言ったのだ。
『よくやった』とな」
⸻
エリエル=ナイア
「神は、二人に世界を“授けた”のではない」
その声は、穏やかだった。
エリエル=ナイア
「――押し付けたのだ。
責任を。
管理を。
失敗したときの“罪”をな」
怒りも、糾弾もない。
ただ、見届けてきた者の静かな事実だった。
⸻
エリエル=ナイア
「イディアは、“思考”を託された。
迷い、悩み、選び続けるために」
エリエル=ナイア
「グリフォンは、“選択”を託された。
終わらせるか、続けるかを決めるために」
そして、拓弥を見る。
エリエル=ナイア
「――だがな、ベルよ」
その名を呼ばれた瞬間、
拓弥の背筋を、冷たい電流が走った。
⸻
エリエル=ナイア
「神は
この世界の“答え”を、決めてはいない」
ゆっくりと、はっきりと。
エリエル=ナイア
「決めてきたのは
いつの時代も――
人であり、王であり、
そして“転生して戻る者”だ」
それが、
私が最初に知った真実だった。
⸻
〈沈黙〉
誰も言葉を発さない。
否定はできない。
だが、受け入れるには重すぎる。
エリエルは目を閉じ、静かに告げた。
エリエル=ナイア
「そして――
これを知った者は、もう
“物語の外”には戻れない」
それは呪いではなかった。
選ばれた者だけが踏み越える、境界線だった。
聖樹の葉が、静かに擦れ合う。
それは風の音ではなく、記憶が動く音だった。
エリエル=ナイアは、杖を地に立て、ゆっくりと語り始める。
⸻
エリエル=ナイア
「この世界が与えられたとき――
そこに住んでいたのは、グリフォンだけではなかった」
老人の視線が、広場を巡る。
エリエル=ナイア
「オーク
ユニコーン
ゴブリン
人魚
そして――エルフ」
五つの名が、森に落ちた。
⸻
エリエル=ナイア
「初代グリフォニア王は、
彼らに“血”という名の力を与えた」
エリエル=ナイア
「だが――
同じ血ではなかった」
誰かが、息を飲む。
⸻
エリエル=ナイア
「オークは力を求めた。
戦いを選び、王国を去った。」
老人の声は、責めない。
エリエル=ナイア
「ユニコーンは秩序を守った。
だが変化を恐れた。」
⸻
エリエル=ナイア
「ゴブリンは知恵を得た。
影に生きることを選んだ。」
風が、ひときわ冷たくなる。
⸻
エリエル=ナイア
「 人魚族は
地上で生きる道を選んだ。」
リーナの指が、わずかに震えた。
エリエル=ナイア
「彼らは歩く足を得た
だが他の種族は彼らを受け入れなかった。」
エリエル=ナイア
「結果、海にも地上にも居場所はなくなった。」
差別は、静かだった。
だからこそ、深く残った。
⸻
エリエル=ナイア
「そして――エルフ」
老人の声が、ほんのわずかに低くなる。
エリエル=ナイア
「我らは“寿命”を与えられた」
エリエル=ナイア
「九百年
千年
時には、それ以上」
聖樹が、ざわめいた。
⸻
エリエル=ナイア
「長く生きるということは
多くを見るということだ」
エリエル=ナイア
「王の興隆も
王の堕落も
血の嘘も
正義の変質も」
拓弥の胸が、締めつけられる。
⸻
エリエル=ナイア
「それを――
人は“恐れた”」
エリエル=ナイア
「我らが“覚えている”ことを
忘れられぬ存在であることを」
老人は、はっきりと言った。
エリエル=ナイア
「だから迫害が始まった」
⸻
エリエル=ナイア
「エルフは
“見てはならぬ者”とされ
“語ってはならぬ者”とされ
やがて――
“いないことにされる”」
空気が、重く沈む。
エリエル=ナイア
「この世界は
――選択によって、分断された」
老人は、静かに目を閉じた。
エリエル=ナイア
「正しさが
それぞれ違っただけだ」
沈黙。
