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15.迷いの森

 【グリフォニア王国・入り口】


 拓弥たちが城から出ようとした時、

門をくぐってキール、ジール、リーナ、ヴォンが入ってきた。


リーナ「あれ?なんで先に入ってるの?」


拓弥「良かった、合流できて」


リーナ「今からヴォンが王国の風車が完成するから見に行くの。キールたちも一緒にね」


キール「オメーが見るまでここを出ないって言うからだろう。さぁ、とっとと見て、さっさとここから出ようぜ」


 【グリフォニア王国・王立技術区画】


 石畳の通りを抜けると、視界いっぱいに巨大な風車の翼が現れた。

青空を切り裂くように回転し、その影が地面をゆっくりと横切っていく。


麻里奈「わぁ……すごい……!」


光「これが……王国の風車……」


ヴォン「ふふ、まだ完成じゃありませんよ。今は試運転の段階です。

 この風車は水路と繋がり、王都の飲料水や農業用水を循環させ、さらに発電も行います」


雪「発電……? つまり、夜でも街を照らせるってことか」


ヴォン「ええ。医療設備にも電力を回す予定です。

 オパールの町のように水や灯りに困る場所を、少しずつ減らしたいんです」


 リーナが感心したように翼を見上げる。


リーナ「……夢、叶えたんだね。子どもの頃から言ってたじゃない」


ヴォン「まだ途中ですよ。でも……これが完成すれば、きっと王国の未来は変わります」


 その時、遠くの通りから重い足音が響いた。

銀の甲冑を纏った数名の騎士が、こちらに向かってくる。


キール「……チッ、来やがったな。聖獣騎士団か」


 先頭に立つのは、長身で鋭い眼差しの男――ゲオルグ・フォン・アーバン。


ゲオルグ「ヴォン技師、ご苦労だった。まもなく陛下がここに来て最終報告がある」


ヴォン「承知しました。」


キール「……やっぱり、ここは長居しねぇ方がいいな」


 そこに

 

ガーゴイル「……王の命により、この地に近づく者は全て排除せよと仰せつかった」


 巨大な石翼が広がる。


 次の瞬間。


 ガーゴイルが空から急降下した。


麻里奈「きゃっ!?」


雪「速い!」


キール「散れッ!!」


 石の爪が地面を抉る。


 轟音。


 砂煙が舞う。


ガーゴイル「侵入者……排除……」


拓弥「こいつ……!」


ゲオルグ「退け」


 ゲオルグが一歩前へ出る。


ゲオルグ「その程度の魔物が、人を裁くな」


 槍を構える。


 白銀の穂先が輝き始める。


ゲオルグ「――聖槍ブリューナク


 光が集まる。


拓弥「……!」


キール「まさか……!」


ゲオルグ「悪しき者を、光で穿て」


 閃光。


 次の瞬間。


 ガーゴイルの胸に大穴が空いた。


ドォォォォン!!


 巨体が砕け散る。


 石片が雨のように降り注いだ。


リーナ「あ、あの武器……!」


キール「……まるで“光の矢”だな」


拓弥「うっ……!」


 再び、こめかみを押さえうずくまる拓弥。


【過去】

ヴィルヘルム「見つけたぞ……光雷。――いや、ベル」


光雷「……何故、その名を」


ヴィルヘルム「神との契約で、私は蘇り。使命はただ一つ――お前の“心”を取り戻すためだ!」


 ヴィルヘルムが弓を構える。引き絞られた弦の先に、眩い“光の矢”が形を成す。


光雷「あり……が……とう……」


 最後の言葉は、光の奔流にかき消された。


【現在】

光「拓弥さん、大丈夫ですか?」


拓弥「ああ……」


ジール「…………」

 

