一章 第ニ話 本と部下とそれから…
ひょうなことから別天知図書館に来てしまった佐藤。
寝てしまってさぁ大変。
皆さんは言いつけはしっかり守りましょうね。
さもないと…
ふわぁ…
眠気に負けて寝てしまった。
アラームも鳴っていなかったはず。きっと健全な時間に起きれているはずだ。
と周りを見渡すと、そこは昨日、本を開いた時に見たあの自然豊かな景色だった
そこでやっと気づいたのだ。ここで一夜過ごしてしまったのだと。
「俺の体に何か変化は無いか?体調は万全だが」
体のいたるところから服の端から端までみたが、特に変化はない。
少し違和感があるとするならば、いつもよりも気持ちよく寝れたからなのか、肩こりや今まで感じていた疲労による痛みが全て消えていることだ。
「とりあえず、本を閉じて時間確認と朝支度をしなければ」
栞をかかげ、本を閉じて時間を見た。
”8時40分”
いつも出社している時間が同じぐらいなので、完全に遅刻であったが脳は冷静そのものだった
出社中会社に連絡を入れ、始業5分遅れでどうにか出社することができた。
とはいえ、遅刻は遅刻なのでしっかりとお叱りをうけたわけだが。
朝来なかった分残った分の仕事もしっかりと清算し、
なんなら上司から「遅刻はしたが、いつもよりもしっかりと会議にも参加し、意見も議案も提出してくれた。差し入れのタイミングも完璧だった。本当に遅刻されなければなぁ…」と嫌味混じりに褒められた
この結果はあの図書館あってのものだ。
その辺のデパートで差し入れを買ってから、図書館に来館することにした。
「おぉ!三日連続とはお客さんも通の仲間入りですね!昨日貸した本は気に入ってくれましたか?」
「えぇ勿論。あれが気に入らない人の方が珍しいと思うくらいには。」
「お客さんはいつも嬉しいことばかり言ってくれますね。いつもお相手していて気持ちが良いというものです。」
なんてごく普通のお世辞交じりの会話をしてから差し入れを渡し、一番気になっていたことを聞いてみた。
「実は、あの本を借りた初日から寝落ちしてしまいまして、体の痛みが全て消えてやる気も十分で会社に通勤できたのは良かったのですが、なにせ説明もされてないようなことをしてしまったわけで、私は本当に大丈夫なんでしょうか」
というと少し眉間に皺が寄った後すっと笑顔に戻って
「その点に関しては”この本ならば”問題はないですよ。あくまでも幼少期時代の原っぱのような平和な時間を過ごせる本ですので。」
「しかしお試しの時に見ていただいたあの本のような刺激の強いものになりますと一度気を抜いた瞬間現実世界では廃人…なんてこともありますのでこれからは気をつけていただきたく思います。」
と丁寧に、しかしどこか脅しのように聞こえるように言ってきた
今まで優しくされていた分少し萎縮し、小さな声で「以後気をつけます…」とだけ答え本を返した。
「もうお読みになられたのですか?それとも怖くて触らぬ神に祟りなしというやつですか?」
「…後者ですね」
今の自分を客観的に見ると、こっぴどく叱られた子供のようで情けない。
「まぁ寝落ちさえしなければいつでもどこでも使えて便利なものですから不可解で怖いですよね。寝落ちさえしなければいいんですから」
人の失敗を何度も強調して言われるのは、仕事場の上司もやるので慣れてはいたが、期待していた感情と自分が全面的に悪いということが合わさってどうも苦しかった。
空気感が重くなったことを察したのかすっと本を差し出してきた。
「ではあなたにはこれを貸し出しましょう。今のあなたにぴったりだと思いますので」
と言って、まるで絵本のような表紙の本を渡してきた。
「ありがとうございます。家に帰ったら読んでみます」
とは言ったものの、この表紙をくたびれた会社員が持っているというギャップには、少しは違和感を持ってほしかったなと内心愚痴った。
家に帰り、しっかり本一つに向き合えるような持ち物で、本を開いた。
するとそこは、いつもよりも静かで、蛍も飛んでいるような原っぱに出た。
「眠くはならないけど、心は癒される。いつもその日その場所で欲しいものを出してくれるのは、流石の手腕の一言だ。」と自然に独り言を喋っていた
その場でじっと空を見つめていると、自分が存在がちっぽけに思えてくる。
幼少期の頃の友達と無邪気に遊んで、自分さえどうにかなればそれでいいの精神でやっていたあの頃は、きっと今よりも幸せで一分一秒を楽しめていたのに、今は全てに急かされて、変に自分を追い詰めていた。そんな自分が阿呆に見えて仕方がなかった。
