19.光の矢
【ヴァンパイア城】
ナイトメア「最近、光雷が帰ってこないと思ったら――キールと行動してるらしいな。」
ヴァンパイア「……そうみたいだな。」
ナイトメア「あのキールが誰かと一緒とは…
人嫌いって噂だったのに。
ま、別に構わないが。」
ヴァンパイア「……構わないさ。ただ――」
彼の指が玉座の肘掛けを軽く叩く。
その音が、静寂の中に不気味に響いた。
ヴァンパイア「仕事に支障が出ては困る。
“あの二人”が行動を誤れば、我々の計画にも狂いが生じる。」
ナイトメア「蘇りの杖か」
ヴァンパイア「ふふ……お前は口が軽いな、ナイトメア。」
ナイトメア「悪い癖でな。
でも、ひとつだけ聞いていいか?
もし本当に“死を越えられる杖”が存在するなら――
お前はそれで何を望む?」
沈黙。
ヴァンパイアの瞳が、月光に照らされて赤く光る。
ヴァンパイア「……“過去”だ。」
ナイトメア「過去?」
ヴァンパイア「失ったものは、取り戻したいだろう。」
ナイトメア「……。」
ヴァンパイア「この杖さえ見つかれば――すべてを取り戻せる。
世界の理すらも、私の手で塗り替えられる。」
ヴァンパイアの声が冷たく響く。
【荒野】
乾いた風が吹き抜け、砂塵が舞う。
果てのない地平線の上、太陽が赤く沈みかけていた。
キールと光雷は並んで歩いていた。
キール「光の矢の野郎〜、最近また暴れてるらしいぜ。」
光雷「なんなんだそれは?」
キール「知らねーのか? 今この辺りで騒がせてる正義気取りの野郎だよ。」
光雷「……ふ〜ん。」
キール「本名はヴィルヘルム・リヒト。
“光の矢”を操る聖獣騎士団の団長らしい。」
光雷「光の矢? なんだそれ。」
キール「その矢を喰らったものは、光に包まれて――“消える”らしい。」
光雷「……一発アウトってわけか。」
キール「そういうこった。
奴は“闇を浄化する”とかぬかしてるが、実際はただの処刑人だ。」
光雷「……正義ってのは、便利な言葉だな。」
キール「気を付けろよ、光雷。
お前の雷は派手すぎて目立つからな。」
光雷「キールだって目立つだろ。大鎌振り回してんだから。」
キール「俺は芸術的に目立ってんだよ。」
光雷「それはただの悪趣味だ。」
【灰色の街・ルオ=ハルド】
雨が降っていた。
黒い雲が空を覆い、街全体が灰色に沈んでいる。
かつて交易の拠点として栄えたというこの町も、今では廃墟同然だった。
キール「……雨か。ま、オレは雨は嫌いじゃねぇけどな。」
光雷「キール、濡れて平気なのか?」
キール「死神族に風邪はねぇよ。お前も大丈夫そうだな。」
光雷「それはどういう意味だ。」
キールが笑い、光雷も小さく笑った。
湿った風の中、2人は街の奥へと歩いていく。
店の看板は半分崩れ、道には誰もいない。
ただ雨だけが、静かに屋根を叩いていた。
キール「なぁ、光雷。お前は……“蘇り”って信じるか?」
光雷「……なんだ急に。」
キール「この街の噂で聞いたんだ。
“死んだ人を蘇らせる杖”がどっかに眠ってるってよ。」
光雷「……そんな話、腐るほどあるだろ。大半は嘘だ。」
キール「けど、オレは嫌いじゃねぇな。
死んだ奴が戻るなら、救いもあるじゃねーか。」
光雷「……そうかな?」
キール「ん?」
光雷「終わりがあるから、今を精一杯生きられるんだ。
でも……“生きてる限りは”誰かが見てる気がする。」
キール「誰かって……神様ってやつか?」
光雷「ああ。」
光雷は少し笑って、灰色の空を見上げた。
雨の粒が頬を打ち、光を反射してわずかに輝く。
光雷「子どもの頃、“グリフォニア物語”って絵本を聞かされた。
偉大な王グリフォニアが、不治の病にかかって死ぬ話だ。
でも神様が言ったんだ――“また愛する人に会えるように転生させよう”って。」
キール「転生……?」
光雷「ああ。
神は奪うだけじゃない。
“もう一度会わせてくれる”優しさもある。
俺は……それを信じてる。」
キールはしばらく黙っていた。
雨がやみかけ、遠くの鐘の音が微かに響く。
キール「……オレは神なんざ信じねぇ。
見たこともねぇし、救ってもくれなかった。
お前もそうじゃないのか?」
光雷「そうなのかもしれないけど……」
光雷は少し間をおいて、まっすぐ前を見た。
光雷「俺は信じたいんだ。
いつかまた、あの空の向こうで――
もう一度、会えるって。」
その言葉に、キールは何も言わず、ただ視線を落とした。
胸の奥が、なぜか少しだけ熱くなった。
キール「……お前、ほんと変な奴だな。」
光雷「キールほどじゃない。」
二人は小さく笑った。
雨上がりの街に、光が少しずつ満ちていく。
その光を見上げながら、キールは小さく息を吐いた。
(……もし本当に神がいるなら――
俺の罪も、いつか赦されるのか?)