 背筋にピリつく様な気配を感じた。


???「……なんだか騒がしいぞ」


 振り向くと、豪奢な衣装を纏った男――国王ポルポト・グリフォニアが現れた。


ゲオルグ「ハッ。少し不届き者が現れたので、私自ら手を下させて頂きました」


ポルポト「……ふ〜ん。で、これが例の風車か」


 ポルポトはゲオルグの報告など耳にも入っていない様子で、巨大な風車を見上げた。その瞳には感嘆ではなく、冷ややかな興味だけが宿っている。


ポルポト「まあ……悪くはない。だが、これが本当に王国の益になるかは……まだ分からんな」


ヴォン「はっ……必ずお役に立ちグリフォニア王国だけではなく隣接の町も」


ポルポト「我が国だけで良いのだ。もし我が国の電力を使いたければ税を納めろ!」


ヴォン「話が違います。私は世界を安定した電力を供給するため――」


ポルポト「黙れ」


 その一言は、刃物のように鋭く空気を断ち切った。

 ゲオルグですら、思わず目を見開く。


ポルポト「余はお前の理想など興味はない。王国の利益を損なう思想なら、お前はもう無用だ」


 冷ややかな眼差しを向けたまま、ポルポトは踵を返す。

 その背中からは、揺るぎない権力の重みが滲み出ていた。


拓弥「おい!テメー!」


キール「やめろ! もうここから出るぞ! ……ヴォン、立てるか」


ヴォン「……ありがとうございます、キールさん」


聖獣騎士団の一人「あの顔……やっぱり。キール・クライシス! 20年以上前に死んだとされていた、ヴァンパイアの右腕だ!」


キール「……チィ……俺のことを覚えている奴が、まだいたか」


雪「……右腕?」


拓弥「え……?」


リーナ「話は後! ――《ミスト・イリュージョン》!」


 瞬間、辺りは濃い霧に包まれ、視界が奪われた。


 【グリフォニア王国】


ゲオルグ「待て! ヴァンパイアの手先ども!」


ジール「どうする、キール……あいつには勝てないぞ」


キール「分かってる! だから必死に逃げてんだ!」


拓弥「………」


ポルポト「よいか、あやつらを逃がすな! 追え!」


 ポルポトの号令と共に、他の聖獣騎士団も一斉に動き出す。鎧の音と足音が石畳に響いた。


キール「数が多い……。いったん二手に分かれるぞ。俺、リーナ、ジールは東から出る。お前らは南からだ」


拓弥「………………」


キール「……ったく。まだ俺を信用できねぇって顔だな。お前は、何度俺のことを忘れりゃ気が済むんだよ……まあいい」


 キールは小さく息を吐き、振り返らずに叫ぶ。


キール「リーナ、もう一度だ!」


リーナ「《ミスト・イリュージョン》!」


 瞬く間に濃い霧が広がり、視界が真っ白に閉ざされる。


キール「――必ず、生きて会おうぜ!」


 【グリフォニア王国・南門】


ゲオルグ「待てぇっ!」


光「げっ! あの人まで追ってきた!」


雪「このまま……あの森に突っ込むぞ!」


麻里奈「拓弥くん、大丈夫?」


拓弥「………」


 四人は息を切らしながら森の入口へと駆け込む。

 木々の枝が絡み合い、昼間だというのに内部は薄暗く、冷たい空気が肌を刺す。


ゲオルグ「……迷いの森に入ったか」


 その声には、怒りよりもわずかな哀れみが混じっていた。


ゲオルグ「ここに足を踏み入れた者で、生きて出られた者はいない……」

 

【迷いの森・入口付近】


 森に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。冷気と湿気が肌を刺し、昼間だというのに昼闇のように薄暗い。


雪「……嫌な気配だな」


麻里奈「ホント……静かすぎて逆に怖い」


 ――ズルッ。


 不意に、茂みから影が飛び出す。異形の狼のような魔物。牙は岩のように硬く、赤い瞳が獲物を映していた。


光「出た!」


拓弥「くっ……!」


 拓弥は反射的に柄を握り、雷の剣を呼び出そうとする。

 だが――


パチッ……!

