16.エクストラ城
【迷いの森・出口】
拓弥の足取りは迷いがなく、枝葉をかき分け、幾つもの獣道を選びながら進む。
やがて、鬱蒼とした木々の隙間から、眩しい光が差し込んできた。
麻里奈「……出口だよ!」
雪「まさか……本当に出られるのか?」
最後の茂みを抜けると、開けた丘に出た。
眼下には広大な平原が広がり、その先に堅牢な城壁と白亜の城を抱く都市が見える。
光「あれ……町ですかね?」
拓弥「ああ……」
視線の先にあるその都市を見た瞬間、胸の奥で何かが微かに揺れた。
理由は分からない。だが、懐かしい匂いのような、胸の奥をくすぐる感覚があった。
雪「……よし、なら行こうぜ。ここからが次の戦いだ」
光「はい!」
拓弥は首を振り、その微かな感覚を振り払うように前を向く。
丘を駆け下り、次なる舞台――エクストラ王国へと歩を進めた。
【エクストラ王国・城下町】
城門をくぐると、活気ある街並みが広がった。石畳の通りには露店が並び、香辛料の匂いと笑い声が入り混じる。
その中で、拓弥の足を止めさせたのは、ふわりと漂う**「どこか懐かしい」**焙煎豆の香りだった。
麻里奈「……コーヒーの匂いだね」
光「本当だ、ここには喫茶店があるんですね」
拓弥「この香りはあの時と同じだ……」
小さな木造の扉を押し開けると、店内は暖かい光とコーヒーの香りに包まれていた。
四人はカウンター席に腰を下ろし、それぞれのカップを手に取る。
雪「……ああ、染みる」
拓弥「……」
口に含んだ瞬間、胸の奥がざわつく。なぜかこの味を知っている気がする――。
しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
店の扉が乱暴に開き、銀鎧の兵士たちが踏み込んでくる。
兵士「グリフォニア王国の指名手配犯を発見! 全員動くな!」
麻里奈「えっ、どうしてここに……!」
その時、奥の通りから落ち着いたがよく通る声が響いた。
???「お前たちだな。グリフォニアから拘束して身柄を渡すように言われている」
現れたのは、背筋を真っ直ぐに伸ばした中年の男だった。
金色の長髪にはところどころ白いものが混じり、額には刻まれた皺が長年の責務を物語る。だが、その瞳の奥には若き日の情熱が消えていない。
兵士「アンジェラ陛下……!」
エクストラ国王、アンジェラ・ユニティス・エクストラ。47歳――今は小国を治める誇り高き王だ。
拓弥「兄貴?」
気づけば、その言葉が口からこぼれていた。
アンジェラ「ベル?」
見たこともないはずの青年を前に、アンジェラも思わず同じように名を呼んでしまう。
二人の間に、一瞬だけ不思議な沈黙が落ちた。
だが、その空気に耐えきれなくなった拓弥は、椅子を蹴るように立ち上がり、店を飛び出した。
麻里奈「た、拓弥くん!?」
雪「おい、どこ行く気だ!」
返事はない。ただ前を見据え、がむしゃらに走る。
人混みを抜け、石畳を蹴って、城下の路地をひたすら駆け抜けた。
当てもない。ただ、胸の奥を焦がすこの衝動に突き動かされるまま――。
気がつけば、城下町の外れ、雑草に覆われた静かな丘に辿り着いていた。
そこにあったのは、苔むした古い墓標。
刻まれた名を見た瞬間、拓弥の足が止まる。
――それは、前世の“親”の名だった。
【エクストラ王国・城外の丘】
雑草の中にひっそりと立つ墓標。
刻まれた名前を目にした瞬間、拓弥の胸に、言いようのない感覚が押し寄せてきた。
――知っている。
会ったこともないはずの人なのに、確かに“家族”だと感じられる。
拓弥「……なんでだよ」
喉の奥が熱い。
理由もわからないまま、胸だけが締め付けられていく。
拓弥(……なんで、俺は泣きそうになってるんだ)
ぽつり。
頬に冷たいものが落ちた。
雨。
見上げれば、いつの間にか灰色の雲が空を覆っていた。
ぽつり。
ぽつり。
やがて雨粒は数を増し、静かに大地を濡らしていく。
墓石を伝う雫が、まるで誰かの涙のように流れ落ちた。
風が吹く。
木々がざわめく。
その音に包まれるように、拓弥の意識はゆっくりと遠のいていった。
【回想】
1656年 ベル 0才
アンジェラ「弟?見せて、見せて」