答えのない問いが、雨の匂いとともに消えていく。
そして、その静けさの中で――
“運命”が、静かに目を覚まそうとしていた。
【ヴァンパイア城】
月が赤く染まり、黒い雲が流れていく。
その下、静まり返った玉座の間には、ヴァンパイアと光雷の二人だけがいた。
冷たい石の床を踏みしめる音が、やけに響く。
ヴァンパイア「光雷。
私からキミに“仕事”を頼みたい。」
その声は穏やかだったが、底には冷たく硬い響きが潜んでいた。
光雷「……仕事?」
ヴァンパイア「ああ。最近、世間を騒がせている“聖獣騎士団”。
その団長――ヴィルヘルム・リヒトを、キミの力で倒してほしい。」
光雷の眉がわずかに動いた。
光雷「……そんな危ない仕事、断る。」
ヴァンパイア「そっか……仕方ないね。」
その声音は、あまりにも軽かった。
玉座の肘掛けを指で叩きながら、ヴァンパイアは視線を横に流す。
ヴァンパイア「なら、この件は――キールに頼もうか。」
光雷の肩が、ぴくりと動く。
(――その矢をくらったものは、光に包まれて“消える”らしい。)
キールの言葉が脳裏をよぎる。
光雷「……待て。」
ヴァンパイア「ん?」
光雷「……わかった。俺がやる。」
その声には迷いがなかった。
ただ静かに、しかし確かな決意を帯びていた。
光雷「だから――キールにはこのことを言わないでくれ。」
沈黙。
ヴァンパイアの口元が、わずかに歪んだ。
ヴァンパイア「……フフ。わかったよ。
“彼”には内緒にしておこう。――これは、キミと私の契約だ。」
その瞬間、光雷の胸の奥で小さな違和感が生まれた。
けれどそれが何なのか、彼はまだ気づかない。
玉座の上、ヴァンパイアの瞳が細く光る。
(……キミの正体はもうわかっている、ベル・エクストラ。
キミかヴィルヘルムどちらか消えてくれると助かる。)
闇の中、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
【ヴァンパイア城】
重い扉が開く音が、広い玉座の間に響く。
黒い外套を羽織ったキールが、鋭い目つきで足を踏み入れた。
キール「――光雷はどこだ? なんか仕事にでも行ってるのか?」
ヴァンパイア「……どうかしたのか?」
キール「ここ数日、顔を見てねぇ。何か知ってるんだろ?」
ヴァンパイア「ああ、彼なら三日前だ。
“ヴィルヘルム・リヒト”――あの聖獣騎士団の団長を消すように頼んだ。」
キール「……は?」
キールの目が見開かれる。
キール「おい、それ本気で言ってんのか!? 一人でか?」
ヴァンパイア「そうだ。」
キール「正気か!? あんなやつ、一人で挑んだら命がねぇ!
あの聖獣騎士団はグリフォニア王国直属だぞ!?