 小さな火花が散るだけで、刃は形を成さなかった。


拓弥「え……!? 剣が……出ない!?」


雪「下がってろ!アイスランス!」

 雪が氷の槍を放ち、狼型の魔物の動きを牽制する。


麻里奈「アーススパイク!」

 地面が盛り上がり、敵の足を絡め取る。


光「紅炎プロミネンス!」

 炎の柱が魔物を飲み込み、ようやく黒焦げの肉塊となって倒れ込んだ。


 静けさが戻る。だが、拓弥の表情は強張ったままだった。


拓弥「………どうして、剣が……出ない」


雪「お前の心が乱れてるじゃないか?キールのことで」


光「……この先の魔物は僕たちが相手しますよ」


麻里奈「心配いらないよ。あたしたちがいるじゃない」


拓弥「……(俺の心が揺らいでいるからなのか?……)」


 【迷いの森・夜】


 木々の間から月明かりはほとんど差し込まず、濃い霧が足元を這っていた。

 静寂の中で、虫の声さえもどこか遠い。


雪「……もう何日経ったんだ、この森に入って」

 声には苛立ちと焦りが滲む。


光「まだ五日目です。明日で六日目ですね」


雪「まだ五日目じゃないだろ! 完全に道を迷ってるじゃないか!」


 沈黙が落ち、焚き火の炎がぱちりと音を立てた。


雪「……ここから出ることが先だが、今後どうするつもりだ?」


拓弥「……わからない」


雪「わからないじゃないだろ! アイツに裏切られたからって、見失ってる場合じゃないぞ!」


 雪は堪えきれず、拓弥の胸ぐらを掴んだ。


麻里奈「雪さん!」

 麻里奈が慌てて間に割って入る。


拓弥「……わからないんだ。俺は……まだ、キールのことを信じていたと思う。この気持ちが……」


雪「アイツはヴァンパイアの手先だぞ!」


拓弥「わかってる……でも、あんな別れ方をして……後悔に似た、この感情が押し寄せてくるんだ」


雪「……わけわかんねぇ」


光「……今日もいっぱい歩きましたし、もう休みましょう」


 四人は言葉が少なく横になった。

 森の奥から、風とも獣ともつかぬ低い唸り声が、微かに響いていた。


 【迷いの森・夜中】


 焚き火はすでに小さくなり、赤い火の粉が時折宙に舞って消えていく。

 森の奥からは、正体の分からない羽音と、湿った土の匂いが漂っていた。


光「……拓弥さん、まだ起きていたんですか?」


拓弥「……光か」


 しばらく沈黙。


 焚き火の音だけが響く。


拓弥「……俺さ」


拓弥「キールのことを信じてた」


拓弥「みんなを危険に巻き込んだのも俺だ」


拓弥「それなのに……不思議なんだ」


光「?」


拓弥「アイツを恨めない」


 光は黙って聞いていた。


拓弥「裏切られたはずなのに」


拓弥「どこかで、まだ信じてる自分がいる」


拓弥「……馬鹿だよな」


光「馬鹿じゃないですよ」


拓弥「え?」


光「だって僕も同じですから」


拓弥「光も?」


光「はい」


光「キールさんは確かに敵側にいました」


光「でも、あの人が本当に僕たちを殺したいなら」


光「もっと簡単に出来たと思うんです」


光「だから僕は」


光「もう一度会って話を聞きたいです」


光「それで本当に敵なら、その時に戦えばいい」


光「でも、まだ何も聞いてないのに諦めたくないんです」


拓弥「……そうか」


光「それに」


光は小さく笑う。


光「キールさん言ってたじゃないですか」


光「“必ず生きて会おう”って」


 焚き火がぱちりと弾けた。


 拓弥は小さく笑う。


拓弥「……そうだったな」


 【迷いの森・朝】


 朝靄が地面を這い、森全体が乳白色に包まれている。

 湿った土の匂いと、遠くで鳥とも獣ともつかない声が響く。


光「……ん? あれ? 拓弥さん?」


 焚き火の跡はまだ暖かい。しかし、拓弥の姿はどこにもない。


雪「……チッ、アイツ、どこ行きやがった武器も使えないくせに」


麻里奈「まさか……一人で……」


雪「探しに行くぞ。だが――バラけるのは危険だ。3人で行動しよう」


 【迷いの森・朝】


拓弥「……ここは……?」


 霧をかき分けて進んだ先、木々が途切れた小さな空間があった。

 そこには、崩れ落ちた石造りの遺跡の残骸が散らばり、地面には苔と蔦が絡みついている。

 中心には、風雨に晒され朽ち果てた巨大な骨――かつてこの地を支配したであろう怪物の骸が横たわっていた。

 骨は割れ、地面の一部に深く突き刺さったまま、数十年もの時を超えてなお圧迫感を放っている。


拓弥「……フンババ……」


 その名を口にした瞬間、脳裏に激しい閃光が走った。

 胸の奥に眠っていた記憶が、堰を切ったように溢れ出す――。


【回想へ】


キール「そうだ!光雷、迷いの森の化け物を知ってるか?」


光雷「……は?知らねーよ。そもそも“迷いの森”ってどこだよ。」


キール「お前マジかよ?グリフォニア王国の南にあるだろーが。」


光雷「……レバンハールのことか?」


キール「ああ、それそれ。なんだ、あの森、名前あんのか。ま、どうでもいいけどよ。とにかく、そこの怪物倒しに行こうぜ!会える確率はかなり低いらしいけどな。俺も何度か行ったんだけど、結局30日も彷徨って、成果ゼロだったぜ。」


