#7
「____闇夜に紛れる少女」
それは不意に出た言葉だった。例の惨殺事件を調べている時に偶然目に入った一文が脳裏に浮かび、自然と目線の先の少女を見ていた。
「理由は分からないけど、秘特典覧板の人間に探られてる。 万全な状態じゃない時に外に出たくないだけ」
(それって、裏を返せば私を身代わりにするって意味じゃ・・・・・・・・・)
「でも、何で? アレは私たちみたいな人間とは無関係の世界でしょ?」
「あなたはね? 私はもうとっくに人間をやめてる____だからかな」
その発言の後、しばらく静かになってしまった少女を横目に私は一人で考え込んだ。今からでも、元の日常生活に引き返せるのではないか・・・・・・と。きっと、これは悪い夢で自宅のベッドに身を委ねれば、起きた時には何もかもが無かった事になっている。____そうに違いない。
自分を安心させるために信じ込ませた暗示をかき消す様に、とある言葉が脳裏をよぎる。
____「後一回だけ、あなたを守護ってあげる」
彼女の言葉が思考に纏わりついて離れない。どう考えても、未来に起こりうる事態に対しての打診だったからだ。これさえなければ、私はすぐにでも、この場を後にする____。
「ま、あの掲示板、嘘も多いからね。 きっと、その闇夜の少女だって私の事じゃないかもだし・・・・・・」
「どうしてそう言えるの?」
「闇夜に紛れる少女ってあったでしょ? 該当するのって私だけじゃないから」
「それってどういう意味?」
ここにきて新たな話題。
「簡単に言うと、私みたいに夜の街で《狩り》をしている少女は他にもいるってことかな」
まるでファンタジー世界の逸話を聞いている様な感覚。彼女と話していると今までの常識が一瞬にして崩れ去るのを肌身に感じる。ネファス自体を未だに信じたくない私に追い打ちをかける彼女の話。
「って事は、あんなのが他にもいるの____?」
恐る恐る聞いた禁断の問いに彼女は____
「_______いる。 とても一人じゃ処理しきれないから、狩りって名目で少女たちにネファスの掃除をさせるんじゃない?」
「何で・・・・・・そんな____誰が何の為に____」
「それと、ネファスは一度逃した獲物を逃がさない。 半分、呪いみたいなもんだから」
「じゃあ・・・私はこれから狙われ続けるの? 一生・・・・・・・・・死ぬまで・・・・・・」
「死ぬまでっていうか、殺されるまでかな」
「あなたはもう、普通の人間としての生活は送れない。 それは、変えようのない事実。 だから、初回の一回だけは守護ってあげるって言ったんだよ?」
「_______」
私の知らない所で世界はここまで壊れてしまっていたのかと絶望に近い喪失感が身体を抜ける。得体の知れない肉の塊。朱色の皮膚にウネウネと不規則に流動する触手。どこを見ているのかも分からない、巨大な眼球。クトゥルフ神話に出てくる様な異形な存在。
気づかぬうちに震えていた身体。私にはどうする事もできない現実。いつの間にか決定づけられていた、生活に抵抗感を抱かなかったわけではない。むしろ、現状打破と言う言葉が生ぬるく感じる。
______________________________________
私にできることは_______無いの____?
______________________________________
心の叫びは酷く静かで五月蠅かった。
たった一言なのに、水面に雫が落ちる様にその波紋《悲鳴》は全身に駆け巡った。
私は何を言いたかったんだろう。別に代役でもいいじゃない。ネファスと戦う事を選んだら今度こそ、本当に死んでしまうかもしれない。守ってもらうだけでいいじゃない。
理由付けが本当に上手くなったなぁ。
巻き込まれた事件に付属した、死ぬかもしれないという時限装置。理不尽な運命を呪った。
【自殺ならまだしも、殺されるのは____ごめんだ】
根底からの願いだった。
「____戦う」
「それどういう冗談? 確実に死ぬよ? 大人しく私に頼っていればいいだけ」
「ううん、それじゃダメだよ。 あんたの提案は一回きり・・・・・・ネファスは他にもいるんでしょ? だったら、尚更・・・・・・・・・戦う術を身に付けてかないと」
気味の悪いモノを目の前にして足がすくまない保証はない。一回きりの助けなんて意味がないのは分かりきっている。
「・・・・・・・・・」
私の言葉に少女は黙り込んでしまった。それだけ、自分の戦闘技術に自信があったのだろうか。そうだとすれば、彼女のこれまでの経験・自尊心を大きく傷つけてしまった事になる。
「ふーん、そう言う解釈をするのね。 あなたが何をしよう勝手だけど、私なら、あなたを一回きりで守護り抜ける自信はあったんだけど」
「・・・うん? 今なんて・・・・・・」
妙な言い回しだ。歪な怪物から私を守ろうとする意志は感じ取れるのだが、彼女から聞いた話を思い返すと明らかな矛盾がある。ネファスは一人では処理できない程の数がいて、少女たちは狩りという名目で駆除を行っている。これが本当だとすると、「一回きり」で守護り抜けるという言葉の意味が分からなくなる。
「だって、ネファスは他にもいるんでしょ!? たった一匹から守ってもらったところで意味なんて無いじゃない!」
続けざまに込み上げてきた感情をそのままぶつける。
しかし、次に発せられた彼女の無情なまでの発言によってあっさりとかき消された。
_______言っておくけど。 あの子を殺したのはネファスじゃないからね?