エンジェル(母)「ベル。お兄ちゃんですよ、こんにちは」
幼子の手を握る温もり。兄の瞳に宿る好奇心。
すべてが眩しく、世界は優しさで満ちていた。
⸻
1661年 ベル 5才
ベル「なお、怪しい者を見つけたら報告せよ!」
アンジェラ「また兵隊ごっこか?」
シン(父)「ハッハッハ!ベル、ちゃんとお兄ちゃんを支えてやれよ」
ベル「はいっ!」
幼い遊びも、ベルにとっては“誇り”。
兄を守ることこそが、自分の使命だと思っていた。
⸻
1664年 ベル 8才
ベル「母さん、“グリフォニア物語”を読んで」
アンジェラ「またかよ」
エンジェル(母)「ふふ、いいわよ。おいで、ベル」
物語は夢であり、未来への道しるべだった。
幼い心に、英雄の影を刻み込む。
⸻
1665年 ベル 9才
ベル「兄貴、見てくれ!」
ベルの放った雷撃が訓練用の的を貫く。
アンジェラ「うわっ!? お前また強くなったのかよ!」
シン(父)「……九歳でそこまで扱えるか」
エンジェル(母)「あなた?」
シン(父)「いや……何でもない」
父だけが気付いていた。
この少年が、常識では測れない才能を持っていることを。
⸻
1666年 ベル 10才
ベル「兄貴、今日も手合わせしよう!」
アンジェラ「嫌だよ、どうせお前が勝つんだろ。俺は勉強で忙しい」
シン(父)「なら俺が相手してやろう。手加減はしないぞ?」
ベル「うん!修行なんだから手抜きなしで!」
鍛えられるたび、心は強さを求めた。
その強さは、家族を守るためにあった。
1667年 ベル11才
ベル「父さんこの置き物は誰?」
シン(父)「これは初代グリフォニア国王だ」
手にとってみたら置き物に何か書いてあった
ベル「……光は闇を裂き、真の王を照らす……」
シン(父)「忘れるなベル。この言葉は我らエクストラの誓いでもある決して絶やしてはならない。」
⸻
1668年 ベル 12才
???「た、助けてくれ――!」
少年ベルは咄嗟に声のする方へ駆け出した。
そこには、屈強な男が二人組に捕らえられていた。
ベル「おい!離せよ!」
イフリート「……あ?」
炎を纏った巨漢が振り返る。燃えるような眼光がベルを射抜いた。
ベルゼブブ「ちっ、イフリート。だから一瞬で済ませろって言ったのに」
男「たす……け――」
次の瞬間、その体は炎に包まれ、灰と化した。
ベル「……っ! 雷神脚ッ!!」
稲妻の蹴りが放たれ、イフリートの顔面に直撃する。
しかし――
イフリート「おもしれぇな、ガキ。……だが、軽いんだよ!」
片手で脚を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられベルは投げ飛ばされ、木に激突した。
息が詰まり、視界が揺れる。
ベル「……う、わ……」
見上げた空を、影が覆った。
天を突くような巨体――鱗に覆われた大蛇の化け物が森を揺らす。
リヴァイアサン「……イフリート。子供相手に遊んでどうする」
ベルゼブブ「全くだ。さっさと潰せばいいものを」
イフリート「クク……まあ待て。――なあガキ、一発でももう一度俺に攻撃を当てられるか? できたら命は拾ってやる」
ベル「雷神脚!」
イフリート「それはさっき使っただろ?」
ベル「……グランドサンダー! フォーミングサンダー!」
轟音と共に幾つもの雷撃が地を走る。
イフリート「なんだ、さっきのはまぐれか?」
ベル「……なら、これでどうだ! サンダーボール!」
放たれた雷球をイフリートは軽く身を翻して避ける。
だが、球体は高空に上昇し――次の瞬間、落雷のように振り下ろされた!
イフリート「……ほう。少しは考えたな。だが……当たらなければ意味はない」
ベル「お前みたいな悪党に、負けるなんて……絶対嫌だ!」
イフリート「……ククッ。命を拾ってやろうと言っているのに、お前は勝つつもりか?」
ベル「当たり前だッ!」
幼い体に雷の魔力を極限まで溜め込む。
髪が逆立ち、稲妻が大地を裂いた。
イフリート「……その生意気さ。数百年ぶりに面白ぇガキだ」
ベル「喰らえ!――ジェノサイド・サンダーッ!!」
天地を裂く轟音と共に、自分の身長の何倍もある雷塊がイフリートへと叩き落ちる。
――ジュドォォンッ!!