……まさか王都に潜り込ませたのか!?」
ヴァンパイア「落ち着きたまえ、キール。」
キール「ああん?」
玉座に座るヴァンパイアは、わずかに口角を上げた。
その瞳には、冷たい光が宿っている。
ヴァンパイア「――光雷。
彼は“ベル・エクストラ”だよ。」
空気が、一瞬止まった。
キール「……は? 何を言ってやがる。」
ヴァンパイア「エクストラ王国の王子。そして王国の軍隊長。前にも言ったろう、あの国は脅威だと。
彼は――その中心にいる戦力だ。」
キール「……馬鹿な。」
ヴァンパイア「馬鹿じゃない。
彼の力は父シン・エクストラを凌ぐ。
あんな“子供”がここにいるなんて、想定外だったよ。」
キール「……証拠もねぇのに、勝手なこと言うなよ。」
ヴァンパイア「確かに、証拠はない。」
ヴァンパイアの声は淡々としていた。
しかし、その瞳の奥には確信の光があった。
ヴァンパイア「だが、彼がここに来てから――
“エクストラ王国を調査に向かった者”が、全員帰ってきていない。
そして彼が姿を現した時期……それは、第二王子ベル・エクストラの“行方不明”と一致している。」
キールの拳が、わずかに震えた。
堪えきれず壁を殴る。
キール「……クソッ!」
鈍い音が、玉座の間に響く。
ヴァンパイア「怒ることはないさ。
だが彼には――ここで“消えて”もらう。」
キール「テメェ……!」
ヴァンパイア「落ち着け、キール。
キミはどっちの味方なんだ?。」
その言葉に、キールの胸の奥で何かがざらりと軋んだ。
そして彼は、怒りを押し殺すように呟く。
キール「……だったら、オレが行く。」
ヴァンパイア「好きにしろ。
ただし――キミも二度此処には戻ってこれないよ」
玉座の上のヴァンパイアが、ゆっくりと笑う。
それは冷たく、どこまでも深い闇を湛えた笑みだった。
【グリフォニア王国・西はずれの森】
夜の森。
風が唸り、木々のざわめきが光雷の息づかいをかき消していく。
枝を踏む音が、やけに近い。
光雷「くそ……失敗した。どうして俺が来ることを――わかってたんだ……」
額の汗をぬぐい、背中を木に預ける。
遠くで声が響いた。
聖獣騎士団員「探せー! まだこの辺にいるはずだ!」
光雷「……くそ、もうここまで追って来やがった。
……もう少し奥へ行くか。」
息を潜め、森の奥深くへと駆ける。
雨上がりの湿った地面に足跡が残り、草の匂いが濃くなる。
光雷「……ふぅ……此処まで来たら、大丈夫か……」
そう呟いた瞬間――
ガサッ。
光雷「誰だっ!」
光雷が振り向いたその先に、ひとりの男が立っていた。
白銀の鎧に、淡く光る弓。
その瞳は、夜でもなお“光”を宿していた。
ヴィルヘルム「――見つけたぞ。光雷。
いや……ベル・エクストラ。」
その名を聞いた瞬間、光雷の表情が凍りつく。
光雷「……ヴィルヘルム。
なぜ、その名前を知ってる。
グリフォニアの奴らは……みんな知ってるのか?」
ヴィルヘルム「安心しろ。知っているのは私だけだ。」
光雷「……そうか。
なら――」
光雷はゆっくりと構えを取る。
瞳に宿るのは怒りでも恐怖でもない、覚悟の色。
光雷「お前だけは、生かしておけねぇな。」
森の奥、風が止む。
【グリフォニア王国・西の森 決戦】
風が止んだ。
森の空気が張りつめ、遠くの木々までも息を潜める。
雨上がりの地面から、湿った匂いが立ちのぼる。
光雷はゆっくりと右手を伸ばし、雷を呼んだ。
刹那――
空気が震え、掌の上に青白い稲妻が弾ける。
光雷「……ヴィルヘルム。
俺は、お前を倒す。」
ヴィルヘルム「倒す、か……。
それも運命のひとつだろうな。」
ヴィルヘルムが静かに弓を構える。
その動作は、まるで祈りのように静謐だった。
ヴィルヘルム「――《ルーメン・セレスティア》。」
光の粒が空中に散り、一本の矢が形を成す。
それは炎でも雷でもない、“純粋な光”。
その輝きに、光雷の胸がわずかに疼いた。
(……この光……どこかで……)
脳裏に、一瞬――父・シンの姿がよぎる。
だが次の瞬間、稲妻が地を這い、思考は戦闘本能に切り替わった。
光雷「――《サンダーブレイク》!!」
雷が爆ぜ、地を裂く。
ヴィルヘルムの放った矢が光の軌跡を描き、稲妻と正面からぶつかった。
轟音。閃光。