リーナが、ぽつりと呟く。
リーナ
「……じゃあ、悪い種族なんて……」
エリエル=ナイア
「おらぬ」
即答だった。
エリエル=ナイア
「あるのは
選び続けた結果だけだ」
そして、最後に――
エリエルは、拓弥を見る。
エリエル=ナイア
「ベルよ」
エリエル=ナイア
「お前は
“分断された血”の
すべてを引き継ぐ者だ」
それは祝福ではなく、
避けられぬ宿命だった。
エリエル=ナイア
「だからこそ――
次に語る真実は、
お前抜きでは語れぬ」
森の奥で、光がわずかに揺れた。
エリエル=ナイアは、深く息を吐き、ゆっくりと語り始める。
エリエル=ナイア
「次に語るは――
“王がすり替わった日”の話だ」
その言葉に、空気が張りつめる。
エリエル=ナイア
「初代グリフォニア王が死んだ後も、
王国はしばらく、表向きは平穏だった」
エリエル=ナイア
「王は血を継ぎ
玉座は守られ
歴史は続いているように見えた」
老人は、首を横に振る。
エリエル=ナイア
「……だが、転生は
二度と起きなかった」
空気が止まる。
雪
「……え?」
エリエル=ナイア
「初代が神の門をくぐり、
2代目として戻った――
あれだけが“本物”だったのだ」
拓弥の鼓動が、強く鳴る。
エリエル=ナイア
「だが人々は、
王は必ず戻ると信じた」
エリエル=ナイア
「だから王を探し続けた」
エリエル=ナイア
「受け継がれた血を持つ者を。
王の面影を持つ者を」
老人は、ゆっくり目を閉じる。
エリエル=ナイア
「そして――」
静かに告げた。
エリエル=ナイア
「“王”を作り続けた」
エリエル=ナイア
「王の周囲に集まったのは
忠臣ではない」
エリエル=ナイア
「“血を恐れた者たち”だ」
その言葉に、拓弥の胸がざわつく。
エリエル=ナイア
「彼らは知っていた
真の王血が再び強まれば、
自分たちは裁かれると」
エリエル=ナイア
「だから選んだのだ
――奪うことを」
⸻
エリエル=ナイア
「王家に生まれた二人の子供は
引き離された」
エリエル=ナイア
「一人は表から消され
一人は名を変え、生かされた」
老人の声が、わずかに低くなる。
⸻
エリエル=ナイア
「その血は
やがて二つの家に分かれた」
エリエル=ナイア
「エクストラ家
そして――ユニティス家」
拓弥の指が、無意識に握られる。
⸻
エリエル=ナイア
「数百年後
その二つの血は、再び交わる」
エリエル=ナイア
「ユニティス家の血と
エクストラ家の血が結ばれ
生まれた国――」
エリエル=ナイア
「それが
“エクストラ王国”だ」
⸻
エリエル=ナイア
「つまり――」
老人は、はっきりと告げる。
エリエル=ナイア
「正当なグリフォニア王国の後継は
今の王ではない」
エリエル=ナイア
「アンジェラ・ユニティス・エクストラ
そして――
ベル・ユニティス・エクストラ」
その名が、森に落ちた。
⸻
雪
「……じゃあ……今の王は……」
エリエル=ナイア
「偽物だ」
即答だった。
エリエル=ナイア
「名を
ポルポト・スーミラ」
ジールの肩が、ぴくりと震えた。
⸻
エリエル=ナイア
「スーミラ家は
王家に取り入り
やがて玉座を奪った」
エリエル=ナイア
「だが
“奪った”という事実を
誰よりも恐れていた」
⸻
エリエル=ナイア
「だから――
最初に壊したのは、
“記憶”だ」
⸻
エリエル=ナイア
「プレオマイオス城」
ジールの目が、鋭く光る。
エリエル=ナイア
「あの城は
かつて、正統王家に仕えた
古き城だった」
エリエル=ナイア
「だが数百年前――
スーミラ家は
あの城を落とし――」
老人は、静かに言った。
エリエル=ナイア
「“監獄島”に変えた」
エリエル=ナイア