光雷「(30日も……?)」

少しだけ呆れたように眉をしかめるが、どこか楽しそうでもある。


光雷「……まあ、いいけど。」


キール「おっしゃ、じゃあ行こう!」


光雷「……え、今から!?」


キールはすでに外へ向かって歩き出していた。

まるで空が落ちても止まらないようなその背中に、

光雷は一瞬だけ、言いようのない“気楽さ”を感じた。


光雷(こんなやつと、旅するのも……悪くねぇかもな)

 

 【回想・迷いのレバンハール


 森の中は昼間でも薄暗く、木々の間を風が通るたびに、遠くから低い唸り声のような音が響いてくる。


キール「おい、聞こえたか?」


光雷「……ああ。どうやら、お出ましみたいだな」


 次の瞬間、鬱蒼とした木々をなぎ倒し、影が覆いかぶさる。

 そこに現れたのは、全身を岩のような皮膚で覆い、鷹のような鋭い爪が大地をえぐり、黄金色の瞳を爛々と輝かせる巨獣――聖獣フンババだった。


キール「……やっと会えたな。化け物!」


光雷「まったく……キールは、こういう危ない橋を平然と渡るんだな」


 フンババの咆哮が森を揺らし、木々の葉がざわめく。

 黄金色の瞳が二人を射抜き、その爪は大地を裂いて迫ってくる。


キール「デカい図体の割に速ぇな……!」


光雷「油断したら即死だぞ!」


 フンババの爪が振り下ろされ、土煙と共に地面がえぐれた。

 光雷は雷光を纏って横に飛び、着地と同時に雷撃を放つ。


光雷「《雷撃》ッ!」


 稲妻が一直線に走り、巨獣の脚を打つ。

 フンババが苦悶の声を上げ、一瞬動きが鈍った。


キール「ナイスだ、今だ!」


 キールがデスサイズを大きく振りかぶり、刃を半円に走らせる。

 鋭い軌跡が空を裂き、フンババの肩口を抉ったが――


キール「チッ、やっぱ硬ぇな!」


 岩のような皮膚が傷を浅く留め、巨獣は反撃の咆哮を放つ。

 フンババの口から瘴気混じりの突風が吹き荒れ、木々が根こそぎ倒れる。


光雷「クソっ……!」


 雷のバリアを展開し、吹き飛ばされるのを堪える光雷。

 その背後で、キールは静かに息を整えていた。


キール「……光雷、あと数秒動きを止めろ」


光雷「やってみせる!」


 雷を纏った光雷が地面を蹴り、稲妻の残光を描きながらフンババの前へ躍り出る。

 拳と剣を交互に打ち込み、最後に稲妻を脚へ集中させた。


光雷「《雷鎖縛陣》ッ!」


 雷光が鎖のように絡みつき、フンババの巨体を拘束する。


キール「……もらった!」


 キールの瞳が赤く輝き、デスサイズの刃に黒いオーラが渦巻く。

 その中心に、赤黒い光が凝縮していく。


キール「――《デスエンペラー》!」


 漆黒の斬撃が放たれ、光雷の雷鎖ごとフンババを切り裂いた。

 巨獣は断末魔の咆哮を上げ、轟音と共に地面へ崩れ落ちる。


 土煙が晴れたとき、二人は互いの息遣いを確かめるように視線を交わした。


光雷「……本当に無茶するな、お前は」


キール「お前が繋いでくれたから決まったんだろ」


 二人は短く笑い、巨獣の亡骸を背に森の奥へと歩き出した――。

 

 【現在・迷いの森】


 拓弥は遺跡の前で膝をつき、額に手を当てていた。

 息は乱れ、胸の奥が妙に熱い。


拓弥「……あれが……俺……?」


 視界の端に、朽ちた大きな骨が転がっている。

 まるで、あの巨獣フンババの末路を象徴するかのように。


雪「拓弥! お前、こんな所に……!」


 木々をかき分け、雪・光・麻里奈が駆け寄ってきた。


麻里奈「大丈夫? 顔色が……」


拓弥「……ああ。大丈夫だ」

 そう言いながらも、目は森の奥へと向けられていた。


雪「おい、まだ歩き回るつもりか? この森から出る道も分からないのに」


拓弥「……いや、分かる」


光「え?」


拓弥「この森の本当の名前は“レバンハール”。俺……いや、前世でこの森を何度も通ったことがある。道は覚えてる」


 その言葉に三人は目を見開く。


雪「……マジかよ」


拓弥「ついてきてくれ。俺を信じれば……ここから出られる」


 拓弥は迷いなく歩き出す。

 その背中は、つい先ほどまで迷っていた男のものではなく、確かな記憶と経験を持った戦士のそれだった。

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