森全体が一瞬、昼のように照らされた。
光雷「どうした……それが、お前の力か!」
ヴィルヘルムは無言で弓を引く。
今度の矢は、より細く、静かな光を放っていた。
ヴィルヘルム「――《聖弓・グロリア》。」
放たれた矢は音を立てず、ただ空気を裂いて飛ぶ。
光雷「――《ライトニング・ザ・サン》!」
光雷が雷で受け止めた瞬間、衝撃が全身を貫いた。
光雷「ぐっ……!? 何だ、これ……身体が……」
雷が暴れ出す。
まるで何かに共鳴するように、力が制御できなくなっていた。
ヴィルヘルム「それは“神の力”だ。
闇を浄化する――“光の矢”。」
光雷「神の……力……?」
光と雷がぶつかり合い、森の影を焼き尽くす。
だが次第に、光雷の力が押し返され始めていた。
光雷「はぁ……はぁ……もうダメか……」
膝をつく光雷を、ヴィルヘルムは静かに見つめた。
その眼差しは戦士ではなく――父そのものだった。
ヴィルヘルム「大丈夫だ。……ベル、一瞬で済む。」
再び弓を引く。
強烈な光が矢の形を取り、空気が震える。
ヴィルヘルム「神との契約で、私は蘇った。
使命はただ一つ――お前の“心”を取り戻すためだ!」
光雷は、もはや抵抗しなかった。
その言葉を聞いた瞬間、全てを悟ったように笑った。
光雷
空を見上げ、微笑む。
その笑みは、少年の頃の“ベル・エクストラ”のままだった。
光雷「……ありがとう……父さん。」
次の瞬間、光の矢が放たれる。
眩い閃光が森を包み――
世界が、静かに白に染まった。
【グリフォニア王国・西の森 交錯】
光に包まれた森は、まるで時間が止まったように静かだった。
ヴィルヘルムは弓を下ろし、倒れかけた光雷のもとへ歩み寄る。
その顔には戦いの緊張ではなく、父としての優しさが宿っていた。
ヴィルヘルム「ベル……これから、幸せになってくれ。」
その声は、まるで祈りのように穏やかだった。
しかし次の瞬間――
ズドンッ!!
上空から黒い閃光が落ちる。
風が裂け、地面が抉れた。
キール「――相棒に、近づくな。」
黒い外套を翻し、キールが地面に降り立つ。
その瞳は怒りと焦燥に燃えていた。
ヴィルヘルム「……キール・クライシス。」
キール「リーパー・スウィングッ!!」
地をえぐるような一閃。
黒い軌跡がヴィルヘルムへと迫る。
ヴィルヘルム「――《聖弓・グロリア》!」
ヴィルヘルムは弓を盾のように構え、光の膜を展開。
刃と光が衝突し、雷鳴のような音が森を震わせた。
キール「チィ……」
キールは舌打ちをしながら距離を詰める。
その背に、光雷を守る意思が燃えていた。
ヴィルヘルム「貴様のような悪党は――ここで死んでもらう。」
弓を引く。強烈な光の矢が空気を裂き、キールを狙う。
ヴィルヘルム「――こっちだ。」
ヴィルヘルムは幻影を見抜き、斜め後方へと光矢を放つ。
矢が閃光の尾を引き、正確にキールを撃ち抜いた。
キール「ぐっ……!」
ヴィルヘルム「二度も同じ手には乗らん。――消えるがいい。」
ヴィルヘルムが光雷のもとへと歩を進めた、その時。
キール「……“相棒”に……近づくな……」
キールは膝をついた姿勢のまま、大鎌を構えていた。
その声には、ただ一つの意志がこもっていた。
ヴィルヘルムは驚き、振り向く。
ヴィルヘルム「貴様……なぜ、生きている?
死神族……悪の根源だろう。何故、消えない!」
キール「消えるわけに……はいかねぇんだよ……
……奪うだけだった俺が、初めて見つけた……“守りてぇ相棒”なんだよ!」
その一言に、ヴィルヘルムの表情がわずかに緩む。
弓を下ろし、静かに目を細めた。
ヴィルヘルム「……そうか…お前は…
彼には、良い友がいるな。」
次の瞬間、光が再び強く瞬いた。
ヴィルヘルムの身体が、ゆっくりと光の粒へと崩れ始める。
キール「おい……!」
ヴィルヘルム「彼はもう、闇に呑まれることはないだろう。」
光の中で、ヴィルヘルムの声だけが残る。
ヴィルヘルム「――頼んだぞ、キール・クライシス。」
眩い光が消えたあと、そこにはただ静寂だけが残った。
キールは大鎌を握りしめ、倒れた光雷を抱き上げる。
キール「……くそ、勝手に消えやがって。」
その呟きは、怒りとも悲しみともつかない声だった。
雨が再び降り出す。
その滴が、キールの頬を静かに伝い落ちた。