大地が爆ぜ、閃光が森を白く染めた。
ベル「……よしッ!」
勝った。
そう思った、その瞬間――
イフリート「ほう……やるじゃねえか」
立ちこめる煙の中から、無傷のイフリートが現れた。
ベル「なっ……」
圧倒的な差を前に、膝が勝手に落ちる。
ベルゼブブ「イフリート、今のはちょっと危なかったぞ」
イフリート「……お前、名前は?」
ベル「…………」
唇を噛み、答えない。
イフリート「ククッ……その生意気さ、身の程知らずさ……数百年ぶりだ、こんな面白ぇガキだ。お前の将来が楽しみだな」
リヴァイアサン「もう行くぞ」
イフリートが踵を返そうとした瞬間――
ベル「……殺せ」
イフリート「あ?」
ベル「殺せッ! 悪党に情けをかけられるなんて……真っ平ごめんだ!」
イフリート「……フッ。いい目だ」
次の瞬間
ベルの意識が急に遠のいていく。
イフリート「忘れんなよ、ガキ。その絶望感を……。お前は、必ず俺たちの“仲間”になれる」
――
「誰が……仲間なんかに……!」
目を開けると、そこは家のベッドの上だった。
兄アンジェラが心配そうに覗き込む。
アンジェラ「起きたか。裏の林で倒れてたんだぞ。大丈夫か?」
ベル「……」
返事はできない。ただ、拳を握りしめた。
悔しさに、熱い涙が頬を伝った。
1670年(2年後)
ヴァンパイア「近々、エクストラ王国国立20周年パレードが行われる」
ジェネラル「それがどうしたんだ?」
エキドナ「知らないの?エクストラ王国はこの数年ですごく上がってる国よ」
ジェネラル「だからそれがどうしたってことがだよ」
ヴァンパイア「小国だと舐めていてはいけない。この国の成長は異常だ。今のうちに潰しておきたい。なので今回皆に集まってもらった。キール、キミにも手伝っていただきたい。」
キール「国一つ潰すのに俺が必要か?」
ヴァンパイア「エクストラ王国の王エクストラ・シンはかなりの強敵になるだろう」
キール「強いのか?よしそいつは俺がやる!」
ジェネラル「おいずるいぞキール。大物を狙うなんて」
エキドナ「じゃあ私はその家族を全員根絶やししてあげるわ」
ヴァンパイア「……まて。今回のターゲットは国王と王妃のみ。王子は殺すな。国の機能を麻痺させ、我らの傀儡へと仕立て上げるのだ」
キール「久しぶりに腕のなるやつと闘えるなら何でもいい」
ヴァンパイア「では早速作戦を話そう…」
【回想・1670年 ベル14歳】
朝霧の残る訓練場。木剣が風を切り、乾いた音が幾度も響いた。
汗で髪が額に張り付き、息を切らしながらもベルは剣を振ることを止めない。
アンジェラ(17歳)「おいベル、もう十分だろ。そんなに無理をしたら倒れるぞ」
ベル「……嫌だ。強くならなきゃ、また……あんな目に遭う」
イフリートたちに叩きつけられた“絶望”。あの時の感覚は、未だ胸に焼き付いて離れなかった。
シン(父)「ベル。お前が強くなりたい気持ちはわかる。だが力だけを追うな。心が折れれば、どんな剣も折れる」
ベル「……父さん……」
だが、少年の瞳には恐怖よりも固い決意が宿っていた。
エンジェル(母)「ベル、少し休んで。あなたはまだ14歳なのだから」
ベル「……母さん。俺はもう子どもじゃない。絶対に……負けない。あんな怪物にも、悪党にも」
その言葉にアンジェラは小さく息を呑む。
弟は、確かに普通の少年のままではなくなりつつあった。
【回想・1670年 エクストラ王国・パレード当日の朝】
朝の陽光がカーテンの隙間から差し込み、白い寝具の上に柔らかく落ちていた。
窓の外では、祝賀の鐘が鳴り響き、人々の歓声が遠くまで届く。
王都は今日、エクストラ王国建国20周年の記念パレードに沸いていた。
エンジェル「ベル、起きられる? 今日はお父さんやお兄ちゃんと一緒にパレードに出る日よ」
ベル「……うん……でも……体が……動かない」
声はかすれ、頬は赤く火照っていた。
母エンジェルはそっとベルの額に手を当てる――その温度に、眉をひそめた。
エンジェル「……熱いわ。これはダメね」
シン(父)「ベル、今日は休みなさい。お前が倒れたら、国よりも母さんが困るからな」
アンジェラ(兄)「俺が代わりに王の側につく。心配するな、終わったらすぐ戻る」
エンジェルは微笑みながら、そっとシーツを掛け直した。
エンジェル「ベル、今日は……あなたはゆっくり休んで」
ベル「……ごめん、母さん、父さん」
エンジェル「何を謝るの?」
ベル「だって今日は母さんや父さんにとって大事な日なのに
俺も一緒に行きたかった」
エンジェル「ふふっ」
母は優しく笑った。
エンジェル「だったら治ったら、またみんなで出掛けましょう」
ベル「……うん」
エンジェル「約束よ」
ベル「約束」
その声は、春の風のようにやわらかく、静かに彼の意識を包み込んでいった。
――それが。
母と交わした、最後の約束だった。
外では祝賀の鐘が鳴り響く。
人々は笑い。
誰も知らない。
今日という日が。
エクストラ王国にとって。
そしてベル・ユニティス・エクストラにとって。
終わりの始まりになることを。