そっと栞を上げて本を閉じ、そのまま明日の準備を済ませて寝た。きっとこの日が人生で一番ぐっすり眠れた日だろう。間違いなく
次の日は遅刻もせず、会議もしっかりと進行出来、自分のしたいようにできた日だったので、部署の人達全員が目を丸くして「最近佐藤のやつ雰囲気も変わって、キビキビ仕事をこなしていて素晴らしいな。何より、しっかりと生きた目をしているのがとても良い。」
なんて、声が聞こえてきてより気分が上がった。
帰り際に、図書館に行く前まで毎朝いじってきていた部下が話しかけてきた。
「先輩最近、なんか変なものでも食べました?」
「いやいつも通りその辺にあった菓子パンと、まとめ買いした2Lの水を飲んで会社に来たぞ」
「前から思ってましたけど、それでよく栄養バランス乱れませんよね。」
「じゃなくて、最近部署でも先輩があまりにも変わっていて怖いって話になってるんですよ。あの先輩がここまで生きた目をしてるのを見たのは、入社試験以来だ。なんて社長が写真撮ってありがたがってるのをみてから、この会社薄々思ってたけど、大分おかしいんだなって」
「な、なるほど。そりゃ聞いてきても無理は無いか。そんなに気になるって言うなら、俺の後ろをつけてくるといい。良いものを見せてやる」
そうして、初めてのお客さんを連れて図書館へ向かった。
「毎度ご贔屓にありがとうございます。今日は後ろに誰かいらっしゃいますけど、そちらの方はどういったご関係で?」
「仕事上で一番生意気な部下ってところです。」
「せ、先輩…?確かに先輩が弄りやすくて、返事も面白くて、からかってて面白いのはそうですけど生意気っていうのは流石に酷いんじゃないですか?」
「こんな風に無自覚イジり系のやつですけど、仕事はしっかりと済ませて退勤していくので、憎むに憎めないそんな奴なんですよ」
「なるほど。ならばこちらの本などいかがでしょうか?」
そう言って黒いいかにもな分厚い本を渡してきた。
「こんな分厚い本私読めないです!」
「先輩こんな本を読んでから気が変わったって言うなら先輩やっぱり凄く変ですよ!」
「渡してくれた目の前でそこまで言うかね私にも館長さんにも」
すると部下は急に言葉も姿勢も低くなり、
「か、館長さんだったんですか!?いやぁ…どうも私こういうものでして…」
といって名刺を取り出しいつもより5割増で丁寧に渡していた。
「なるほど…佐藤さんと渡辺さんですね」
「では、先ほどの意見をもひっくり返るものを見せてあげましょう」
と本を開いた。
今度は、心の底から熱いと感じるほどの灼熱の中に出された。
「一体何が起きたって言うんですか?本を急に開いたと思ったら一瞬でこんなところにだなんて…」
「懐かしいな…俺も最初はこんな風に驚いてたなぁ」
「まぁ渡辺さん、騙されたと思って足だけでいいので、そこの吹き溜まりに入ってみてください」
「えっ、急に何言って…いや先輩も無理矢理入れようとするのは良くないですって、ちょ、ちょっとだけ待ってください」
いや。私は何も聞こえない。そのまま渡辺の足を思いっきり吹き溜まりに入れ込んだ。
「あっ…つくない!?むしろ歩いた疲れが取れるかのような感覚…気持ちいい…」
そうして渡辺はゆっくりと足湯に浸かり、満足そうな顔をしてやがてふにゃふにゃになってしまった。
「ではそろそろお帰りの時間ですね。」
といって、渡辺を吹き溜まりから出してから栞を上げて本を閉じた。
「いやぁ本日もありがとう御座いました。お陰で渡辺にもここのことを布教出来ましたし、よくわからない誤解も解けました。」
「いえいえ4回も来てださり、新しいお客様まで勧誘してくださる。そんな方今まで数える程度にしかおりませんでしたのでこちらとしても助かっております。ありがとうございます」
そうしてふにゃふにゃになった渡辺をおぶって来た道を引き返した。
そして、最寄り駅の大通り沿いまで来たあたりで、渡辺が意識を取り戻した。
「あれ?あの一見地獄みたいな楽園は?吹き溜まりは?」
「バーカお前夢見てたんだよ。そんなんだから、俺にさりげなく今月の営業成績負けてるんだよ。さっさと帰るぞ」
そうして渡辺を無事家まで送り、自分も家について残っていたビールの残りを飲み、酔っているそんな時にふと気になった。
「にしても、一体あの図書館はどうしてあんな魔法みたいなことを…?位置情報も何もかも不明だなんて…」
まぁそんなことを考えていてもしょうがないか。
そうして机に突っ伏すような形で眠りについた。
その時栞が風も吹いていないのに少しだけ動いたようなそんな気がした。