「城を壊せば
真実は消えると思ったのだ」
エリエル=ナイア
「だが
血は消えぬ
記憶も消えぬ」
その言葉は、
ジールの胸に深く刺さった。
⸻
エリエル=ナイア
「プレオマイオス城を
本当の名で呼べる者は
今や、ほとんど残っておらぬ」
エリエル=ナイア
「王族の血を引く者
――その子孫だけだ」
老人の視線が、
ジールに静かに向けられる。
やがてエリエル=ナイアは、
ゆっくりと杖を持ち直した。
エリエル=ナイア
「そして最後に語るのが――」
その声は、ほんのわずかに低くなる。
エリエル=ナイア
「私ですら
確信を持てぬ真実」
拓弥の心臓が、強く脈打った。
エリエル=ナイア
「“神の門”の向こうで
本当に神は、存在したのか……?」
森の奥で、
風が大きく鳴った。
⸻
【エルフの里・夜/聖樹の根元】
里が眠りについた頃。
聖樹の葉の間を、淡い光虫が静かに漂っていた。
拓弥――ベルは、聖樹の根元に腰を下ろし、空を見上げていた。
そこへ、足音もなく近づく影。
キール
「……起きてると思った」
拓弥
「キールか」
言葉は、それだけ。
だが、沈黙は重くなかった。
キールは少し離れた場所に腰を下ろし、
ソウル・リッパーを地面に立てかける。
キール
「……派手にやったな。
まさかゲオルグのブリューナク、ぶっ壊すとは思わなかった」
拓弥
「壊したのは……
“持ち手”だけだ」
キール
「わかってる。
あの槍、どこか“おかしかった”」
キールは夜空を仰いだまま、ぽつりと言う。
キール
「お前に謝らなきゃいけないことが……」
拓弥「?」
キール
「お前の親父シン・エクストラを殺したのは俺だ」
拓弥
「知ってるよ。親父を倒せるほどの実力者は、あの時キールしかいなかったからな。……まあ、それを確信したのは、キールと親友になってからだけど」
拓弥
「俺もごめん。何も言わずに転生して……」
拓弥
「キールの力が弱まってたことも分かってた。……あのままじゃ、絶対にヴァンパイアには勝てなとわかっていたんだ……」
キール
「オレはあの時は鎌で首落としてでも、引きずってでも止めようとした」
少しだけ、苦笑が混じる。
キール
「……でもよ。
今ならわかる」
拓弥
「……」
キール
「お前は逃げたんじゃねぇ。
賭けに出たんだ」
キールは、ソウル・リッパーの柄を軽く叩いた。
キール
「自分の命と、記憶と、力を全部チップにしてよ」
拓弥
「……正直、怖かったよ」
ベルの声が、ほんの少し低くなる。
拓弥
「転生しても、記憶が戻らなかったらどうしようって。
もし……ただの人間として死んだらって」
キール
「それでも、選んだ」
拓弥
「……ああ」
風が吹き、聖樹の葉がざわめく。
拓弥
「ヴァンパイアを倒すには、
あの時の俺じゃ足りなかった。
力も、覚悟も……全部」
キール
「今はどうだ」
拓弥
「……まだ足りない」
そう言って、ベルは小さく笑った。
拓弥
「でも、今は一人じゃない」
キールは視線をベルに向ける。
キール
「……それで十分だ」
しばらく、二人は黙ったまま座っていた。
光虫が、ふわりと二人の間を横切る。
キール
「なぁ、ベル」
拓弥
「ん?」
キール
「次は、勝てるか」
ベルは、迷わなかった。
拓弥
「勝つさ」
キール
「理由は?」
拓弥
「――生きてるから」
キールは一瞬目を見開き、
そして、静かに笑った。
キール
「……いい答えだ」
立ち上がり、ソウル・リッパーを背負う。
キール
「じゃあ行こうぜ。
まだ、やること山ほどある」
拓弥
「ああ」
二人は並んで歩き出す。
聖樹の光が、その背中を静かに照らしていた。
拓弥(心の声)
「――今度こそ、最後まで」




